最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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三章-3

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   3

 俺たちがコールナン家の屋敷に着いたのは、紹介状に指定されていた時刻ギリギリだった。
 アリオナさんとフレディを伴い、俺は高い塀にある門を通り抜けた。
 門番に案内され屋敷に入ると、夜の暗さになれた目が眩んだ。蝋燭の灯ったシャンデリアや燭台が、贅沢に灯されていたんだ。
 礼服を着た使用人に出迎えられた俺たちは、先ず屋敷の居間に通された。様々なドレスや礼服に身を包んだ貴族や富豪らしい男女がくつろいでいる。
 そこで小太りの男が、俺たちに笑みを向けてきた。


「ようこそ、カーター様。それにフレディ様」


「お久しぶりです、コールナン男爵様。本日は、お招きにあずかり、ありがとうございます」


「そんな堅苦しい挨拶など、なさらずとも結構ですよ。それで……ああ、そちらがサリーが招待したという少女ですか」


「ええ。彼女は、アリオナと申します」


 俺の声を聞いて、アリオナさんはドレスの裾を少し上げながら、膝を曲げた。
 アリオナさんが顔を上げると、コールナン男爵が眼を広げた。その視線から察するに、ドレスで着飾った美姫――というのは贔屓目だろうか――の如きアリオナさんに、見惚れてしまったんだろう。
 沈黙してしまったコールナン男爵に、俺は小さく咳払いをした。


「コールナン男爵様、如何なされましたか?」


 俺が声をかけると、コールナン男爵はハッとした顔で我に返った。


「い、いえ。失礼致しました。準備が出来ましたら、お呼び致します。それまで、この部屋でおくつろぎ下さい」


「ありがとうございます」


 俺が腰を折ると、コールナン男爵は去って行った。
 俺はアリオナさんをソファに座らせると、周囲を見回した。居間にいる者たちが、俺たち――いや、正確にはアリオナさんへの視線を集めていた。
 ちょっと、美少女になりすぎ――いや、元から容姿は良いと思うんだけど、衣装やら化粧やらで、かなり綺麗さが増しているからなぁ。
 ホント……ユタさんの力作というか、化粧って怖い。
 少し不安げなアリオナさんに「大丈夫だよ」と声をかけたとき、居間の北側の扉が開いた。


「皆様、茶話会の準備ができました。食堂においで下さい」


 使用人が一人一人に声をかけ、順番に食堂へと案内していく。俺はアリオナさんに声をかけてから、使用人が来るのを待った。


「クラネス・カーター様、アリオナ様でございますね。食堂へ御案内致します」


「……ありがとう」


 使用人に礼を言うと、俺はアリオナさんの手を取った。
 その昔、淑女に対する礼儀の一つだと教えられたことが、こんなところで生きるなんて……今まで、考えたこともなかったな。
 俺とアリオナさんは、東西に延びた長テーブルの東側に案内された。二人ほど離れて上座となり、真正面にはコールナン家の方々が、すでに席に着いていた。


 コールナン家の方々は皆、アリオナさんの姿に驚いた顔をしていた。


「カーター様、その御方は本当にアリオナ様なんですの?」


 声をかけてきたサリー嬢に、俺はアリオナさんを手で示した。


「はい。アリオナ嬢です、サリー様」


「アリオナでございます。本日はお招きにあずかり、誠にありがとうございます」


 俺の紹介に一テンポ遅れて、アリオナさんがドレスの裾を軽く持ち上げながら、膝を折った。
 椅子を退いてアリオナさんを座らせてから、俺は隣の椅子に腰を落ち着けた。
 目の前の料理や酒瓶を見るに、お茶会というよりは晩餐会に近いかもしれない。食事を口にしてた途中で、俺はコールナン男爵から話かけられた。


「カール様におかれましては、ご健勝のことでなによりでございますな。旅をする生活は大変でしょう。ご実家へは、お戻りにならないのでしょうか?」


「いえ、慣れておりますから。それに祖父の元へは……二、三ヶ月に一度は戻ってます。顔見せ程度ではありますけど」


 借金の返済をするためでもあるけど――ここまでは言わなくていいやつだ。色々と、説明が面倒だしね。
 興味本位の視線を向けてくる周囲の貴族に、俺は改めて会釈をした。


「改めて、皆様に御挨拶を。フィレン領の領主、バートン・カーター伯爵の孫、クラネス・カーターと申します。そして隣は、アリオナ。わたくしが営む隊商で、働いてくれております」


「お嬢さん、あなたも貴族なのですか?」


 隣にいた初老の貴婦人の問いに、俺はアリオナさんの代わって首を振った。


「申し訳ありません。アリオナは――その、異国の者でして。まだ、聞き取りはできません。日常に不便がないよう、定型的な言葉は教えましたけれど」


「まあ……そうなの? それは大変でしょうね」


 俺は小声で、アリオナさんに貴婦人の言葉を伝えた。
 これは二人で考えた、言い訳の一つだ。人の言葉だけ聞こえないことが知られれば、憑き者として嫌悪されるだろう。
 それを避けるため、異国の出身ということにしたってわけだ。
 俺が言葉を伝えると、アリオナさんは貴婦人に微笑んだ。


「ご心配していただき、ありがとうございます。クラネスくんのお陰で、不自由なく暮らせておりますから、心配なさらないで下さい」


「あら。お二人は恋仲でいらっしゃる?」


 そんな貴婦人の質問に、俺はサッと顔が昂揚しかけてしまった。冷静さを装えなくなって表情が崩れかけたのを、なんとか苦笑いに変えた。
 サリー嬢の顔が僅かに険しくなった気がしたけど……それに対応するだけの余裕なんか、もちろんなかった。


「ああ、いえ。そういうわけでは。ただ、隊商でもよく働いてくれていますよ。アリオナは計算も得意ですから、帳簿などの確認も手伝ってくれますし」


「あら。ご婦人なのに計算も? それは珍しいわね」


 まあ、貴婦人は計算なんかしないだろうから、そういう価値観なんだろう。普通に暮らしていれば、二桁の金勘定くらいはやってるものだけど。
 ただ帳簿となると、これは役人や領主の仕事だ。ほかに、ここまでの算術を会得しているのは商人くらいだろう。
 だから、帳簿の処理やチェックができる婦女子は、この世界では珍しい人材だ。
 俺は鷹揚に頷くと、話を変えられたことに心底ホッとした。


「ええ。誤解なきよう、お願いします。だからといって、互いに排他的パークル ではありません。馬鹿なことをすると、小突かれるパックル関係ではありますが」


 俺の冗談に、周囲から笑いが漏れた。
 良かった……なんとか誤魔化せた。それに、アリオナさんがこの話を聞けないことは、ある意味では幸いだった。
 場が和んだところで、俺は本題に入ることにした。


「それにしてもコールナン男爵様。市場の規制が厳しくなったのは、なにか事件でもあったんでしょうか?」


「ああ……あれは」


 コールナン男爵は、どこかバツが悪そうに視線を逸らした。一瞬だけど男爵がサリー嬢を見たと把握したとき、どこか媚びるような笑みを浮かべた。


「あれは……一時的なものでして。明日の朝には解く予定です。ですが、そのお陰でカーター様を御招待する口実になりました」


 ……なるほど。要するに、俺をここに呼ぶために、隊商への商売を禁止したのか。中々に面倒なことをしてくれたものだ。
 だけど、明日には規制を解除するという言質はとった。となれば、もうここにいる理由はないや。
 あとは適当に、食事をしながら時間を潰すことにしよう。
 そう思っていたら、サリー嬢が湯気の立つ御茶を一口飲んだ。


「カーター様も、御茶をどうぞ。今回は、ヤコール産の茶葉を使っておりますの」


「良い茶葉をお使いですね」


 ヤコール産は香りが強めだけど、軽い渋みが特徴だ。カップに口をつけると、微かなマスカットぶどうっぽい風味が、口の中に広がった。


「二番積みとは、恐れ入りました」


「流石、カーター様。一口で、そこまでおわかりになるなんて」


 サリー嬢は勝ち誇った笑みをアリオナさんに向けたけど、言葉が通じないことに気付いて、虚空を睨みながら口を閉ざしてしまった。
 格を見せつけると言ってたけど、アリオナさんが見事に着飾って来たのは、よほど予想外だったんだろう。言葉での煽りも無理となれば、出来ることはなにもないはず――。
 このまま、なにごともなく終わってくれたら――という俺の希望は、いきなり立ち上がったサリー嬢によって打ち砕かれた。


「アリオナ様? 今から二人っきりで、お話がしたいですわ」


「いえ、サリー嬢。先ほども申しましたが、アリオナさんは――」


「言葉の壁など、問題ありませんわ。女同士の会話に、言葉など不要ですもの」


 どことなく――矛盾だらけな論理だけど、自信満々なだけに反論できなかった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

紅茶って……奥深いですね。調べてみると、産地、摘む時期などで味が変わるようでして。
なるほど、拘る人が多いはずだ――と、思った次第です。

ですが、中の人はインスタントコーヒー派なので、試しに飲んだりはしてません。

完全に余談ですが、中の人が作るインスタントコーヒーは、コーヒー・三に対し、ミルク七、砂糖があれば、スティックは三本ほど使います。
牛乳のおかげで、かなり白くなってますし、以前に流行ったゼロ理論からすれば、カロリーはかなりゼロに近いのではないかと。ヘルシーですね。
そしてカフェオレうめぇ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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