40 / 123
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
一章-6
しおりを挟む6
ギリムマギも城塞都市の形式であるため、領主の住む屋敷――いや、砦は街の中央に存在していた。
高い壁に囲まれた砦の最上階に、小太りの男――領主であるボロチン・ハワード男爵が、自室の窓から西門を眺めていた。
団子っ鼻に、皺の刻まれた顔は無精髭で覆われている。下弦の月のような目に分厚い唇と、お世辞にも容姿端麗とは言い難い。
燭台に灯された室内は、品の良い調度類が並んでいるが、どれも骨董品と見間違うほどに古いものばかりだ。
年代物のワインを瓶ごと呷ると、ボロチンは溜息を吐いた。
空になったワイン瓶を執務机に置くと、部屋の隅に控えている下男へと目を向けた。
「兵は揃っているのか?」
「兵士長からの報告では、新たに三名の民兵と、数名の傭兵が参加したようです」
「……民兵は、住民からか?」
「いいえ。隊商と行商人から……と」
下男からの報告に、ボロチンは口の端を曲げた。
「ふむ……まあ精々、壁となってくれれば良いか。隊商には、まだ商人たちがいるのだろう?」
「そのようです」
「なら、あとで彼らも壁となって貰うとしよう。戦力としては、それくらいしか期待できまい。鎧や槍を貸し出せるよう、手配はしておけ」
「……畏まりました」
下男が深々と頭を下げた直後、部屋のドアが静かにノックされた。
「……お父様。今、よろしいでしょうか?」
「入りなさい、カレン」
ボロチンが声をかけると、静かにドアが開かれた。
長い金髪を後頭部で束ねてるが、左前だけは前に垂らしている。数百年前に流行った髪型だが、現在では廃れている。
しかし、ここギリムマギにおける領主の家系では、長女においてのみ、この髪型が受け継がれている。
明るいグリーンの瞳に整った目鼻立ち。右目に泣きぼくろ、唇の両側にあるエクボが特徴的だ。身につけている濃い茶色を基調としたドレスは、装飾の少ない、比較的地味目なものだ。
カレン・ハワードは父親であるボロチンに一礼をすると、入れ替わるように部屋から出て行く下男に、小さく手を挙げた。
「……カレン、どうした?」
「お父様……また街に来た商人を民兵にしたのですか?」
「ああ。それが、どうしたというのだ。街の外は、魔物が出て危険だ。街で保護する代わりに、民兵として街を護って貰うだけだ。それこそ商人たちの言う、交換条件というやつだな」
「ですが――せめて、御挨拶や謝罪は必要です。今晩にでも、わたくしが出向こうと思っております」
「駄目だ。カレン、これは街を――ここの住人たち、強いては、おまえを護るためなのだ。少々の犠牲は、覚悟をせねばならん」
怒鳴りこそしていないが語気を強めたボロチンに、カレンは身を竦めた。
無言のまま、頭を下げ続けるカレンから窓の外へと目を戻すと、ボロチンは静かな声音で告げた。
「おまえは、なにも気にする必要はない。早く寝なさい」
「……はい。畏まりました」
ボロチンの部屋から出たカレンは、そのまま廊下を進んだが、自分の部屋には戻らず、階段を降りた。
一階下へと降りると、階段の近くで待っていた茶髪の女性に近寄った。侍女の制服を着た女性は、カレンを見ると恭しく頭を垂れた。
「カレン様、これから出向かれますか?」
「ああ、マリア。やはり、駄目でしたわ。やはり、貴女に頼むしかなさそうなの」
「お嬢様、お任せ下さい。本日、民兵になった四人の商人たちのことは、事前に調べておきました」
「流石ね、マリア。それでは、お願いしてもいいかしら。彼らに、わたくしが謝っていることを伝えて頂戴ね」
「お任せ下さい」
最敬礼をしたマリアは、心配そうなカレンに見送られながら廊下を進んでいった。
*
西門での布陣を命令された俺たち四人は、配給された夕食を食べていたんだけど……正直に言って、不味い。
黒パンに干し肉、それに水だけの食事だ。味気ないだけならまだしも、不味すぎて食が進まない。
食事を水で流し込む――水だけは、飲み放題だ――って食事なんて、何年ぶりだろう。
「……兵士の食事にしては、手を抜きすぎだなぁ」
「そうなの?」
俺たちとは違ってアリオナさんだけは、平然と食事を口に入れている。故郷の村――山賊たちに滅ぼされたが――では、かなり酷い食事だったんだろうか。
フレディやメリィさんも、食事はあまり進んでいない。
ほかの民兵や傭兵たちは、こんな食事でも平気なのか――とか思っていると、一人の傭兵の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい、いい加減にしろよ! 昨日も今日も、こんな糞不味い飯しか出さねぇとか、巫山戯てんのか!?」
「そ、それは、わたしに言われても……」
給仕をしている中年の女性は、ただの住人らしい。ボサボサ頭の傭兵に詰め寄られて、顔が恐怖で歪んでいた。
周囲にいる民兵や傭兵たちは、誰もその傭兵を止めようとはしなかった。
民兵なんかは傭兵への恐怖感や、関わりたくないという気持ちが表情に表れていた。しかし他の傭兵たちは、むしろ同調しているような感じだ。
傭兵たちのあいだでも食事に対する不満は、かなり大きいらしい。
「まったく……」
俺は立ち上がると、女性に食ってかかっている傭兵へと近寄った。
濃い茶色の髪をした傭兵は、簡素な鎧に籠手、脛当てという、軽戦士風の装備に身を包んでいた。
髪色と同じ色をした目を真っ向から受けながら、俺は傭兵と給仕の女性とのあいだに割って入った。
「この人に文句を言っても、仕方ないでしょ。文句は、街の領主へ言うべきじゃないですか?」
「……なんだ、てめーは」
「今日、民兵になったばかりの商人です」
俺の返答を聞いた傭兵は、俺を睨み付けた。怒りというより、相手を威圧するための表情なんだろう。
ワザと歪めたような口で、傭兵は諭すように言ってきた。
「あのなぁ……どうせ、今晩にも無駄死にするテメーには関係ねぇかもだけどな。こっちは毎日毎日、こんな糞不味い飯を食わされてるんだぜ? そりゃ文句の一つも出るってもんだろ」
「いやあ、無駄死にするつもりはないんですけどね。でも、それならなおのこと、文句は領主に言うべきじゃないですか? 食事の手配をしてるのも、どうせ領主なんでしょうから」
俺が街の中へ指先を向けると、その傭兵は怒りの形相で詰め寄って来た。
「領主に文句が言えるもんなら、もう言ってらぁ! 糞生意気なことを言ってると――」
その言葉の途中で、数人の衛兵がやってきた。
「なんの騒ぎだ!」
「チッ――鬱陶しい奴らが来やがった」
衛兵の接近に気付いた傭兵は、俺と給仕の女性から遠ざかってしまった。
衛兵たちは、その傭兵のほうへ行ってしまった。あとに残された俺は、給仕の女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「ええ……ありがとうございます」
「それは良かった。でも正直、食事の不味さも原因ですけど……ずっと、こんな食事なんですか?」
「いいえ。最初は、もっとマシだったと思います。ですが、ここ半月くらいは……こんな感じになってしまってます」
「半月も?」
給仕の女性の返答に、俺は本気で驚いた。そりゃまあ……あの傭兵が怒りたくなるのもわかる気がする。
この前――大体、一ヶ月半くらいだ――、ギリムマギに来たときは、魔物騒ぎの気配すらなかったのに。
俺は大きく息を吸ってから、給仕の女性に問いかけた。
「あの魔物たちは、いつから現れたんですか?」
「そこからは、わたくしからお話しましょう」
声がしたほうを見ると、侍女っぽい服装の女性が佇んでいた。
さっきから《力》を使ってなかったこともあって、彼女が近づいて来ることに、俺はまったく気付かなかった。
俺は少し警戒をしつつ、侍女っぽい女性に問いかけた。
「あなたは、どこの誰です?」
「わたくしは、御領主であるボロチン様の御息女、カレン・ハワード様の侍女、マリアと申します。カレン様からの言づても含めて、お話をさせて下さいませんか?」
領主の娘……か。マルドーは、彼女こそが敵の狙いって言っていた。なら、その彼女の使いという侍女から話を聞くことは、俺たちにとっても利点がある。
そんなわけで。
俺はマリアさんを連れて、アリオナさんたちのところへ戻った。
ちょっと険しめなアリオナさんの視線や、怪訝そうにしているフレディやメリィさんに出迎えられた俺は、マリアさんのことを誤解の無いように説明した。
だってほら……アリオナさんに嫌われたくないし。
借金持ちで、正確に重大な欠点のある俺が、アリオナさんと恋仲になっちゃ駄目だと思ってる。
だけど、それはそれ。これは、これだ。
女の子に声をかけまくってるナンパ野郎などと、嫌われたくはない。
こうして、無事にアリオナさんの誤解も解け、フレディやメリィさんも状況を把握したあと、マリアさんは立ったまま話を始めた。
「先ほど、クラネスさんが質問をしていたことから、お話しましょう。ギリムマギが魔物に襲われたのは、約一ヶ月ほど前からです。最初は二、三体だった魔物も、次第に増えてきて……今では数十体ほどが押し寄せている状況です」
「……そんな、ええっと……数十体も襲ってきてるんですか?」
鸚鵡返しな俺の問いは、アリオナさんへの説明を兼ねている。
マリアさんは小さく頷いてから、説明を続けた。
「最初の魔物を斃したあと、街の領主であらせられるボロチン様は、即座に戒厳令を出されました。街の周囲は危険であるから、誰であろうと外には出すな――と。旅人などについては、民兵として雇い入れることで滞在を援助、納税や農産物や家畜の搬入につきましては、街の外にて受け取りを行っております。魔物は周囲の村や集落を無視して、ギリムマギのみを襲っておりますので、このような対応になっているのだと思います」
なるほど……街の外での受け渡しというのは、領民に対する例外なんだろうな。魔物の襲撃に対して、反応が早すぎるような気もするけど……ボロチンって領主の情報が少なすぎて、判断できない。
俺と似たようなことを考えたのか、フレディが口を開いた。
「マリア殿と申されましたか。いささか、御領主の動きが速いような気がしてなりません。魔物の襲撃が続くと、どこかで知った――という話は御座いませぬか?」
「……いいえ。わたくしは、そこまで存じ上げません。ただ、カレン様が……あの夜、誰かと話をしていたようだ、と」
そこで話していた人物から、魔物の襲撃のことを聞いたんだろうか?
話を聞いて詳しい状況が掴めるかと思ったけど、違う謎がでてきてしまった。俺たちが沈黙していると、マリアさんは深々と一礼をした。
「カレン様からは、皆様への謝罪の言葉を預かっております。本来であれば、カレン様が直々に皆様に謝りたいと申されておりましたが……ボロチン様のお許しが出ず、それが叶いませんでした」
なんの慰めにもならないけど、なにもないよりはマシ……って感じか。
そんなことを考えていて反応が遅れた俺に代わり、フレディがマリアさんに頷いた。
「……そうでしたか。伝言、確かに承りました。カレン様にも、よろしくお伝え下さい」
「はい。確かに。それでは、皆様のご健闘を武運をお祈りしております」
そう言って踵を返そうとしたマリアさんに、メリィさんが慌てて声をかけた。
「あの、すいません! わたしたちは、街から出ることはできるんでしょうか?」
そのメリィさんの問いに、マリアさんは静かに首を振った。
「申し訳御座いません。わたくしには、その問いに答えられる立場にありません」
失礼いたします――最後にそう言って、マリアさんは去って行った。
前のほうから怒声が響き渡ったのは、その直後だった。
11
あなたにおすすめの小説
転生したら実は神の息子だった俺、無自覚のまま世界を救ってハーレム王になっていた件
fuwamofu
ファンタジー
ブラック企業で過労死した平凡サラリーマン・榊悠斗は、気づけば剣と魔法の異世界へ転生していた。
チート能力もない地味な村人として静かに暮らすはずだった……が、なぜか魔物が逃げ出し、勇者が跪き、王女がプロポーズ!?
実は神の息子で、世界最強の存在だったが、その力に本人だけが気づいていない。
「無自覚最強」な悠斗が巻き起こす勘違い系異世界英雄譚、ここに開幕!
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜
自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。
世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。
派手に振られて落ち込んでいる精霊王。
逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。
可愛すぎて人間が苦手になった真竜。
戦場のトラウマで休養中の傭兵――。
そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、
異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。
異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、
このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。
日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。
そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。
傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる