39 / 112
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
一章-5
しおりを挟む5
夕日が街を橙色に染め上げ始めていた。
仮眠していた俺がユタさんに起こされたとき、街の鐘が鳴り始めた。これが夕刻の鐘というのは、幌から見える景色を見て、すぐに理解した。
昼ご飯を食べてから、俺は商売をしないまま眠ることにした。仮眠といっても、四時間くらいは眠れた……はずだ。
馬車の床で寝ていたから、背中や腰が軋むように痛んだ。でも初日だし、遅れるわけにはいかない。
俺は手早く装備を調えると、馬車の外で待っていたアリオナさんやフレディと合流した。
三人で通りに出ようとしたとき、メリィさんが駆け寄ってきた。
「す、すいません。遅くなりました」
「あ、いえ。俺たちも、今から出るところですから。一緒に行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
やや緊張した面持ちで、メリィさんは俺たちに頭を下げた。
四人で西門へと到着したのが幸いしたのか、俺たちは同じ班――というか、小隊ということになった。
日が暮れる頃、もう一度だけ鐘が鳴る。それが門が閉じるのと同時に、兵士たちが所定の位置に布陣する合図となる。
それまで、俺たちは城壁の内側にある、家屋との隙間で休むことにした。ここなら日差しは避けられるし、なにより内緒話にはぴったりだ。
「一番の問題は、敵の正体がわからないってことなんだよね」
「若の言うとおりです。ゴブリンやオークといった亜人の類いなのか、それともマンティコアやオーガなどという大型の魔物か――それによって、戦い方を買えねばなりません」
俺の言葉のあとを継いだフレディに、メリィさんが大きく頷いた。
「それは理解できます。亜人種なら、まだ一対一に持ち込めば勝機はありますが、大型の魔物ですと、弓矢などの援護は必須になるはずですから」
「……まあ、そういうことです。そのあたりの情報は、兵士とか他の民兵の人たちに訊けば、教えてくれるかなぁ」
俺が溜息を吐くと、どこかから唸るような声が聞こえてきた。
〝やつらに訊いても、正確な情報など話してはくれぬぞ。魔物の正体など、まったくわかっておらぬからな〟
「マジか。でも、戦いになれば見てるは……」
あることに気づいて、俺は途中で言葉を切った。ここには、俺たち四人しかいなかったはずだ。
俺も周囲を警戒して、忍び寄ってくる足音には気を配っていた。
ずっと〈集音〉をしていたのに、足音は一つも聞こえてはこなかったはずだ。それなのに、先ほどの声は俺たちの会話を聞いた上で、言葉を発していた。
その異質さに、俺はある種の恐怖を感じていた。俺の《力》でも感じ取れない存在が、すぐ後ろにまで近寄ってきてるんだ。
こんなことは、この世界に来てから一度もなかった。それだけに背後にいる存在が、恐ろしく思えたんだ。
アリオナさん以外の三人が恐る恐る、しかし同時に声のしたほうへと振り向いた。
外壁と補強の石材とで周囲よりも濃くなった薄暗がりに、半透明の影が佇んでいた。
黒ぽいローブに、大柄な体躯。間違いなく、俺たちに不吉な予言をしてきた、あの幽霊だ。
「あ、あなたは――」
メリィさんが、腰を浮かせた。やはり、エリーさんとメリィさんが出会ったというゴーストは、俺たちと同じヤツだったんだ。
改めてみると、このゴーストはかなりの筋肉質だ。髪色まではわからないけど、短髪で精悍な顔つき。ローブも袖はなくて、筋肉逞しい腕が露出している。
ゴーストは俺たちの驚く顔を見回しながら、顔の高さまで右手を挙げた。
〝よく来てくれたな。心から感謝する〟
「……あんな脅迫じみたこと言っておいて、感謝するも糞もないでしょうに」
半目になった俺の突っ込みに、ゴーストは屈託ない笑顔を見せた。
〝いや、すまん。ああでも言わないと、来てくれなさそうだったしな〟
「……やっぱり、そういう理由かぁ。それじゃあ、災いっていうのも嘘だったんだ」
〝そうだな……こっちに来なかった場合、八つ当たりで〈火炎渦〉でも撃ち込むつもりだったが〟
……八つ当たりって。
なんて迷惑な。とにかく、これでわかったことは二つ。
このゴーストは、なにかも目的があって俺たちをギリムマギに集めた。もう一つは、こいつが語った災いが狂言で、俺たちにとってはギリムマギ自体が災いだったってことだ。
俺はゴーストに、憮然とした顔を向けた。
「〈火炎渦〉を撃ち込むって……ゴーストっていうのは、魔術が使えるもんなんですか?」
〝そうと限ったわけじゃない。元々の技能に左右されるからな。俺が魔術を使えるのは生前、ちったあ名の知れた魔術師だったからだ〟
「魔術師……その筋肉で」
このゴーストの外見は、見るからに筋骨逞しい。魔術師よりも、どちらかと言えば剣闘士と言われたほうが、素直に納得出来る。
「似合わねぇ……」
〝ああ、よくない。よくないなぁ。そうやって、見た目と偏見で物事を判断するのは、良くないぞ。筋肉、それは生命力の基本! 魔術の源となる魔力だって、生命力と無関係じゃねぇんだ。それに身体を鍛えるのは、なにごとにおいても大事だぞぉ〟
そう言って呵々と笑うゴーストを、俺は冷ややかな目で見ていた。
なんていうか……ゴーストって、もうちょっと陰鬱なものじゃないのか? 死んでるのに、なんでここまで陽気なんだろう。
溜息を吐いた俺は後頭部を掻きながら、半目のまま告げた。
「まあいいですけど。それより約束は護ったので、もう帰ってもいいですよね」
〝いや待て。それは困る――〟
「あの。もう日が暮れますし、次の鐘が鳴る前に本題に入りませんか?」
メリィさんの発言に、俺とゴーストは話を中断した。
確かに文句を言ったところで、この街から隊商が出ることが難しい今、少しでも状況を改善する方向に思考をシフトするべきだ。
フレディは俺に小さく頷くと、ゴーストへと口を開いた。
「我々を集めた目的を教えて欲しいのだが。なぜ、我々なのか――という点も訊かせて頂きたい」
〝そうだな。少し面子が足りないが、まあいいだろう。おまえたちを選んだのは、占術によって未来を視たからだ。おまえたちが、街のために戦っている光景が、はっきりと占術の結果として出てきた。そして……おまえたちを呼び寄せた理由は、この街を救って欲しいからだ〟
「街を救う?」
俺たちを発言を手で制止ながら、フレディが鸚鵡返しに訊き返した。
ゴーストは表情から笑みを消すと、視線を街の中央方面へと向けた。
〝そうだ。そして、街を襲っている魔物の正体は恐らく、合成された魔物だ〟
「キマイラって……獅子の頭に山羊の頭、蛇の頭を持つ……っていうヤツ?」
〝それは、一番有名なヤツってだけだ。魔術的には、別種族を合成した魔物の総称だ。この街を襲っているのは……植物や岩石などとゴーレムを合成した魔物だ。街の奴らでは、ここまでの正体はわからないだろうな〟
「あの、ちょっと待って。合成された魔物ってことは、誰かがそれを造ってるってことじゃないの?」
〝察しがいいな、少年〟
ゴーストは視線を戻すと、微笑んだ。
〝まだ特定はできないが……恐らく、ヤツは街の外に潜んでいるはずだ〟
「特定はできないというなら、推測はできているのではありませんか? あなたが直接、確かめに行けば、それで解決できるのではないでしょうか?」
〝悪いが、それは無理だ〟
ゴーストはメリィさんの問いを、あっさりと否定した。
〝俺の身体では、昼間は影に潜むことしかできん。それに夜は街の護りに徹したい〟
「街の護り……あなたも防衛戦に参加を?」
〝直接ではないけどな。俺が出しゃばると、幽霊騒ぎにも発展しかねん。それに、まだ魔物を送り出しているヤツに、俺の存在を知られたくないんだ。だから魔物の進行を遅らせたり、進む方向を逸らせたりと、補助的なことで援護してるってわけだ〟
ゴーストの返答を黙って聞いていた俺たち――アリオナさんは、相変わらず聞こえていない感じだ――とは違い。フレディだけは真顔でゴーストを見ていた。
「失礼。先ほどの問いの続きなのだが……あなたは街を救えと仰るが、魔物を操るものの目的を御存知か? それがわからねば、護りようがないでしょう」
〝……そうだな。その通りかもしれん。とはいえ、確定ってわけじゃない。俺の想定しているヤツが黒幕だったら、恐らくは領主の娘だろう〟
「領主の娘? なぜ、そう思う。街を襲うにしては、目的が小さい気がするのだが」
フレディの追求に、ゴーストは頭を掻く素振りをした。
〝まあ……そう思うだろうな。だが黒幕がヤツなら、領主の娘を狙うだろう。彼女は……その昔、俺とヤツが惚れた女性に瓜二つなんだ。もう……少なく見積もっても五〇〇年前のことになる〟
五〇〇年――それだけの長い年月にわたって、このゴーストはギリムマギを見守ってきたのか?
その言葉を素直に信じるのは早計だけど、話をしている感じでは、悪人ではなさそうな気がする。とはいえ、この結論を出すのことも、まだ早いんだけどね。
話をしていると、訊きたいことが次々に出てくる。
次の質問を――と思っていたら、街に鐘が鳴り響いた。
気がつけば、街もかなり薄暗くなってきている。もうすぐ、日が沈むんだろう。
〝時間切れだな〟
質問攻めになっていたゴーストは、鐘の音に少しホッとしたようだった。
〝俺は街を護る結界を造らねばならん。話の続きは、明日以降だな。それじゃあ――ああ、言い忘れていた。俺の名は、マルドー・メードという。この街の記録を調べれば、苦労せずにこの名を見つけることができるだろう〟
そんな自慢ともいえる言葉を残して、ゴースト――マルドーは姿を消した。
このあと、俺たちは街の外に出て指定場所の警備に就いたわけだけど……。
「ねぇ、クラネスくん。さっきの幽霊と、なにを話していたか教えて?」
というアリオナさんの要望に応じて、食事の配給が来るまでのあいだ、俺はマルドーからの情報について、ゆっくりと話を始めた
11
あなたにおすすめの小説
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる