最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
46 / 112
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

二章-5

しおりを挟む

   5

 日暮れの鐘が鳴り始めると、街の至る所から民兵や傭兵、そして衛兵たち四方の門へと散っていく。
 民兵と傭兵は、主に西門。衛兵たちの大半は、他の三つの門へと向かっていた。これだけで、敵の主力は西側で、あとは奇襲要員か、マルドーってゴーストによる妨害で、侵攻ルートから逸れた、はぐれなんだと思う。
 ここからわかることは、二つ。
 一つ目は、魔物の本拠地は街の西にあるということ。
 そしてもう一つは、西門に集められた傭兵や民兵は、あからさまな捨て駒だということだ。
 俺とアリオナさん、フレディ、そしてメリィさんの四人が西門の手前まで来ると、衛兵らしい若者が近寄って来た。


「おまえたちは――昨晩は、ご苦労だった。今晩もよろしく頼むぞ」


「そんなことより、隊長さんに会いたいんですけど」


 俺は腕を組みながら、若い衛兵を真っ直ぐに見た。


「うちの隊商にいる商人たちに、ちょっかいを出した件で、話がありますから」


「そ、れは……」


 俺の表情に怒りの影を見たのか、若い衛兵は少し怯んだように後ずさった。
 視線を彷徨わせるように周囲を見回し、助けになりそうな同僚たちの姿がないことを悟ると、若い衛兵は手を小さく前に出した。


「……隊長は西門ではなく、他の門を担当なされているはずだ。改めて、明日の差にでも兵舎を訊ねて参るといい」


「それじゃあ、そーさせてもらいます」


 俺が大人しく承諾すると、若い衛兵は早足に西門へと去って行った。きっと、城壁の上にいる仲間たちに、このことを伝えに言ったんだろう。
 門が閉まるまで、あと一時間ほど。
 俺たちはまた城塞と建物のあいだにある裏道に入ると、腰を落ち着けた。


「さて……と。民兵として、二夜目の仕事なわけだけど。今度も昨日みたいな魔物なだけなら、なんとかなりそうかな」


「そう願いたいですね。正直に言って、あれ以上の乱戦なんかに参加したくないですよ」


 メリィさんの意見には、概ね同感だった。
 だけど、彼女の主であるエリーさんは、敵の本拠地を探す気でいる。どうなると、今以上の乱戦になる可能性だって、少なくはないはずなんだ。
 俺は大きく息を吐くと、投げやり気味に頭を掻いた。


「どっちにしたって、情報が少なすぎるんですよね。カレンさんでもマルドーでもいいから、情報を持って来てくれないかなぁ」


「若。さすがにそれは、他人任せ過ぎです。こちらからも動きませんと」


「そうは言うけどさ、フレディ。街から出られないんじゃ、限度はあるよ」



 溜息交じりに俺が反論をすると、アリオナさんが躊躇いがちに袖を引っ張ってきた。


「ねえ、クラネスくん。情報集めに街の外に出られないのは、カレンって領主の娘からの連絡待ちよね」


「えっと……そうなるかな」


「それじゃあ、街の中を探してみない? 大昔の遺物とか、そういったものが残ってるかもしれないし」


「えっと……なんで、そう思うの?」


「前にやってた……その、ゲームに、そういった話があって……」


 このゲームって、もしかしなくても前世の話か。確かにゲームなら、街の中で情報を集めてダンジョンに行くって展開は、多い気がする……けど。
 これは……どう対応するのが正解なんだろう。
 俺は腕を組むと、かなり悩んだ。
 直接的な否定は避けるべきか――という結論に達した俺は、近くにある城塞の壁に手を触れた。


「そこから、手掛かりを掴める可能性はあるけどね。ただ、俺たちは街の中を自由に歩き回れないからさ。さすがに、他人の家や砦の中とか、入れないから……街の中にある手掛かりは、カレンさんに任せたほうがいいと思うんだ」


「あ、そっか……そうだね」


 よし……なんとか、無難に説得ができた。流石に『ゲームと現実は違うから、都合良く街中で遺物なんか見つからないって』とは、ちょっと言えない。
 とにかく、今はカレンさんからの連絡待ち――四人のあいだで、その認識を共有した直後、俺は城塞の壁で日陰になった場所で、揺らめく影を見た。


〝よお、揃ってるな〟


 片手を小さく挙げたマルドーが、笑顔を向けてきた。
 しかし、俺たちの好意的とはいえない視線を受けて、マルドーの顔から笑みが消えた。


〝なんだ? どうしたんだよ〟


「どーした、じゃあないですよ。推測でもいいから、敵の情報を教えて下さい。敵が街の西にいそうなのは、俺らで推測しましたが、情報が足りなくて身動きができないんですってば。情報があれば、そこから外に出る理由をでっち上げたり、説得の材料になったりするかもしれないじゃないですか」


 俺は文句を言ってから、今日あったことをマルドーに伝えた。
 話がカレンさんのところに来たとき、マルドーが驚いた顔をした。


〝カレンに会ったのか!?〟


「ええ、会いましたよ。確かに美人ですし、今日見た限りでは性格も良さそうな印象でした」


 メリィさんの感想を聞いたマルドーは、腕を組みながら何度も頷いた。


〝そうだろう、そうだろう。品が良くて器量よし。慈悲深く、慈愛に満ちた女性――やっぱり、姿だけじゃなく、性格も当時と瓜二つだ〟


「そういう情報は、どーでもいいからさ。敵の情報を教えて下さいよ。言っておきますけど民兵として、この街で生涯を過ごすつもりは、一切ないですからね」


〝いや、そう言われてもだな。まだ確証がないんだ。誤った情報で動くと、おまえたちが危険なんだ。魔術師を相手にするっていうのは、それほどまでに厄介だと覚えておいてくれ〟


 やけに慎重過ぎる気がするが、マルドーの顔は真剣そのものだ。それだけに、否定するだけの根拠がない以上、反論はできなかった。
 それにメリィさんが、マルドーの言葉に納得した顔をしていた。


「わかりました。あなたの意見は、正しいと思います。ですが、敵の本拠地を探るには、あなたの助力が必要になると思います。日帰りになると思いますが、同行して頂きたいんです」


〝いや……前にも言ったが、昼間に動くのは無理だ。ゴーストに限らず、不死者と呼ばれる類いの者は、日光には弱いんだ。最悪の場合、身体の維持ができなくなって、崩壊してしまうんだ〟


「そこは、なんとか考えて頂きたい。メリィ女史の言うとおり、あなたの知識が必要となるなら、我々だけで捜索をしても、埒が開かないでしょう」


 フレディからも同行を請われて、マルドーは悩むように腕を組んだ。
 彼の様子を見る限りでは、考えろと言ったところで、すぐには解決策が見つかりそうもない。
 俺は溜息を吐くと、小さく手を振った。


「今日の今日ってわけじゃないんで、ゆっくり考えて下さいよ。情報とかないから、俺対はそろそろ時間なんで、門の外へ行きますから」


〝あ、ああ……わかった。同行の件は、ちょっと考えておく〟


 心なしか最初の元気が失せたマルドーは、また揺らめきながら姿を消した。
 先だっての問題は、魔物の襲撃だ。これを撃退しなくては、敵の本拠地を捜索に行くこともできない。
 俺たちは門の外へ移動すると、所定の位置に付いた。



 ちなみに、魔物の襲撃は、昨日とほぼ同じ構成だったため、危なげなく撃退完了したわけだ。
 まったく……これが毎日だと、さすがに面倒臭いし、シンドイなぁ。

   *

 夜が更けたばかりのころ。
 魔物の襲撃がギリムマギを襲う、一時間ほど前。ギリムマギの西にある森の中で、朧気な影が動いていた。
 木の枝に半透明の指を沿わしながら、独特な旋律を紡いでいる。
 旋律――呪文を唱え終えた直後、枝が曲がり始めた。


(――これで、いい)


 影は今度は地面から露出した岩の断片に、同じ呪文を唱えた。            呪文の効果が現れると、岩の表面に文字が刻まれた。影が一歩だけ離れると、岩が盛り上がり始めた。


(仕掛けは、これくらいでいいだろう)


 周囲の岩や枝葉がその位置を変えていくのを視ながら、影はホッと息を吐いた。
 ゆっくりと街へと戻る影が、一瞬だけその姿をはっきりと見せた。大柄な姿に、袖のないローブ――魔術師のゴーストであるマルドーの姿が、暗がりに紛れるようにかき消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

処理中です...