最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

二章-6

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   6

 戦いが終わった俺たちは、馬車列のある市場の広場へと戻った。
 だけど俺には、呑気に休んでいられる余裕がない。これからすぐに兵舎に行って、隊商の馬車や商人に対する処遇改善を願い――いや、勝ち取らなければならない。
 鎧や長剣を荷馬車に置いた俺は、眠気で鉛のように重くなった頭を振ってから、市場の出口へと向かった。
 今日こそ、ちゃんと話をしないと……隊商のみんなが、いらぬ苦労を背負い込むことになってしまう。
 瞼の重さに視界がほぼ真っ暗になりかけたとき、真横から声をかけられた。


「クラネス様」


 一瞬、自分の名前が呼ばれたことに気づけなかった。
 二回目に名を呼ばれて振り返ると、なにやら古めかしい本を抱きかかえた、マリアさんがいた。
 マリアさんは目を細めながら、嘆息に似た息を吐いた。


「そんなフラフラで歩かれては、危ないですよ」


「そう言われても……急いで兵舎へ行かないと」


「そんな睡眠不足で話し合いをしても、言い負かされるだけでは?」


 ……超ド正論である。
 寝不足な頭で話し合いをしたって、冷静な判断が出来なければ、相手の仕掛けてきた罠や言いくるめに対して、反論の一手が出てこないだろう。
 仮眠をすれば違うんだろうけど……そんな時間的余裕がまったくない。
 俺は欠伸を噛み殺しながら、軽く頭を振った。


「マリアさん……こんなところで、どうしたんですか?」


「あなたがたに会いに来ました。カレンお嬢様からの言伝を預かっております。街の過去に関する書籍が見つかりましたので」


 その言葉で、眠気が軽く吹っ飛んだ。


「もう見つかったんですか!?」


「……はい。この早朝に」


 早朝? あの深窓の御令嬢そのものな彼女が、そこまで熱心に調べてくれるなんて……思ってもいなかった。
 見直したっていうと失礼極まりないけど、カレンさんのことを侮っていた俺は、自省の念を抱いた。
 この頑張りを無下に扱うことだけは、してはいけない気がする。それは人として、やってはいけないことに思えたんだ。
 俺はマリアさんと広場に戻ると、アリオナさんやフレディ、それにエリーさんとメリィさんを集めた。
 マリアさんは俺たちに、古びた茶色い表紙の書籍を見せた。


「これは、ハワード家の御先祖様にいた、とある女性が記したものです」


 そう前置きしてから、マリアさんは内容について語り始めた。

 今から約五〇〇年前――この街がまだギリムマギではなく、別の名前だったころ。この一帯は魔術師たちが多く住んでいたようだ。
 本を記した女性はカレンさん同様、街の首長の長女だったようだ。魔術が盛んな土地とはいえ、首長と魔術師とでは身分の差は歴然だ。
 そんな土地に住みながら、この女性は魔術師の一人と恋に落ちました。リュート座の女性とワイバーン座の魔術師は、星座的にも相性が良かったようです。身分違いという困難にも挫けず、二人の想いは激しく燃え上がり――。


「あの、すいません。そこの部分って今、必要ですか?」


 俺の指摘に、マリアさんは本の文面から顔を上げた。


「……申し訳ありません。お嬢様が、この部分にいたく感動されておりまして。是非、お話をするようにと仰せつかりまして」


「なるほどぉ。お気持ち、わかりますわ」


 ポンと手を打ちながら微笑んだのは、エリーさんだ。なんかマリアさんと、身分違いの恋への憧れ――的な会話で盛り上げっているんだけど。
 徹夜明けで寝不足な俺やアリオナさん、それにフレディやメリィさんは、うろんな表情をしていた。


「すまないが、話を戻して貰えないだろうか」


「申し訳ありません。それでは、話を戻します」


 マリアさんは謝ってから、本の文面を指でなぞった。

 恋人の魔術師は逢瀬を重ねていた女性は、あるときから別の魔術師に付きまとわれ始める。
 恋人と別の魔術師は、二人ともかなり高位の魔術師だったらしい。話し合いは拗れに拗れ、恋人と別の魔術師とで話し合いが行われたらしい――が、そこでなにが起きたのか、二人とも自宅で他界してしまったらしい。
 悲嘆に暮れた女性は自殺を図ったが、兄や妹たちに命を救われる――そこから哀しみが薄れて、伴侶を得るまでに五年の歳月を要した――という話だった。
 今回の書物の内容で一番の情報は、魔術師たちの自宅のあった場所が、記されていたことだろう。恋人の自宅は街から北東の山の中。別の魔術師は、街から西だ。


「ここに出てきた自宅を、調べたいですわね」


 エリーさんはそう言うけど……これには、大きな問題がある。
 俺は頭を掻きながら、マリアさんの手の下にある書物に指先を向けた。


「五〇〇年も前の書物ですよ? 今でもその家が残っているとは思えないんですけど」


「そうとは限りませんよ? 大昔のものとはいえ、魔術師の建物ですから。遺跡として残っている可能性がありますよ」


 遺跡――その可能性は、考えてみなかった。
 なにせ俺の前世からすれば、この世界は中世以前の文化レベルだ。そんな世界に、遺跡があるなんて思ってもみなかった。


「なるほど。遺跡を調べるわけですね。ですが、そこで手掛かりを見つけられるか、その確信はあるのですか?」


 フレディに問われたエリーさんは、お気楽な表情で首を横に振った。


「確信なんて、ありません。ただ、調べる価値はあるでしょう。手掛かりがあれば、めっけもの。なければ、書物の情報がハズレってわかりますから」


「……なるほど」


 フレディと同じように、俺も納得しながら頷いた。
 虱潰し――って、こっちの世界でも言うのかは、わからない。だけど情報が少ない今、手当たり次第に調べていくっていうのは、間違っていないと思う。


「……となると、やっぱり街の外へ行かなきゃですね」


「その通りです。マリアさん、わたくしたちが街の外へ出る件は、どうなりました?」


「……まだ、結論は出ておりません。ボロチン様が、難色を示しておりまして……民兵の中で最大戦力ともいえる者たちが、それで逃げたらどうするのだ、と。見張りを付けたとしても、あなたがたが本気を出せば、逃亡は不可能ではないと言われておりまして」


 さすが……腐っても領主で貴族か。戦力分析が確実で、自分の街の兵士に対しても希望的観測のない、容赦ない評価を下している。
 そうはいっても、今日の今日で外に出るのは無理そうだ。


「調査できるまで、長くなりそうですねぇ」


 俺が溜息を吐くと、マリアさんは頭を下げてきた。


「申し訳ありません。こちらも、努力をしてはいるのですが」


「ああ、いや。マリアさんたちを責めているわけじゃないですよ。他にも考えなきゃならない問題が、出てきましたし」


 メリィさんが眠たそうな目を、俺に向けてきた。



「問題?」


「この書籍に書かれている二人の魔術師。恋人と、付きまとった魔術師がいますけど、あの幽霊はどっちだったのか――って問題が」


 俺の言葉に、この場にいた全員がハッと顔を上げた。
 マルドーの言葉を信用するなら、彼は恋人だった魔術師となる。だけど、もしそれが嘘だったら……。
 俺たちは、なにか大きな罠に填められている可能性だって、出てくるんだ。


「……悩ましいですね。わたくしたちに、街を救ってくれと言ったましたから。つい、幽霊さんの言葉を信じてしまいましたけれど。こうなると、不安を覚えてしまいますね」


 と、エリーさんは表情を曇らせるけど……言った張本人がこう言うのもなんだけど、そこまで心配する必要はないと思う。


「あくまでも、可能性の話ですから」


「でも、用心はしたほうがいいってことですよね」


 メリィさんは、真剣な顔で頷くと、主であるエリーさんと目配せをした。
 とりあえず、話はこれで終わりだ。俺が立ち上がろうとしたとき、俺の肩にストンっという感触がした。
 横を見れば、寝息を立てているアリオナさんの頭部があった。なにせ、俺以外の声が聞こえないんだ。
 こうした話し合いになると、暇で仕方がなかったんだろう……な。
 熟睡してしまったアリオナさんの、汗の臭い――それが漂って来て、俺の脳を激しく焼き始めた。


「クラネス様、兵舎へ行かれるなら、わたくしも同行致しますが……如何致しますか?」


「いやその……そうしたいのは、山々なんですが」


 アリオナさんが俺の肩を枕代わりにして、熟睡しているから動けない。
 どうしたらいいんだろう? アリオナさんを起こしたくはないし、このままでいたいという気持ちもある。
 だけと、隊商の長として話しをしに行かなければならない――この葛藤に、俺は硬直してしまった。結局、フレディやエリーさんの助けもあって、アリオナさんは荷馬車の寝床へ運ばれていった。
 少し惜しい気持ちもあったけど、こればかりは仕方が無い。
 そんなわけで、俺はマリアさんと兵舎へと出向いた。
 仕入れについての譲歩は無理だったけど、隊商の馬車が市場の広場で逗留し続けられる許可は奪い取った。これで一安心――と思っていたけど、昼前には更なる進展が飛び込んできた。

 俺たちが街の外へ調査に出る許可が、正式に出たと――マリアさんが伝えに来てくれたんだ。
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