最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
48 / 113
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

二章-7

しおりを挟む

   7

 吉報というのは大袈裟だけど、街の外に出る許可が出た。
 まだ三、四時間の仮眠しか取れていないけど、俺は兵舎へと向かうことにした。確認のためというのもあるけど、衛兵の隊長から、確実に言質を得るためだ。
 ついでに、監視や許可された時間なども聞かなきゃなんだけど。
 パッと行って、パッと帰るとしよう――そういうつもりなので、今回はアリオナさんはもちろん、フレディも連れて来ていない。
 みんなには、ちゃんと睡眠を取って欲しいしね。
 早足で通りを進んで兵舎に辿り着いた俺は、扉の前にいた二人の歩哨へ名前と用件を伝えた。
 歩哨の一人が兵舎の中に入ってから、しばらくして中に入る許可が出た。
 兵舎の中は閑散としていて、ほとんど衛兵の姿は見なかった。深夜の襲撃が続いていて、この時間は眠っているんだろうな……これ。
 まっすぐな廊下を衛兵に先導されつつ、俺は一番奥にある隊長の部屋に通された。
 部屋の中は、恐ろしく殺風景だった。執務机と本棚以外の家具はなく、俺が入って来た出入り口から見て右側に、恐らくは隣の部屋へと続くドアが一つに、小振りの窓があるだけだ。
 執務机の上には燭台もあるけど、これは手持ちもできるヤツだから、部屋に備わったものではないと思う。
 執務机に座っている隊長に、俺は会釈をした。


「わたくしたちの要望を聞き入れて下さり、ありがとうございます」


「気にするな。カレンお嬢様からの推薦というだけだ……」


 それで発言が終わったと思った俺が意見を言おうとしたけど、隊長が先に口を開いた。


「……だが、正直に言って、我々も限界だ。魔物が無限に出てくる原因がわかり、それを阻止できるのなら、是非に頼みたい」


 このときの隊長は、俺にすがるような目を向けていた。俺たちが調査に出ることが、隊長によっては一縷の望みになっているようだ。
 とはいえ、そこまで過度な期待はしていないようにも見える。その相反する感情に違和感を覚えた俺は、言質を取るためだった隊長への質問を変えた。


「あの、一ついいですか? なんか、調査に期待をしてるって感じじゃないっぽいですが」


「ああ……実は魔物の発生源についての調査は先月、冒険者に依頼をしていてな。数日ほど調べさせたが、なにもわからなくてな」


 なるほど。そういう経緯があったのか。
 あれだけ魔物に襲われてて、その原因究明を一度もしてない――ってのは、流石にないか。俺が聞いた限りでも、ここのボロチン男爵サイコパス糞野郎が無能という噂はない。
 でも、そうなると新たな疑問が頭を過ぎる。


「でも、それならなぜ、調査の許可を?」


「……先ほども言っただろう。もう、我々も限界だ。衛兵の負傷者も増え、残った者たちの気力と体力も尽きかけている。それに交易も止まっているから、街の財政も悪化しつつある。魔物の襲撃を止めねば、兵たちだけではなく、街のすべてが終わってしまう」


「それで、無条件で許可を?」


「……無条件ではない」


 このまま話の流れに任せて、言質を取ろうと思ったのに。隊長まで上り詰めた人だけあって、こんな手じゃ騙されないみたいだ。
 隊長が執務机を手で叩くと、隣の部屋から若い男が出てきた。隊長は男を一瞥してから、俺に向き直った。


「……彼と衛兵の一人を監視につける。もし君らが逃げれば、彼らがそれを報せ、残った商人たちを罰することになるだろう。これは御領主からの指示であるから、ここでごねたとしても、決定は変わらぬ」


「……承知しました。ですが、一つだけ質問をいいですか? 彼は衛兵ではないんですか?」


「そう、彼は傭兵だ。お互いに、自己紹介を済ませておくといい」


 隊長が片手を振って促すと、傭兵の男が俺に近寄って来た。
 茶色の髪はボサボサで、目も髪と同じ色。鎧や籠手はしていないが、その風貌には見覚えがあった。
 そしてそれは、相手も同様だった。


「なんだよ。誰の監視かと思ったら、おめーか」


 クレイシーは眠そうな目を僅かに細めながら、口を曲げた。


「こっちの自己紹介は、一昨日い済ませたからいらねーよな?」


「そうですね。誕生日込みで教えて貰いましたし。俺は、クラネス・カーターといいます。隊商の長をしています」


 一礼こそしなかったけど、俺はクレイシーに目礼をした。
 クレイシーは小馬鹿にしたような顔で、欠伸を噛み殺した。


「隊商の長……その若さで、ねぇ。ま、今はタダの民兵だってことは、覚えておけよ。じゃねぇと、領主に目を付けられるぜ」


「そこは精々、気をつけますよ」


「おう、そーしな。で、街の外へ調査へ行くって? この時間じゃあ、今日は行かないんだろ?」


「そのつもりです。明日の襲撃が終わってから、行こうと思ってますけど」


「徹夜かよ……まあ、いいけどな。それじゃあ隊長さんよ、俺は宿に戻るぜ。クラネス……だったな。また明日ってことで」


 クレイシーは片手を振りながら、部屋から出て行った。
 彼の言ったとおり徹夜になるけど、御者を誰かに頼めば、二時間くらいは仮眠がとれるはずだ。西側の森全域を調べるわけじゃないし、明日の調査は目的地がある分だけ、楽かもしれない。
 俺も隊長に別れの挨拶をすると、広場へと戻ることにした。

 ……それにしても、想定以上に街の状況は悪いなぁ。

 交易がほとんどできていないし、人や物資の流動も、ほぼ無いに等しい。だから、経済的に停滞してしまうのは、当たり前のことなんだ。
 ただ、予想よりも酷い状況ってだけ。本来の旅程なら、さっさと次の街や、村などへ逃げ出しているところだ。
 広場に入った俺が厨房馬車に入ろうとしたとき、エリーさんが近づいて来た。その足元では、ペットの猫が寄り添うように佇んでいた。
 首輪やリードもないのに、よく身勝手に動き回る素振りがない。よほど、飼い主に懐いてるんだろう。
 俺が猫を眺めていると、エリーさんが声をかけてきた。


「長さん、どちらへ行かれていたんですか?」


「兵舎まで、ですよ。街の外へ調査に出るのが、許可されたじゃないですか。ですので、監視が付くのかとか、話を聞きに行ってました」


「そうなんですね。やはり、監視の御方は一緒にいらっしゃるんでしょうか?」


「ええ。衛兵が何人かと、傭兵が一人。逃げ出したら、街に残った商人がタダじゃ済まないって、脅されましたよ」


「あらあら……物騒ですわね」


 口元に手を添えながら驚くエリーさんは、そのあとで少し悩む素振りをみせた。
 それから一向に口を開かないので、仕方なく俺から話を振ることにした。


「ところで、なにかあったんですか?」


「いえ。お話は、これからのこと……でした」


「でした?」


 俺が鸚鵡返しに訊き返すと、エリーさんは小さく周囲を見回してから、一歩だけ近寄って来た。


「実は……調査について、ご提案があったんです。あの幽霊さんを、調査に同行して頂こうと思ったんです」


「いやでも、昼間は無理って話でしたよ。メリィさんから、聞いてませんか?」


「ええ、聞きましたわ。ですから、その方法を考えましたの。このマースに、あの幽霊さんを憑依させようと考えたましたの」


 エリーさんの案に、俺は眉を顰めた。


「……そんなこと、できるんですか? 猫だって、嫌がるんじゃ」


「そこは、折り合いが付きましたから。憑依させる手段も存在します。ただ……ほかの衛兵さんや傭兵さんが一緒となると、会話が難しくなりますから。同行する意味がなくなってしまいますの」


「ああ、なるほど」


 アドバイスが欲しいから、マルドーと同行したいんだ。だけど、それが得られないなら……変な苦労をしてマルドーを同行させる必要はない。
 さっさと方針を定めたいところだが、こればかりはマルドーに確認を取らないと決められない。


「そこは、マルドーに確認を取ってから決めましょうか。当人にその意志があるなら、乗っかるのも手だと思います」


 もちろん、警戒は必要だ。だけど、それも今回のことで決着が付くかもしれない。どっちに転んでも、連れて行くことで、なにかしら判明するかもしれないんだ。
 エリーさんも似たようなことを思ったのか、ポンと手を打った。


「そう……ええ、そうですわね。長さんに相談をして、本当に良かった」


 柔和に微笑んだエリーさんは、俺に会釈をしてから自分の馬車に戻って行った。それを見送りながら厨房馬車に上がろうとしたとき、背後から服を掴まれた。
 振り返ると、なにやら不機嫌そうなアリオナさんが、そこにいた。


「二人だけで、会ってたの?」


 俺は一瞬、なんのことかわからなかった。
 だけど、エリーさんと喋っていたことを言っているのだと、すぐに理解した。


「あ、いや、違う。ここで、ちょっと調査のことで相談されただけ」


「ふぅん……」


「いや、だから本当だってば」


 これは、言い訳じゃない。れっきとした事実を言っているだけだから、俺はまったく悪くない。
 俺が事情を説明すると、アリオナさんは納得してくれた……けど、その代わりに上目遣いで、言ってきた。


「じゃあ、隣で寝ててもいい?」


 ……どこをどうしたら、『じゃあ』になるんだろう。でも、そこを突っ込めるほど、俺の立場は強くない。いや単純に、惚れた弱みって意味で。
 断れないまま、俺とアリオナさんは厨房馬車で仮眠を取った。

 言っておくけど、色っぽい展開は、なにもないから、あしからず。

 この日の夜、またもや現れたマルドーに、俺たちはエリーさんの案を言ってみた。
 さて返答は如何に……と思ったが。


〝へえ。それは面白いな。彼女が言うなら、確かな案なんだろうさ。いいぜ、会話についても上手くやってやるから、連れて行ってくれ〟


 という感じで、あっさりと承諾を得てしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

狼になっちゃった!

家具屋ふふみに
ファンタジー
登山中に足を滑らせて滑落した私。気が付けば何処かの洞窟に倒れていた。……しかも狼の姿となって。うん、なんで? 色々と試していたらなんか魔法みたいな力も使えたし、此処ってもしや異世界!? ……なら、なんで私の目の前を通る人間の手にはスマホがあるんでしょう? これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?

スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。 女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!? ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか! これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。

町工場の専務が異世界に転生しました。辺境伯の嫡男として生きて行きます!

トリガー
ファンタジー
町工場の専務が女神の力で異世界に転生します。剣や魔法を使い成長していく異世界ファンタジー

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

スライムに転生した俺はユニークスキル【強奪】で全てを奪う

シャルねる
ファンタジー
主人公は気がつくと、目も鼻も口も、体までもが無くなっていた。 当然そのことに気がついた主人公に言葉には言い表せない恐怖と絶望が襲うが、涙すら出ることは無かった。 そうして恐怖と絶望に頭がおかしくなりそうだったが、主人公は感覚的に自分の体に何かが当たったことに気がついた。 その瞬間、謎の声が頭の中に鳴り響いた。

処理中です...