49 / 112
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
三章-1
しおりを挟む三章 蛇とワイバーン
1
俺たちにとっては三回目の襲撃を凌いだ、翌朝。
二台の馬車に分乗した俺たちは、西門からギリムマギを出た。馬車の一台は、衛兵たちが使う人員輸送用の馬車。もう一台は、俺の厨房馬車だ。
厨房馬車には、俺とアリオナさん、フレディにエリーさんとメリィさん。そして御者をしてくれてる、若い衛兵。
衛兵の馬車には、クレイシーと二人の衛兵だ。
厨房馬車を先頭に、二台の馬車はゆっくりと西へと向かう街道を進んでいる。俺は厨房馬車の壁に凭れつつ、アリオナさんは俺の隣で仮眠をしている。メリィさんは、床の上で並んで眠っている。エリーさんは、フレディと一緒に御者台だ。
俺とフレディは、一時間交代で仮眠する約束になっている。
ガタガタと揺れる振動が、電車の揺れみたいで眠気を誘う。熟睡していたところ、壁が軽くノックされた音で、俺は目が覚めた。
小窓から顔を出すと、少し眠そうなフレディが御者台から顔を向けてきた。
「若、申し訳ありません。そろそろ時間となりますので」
「あ、うん。見張りを代わるよ」
厨房馬車が停まると、俺とフレディは交代した。
仮眠はとったけど、まだ頭の芯には鉛のような眠気が残っている。欠伸をしていると、真ん中に座っていたエリーさんは、灰色の猫を抱きながら、柔和な笑みを向けてきた。
「長さんは、まだ眠そうですねぇ」
「そりゃ……まあ。徹夜明けですからね。それより書物にあった場所は、まだ着かないですか?」
「そうですね、もうすぐだと思います」
〝随分と風景が変わっているが、あと一、二時間だろうな〟
エリーさんが抱いている猫が、俺を見た。
エリーさんの飼い猫である猫のマースには今、マルドーが憑いている状態だ。迂闊に会話ができないと思っていたが、今みたいなテレパシーに似た魔術で会話ができるらしい。
それから約一時間ほど馬車で進んだとき、マルドーが西南の方向へと顔を向けた。
〝止まれ。やつの屋敷は、このあたりだ〟
「衛兵さん、止まって下さい!」
マルドーの声にいち早く反応したエリーさんが、手綱を握っていた衛兵に告げた。
厨房馬車が停まると、後ろの馬車も停止した。
俺は御者台から降りると、厨房馬車の後ろに廻って扉を開けた。
「みんな、到着したよ」
俺の一声で、アリオナさんとフレディは目を覚ました。だけど、メリィさんは熟睡してしまったのか、起きる気配がない。
エリーさんに頼んで起こして貰うと、俺たちは猫に憑いたマルドーの先導で、森の中へと入っていった。
見張りとして同行しているのは、衛兵が一人とクレイシーだ。
二人に悟られないよう、マルドーはトテトテとした足取りで進んでいく。鬱蒼という言葉通り、かなり鬱陶しいほどに草木が茂っていて、かなり歩きにくい。
だけど途中から、枝が折れたり雑草が踏み荒らされて、少しだけと歩きやすくなった。
十数分ほど歩いただろうか……マルドーが不意に立ち止まった。
〝着いた……けどな、これは〟
テレパシーで伝わって来るマルドーの声は、どこか戸惑っていた。
この周囲には大木以外の植物が、ほとんど自生していない。地面はなにかの足跡で埋め尽くされていて、露出した地面は荒れ放題になっていた。
この半径約二〇ミクン(約一九メートル六〇センチ)の荒れ地の中央に、石材の瓦礫があった。
柱のあとだろうか、傾いた三本の石柱に、家屋の土台のような石材が残っていた。
「お屋敷のあった跡でしょうか……」
〝だろうな。五〇〇年という年月が経ってるんだ。これだけ痕跡が露出しているだけでも、奇跡みたいなものだろうさ〟
エリーさんに答えながら、マルドーは今や遺跡というべき残骸へと近づいていく。
そのあとをついて残骸に近寄ると、思っていたよりボロボロだった。土台はデコボコになっているし、半分くらい崩れた石材も多い。
俺は瓦礫を見回しながら、溜息を吐いた。
「それで……ここの、どこをどう調べればいいんだろう?」
「そうよねぇ。地面でも掘ってみる?」
アリオナさんも困った様子で、瓦礫の前でしゃがみ込んでいる。考古学者ならいざ知らず、俺たちが欲しいのは魔物が出現する理由だから、もっとこう――分かり易い魔方陣とか、暗黒水晶が、目立つように置いてあったりとかして欲しい。
俺はアリオナさんに近寄ると、しゃがみながら瓦礫を覗き込んだ。
「なにか見つかった?」
「なんにも。というか、なにを探せばいいの?」
「それは、俺も聞きたいんだよね」
俺は答えながら、エリーさんたちを振り返った。
エリーさんとメリィさんは、傾いた石柱を見上げている。柱の表面に指先を向けるエリーさんは、なにかをメリィさんに話をしている。
俺は立ち上がると、エリーさんたちに近づいた。
「……なにか見つけました?」
「ああ、長さん。こちらを見て下さい」
俺が石柱を見上げると、点と線で形造られた模様……のようなものが刻まれていた。
形としては、三本の線が少し曲がりながら左下から右上に伸びていて、線の端と曲がっている場所に丸い点がある形状だ。
下から二つ目の点からは、左右に短い線が伸びている。
「これは?」
「星座ですね。たしか……蛇座。正確には、羽の生えた蛇座といいます」
エリーさんは石柱に刻まれた星座から、目を離した。
「一月を守護する馬座から、貝座、塔座、狼座、リュート座、鷹座、蛇座、ワイバーン座、夫婦座、斧座、くじら座、熊座……誕生月を支配する一二星座が、一番有名かもしれませんね。ただ離村や小さな町では、あまり知られていないようですけれど」
元の世界とは異なり、一二星座は月単位みたいだ。名前が違うのも、異世界なんだから当然っちゃあ、当然か。
一月五日生まれの俺は、馬座ってことらしい。今まで星座とか興味がなさすぎて、俺も知らなかった。
「なんで、こんなところに星座が刻まれているんでしょうね」
「さあ……お家の模様だったんでしょうか?」
エリーさんも首を傾げた。でもそれは、俺の質問に対するものだけじゃないっぽい。
「この丸は、なんでしょう?」
石柱に刻まれた星座の近くに、三つの大きな丸が彫刻されていた。僅かに膨らんだ丸は、大中小とあって、星座の右に大、左上に小、真下に中がある。
窪みなら風雨にさらされた傷かもしれないが、膨らんでいる以上、なにかの意味があるんだろう。
ふとマルドーを見ると、睨むように星座を見上げていた。
「……どうしたの?」
〝この形、配置……なんだったか。思い出せないが……だが、一つだけ確信したことがある。ここが魔物の出現地だとしたら、間違いなくヤツが黒幕だ。俺の恋人を付け狙った……あいつ〟
「あいつって……」
あの書籍にあった、二人の魔術師。それがマルドーと、この屋敷の主か。ただ、その魔術師がどこにいるのか。それを突き止めないと、魔物の襲撃は終わらない。
俺は〈舌打ちソナー〉で、周囲を調べてみた。
瓦礫や大木以外、周辺には獣の姿すら捉えられない。こんなお手軽な手段で、手掛かりは見つからないか……。
――あ。
少し離れた石柱の近く、地面に半分ほど埋もれた石材の縁に、細い隙間が開いていることに気付いた。
俺は蛇座と三つの丸が彫刻された――丸の配置は、少し違っていたけど――石柱を一瞥してから、隙間を覗き込んだ。
俺が思っていた以上に、隙間は深い。斜め下方向に深くなっているらしく、目視では奥を見ることができない。
俺は石柱に手を触れながら、隙間に向けて〈舌打ちソナー〉を使った。
ソナーとして帰ってきた反応は、俺の予想を遙かに超えていた。ここの下には、地下二階まである回廊が広がっていた。
一辺は二〇ミクンよりも僅かに狭いくらい。扉が残っているからか、部屋の中までは確認できない。
だけど、自然胴ではなく人工の回廊ってことは、ここが本拠地の可能性がある。
みんなを呼ぼうとしたそのとき、頭の中にさわやかな声が聞こえてきた。
〝誰かいるのかい?〟
「なんだ――?」
〝ああ、その石柱に手を触れたままでいてくれ。僕の名はフミンキー・ジダード。君からすれば、大昔の魔術師だ〟
声の主が明かした正体に、俺の背筋に緊張が走った。
マルドーの恋敵、そして黒幕の嫌疑がある魔術師――フミンキーは、そんな俺の緊張を察したのか、穏やかなに言葉を継いだ。
〝心配しないでくれ。君への敵意はない。君と、その仲間たち――ああ、なるほどね〟
フミンキーは一度言葉を切ってから、ボソボソ話をするような声になった。
〝マルドーがいるんだね。なら、まだ僕のことは誰にも言わないでくれ。彼がいないときに、君の仲間たちとも話がしたい。僕をここに閉じ込め、魔物を造り出しているマルドーのことを教えよう〟
「……それが真実だって保証はあるんですか? どっちが俺を騙しているか――正直、まだ両方とも疑っている状況なんですけど」
〝マルドーを信用してはいけないよ。が自分のことを、なんて言っているのかはわからないけど……彼の正体は死霊術師だ。彼の悪行は、僕がよく知っている〟
死霊術師――その言葉の邪悪さに、俺の頬を冷たい汗が伝った。
思わす石柱から手を放したとき、後ろからクレイシーの声が聞こえてきた。
「おまえら、なにか見つかったか? そろそろ帰り支度をしないと、夕方までに街に戻れねぇぞ」
……どうやら、時間切れのようだ。
今の話を皆と供給したいけど、それは街に戻ってからになりそうだ。マルドーがいるところでは、話せない内容だし。
俺は皆を集めると、胸中に生まれた疑心暗鬼を悟られないよう気をつけながら、馬車に戻ることにした。
-------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆかた です。
ファンタジー大賞で投票して下さった方々、誠にありがとうございました。
まずは、感謝の言葉から。
本編では、やっとこ調査開始です。色々出てきましたが、まだサクッと読んでても大丈夫です。
星座は完全にオリジナルです。最初はタロットカードを参考にしようと思ったんですが、それもなんか違うよねってことで却下してます。
パラレルワールドなら、こちらの世界と同じ可能性は高いと思いますが、異世界となると違って当然ですね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
11
あなたにおすすめの小説
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる