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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
四章-4
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街に戻った夜。
民兵として雨の中で、俺たちはいつも通り街の警護に就いた。日が暮れから夜も更け――そして雨の上がった東の空が、うっすらと白くなってきた頃になっても、魔物の襲撃はなかった。
最初は戸惑い、しかし安堵感のないまま過ごした夜が明けてくると、民兵たちのあいだで小さな歓声があがった。
「襲撃がなかった――」
「魔物が来なかったぞ!」
そんな中、魔物の出現を止めるための探索をしていたことを知る者が、俺たちのところにやってきた。
「あんたたち、魔物を滅ぼしてくれたのかい?」
「滅ぼすっていうのは無理ですよ。ただ、あの魔物たちの出所を見つけたんで。あいつらが出てこられないようにした……つもりです。ただ、まだ油断はできませんけど」
「まだ出てくる可能性があるってことか。だが、逆にいえば出てこない可能性だってあるんだろ?」
「だから、油断は禁物なんですって」
楽観視をする民兵に、俺は苦笑しながら答えた。
「黒幕は、まだ残ってますからね。あの魔物に街を襲撃させていたヤツがね。そいつを止めないと、根本的な解決にはなりません」
魔物の襲撃がなったのが嬉しいのはわかるけど、喜ぶにはまだ早い。
だけど、そんな浮ついた気分は衛兵たちにも伝染したのか、俺たちは兵舎に呼び出された。
全員が部屋に通されると、隊長が俺たちを待っていた。
「昨晩は魔物の襲撃がなかったが……おまえたちの探索が上手くいったと、そう思っていいのか?」
「……とりあえず、今晩のところは」
俺の返答に、隊長は怪訝な顔をした。
「どういうことだ?」
「今回の件、黒幕がいるってことです。誰か――っていうのは、説明が難しいですけど」
「そこはまだ、調査中ということか? 他国の工作とか、その可能性も――」
他国の侵攻を危惧した隊長の顔が険しくなると、俺は慌てて手を振った。
隊長の立場上、思考が戦争への警戒に向くのは仕方が無い。本当に戦争絡みだったら、俺たちはもう手を引いているところだ。
そこまで関われないし、関わるつもりもない。
「あ、いや、そっちの気配はないです。ただ、色々な仕掛けがありましたから、黒幕がいるのは間違いがないでしょうね」
「ふむ……それは衛兵たちで対処したほうがいいだろう。目星をつけた場所を――」
「いえ、それは俺たちで対処します」
「なんだと?」
隊長は驚いたように目を見広げながら、俺たちを見回した。
頭の中で思考を巡らしているような表情だったが、やがて静かに頭を振った。
「……君たちは、かなり疲労しているように見える。街の防衛もそうだが、今日だけだとしても魔物の出現を封じてくれた功労者に、無茶はさせられん」
隊長の声からは、心から俺たちを労っている気持ちが伝わってきた。
この人……衛兵の隊長をやるには、優しすぎる人なのかもしれない。立場的に無茶を強いられたけど、街の状況を憂い、独断で俺たちの外出を認めたりもしてくれたし。
そんな隊長――さんに感謝しつつ、俺は真顔で告げた。
「お心遣いには感謝しますが、衛兵ではでは対処できないかもしれません。俺たちに任せて下さい」
「いや、しかし……」
「そのほうが、いいんです。どうか、わたくしたちにお任せ下さい。衛兵さんたちだけでは、被害が出るだけになるかもしれません」
自分の胸に手を添えながら、エリーさんは柔和な笑みを浮かべていた。
彼女の言葉を受けて、隊長さんは深い溜息を吐いた。
「女子どもばかりに任せるなど……」
「隊長殿、失礼を承知で申し上げます。我々の実力は、これまでの戦いで御存じだと思われます。信じろとまでは言いませんが、無駄死にを避けるためにも、我々の行動を認可して頂けませぬか」
フレッドのひと言が、だめ押しとなった。
何処か諦めたような顔で溜息を吐いたものの、隊長さんは大きく頷いた。
「……承知した。あと、護衛はつけさせてもらおう」
「別に逃げたりは致しませんわ」
首を傾げるエリーさんに、隊長さんは苦笑してみせた。
「監視ではなく、護衛だ。黒幕の討伐はもちろんだが、わたしが君たちに一番望むのは、無事の帰還だ。どうか、全員無事に帰ってきてくれ」
姿勢を正した隊長の敬礼に送られ、俺たちは馬車のある市場へと戻った。
雨もあがった――これから、フミンキーの根城に乗り込みに行く。厨房馬車に乗り合わせて、すぐにでも出立する予定だった。
広場に並んでいる馬車列に戻ったとき、カレン嬢とマリアさんが待っていた。
二人は戻った来た俺たちに、揃って一礼をした。
「皆様――先ほど聞いたのですが、昨晩は魔物の襲撃が無かったと。皆様のおかげ……だと確信しました。今日は、その御礼をさせて下さい」
「その結論は早いですよ。まだ、黒幕が残っています」
俺の返答に、カレン嬢はハッと息を呑んだ。
少し表情を強ばらせ、唾を飲み込んだようだ。
「まだ、街は襲われるのですか?」
「……可能性はじゅうぶんに。俺たちは、これからソイツのところへ行きます」
「その黒幕を……捕らえに、ですか?」
「討伐です。そいつ、人間じゃないんですよ」
俺が明かした黒幕の正体に、カレン嬢とマリアさんは青ざめた。
「どうして……いえ、貴方たちは、正体を知ってるんですの?」
「少しは」
「なら、街を襲う目的も……?」
「少しは」
「ご存知でしたら、どうか教えて下さい!」
真剣な顔で問い詰めてくるカレン嬢に、俺は首を振った。
黒幕であるフミンキーが、自分を狙って街を襲っていると知ったら、このお嬢様は自責の念に潰れてしまうかもしれない。
首を振った俺の横で、エリーさんが口を開いた。
「黒幕の狙いはカレン様、あなたです。あなたを手に入れるため、街を襲っていたわけです」
「ちょ――エリーさん!?」
慌てる俺に、エリーさんは静かに見上げてきた。
そこに巫山戯ているような気配はなく、どこか……高貴ともいえる雰囲気に包まれていた。
そのエリーさんは、ちらりと微笑んだ。
「クラネスさん。カレン様のことを按じておられるのですね。ですが、その心配は恐らく無用でしょう。カレン様も貴族としての矜持をお持ちです。黒幕さんの目的を知る権利は、十二分にあります」
穏やかな物言いなのに、俺はどこか気圧されていた。
なんだか魔術師ってこともあるからか、商人にはない気質というか、そんな気配を漂わせている。
不思議な人だな――と思っていると、カレン嬢が意を決したように口を開いた。
「あ、あの――わたくしも黒幕との戦いに連れて行って下さい。わたくしの責務で」
「それは駄目です」
カレン嬢の言葉に被せるように、俺は彼女の訴えを拒否した。
「あなたを連れて行くっていうのは、黒幕の思う壺でしかありません。それに、戦えない者を連れて行くというのは、こちらの負荷が増えてしまうんです。戦いというのは、ギリギリの状況になるんです。非戦闘員は連れて行けません」
建前としての意見だったけど、カレン嬢は納得したようだ。
本音を言えば、連れて行ったカレン嬢を人質に取られたり、背後から連れ去られて余計な手間が増えたり……という展開を防ぐためだ。
「というわけでマリアさん。カレン様がこっちへ来ないよう、しっかりと見張って、絶対に止めて下さいね」
「は……はい。わかりました」
戸惑いながら、しかし強く頷くマリアさんに、俺は少しだけ安心感を覚えた。
カレン嬢は、マリアさんに任せられる。そう思っていたら、メリィさんが少し不満げな顔で俺の前に出てきた。
「クラネスさん。少し冷たいと思います。同行したいというカレン様の願いは、叶えてあげてもいいと思います」
「エリー? 今のは、クラネスさんが正しいですわ。戦いの場は、なにが起きるかわかりませんもの。そんな場所に、カレン様を連れては行けません」
エリーさんに窘められ、メリィさんは大人しく引き下がった。
……最近、口数が少ないんだよな、彼女。それに、カレン嬢の件だって、まさか同行に賛成するとは思わなかった。
フミンキーとの戦いで、この不協和音が悪い方向へ行かなきゃいいけど。
そんな心配を胸に、俺は装備を調えてから厨房馬車へと乗り込んだ。
それからすぐに合流してきた護衛には冒険者やクレイシーの姿もあった。
二台の馬車に分乗した俺たちは、フミンキーとの戦いへと出立した。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
前回の結果――ということで、街の様子です。カレンの同行を断ったのは、危険ってことよりも邪魔って理由が大きいです。
これからフミンキーとの戦いに赴きます。戦力的には充分……かな?
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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