最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』

四章-3

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   3

 エリーさんからの情報を纏めると、あの星座の刻まれた柱は、一つ一つがフミンキーが魔術を使うための魔方陣となっている……らしい。
 しかも恐らくは、柱の配置自体が、なにかしらの魔術的な図形を描いている可能性もある……ということだった。


「星座の描かれていた柱すべてが光ってましたから、ほぼ間違いがないと思います」


 確定と言い切る自信はありませんが……と、最後に付け足したものの、俺たちにとっては唯一にして最大の情報だ。
 マルドーを交えて作戦会議――もちろん、魔物の襲撃を撃退したあとだ――をした俺たちは、大まかに二つの行動を決めた。
 一つは、柱の破壊。柱を介して魔物を造り出しているのなら、それを破壊すれば魔物の襲撃は止まるはずだ。
 そしてもう一つは、フミンキーの討伐だ。
 ヤツが居る限り、再び街への襲撃がないとも限らない――というのが、俺たちの見解だった。


〝柱の破壊については、物理と魔術の二枚で対応しよう。先ずはクラネスやフレディ、アリオナが武器で柱の破壊を試みる。それで駄目なら、エリーの魔術だ〟


「……それっぽく言ってるけど、別にふつーの案ですよね」


〝しかたねーだろ。それ以外、思いつくもんか〟


 俺の突っ込みを受けて、マルドーは不機嫌そうにと腕を組んだ。
 いや、そんな顔をされても……誰でも思いつきそうな案だし。もっと、魔術師ならではって作戦を期待してたのに。
 眠い頭でそんなことを考えていると、がたんっと馬車が揺れた。
 俺たちは今まさに、フミンキーのいる遺跡へと向かっているところだ。街から借りた石工用の大金槌やツルハシが、俺の厨房馬車に積まれている。
 それはいいけど……工具が埃まみれ。
 出来るだけ拭き取ったけど、これは大掃除が大変だなぁ……。


「して、肝心なフミンキー討伐の手段は、どうなされるのです」


 フレディの問いに、エリーさんが待ったをかけた。


「その話の前に、彼の魔方陣に対する対策の話をさせて下さい。彼の最期の手段は判明しておりませんが、地上に出ている柱を破壊できれば、魔物の襲撃は防げると思いますので、考えるべきは、わたくしたちへの魔術でしょう」


「それは、最後っ屁に攻撃してくるってことですか?」


〝最後っ屁っていう表現が正確かどうかは、今は置いておくが……遺跡自体が崩れるとか、そういう類いかもしれん。ある程度、地上から探知系の魔術で調べてみるが……恐らく、地下を進みながら調べることになるだろう〟


 俺の問いに答えてから、マルドーはエリーさんを見た。
 エリーさんは小さく頷くと、改めてフレディへと目を向けた。


「それではフミンキーさん退治について、お答えしますわ。わたくしとマルドーさんによる、魔術で攻撃を致します。彼がゴーストである以上、普通の武具では斃すことは難しいですから」


「魔術による攻撃以外に、なにかしないんですか? 例えば……ヤツを弱体化させるなにか、とか」


〝意見が曖昧過ぎないか?〟


 そうは言っても、こっちは魔術については素人だ。具体的な意見なんか、出せるはずもない。
 俺がバツの悪い顔をしていると、マルドーは苦笑した。


〝まあ、気持ちはわかるがな。その手の魔術には、相手の身体の一部が必要だったり、夜中にやる必要があるんだ。魔物が造り出される中で、そういう儀式をしたいか?〟


「……心の底から遠慮します」


〝だろ?〟


 俺の返答を聞いて、マルドーは鷹揚に肩を竦めた。


〝というわけで、あとは現地に着くまで寝ててくれ。寝不足で普段の力が出せないっていうのは、困るからな〟


「……そーします」


 今から寝ても、二時間くらいか。
 そんなの寝られるわけないよな……って思ったけど、爆睡してしまった。ずっと起きていたらしいエリーさんに起こされたときには、もう馬車は停まっていた。
 寝たり無さを覚えつつも、俺たちは工具を手に馬車を降りて、遺跡へと向かった。頭上からは日光が差し込まず、あたりは薄暗かった。
 頭上を向けは、枝葉の隙間から見える空は暗い灰色で、今にも雨が落ちてきそうだ。


「しっかしよぉ。おまえら、職人にでも職変えすんのか?」


 俺たちの後ろで、クレイシーが呑気に欠伸なんかしている。
 見張り役の比重が多めとはいえ、護衛も兼ねているんだから、もっとシャキッとして欲しい。
 なんの障害も無く遺跡のある場所に到着した俺たちは、思いもよらない存在に足を止めた。
 遺跡の真正面に、全高四ミクン(約三メートル九二センチ)ほどの、彫像が聳え立っていた。
 彫像は、ひと言で喩えるなら幼稚園児が作った泥人形。丸い胴体が二つ、雪だるまのように積み重なり、その下に短い脚が二本。腕は緩い弧を描きながら、地面まで伸びていた。
 目鼻や、指などの細かいパーツはなし。
 のっぺりと――いや、一箇所。頭部の中心部に一箇所だけ、白っぽい円形のものが埋まっているのが見えた。


「なに、あれ?」


「さあ……」


 俺とアリオナさんが首を捻っていると、マルドーが憑依したエリーさんの使い魔である猫が、横に並んできた。


〝ゴーレムの一種だろうな土や砂を使った……さしずめ、サンドゴーレムといったところか。今のところ動く気配はないが、襲ってくる可能性が高い。警戒しつつ、遺跡へと向かうとしよう〟


「え? 行くの?」


 テレパシーみたいな魔術で会話しているからか、今ならアリオナさんでも、マルドーの声が届いている。
 ゴーレムのいるところに行くことが信じられないのか、アリオナさんは狼狽えた顔をしていた。でも――確かに危険ではあるけど、行かないわけにはいかないんだ。


「それじゃあ警戒しつつ、大きく迂回しながら遺跡に行くとしますか」


「……そうですねぇ。それなら動き出しても、対応できるだけの猶予が作れます」


 エリーさんが同意すると、俺たちは森の中を移動した。遺跡のほぼ真反対まで移動してから森から出たが、砂ゴーレムは身じろぎ一つしなかった。
 遺跡の中まで来たが、それは変わらない。


「……動かない、ね」


「夜までは動けないのかな。それとも襲撃に使おうとして、失敗したとか」


 俺とアリオナさんは、そんなことを話ながら柱の一本に近寄った。
 予定通り手近な柱から作業を始めようと、俺はツルハシを、アリオナさんは大金槌を手に取った。
 破壊活動を開始しようと工具を振りかぶったとき、目標としていた柱が光り始めた。


〝なるほど――やはり、裏切ったのか。ならば、容赦はしない〟


 フミンキーっ!?

 ヤツの声が聞こえた直後、エリーさんの悲鳴が聞こえた。


「ゴーレムが!」


 砂ゴーレムが、ゆっくりと俺たちのほうへ向きを変えていた。身体から細かい砂を撒き散らせながら、右腕が遺跡の縁を越えた。


「若――まずは、ヤツを斃さねば」


「そうだね。アリオナさんは、投石などで援護よろしく。俺とフレディ、メリーさんでゴーレムの気を引きつけつつ、エリーさんの魔術で攻撃。その作戦でいいですか?」


「わかりました。メリー、よろしくね。……メリー?」


 エリーさんに肩を突かれ、メリーさんは我に返ったように、ハッと顔を上げた。


「あ、すいません。ええっと……作戦は了解です!」


 長剣を抜いたメリーさんは、瓦礫を乗り越えつつ砂ゴーレムへと向かって行った。だけど、突出しすぎだ。
 俺とフレディは、メリーさんを追いかけるように砂ゴーレムへと対峙した。
 相手の動きは鈍重そうだから、落ちつけば――と思っていたとき、視界の大半が薄い茶色で埋め尽くされた。


「うわ――っとぉっ!!」


 寸前で砂ゴーレムの拳――いや、腕っていうのが正しいのか、この場合――を避けたが、全身砂まみれになってしまった。
 横に移動して距離をとったとき、メリーさんが砂ゴーレムの左脚に斬りかかるのが見えた。
 大振りに振られた長剣は、深く食い込んだ――が、砂ゴーレムの左脚には傷一つ残っていない。上から流れて来た砂で、剣撃の跡はすぐに塞がれたようだ。
 俺の《力》を使うにしても対象が砂では、大した効果は期待できない。大粒の砂を細かくしたところで、意味はなさそうだ。
 点のあるゴーレムの頭部が、俺を向いた。こうなるともう、柱の破壊どころじゃない。俺は間合いを広げようと後ろに跳んだが、想定よりも近い距離で、背中に固い物が当たった。
 壁かなにかで、動きが止められた――焦る俺へ、砂ゴーレムは右腕を振りかぶった。


「――っそ!」


 横に跳んだ直後、砂ゴーレムの右腕が直前まで俺のいた場所に振り下ろされた。
 石材が崩れる音を聞きながら、俺は砂塵の中から飛び出した。フレディやメリーさんの攻撃、それにアリオナさんの投石は、砂ゴーレムに対して無力だった。
 砂塵を掻き分けるように、砂ゴーレムは遺跡内に入ってきた。砂ゴーレムが目茶苦茶に両腕を振るう度に、何かが破壊される音が聞こえてきた。
 攻撃から逃げ続けていた俺の頬に、水滴が落ちて来た。
 シトシトと――という段階を一気に越えて、雨が降り出した。そこそこに激しい雨で、あっというまに水日浸しになった服が、身体に纏わり付いて動きに難くなる。

 ――こんなときに、マジかよ。

 心の中で毒づいたとき、クレイシーが遺跡に入ってくるのが見えた。


「おまえら、離れろ!」


 クレイシーの怒声に、俺たちは砂ゴーレムから離れた。


「――ファーメルト!」


 詠唱の最後のひと言を唱え終えたエリーさんの杖から、特大の火球が放たれた。火球がゴーレムの頭部で炸裂すると、水を吸った砂が周囲に飛び散った。
 衝撃で体勢を崩し、横倒しになった砂ゴーレムへ、クレイシーが駆けていった。大きく抉れた頭部から、円筒形の水晶が露出していた。
 頭部から見えていた丸は、その水晶だ。
 クレイシーは水晶へと長剣の切っ先を向けると、勢いよく突き出した。切っ先から放たれた電光のような光が、ゴーレムの水晶を砕いた。
 水晶の破片が地面に散らばる中、砂ゴーレムの動きが完全に止まった。
 長剣を鞘に収めたクレイシーに、俺は呆けたままで問い掛けた。


「クレイシーさん、あんたまさか……特別な《力》があるのか?」


「……まあ、な。商売のネタだから、できれば内緒にしておきたかったんだけどよ」


 俺の問いに答えながら、クレイシーは長剣を鞘に収めた。


「俺のことより、さっさと終わらせろよ。雨の中で、長々と待っていたくねーからな」


 それは、こっちも同じだ。好きこのんで、雨に打たれたくはない。
 雨のお陰で砂塵も収まり、砂埃が洗い流されていく。それじゃあ柱を壊すか――と思ったら、エリーさんが俺たちを呼んだ。


「皆さん、こちらへ! もう柱は、ここしか残っていませんわ」


 どういうことなんだろうと、俺たちはエリーさんのところまで戻った。


「なにがどうしたんです?」


「いえ、先ほどの戦いで、あのゴーレムさんが、殆どの柱を壊してしまったんです」


「……え?」


 俺が振り返ると、遺跡内部はさらに凄惨な状態になっていた。残っていた壁はもちろん、柱も殆どが崩れ落ちていた。
 位置的に俺を狙った最初の一撃も、命中したのは柱の一本のようだ。


「……なんだかなぁ。完全に自爆じゃん」


「でもこれで、手分けして作業できそう。この柱は、あたしが壊すから。クラネスくんは侵入口を広げてくれない?」


「そーだね。了解」


 俺はアリオナさんと別れると、ツルハシを持って件の隙間へと向かった――んだけど。
 俺についてきたマルドーが、隙間の状況を見て猫の首を振った。


〝駄目だな、これは〟


 砂を含んだ雨水が、隙間から遺跡の地下へと流れ込んでいた。このまま中に入っても、下手をすれば流れ込む雨が、遺跡内を満たしている可能性がある。


〝俺は平気だが、生者には辛いだろう。明日以降に出直したほうが良いな〟


「そうですね。柱を破壊したから、街への収襲撃は収まるでしょうし」


 まったく、これじゃ二度手間じゃないか。
 俺はマルドーを連れて、アリオナさんたちのところへと戻ることにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

というわけで、今回は遺跡の破壊まで……結果は次回となります。

ちなみに遺跡の水没ネタは、TRPGでも鉄板……かもですね。水が引いたら、続きを捜索できるとか。
有名どころでは、カリオストロの城でしょうか。

ただ水没した中はゴーストは平気ですが、生きている者には辛い環境ですね。ゲームみたいに素早く動けるかというと……やはり服や鎧が邪魔になるわけです。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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