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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
三章-1
しおりを挟む三章 標的となった者
1
ミロス公爵の馬車列は、クラネスが率いる《カーターの隊商》を組み込んだまま、王都への道を進んでいた。
昼食ために森の中にある小川の畔で、馬車列は停まっていた。
皆が食事を摂っている途中で、ミロス公爵の元に兵士の一人が駆け寄った。
「公爵様」
「ん? なんだ」
「は――こちらを」
兵士はクラネスたちから見えぬよう、自らの背を壁代わりにしながら、書簡を差し出した。書簡を受け取ったミロス公爵は、封蝋を剥がすと音を立てないように羊皮紙を開いた。
無言で内容を読み終えると書簡を折りたたんでから、周囲を見回した。
クラネスたち隊商の面々は、集まって食事を摂っている。少しばかり姿を消しても、悟られることはなさそうだ。
(しかし……)
クラネスの勘の良さというか、危険感地能力というのは、群を抜いている。本能的なものなのか、それとも身につけた技術なのか――ミロス公爵は判断に迷っていた。
「アーサー、エリーン。こちらへ来なさい」
「なんでしょう、お爺様」
「お呼びでしょうか」
揃ってやってきた孫たちに、ミロス公爵は膝を打ってみせた。
「まだしばらくは、この場所での休憩を続ける予定だ。おまえたちは、クラネスのところで、休んでいなさい。わたしは騎士たちと、今後の予定を詰めねばならんのでな」
「よろしいのですか?」
「ありがとうございます、お爺様!」
アーサーとエリーンは幼さ故の素直さで、ミロス公爵へと笑顔で一礼をした。
小走りに隊商のほうへと向かう孫たちを見送ってから、ミロス公爵は馬車の裏へと廻った。
そこで騎士や兵士を集めると、自分は書簡を保ってきた兵士と馬車を離れた。
小川から少し離れると、街道のある雑木林の中に入った。木の陰になるところで、三人の兵士が片膝を地に付けた姿勢で、ミロス公爵の来訪を待っていた。
「公爵様、このような場所にお呼びだてをしたこと、心から謝罪申し上げます」
「いや――クラネスに内密の話ということであれば、仕方がない。して、どのような用向きか、話してみよ」
「はっ。では、お話をさせて頂きます。暗殺者について、取り調べにて一つだけ証言が得られました。恐らくですが、高貴な身分である――と」
「ほお。して、名前は?」
「そこまでは……なんでも、互いの名を知らぬままで取り引きをしていたそうで。ただ、彼らの仲間うちでは、容姿の特徴や覆面などの特徴は共有していたと」
「ということは、外見の特徴は聞けたのであろう? どんなヤツだ?」
「それが……容姿については、要領を得ない返答でして」
兵士の返答に、ミロス公爵は露骨に落胆をした顔になる。
「なんだ。結局のところ、なにもわかってはおらぬではないか」
「面目次第も御座いませぬ。ただ、高貴な者というのは、間違いがないようです。こちらをご覧下さい」
兵士たちが差し出したのは、国内で流通している銀貨と金貨だ。
ほとんど傷がなく、鋳造したままの姿を保っている。それらの貨幣をつまらなさそうに、ミロス公爵はチラ見した。
「この金貨や銀貨がどうした? 鋳造されたままの、綺麗な――」
言葉を途中で切ったミロス公爵は、改めて貨幣へと目を落とした。
「まさか、これは――」
「はい。一度でも民の手に渡った硬貨は、ほぼ例外なく潰されます。不純物や、中が他の金属で出来ていないか、調べるのが常識となっております。鋳造されたときのまま持ち歩くのは、ある程度の身分――爵位をお持ちの方々でしょう」
「……つまり、なんだ。あの暗殺者は権力闘争を画策する、たの貴族が差し向けた――いや、もしかしたら貴族が扮した者ということか」
「その可能性が高いと、我らは考えております。我らが出立する前に、グラネンス様も同じようなことを仰有っておりました。そして、それを知ればクラネス様は、さらに貴族への嫌悪を募らせるだろう――と」
「なるほど。それで、クラネスには話の内容を知られたくないと」
納得のいった顔をするミロス公爵に、兵士は深々と頷いた。
「はい。あと、今からする話も聞かれぬように――と、仰せつかっております」
「次――どのような話だ?」
「はい。現在、クラネス様の隊商には、アリオナという少女が在籍しております。未確認な部分もありますが、どうやらクラネス様と恋仲らしいという情報があるのです」
「ああ、かもしれぬな――それで?」
「はい。今回の暗殺者の襲撃を利用して、アリオナと少女を排除して頂くことは可能でしょうか?」
緊張から顔に滝のような汗を流す兵士が述べる伝言に、ミロス公爵は目を細めた。
「……穏やかではないな。いくら親族に近いとはいえ、公爵である我が手を汚せと申すというのは、いささか図々しい願いよな」
怒りを露わにはしていないが、顔からは表情が消えている。
威圧感の増したミロス公爵に、兵士は顔を強ばらせながら、伝言の続きを告げた。
「バートン様は、クラネス様からアリオナを引き離すのは容易いが、禍根が残れば今後に差し支えが出るかもしれません。そこで、比較的穏便に済ませるには、アリオナの事故死が望ましい――と」
「すべては領地のため――か。まあ、事故死にするのは容易かろうが……本当に排除するべきか否かは、わたしが見定めを行う。その旨は、バートンとグラネンスに伝えよ」
「はっ――確かに」
兵士たちが立ち去ると、ミロス公爵は大きく息を吐いた。
*
「クラネスくん、どうしたの?」
食事をしながら〈舌打ちソナー〉を使っていた俺は、ミロス公爵が馬車の影に入ったことに気付いていた。
暗殺者に狙われているのに、何処へ行くんだ――と思っていたところである。
「いやね、なんかイヤな予感というか――」
アリオナさんに事情を説明しようとしたとき、アーサーとエリーンがやってきた。二人は細々と干し肉などの保存食と、保存食を使ったスープという昼食を食べている俺たちを見て、笑顔で一礼をした。
「これは皆様、まだ前菜でしたか」
「ごきげんよう、皆様。わたくしたちはもう食事を済ませて参りました。どうぞ、わたくしたちのことは、お気になさらず、御食事を続けて下さいまし」
アーサーとエリーンの挨拶に、悪意は感じられない。悪意はないんだろうけど……知らないこととはいえ、これが主菜兼、主食と知ったら、どんな顔をすることやら。
俺はアリオナさんへの説明を断念すると、二人に向き直った。
「それで、お二人はどうしてこちらに? 公爵様と御食事だったのではありませんか?」
「お爺様は、これから騎士たちと今後のことの話し合いをなされるとのことです」
「わたくしたちはそのあいだ、クラネス様のところへ行っても良いと、仰有って頂けましたの」
あ、なるほど。
俺が〈舌打ちソナー〉で状況を確認すると、公爵の馬車の背後で、数人が固まっているようだ。会話は聞こえないが、なにかを悩んでいるのだろうか?
しかし――馬車から離れる二人組に、俺は気付いてた。木の陰に隠れてわかりにくいが、〈舌打ちソナー〉で探知できていた。
その二人組の片方が、ミロス公爵だと思うんだけど……。
もっと詳しく調べようと思ったけど、アーサーやエリーンに話しかけられて、〈舌打ちソナー〉の継続が困難になっていた。
「クラネス様、お爺様のことが心配なのでしょうか?」
「……色々な意味で。今後のことなら、俺かフレディを呼んでもいいと思うんですけどね。それをしないってことは、なんか碌でもな――」
言葉の途中で、俺は慌てて口を噤んだ。
幼い二人とはいえ、今のはミロス公爵への侮辱だと思われかねない。俺が言葉を探していると、エリーンがクスリと笑った。
「大丈夫ですわ、クラネス様。ええ――お爺様の行動は、きっとクラネス様に内緒にしたいことなのでしょう」
「もしかしたら、本当に碌でもないことかもしれません」
「……クラネス兄さん、もしかしたら、カーター家も関わっているんでしょうか?」
アーサーやエリーンの話を聞いて、マリオーネも不安を覚えたようだ。
俺は「もう距離もあるし、そんな筈はない」と――言いたかったけど、直前で断念した。
なぜなら――マリオーネの意見を否定する材料はないが、肯定できる状況証拠だけなら山と出てきたからだ。
俺は溜息を吐くと、マリオーネに肩を竦めてみせた。
「どーだろうね。あの人たちがやる気なら、距離とか関係無いだろうしさ」
「そんな……わ、わたしになにか、できることはありませんか?」
「ないよ。まあ、気持ちだけで十分って意味でね。さて、面倒なことになってきたなあ。早く、まともな商売がしたいよ」
俺が肩を竦めると、アーサーやエリーンたちに、マリオーネの紹介を含めて、思い出話を披露することにした。
クラネスがアーサーたちを話をする様子に、アリオナは不安を覚えていた。
状況的に、自分との会話を打ち切ったのは理解できる。だけど、今の光景は――まるでクラネスが貴族たちとの結びつきを強くしていっている気がしてならなかった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本文中、貨幣を潰すという内容がありますが。これは中世で実際にあったこと――らしいです。
昔の貨幣は偽物でないことを確かめるため、潰すことが多かったようですね。
これは日本の小判でも似たようなことが行われましたから、古今東西、人間の考えることは同じということでしょうか。
例えばイギリスなんかは、日本の江戸時代なんかと似たようなことをしていて、性の解放と称して男女のみならず、男男でのイチャコラが(以下略
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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