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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
三章-2
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俺たちは、王都まであと五日のところまで来ていた。
隊商は小さい街を避け、大きな街を選んで立ち寄るってことで決まったのが、昨日のことだ。
途中にある村や町も、俺たちにとっては重要な顧客なんだが……今はミロス公爵の身の安全が最優先、ということなんだろう。
仕方ないと言われたらそれまでなんだろうけど……今回の件、隊商にとっては大きな痛手を被っている気がする。
これは金銭ではなく、集落に住む人々や商人たちとの信頼関係の問題だ。
大きな街はともかく、小さな村や町の生活は、隊商や行商人が頼りという場合も少なくない。
塩や食料だけじゃなく、蝋や糸などを手に入れる手段が、外から来る商人くらいしかないからだ。現状のままでは、ほぼ定期的に巡回しているという信頼を、損なってしまうかもしれないんだ。
また別の問題として、道中にある村や町を通り過ぎるため、強行軍になっている。これは人だけでなく、馬にとっても疲労が溜まってしまうから、それだけ不手際も増える。
「同時に押すぞ! せーのっ!!」
土砂降りの中、俺を初めとする男性たちは、車輪が街道の溝に填まったミロス公爵の馬車を押した。
街道といっても、山間では舗装されていない場合がほとんどだ。
雨音で、周囲の音がかき消されている。〈舌打ちソナー〉も使っているけど、雨の中では反射が上手く返って来ないことが多い。
結果的に死角が増えているため、できればどこかの集落に避難したいところだ。
こんなときに暗殺者の襲撃があったら、未然に防げる自信はない。
ミロス公爵の馬車が動くと、すぐさま俺とフレディで溝の上に板を置いた。それでどうにか移動を再開することができた。
「早く移動を! 騎士たちは、公爵の馬車を護って下さい!」
騎士たちも雨に打たれて、疲弊の色が濃い。俺が先を促しても、小さく手を挙げるだけで、なにも言ってこない。
雨の中を進んだミロス公爵の馬車列、そして俺たち《カーターの隊商》は、夕暮れ前にプーキャトという街に辿り着いた。
商売もそこそこに、俺は商人たちの泊まる宿を手配し、ユタさんにアリオナさんの世話を頼んだ。
厨房馬車の御者台から出た俺は、もう一台の馬車で泥まみれになった衣服を着替えた。これから仕込みをしようというのに、汚れた身体で厨房馬車の中には入りたくない。身体についた泥を雨で濡らしたリネンで拭い、髪についた泥は雨で洗い流した。
こざっぱりした衣服に着替え終えたとき、雨音が止んだ。やっと雨が止んだかと思っていると、馬車の側板を叩く音が聞こえてきた。
「……誰です?」
「スミスと、ロナウドです」
この二人は、隊商に参加している商人たちだ。暗い声に俺はイヤな予感を覚えながら、馬車から顔を覗かせた。
「……どうしたんですか? こんな夜に」
「実はな……わたしらは、ここで別れようと思う」
ロナウドさんが切り出した話は、正直ショックだった。
ミロス公爵と合流してからの旅は、俺もそうだけど商人たちにとって、ほとんど商売になってない。
いくらミロス公爵からの補填があったとしても、商売で儲け、そして地元の人たちとの信頼を築けなければ、長期的にみれば損失が大きすぎる。
だから、ロナウドさんやスミスさんの気持ちは、痛いほどわかるんだ。
俺は馬車から出ると、二人に頭を下げた。
「……残念ですが、お二人の気持ちを尊重致します。少し待って頂けますか?」
「ええ」
二人の了承を得て、俺は馬車の中に戻った。
木箱の中に収めていた売り上げから、二人の分を取り出した。ユタさんが普段から、整理してくれてるお陰で、探し物が楽に見つかる。
俺は売り上げの入った革袋を、二人に差し出した。
「右がスミスさん、左がロナウドさんの売り上げです。受け取って下さい」
「ああ、すまないね、長さん」
「いえ。こちらこそ、厄介ごとに巻き込んですいませんでした」
スミスさんに頭を下げてから、ロナウドさんにも謝罪をした。
二人の馬車が隊商から離れるのを見送っておると、マリオーネが近寄って来た。
「クラネス兄さん、なんで商人の馬車が離れているんですか」
「いいんだよ。あの人たちは、ここまでにしたいんだって。厄介ごとに巻き込んでる状況だったからさ。仕方ないよ」
簡潔にしたこともあるけどマリオーネは、この説明に納得できなかったようだ。
去って行く馬車を睨んでから、俺を見上げた。
「なんで仕方がないんですか? 公爵様は補填だって支払っておられたのに」
「お金だけの問題じゃないんだ。生粋の商人だからね。自分たちで稼がないと、意味がないんだよ」
「……クラネス兄さんも、ですか?」
マリオーネの問いは、ちょっと予想外だった。
だけど嘘を告げることに、なんの意味もない。誤魔化し、気を使って――も、その動機が皆無だ。
俺は腕を組みながら、マリオーネに微笑んだ。
「俺も同じかな。やっぱり、自分の商いで稼ぎたい。達成感というか、やっぱり……ちゃんと誇れるような稼ぎ方がいいよね」
「誇れるような……それは、御爺様や御婆様にということですか?」
探るような問いに、俺は少しだけ従兄弟から目を逸らした。
「好きな人……とか、かな。騙したり、奪ったり、騙したり……賄賂や裏取引とかもそうだけどさ。そういう、人として糞なことで稼いでも、本気で惚れた人には話せないでしょ。恥ずかしいし、気まずいからさ」
「それは、アリオナって人の……こと?」
あ――。
幼いから、そこまで気付いていない思ったのに。いや、前にそんな話もしたっけか――ゴタゴタが多すぎて、あまり覚えて無いけど。
俺は、かなり焦っていたと思う。
狼狽えながら、俺は頬をポリポリと掻いた。
「いや、まあ……アリオナさんのことも、ないこともないというか。あとはさ、惚れたといっても異性だけじゃなく、仲間的とか友人的とかな意味もあるんじゃないかなーとか」
俺の言い訳――もとい説明を、マリオーネは無言で聞いていた。
「……そうなんですね」
そう答えたとき、マリオーネの目は去って行く馬車を追っていた。
*
翌日になり、ミロス公爵の馬車列とクラネスたちの隊商が合流した。
次の行き先について、クラネスはミロス公爵付きの騎士から話を聞いていた。そのあいだ、ほかの者は待っているだけの時間を過ごすことになる。
とはいえ騎士や傭兵らは馬車の警護、ユタや従者たちは雑事を行っている。
そんな中、マリオーネは公爵の馬車に近寄った。
「アーサー様にエリーン様。マリオーネ・カーターでございます。少し、お話を宜しいでしょうか?」
マリオーネが声をかけると、馬車からアーサーとエリーンが出てきた。
大人たちは三人に目を向けるが、子どもたちがなにやら話をしているという顔をしている。その内容には興味がないのか、近寄るものは皆無だ。
マリオーネはそんな大人たちを見回してから、横に並んでいるアーサーとエリーンへと顔を寄せた。
「お二人に、クラネス兄さんのことで、ご相談があります。実は昨晩、クラネス兄さんの隊商から、商人が離脱しました。そのことで、クラネス兄さんは困っております」
「商人が抜けて、困ってる……どういうことですか?」
アーサーの問いに、マリオーネは昨晩の出来事を話した。
クラネスから聞いた内容を話すと、アーサーとエリーンはハッとした顔をした。
「……そんな、そんなに困ったおられるのですか?」
「そんな……そんな、困らせるつもりはありませんの」
「はい。それは、わかっております」
マリオーネは少しだけ声を顰めると、二人に顔を寄せるよう手招きした。
「そこで、お二人に相談があるのです。今回の件を早く終わらせて、クラネス兄さんを解放するため、わたしたちになにができるか……一緒に考えませんか?」
アーサーとエリーンは顔を見合わせてから、大きく頷いた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
隊商側でも問題が浮上してきた今回。お子様たちも動き出しました。
中の人的には、完全にでれちゃってる主人公をもう少しなんとか、シャキッとさせたいところです。
殺意が足りぬのですよ(AC6を起動させながら)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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