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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
三章-3
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翌日の朝、再び雨が降った。
土砂降りではないけど、視界と周囲の音を遮るには十分な雨量だ。馬車の数が減った《カーターの隊商》は、ミロス公爵の馬車列と合流した。
雨の中を進むのは、馬の疲労も溜まるから避けたいんだけど……暗殺者のこともあるから、なるべく一箇所に留まっていたくないという、ミロス公爵の気持ちも理解はできる。
フード付きのマントを雨具代わりに、俺を初めとした隊商の面々は、出立の準備をしていた。騎士たちが周囲を警戒する中、外套にあるフードを目深に被った男が俺に近づいて来た。
髪や目の色はよく解らなかったが、無精髭は茶色に見えた。
男は隊商の馬車列を見回してから、俺へと話しかけてきた。
「……あんた、隊商の商人かい? どうして公爵家の馬車と行動を?」
「……隊商だけでは危ないから、一緒に行こうと誘って下さったんです」
「へえ……公爵様が、隊商にねぇ。あんた、公爵様の知り合いなのかい?」
「いいえ、とんでもない。ただ、公爵様が一度だけ、うちの店に来て頂いたことがありまして。そこで、わたしの料理を褒めて下さったんです。それが切っ掛けといえば、切っ掛けだったのかもしれませんが」
答えながら、俺は違和感を覚えていた。
馬車列がミロス公爵のものおというのは、紋章を見ればわかる。わかるんだが……どことなく、男の言動に、白々しさを覚えていた。
俺は警戒しながら、男の一挙一動に注意を払った。
「それで、我々になにか御用でしょうか? 生憎と町を発ちますので、商売はできませんが」
「あ……ああ、悪いことしたな。ちょっと、興味が沸いただけなんだ。気にしないでくれ」
男は頭に手を添えながら、俺から離れていった。
俺はマントの下で、長剣の柄に手を添えていた。なんていったっけ……残心という武道にあるものではないけど、男の姿が見えなくなるまで、視線を逸らす気にはなれなかったんだ。
そのままジッと見ていると、男はふと振り返った。
腰に手を回すような仕草をしたが、俺の視線に気付いたらしく、すぐに片手を挙げて枝道の影に消えていった。
……ほんとに、なんだったんだ。まったく。
溜息を吐いていると、馬車列の先頭から号令が聞こえて来た。
俺は御者台へ上がって、手綱を操って厨房馬車をゆっくりと進ませた。〈舌打ちソナー〉を使って周囲を調べて見ると、先ほど男が消えた枝道に、人影が潜んでいるのがわかった。
フードのある外套のせいで、さっきの男と同一人物かまでは、わからない。だけど、その男は俺たちのほうをジッと監視しているようだった。
俺が警戒を続けている途中で、男はスッと枝道の奥へと消えていった。奥の方まで行ってしまうと、もう俺の〈舌打ちソナー〉では捉えきれない。
手綱を握りながら背後を見ていると、厨房馬車の小窓が開いた。
「クラネスくん……どうしたの?」
「え? いや、なんでもないけど……どうして?」
「あ、ううん。別の話をしようと思ったんだけど、なんか怒ってる感じがしたから……」
これは、女の勘ってやつなんだろうか?
でも別に怒っていたわけではなく、警戒していただけなんだけど。俺は少し考えてから、小さく肩を竦めた。
「妙な人に話しかけられたんだけど……大したことかどうか、わからなくてさ。ちょっと警戒してた」
「ふぅん。もしかして、暗殺者? その仲間とか」
「その証拠はないけどね。それで、なんの用だったの?」
俺が話しかけてきた理由を問い掛けると、アリオナさんは思い出したように、やや上目遣いになった。
「あたしも、そっちに行こうかな……と思って」
俺の頭の中で、この『あたしも、そっちに行こうかな』が何度も繰り返された。
嬉し恥ずかし……という展開なんだろうけど、フードやマントに落ちる雨の量に気付いて、俺は冷静さを取り戻した。
さすがに、好きな女の子を雨ざらしにはできないでしょう。
俺は姿勢ごどアリオナさんへと振り向いて、手を小さく振ってみせた。
「気持ちは凄く嬉しいけどさ、濡れちゃうからね。休憩に入るまで、中で待ってて」
「……うん」
なんとなく微笑みあったとき、後ろから一台の馬車が近づいて来た。
エリーさんの馬車だ。メリィさんが手綱を操る馬車から、エリーさんがひょっこりと顔を覗かせた。
「ごきげんよう……長さん。あの、馬車が減っているような気がするんですが」
「ええ。二人ほど、さっきの町で別れました。予定外なんですけどね。今の状況で、留めることなんか、できませんから」
俺は答えてから、やや自嘲的に言葉を付け足した。
「エリーさんたちも、付き合えないと思ったら遠慮無くどうぞ」
「あらら……お気遣い、ありがとうございます」
エリーさんは少し驚きながらも、笑顔を見せた。
「でも、わたしたちは残ります。ほかの隊商へ移っても、そこが安全かはわかりません。ここは少なくとも、ほかの隊商と比べて安全ですから」
「今は正直、安全か微妙なところですけどね……」
俺が力なく応じると、エリーさんはクスクスと笑った。
その前で、御者台にいるメリィさんは真顔で頷いていた。
「今はこの状況ですが、野盗やコボルドなどの魔物に対しては、ほかの隊商と比べると安全です。あと報酬なども公平で、信頼できる運営方針ですよ」
「それは、どうも……そう思っていただいて、ありがとうござます」
ほかの隊商って、報酬とか公平じゃないのか。
そういうので利益をあげるって手段があったの――いや駄目か、そういうのは。俺の目標はあくまでも、ホワイト企業な体勢なんだし。
俺たち厨房馬車とエリーさんとが並んで進み出したとき、馬車列は雑木林の中を通る街道を進んでいた。
一時間ほど進んだとき、前方の馬車が停まった。少しずつ遅れながら、馬車列は停止していく。
俺は近くにいる騎士に、声をかけた。
「どうかしたんですか!?」
「いや、わからぬ。少し待て」
騎士は待つように俺を制してから、馬車列の前方へと騎馬を進めた。
待っているあいだ、俺は〈舌打ちソナー〉を再開した。馬車列が止まった今、雨に紛れての襲撃をするなら、今が絶好の機会だ。
同時に〈集音〉で、微かな物音も聞き逃さないようにしている。
最大限の警戒態勢に入った俺の耳に、草の鳴る音が聞こえてきた。雨を弾く枝葉の音とは違い、何かが草葉を踏む音だ。
俺は長剣の柄に手を添えながら、音の方角へと向き直った。
キリキリという音がした直後、ビシッという弦の音が聞こえて来た。空気を切り裂きながら飛来するなにかを、俺は長剣で叩きとした。
「アリオナさんは、、そこにいて! エリーさんたちも自分の身を護って下さい」
地面に落ちる矢を一瞥しながら、俺は御者台から飛び降りた。
「誰だっ!」
俺は誰何しながら、矢が飛んできた雑木林へと駆け込んだ。
長剣を鞘に戻してから、腰の短剣を抜いた。〈舌打ちソナー〉を使うと、近くにある樫の木の上に人影の反応があった。
人影が飛び降りてくる気配に、俺は素早く飛び退いた。
細い剣を上段に構えた格好で降りてくる人影を、俺は見上げた。マントにフード、そしてフードの下からは、黒い覆面が覗いていた。
振り落とされる細剣を、俺は短剣で受け流した。
キンッ――という刃と刃のかち合う音に、俺は《力》を乗せた。ただ、急なことでいつもの〈音量強化〉は上乗せできなかった。
ただ、それ以外の〈共振衝撃波〉を放つことはできた。
「ぐ――っ!」
苦悶の声をあげた人影の動きが、止まった。俺は手にした短剣で、覆面の頭部へを斬りかかった。
しかし、覆面はギリギリのところで身体を捻った。短剣の切っ先が、覆面の意イット部を切り裂いた。
切り裂いた覆面の一部から、茶色の髪が露出した。そして、青い瞳。
「くそ――っ! 貴様、この傷のこと、忘れぬぞ!」
男は素早く後退した。
追いかけようとしたが、男が投げた三本の短剣を避けた隙に、男の姿は見えなくなっていた。
俺は〈舌打ちソナー〉で、男を見つけようとした。だが、戻って来た音波は、馬に騎乗した人影が、馬首を翻した姿だ。
反応のあった方角を見れば木々の隙間から、馬上のマントの男が去って行く姿が見えた。
馬が相手では、俺の足では追いつけない。俺は棒立ちで、小さくなっていく影をジッと睨んでいた。
馬車列に戻ったとき、先ほどの騎士が近づいて来た。
なんでも、倒木で道が塞がれていた――ということだ。これが、さっきの覆面の仕業だとしたら、ヤツが暗殺者か。
俺は改めて雑木林へと目を戻すが、もうそこには、人影らしい反応は感じ取れなかった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
さて、暗殺者とクラネスの邂逅です。こうやって書くと、ちょっとロマンティックですね。
「忘れない」とまで言われましたしね。
これからのイチャイチャ(殺意マックス)がどうなるか――というところです。
あと、本作もですが、完結した「古物商に転生したトト――」のお気に入りが増えておりました。読んで下さっている方々もおりまして……本当に有り難いです。
完結しておりますのが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
では改めて……少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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