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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
三章-4
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ミロス公爵の馬車列が動き出したのは、一時間ほど経ってからだ。
ゴトゴトと動き出す馬車列の中央辺りにいる厨房馬車で、俺は全身の疲労感を覚えながら手綱を握っていた。
あの覆面を被った男が、ミロス公爵を狙う暗殺者だ。証拠はないが、そんな確信が俺にはあった。
雨はまだ、降り続いている。
マントから雨が沁みてきて、身体がかなり冷えてきた。次の町までは、まだ距離がある。だけど、疲労や冷えを考えたら、村でもいいから休憩に入るべきだ。
そのことを進言しようと手綱を操ったとき、背後からユタさんが操る馬車が、近づいて来た。
「クラネス君。ちょっといい? なんか、従兄弟殿が話をしたいって言ってるの」
「マリオーネが?」
俺が頷くと、幌の中からマリオーネが顔を出してきた。雨具として与えられたのか、使い古された――だけど、そこそこ綺麗にしてある――外套を身につけたマリオーネが、ユタさんの手を借りて厨房馬車の御者台に移ってきた。
俺の左側に座ったマリオーネは、上目遣いな眼を向けてきた。
「あの……先日のことですが、アーサー様とエリーン様を交えて、今後のことについて話をしたんです」
「……今後?」
「はい。暗殺者の討伐と、隊商の進路についてです」
マリオーネの発言に対して、俺はあまり期待はしていなかった。
確かに暗殺者の討伐は急務なんだけど、幼子が三人集まったところで、策としてはたかが知れている――と思ったからだ。
それに隊商の進路というのも抽象的過ぎて、コメントのしようがない。
考えても、マリオーネがなにを言おうとしているのか、察することができなかった。素直に観念すると、俺は力なく微笑んだ。
「えっと、話を聞かせてくれない?」
「はい。まず、暗殺者討伐の話からでいいですか?」
俺が頷くと、マリオーネははっきりと言い切った。
「まず、公爵様を囮にします」
「ちょ――」
俺はマリオーネの口を塞ぐと、周囲を見回した。
周囲には、ミロス公爵配下の騎士たちがいる。今の話を聞かれていないか周囲を見回したが、雨のお陰か、こっちを見ている騎士の姿はなかった。
安堵しながら手を放した俺は、マリオーネの肩を強めに叩いた。
「あのさ。そういう話は、もうちょっと小さな声でお願いできる?」
「ご、ごめんなさい……」
小声で謝るマリオーネは、周囲を見回してから、今度は控え目な声で説明を始めた。
「あくまでも、暗殺者の狙いはミロス公爵様です。そこで事故に見せかけて、わざとミロス公爵様の馬車を単独で、馬車列から外れさせるんです。馬車が一台だけになれば、きっと暗殺者が狙ってくるはずです」
「そりゃ、その可能性はあるけどさ」
「はい。暗殺者が馬車を襲ってきたら、クラネス兄さんたちが討伐するんです」
簡単に言うが実際、あいつと戦うのは容易じゃない。
剣術の腕は、恐らく並みの傭兵よりも上だ。それに厄介なのは、暗殺者としての搦め手だ。これまででも魔物を誘き寄せたり、瞬時に火を点ける薬品だったりと、こちらの想定外の品や薬品を使ってくる。
俺だけで――ん?
「たち?」
「はい。クラネス兄さんや、例えばフレディなんかと――少数精鋭で対抗するんです」
そういうことか。少数精鋭――精鋭と言えるかどうかは疑問だが、前に魔術師の霊を討伐した面子なら、最適かもしれない。
あの人数がミロス公爵の馬車に入るかという問題はあるけど、ううん……案としては悪くないのか……な?
いやでも、大きな穴があるような気がしなくもないというか。
「でも、逃げられる可能性もあるよ。さっきも、逃げられたわけだし」
「森の中じゃなく、荒れ地や草原で戦うなら、逃げられても追いやすいと思います。こちらは馬車の馬に乗ることもできますし」
なるほど。それに、エリーさんの魔術もあれば、逃げられそうになったときの追い打ちもできるのか。
最終的な返答は、フレディやエリーさんたちと相談してからのほうがいいだろう。
俺は少し悩む素振りをしてから、マリオーネを振り返った。
「それで、隊商のほうは?」
「はい。暗殺者を討伐したことが前提ですが……そこでミロス公爵様の目的は、結果的に果たされるわけですから。そこで、隊商は公爵様と別行動できると思います」
「ミロス公爵様の目的……か。それってなんなんだ?」
「クラネス兄さんに功績を立てさせて、公爵様直属の衛兵にする……ということです。その実績があれば、貴族にさせられると御爺様も言ってましたし」
「……なんだ、そりゃ」
ああ、そうか。爺様と公爵様の共謀ってわけだ。
でも、それだと暗殺者を討伐したら、俺は強制的に公爵様に捕まってしまうんじゃないか?
それはそれで、困った展開なんだけど……な。
「爺様にも困ったもんだよな」
俺が溜息を吐いていると、厨房馬車の小窓からアリオナさんが顔を出した。
「クラネスくん、さっきからなんの話をしているの? なにが困ったの?」
「ああ……色々とね」
「なによ、ちゃんと聞かせて」
そう言うなり、アリオナさんは小窓から身体を表に出し、そのまま御者台へと移ってきた。小窓には首や上半身を出せる程度の大きさはあるけどさ……そこから御者台に来るのは、常人では無理だと思う。
やはり、力が強化されているアリオナさんしか、できない芸当だ。
御者台に来たアリオナさんは、俺の右側――マリオーネとは逆側だ――に座った。俺は「貴族になる意志はない」ということを前置きしてから、先ほどの話の内容を話した。
*
ミロス公爵は馬車の中から、クラネスが手綱を操る厨房馬車を見ていた。
マリオーネと会話をしていたクラネスの右隣に、厨房馬車の荷台から出てきたアリオナが座る。その様子を見ていたミロス公爵は、眉を顰めた。
(なんと破廉恥な)
大股で御者台に乗ったり、小窓から身体を出したりなど、淑女であれば絶対にしない行動を平然と行う姿は、ミロス公爵に嫌悪感を抱かせるには十分だった。
(貴族らしい優美さとは無縁の少女など、カーター家に入れることはできぬな。仕方ないが、使者から告げられたとおり、排除するより仕方が無いか。町に着いたら、騎士たちと相談せねばならぬな)
正面へと向いたミロス公爵に、アーサーが機嫌を伺うような顔をした。
「御爺様。どうかなされましたか?」
「うん? いや、なんでもない。おまえたちは、気にしなくて良いぞ」
「はい」
「それにしても、ようやく馬車が動いて、安心しました。町までは、夕方までに到着するのですか?」
「そのくらいだろう。クラネスたちが、なにかと戦ったようだが――流石は、グラネンスの孫だな」
呵々と笑うミロス公爵に、エリーンは笑顔で相槌を打った。
と、そこで馬車が静かに停まった。客車のドアがノックされると、聞き覚えのある騎士の声がした。
「ミロス公爵様。行く先について相談があると、先触れの兵が申しておりますが、如何いたしましょう」
「ふむ。わかった。聞こうじゃないか。アーサーにエリーン。二人は、ここで待っておれ」
「はい」
アーサーの返事を聞いてから、ミロス公爵は馬車の外に出て行った。
客車に残ったアーサーは、エリーンと顔を付き合わせた。
「御爺様、クラネス様の馬車を睨んでいたね」
「そうね。どうしたのかしら――?」
二人が後部の小窓から外を見れば、厨房馬車の御者台にクラネスとマリオーネ、そしてアリオナの姿があった。
「マリオーネとアリオナって女の人……どっちを睨んだと思う?」
「もちろん、アリオナよ。クラネス様と恋仲なんて……信じられないもの」
「じゃあ、御爺様はどうするんだろう?」
「御爺様が?」
エリーンは少し考えると、ハッと顔を上げた。
「まさか――よ。流石に、排除するなんて」
「でも、あの怖い顔……追放だけで終わるかな」
顔を見合わせたアーサーとエリーンは、ほぼ同時に小窓から厨房馬車を見た。
「マリオーネは、例の計画をクラネス様に話をしたかな?」
「……したんじゃないかな」
アーサーとエリーンは、元の席に座り直した。
「あとで、マリオーネと話をしなきゃ」
「……そうね。アリオナは気に入らないけど……流石に、排除は止めないと」
二人は頷き合うと、町に行ってからのことを相談し始めた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
子どもたちのアイデア発表な回となりました。ミロス公爵の考えも定まった次第です。アリオナとクラネス、それぞれ、別の殺意に狙われた、、、という展開ですね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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