最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

三章-5

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   5

 俺たちは予定を変更して、シンコラという町に立ち寄った。
 雨が想定以上に強くなったため、馬車を引く馬や騎馬だけでなく、騎士や兵士たちの疲労も濃くなっている。
 そのために急遽、シンコラに泊まることになったらしい。
 時刻としては、まだ夕暮れ前だ。しかし、この雨の中で商売をするのは、ほぼ不可能である。
 仕方がないので、商売は明日の早朝からということにして、商人たちには旅籠屋で休んでもらうことにした。
 俺はといえば、毎度の馬車の番だ。
 身体が冷え切っているので、着替えをしてから、ユタさんに旅籠屋から温かいスープを運んで貰った。
 アリオナさんは、ユタさんと宿に泊まっている。馬車の番をするなら、一人っきりのほうが集中できるし、なにより暗殺者だけじゃなく、強盗なんかが来たら、女の子は危ないし。
 ユタさん曰く、


「腕力的には、クラネス君のほうが、か弱いんじゃない?」


 ということだが、そこはほら。青少年としての矜持というか、プライドというか……というところである。
 ……好きな女の子は、護りたいじゃん。
 と、思っていたわけだけど。


「ねえ、クラネスくん。こっちも美味しいから、食べてみて?」


 厨房馬車の床に旅籠屋から持ってきた料理を置いたアリオナさんが、肉の入ったスープを俺へと勧めていたりする。
 俺は現状を理解できないまま――言われるままにスープを食べたりしてるんだけど。

 ……どうしよう。

 宿に戻って欲しいと言うべきか……いや、好きな女の子と一緒というのは、かなり幸せな状況なんだけど。
 ただ先の理由により、宿に戻っていて欲しいのも、正直な気持ちだ。


「アリオナさん……宿でユタさんが待ってるんじゃない?」


「それなら、大丈夫。クラネスくんと御飯を食べてくるって言ったら、『朝までごゆっくり』って……言われた、カラ」


 と、そんなことを顔を真っ赤にさせながら言われたら、こっちの理性がヤバイくなっちゃうわけなんですよ。
 ていうかユタさん……あんた、止めなきゃ駄目な立場じゃないの?
 溜息を吐いた俺が〈舌打ちソナー〉を再開すると、隊商の列に近寄って来る影を感知した。

 盗賊の類いか……? それにしては、一歩一歩が重い気がするけど。

 俺が隅っこに立てかけてあった長剣を手に取ると、厨房馬車の出入り口へと移動した。

の「クラネスくん、誰か来たの?」


「お客さん……かもしれない。アリオナさんは、ここにいて」


 俺は静かに厨房馬車の出入り口へと近寄ると、外の様子を伺った。
 人影は厨房馬車に近づくと、中の様子を伺うように顔を寄せてきた。どうやら、話声とかを聞こうとしているようだ。
 俺はアリオナさんに黙っているよう、所作だけで指示を出した。
 しばらく待っていると、焦れてきたのか、人影は動き出した。厨房馬車の後部にある出入り口に近づくと、閉じたままのドアを軽くノックしてきた。


「あの……長。起きてらっしゃいますか?」


 くぐもった声に、俺は眉を顰めた。
 声の主が、誰なのか見当ができない。いやむしろ、知らない人物であることが確定ってことでいいんだろうけど。
 俺は慎重に、鞘に入ったままの長剣の先端を鍵としている閂に寄せた。


「……なんです?」


「ああ、よかった……起きてたんですね。少し話をしたいのですが、入ってもよろしいですか?」


 ……基本的に、宜しくない。

 このことは、隊商に所属している者なら、全員が知っていることだ。
 これで、確定。こいつは、碌なやつじゃない。
 俺は長剣の柄を握る手に力を強くしながら、「開けますよ」と答えた。鞘の先端で閂を開けた。
 ゴトン、という音がした途端、勢いよくドアが開いた。
 黒いフードした人影が、厨房の中に躍り込んできた。長剣を構えた影の顔は、黒い覆面に覆われていた。目だけを覗く覆面には、赤い十字が描かれていた。
 覆面は、長剣を持った手を大きく後ろに退いていた。今まさに、必殺の突きが放たれる寸前だった。
 しかし、俺だって迎え撃つ準備は整っている。
 すでに鞘から長剣を抜き払い、片手で護りの構えをとっている。俺が迎え撃つ体勢を整えていたことに驚くように、覆面は目を見広げていた。
 しかし、剣の勢いを止めることができなかったのか、俺へ突きを放ってきた。
 完全に相手の動きを読んでいたこともあり、俺はその一撃を長剣で受け流した。


「きさ――まっ! なぜっ!?」


「その声は!」


 森の中から、攻撃を仕掛けてきた刺客だ。
 あのときとは、違う覆面だ。しかし、声はまったく同じであるため、即座に同一人物だとわかる。


「おまえは、森で逃げた奴だな! 今度は、俺を狙うのか」


「おまえは、邪魔なんだ! だから、殺す!」


「てめー程度の腕で、俺に勝てると思うなよ!」


 俺が長剣で斬りかかると、覆面はドアまで後退した。


「――チッ!」


 舌打ちをした覆面は、大きく後ろに跳んだ。
 馬車の下に着地した覆面を追って、俺も外に出た。続けていた〈舌打ちソナー〉が、下方から接近する長剣を捉えた。
 俺は身体を仰け反らせて、喉笛に迫った剣撃を避けた。


「なんだとっ!?」


 驚愕の声が、ほぼ真下から聞こえて来た。
 場所がわかれば、対処はできる。俺は相手の剣の位置を目の端で捉えながら、覆面へと斬りかかった。
 飛び降りながらの一撃になったが、覆面の剣はまだ振り切った位置にある。
 俺の一撃を防ぐのは難しいだろう――と思ったのもつかの間、覆面はあっさりと横へと転がっていた。
 俺が飛び降りるよりも前に、横に逃げる判断をしたってことらしい。
 着地をした俺は、そのときの音を増幅させ、〈衝撃波〉として放った。砂塵が舞い、空気圧が覆面の身体を押しとどめた。


「なんだ!?」


「長が戦ってるのか!?」


「若っ!」


 護衛兵やフレディが、俺と覆面の戦いに気付いてくれた。


「クラネスくん!」


 アリオナさんも開かれたドアの側まで出てきた。
 周囲を見回し、俺や覆面の姿を見つけると、なにかを投げた。下半身の踏み込みは控え目だったけど、アリオナさんなら上半身の振りだけで十分に――殺人級の投球だ。
 ゴウッという風切り音が、俺の右側を通過した。
 覆面は、まったく反応できていなかった。
 左肩に当たったなにかが砕けると同時に、覆面は地面に倒れ込んだ。


「みんな! 襲撃者は地面に倒れたぞ! 捕まえるなら、今だ!!」


 俺の指示に、護衛兵たちが駆け寄ってきた。
 しかし――覆面は勢いよく飛び起きると、左肩を右手で押さえながら、一目散に逃げ出した。
 護衛兵たちは追いかけようとしたが、俺は指笛を吹いて、彼らを制した。


「追わなくていい! 馬車の警備に戻って! あと、周囲の警戒をしっかりと!」


「おいおい、追わなくていいのか?」


 怪訝な顔をしたクレイシーに、俺は頷いた。


「追わなくていいですよ。護衛兵の仕事は、あくまでも隊商の護衛なんで。暗殺者の対処は、二の次でいいです」


「ああ、なるほどな。了解だ」


 俺は皆が持ち場に戻るのを確認してから、厨房馬車へと戻った。
 その途中、アリオナさんの投擲を受けて覆面が倒れた場所を通りかかった。周囲に散らばる破片は、どうやら芋のようだ。

 ……貴重な食ざ……いや、まあいいや。

 お陰で助かったわけだし。気にするのは止めよう。


「アリオナさん、ありがとう!」


「クラネスくん、怪我はな――」


 アリオナさんの言葉は、途中で遮られた。
 ヒュン――と風を切る音をさせながら飛来した矢が、左腕を掠めたからだ。矢が馬車の壁に突き刺さる音が響く中、アリオナさんは悲鳴をあげてから出血した腕を押さえた。
 矢が掠めた位置は、少し右にずれていたら心臓に当たっていた。
 さっきの覆面の仕業か?
 護衛兵への指示やアリオナさんへの礼を言っていて、〈舌打ちソナー〉をしていなかった。矢を放った相手の位置が、把握できない。
 遅れて〈舌打ちソナー〉をしてみたが、もう怪しい影は感知できなかった。これが、あの覆面の仕業なら、絶対に許さない。
 恐怖で蹲るアリオナさんに駆け寄りながら、俺はフレディにユタさんを呼ぶよう頼んだ。
 
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ちょっと早めのアップですが、朝ご飯を食べてないのが理由です。これから早めの昼食に行ってきます、、、

邂逅二回目、そしてアリオナの負傷――という回です。クラネス君の失態ですね。ちゃんと〈舌打ちソナー〉をしていれば、ちゃんと犯人の居場所がわかったのになーと。

クラネス君、八つ当たり的に激おこです。


そして、お気に入りが五〇オーバー。皆様、ありがとうございます!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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