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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
三章-6
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暗殺者らしい覆面の男の襲撃、そしてアリオナさんの負傷――そんな激動の一夜が明けた、朝。
出発の準備をしていた俺の元に、マリオーネとアーサーがやってきた。まあ、アーサーの後ろには、護衛らしい騎士が二人ほどいたけど。
マリオーネは俺に手招きをしながら、駆け寄ってきた。
「おはよう、マリオーネ。出発まで、もう少しあるから……」
「クラネス兄さん……アーサー様から、お話があります。その……騎士たちには内密で」
「……わかったよ」
俺が一礼をすると、アーサーが近づいて来た。
「クラネス様、おはようございます」
「これは、アーサー様。おはようございます」
「昨晩、暗殺者に襲われたそうですね。無事に撃退なされたこと、感服しております」
挨拶をしながら、アーサーは小さく折り畳んだハンカチを差し出してきた。
ハンカチの上の面には泥と木の枝で、文字が書かれていた。
〝アリオナが狙われている。御爺様にも気をつけて〟
どくん、と俺の心臓が脈打った。
あの覆面の暗殺者が逃げたあと、アリオナさんが矢を射られた。矢は腕を掠めただけだったが、あと僅かにずれていたら、アリオナさんは死んでいた。
アリオナさんを狙った一矢は、あの覆面の仕業だと思っていた。だけど、ミロス公爵の配下の者が放ったものという可能性――。
そんな予感が去来した途端、俺の頭が激しく回り始めた。
つい最近まで、ミロス公爵はアリオナさんに対して無関心に近い対応だった。アリオナさんを狙う可能性――爺様たちの屋敷で出会ったときから、それを決意させることがあったか、俺は記憶を遡った。
だけど、二人が直接に関わったことなんか、ほとんどない。ミロス公爵が気に触るようなことは、していない筈だ。
となると、別の可能性――。
俺は記憶の中から、アリオナさんに対する意見を探した。
思い出したのは爺様が口にした、アリオナさんのことを諦めろという言葉だ。俺たちが仲良くなっていることを見抜いたのは、流石年の功といったところだが。
アリオナさんを排除したがっている人物なら、その筆頭は爺様だろう。その爺様とミロス公爵のあいだで、なにかの取り決めがあったのかもしれない。
例えば、アリオナさんに貴族としての振るまいが見られないとか……もしかしたら、半に排除を依頼したのかもしれないけど。
……ああ、もう。
こういうことをするから、俺は貴族なんかになりたくないんだ。貴族以外に対する、命の価値が低すぎる。
――借金さえ返し終えたら、絶対に断絶してやる。
そんな決意を抱いたわけだが――マリオーネとアーサーが、そんな俺を不安と怖れを秘めた目で見ていた。
どうやら、かなり怒りが露わになっていたらしい。
「ああ……なんか、すいません」
俺は二人に謝ると、寄せていた顔を離した。
「とにかく、ありがとうございます。暗殺者の件も含めて、気をつけます」
「はい。どうか、お気を付けて」
「ときにアーサー様。昨晩の暗殺者は、赤い十字の覆面を被っておりました。そういう暗殺者について、なにかご存知ですか?」
「いえ、わたしは……」
アーサーは、本当に知らない様子だった。情報を得るには、ミロス公爵に聞いてみるしかないのか……。
アリオナさんを暗殺しようとした疑いがある今、あまり近寄りたくはないけれど。
俺が難しい顔をしていると、アーサーの護衛である騎士の一人が近づいて来た。俺が警戒心を露わに顔を上げると、中年の騎士は軽く敬礼をしてきた。
「クラネス殿、申し訳ない。今の話が聞こえて来ましたので、差し出がましいと思われるでしょうが、わたしの話を聞いて頂けますか?」
「……どうぞ」
俺が話を促すと、騎士は表情を引き締めた。
「先ほど、仰有っておられた覆面の件ですが……赤い十字というのは、間違いがないでしょうか?」
「ええ。覆面に描かれていました」
「そうですか……なら、恐らくは間違いがないでしょう。貴族や商人……そういった者たちを中心に襲っている、暗殺者です。名などは、知れ渡っておりませんが……その覆面は、貴族の中でも有名です。彼のことを、覆面の模様から《赤十字》と呼ぶ者もおります」
「《赤十字》……」
なんか、前世にあった某組織と似たような名だな。
とにかく、そういう奴かもしれないのか。貴族や商人を中心に襲う……か。暗殺者っていうのは、基本的にそういう奴なんだろうけど。
俺にとって、そういう奴は『糞野郎』というカテゴリに属する。俺を狙うっていうなら、手加減なんか不要でいい。
これが正義のためとか、世の中の不条理を是正するため――という信念があるなら、話は変わるけど。金のためってだけなら、容赦しない。
俺は拳を硬く握り締めながら、騎士に会釈した。
「貴重な情報、ありがとうございます」
「いえ。お役に立てたのなら、わたしも話をした甲斐がありました」
役に立つどころか。
手加減の要らない相手だと判明しただけでも、俺にとって貴重な情報となった。
騎士たちとアーサーが去ったあと、俺はマリオーネに声をかけた。
「あのさ、雨の日に教えてくれた作戦あるだろ。あれの詳細を教えてくれないか?」
「はい! やる気になったんですね。わたしたちも、協力は惜しみません!」
うん、まあ。やる気というか、ガチで殺る気になってるわ。とはいえ、ミロス公爵を殺すのは色々と問題があることくらい、重々承知している。
だけど、アリオナさんを暗殺しようっていうなら、それなりの代償を払わせるだけだ。
貴族だからって、なにをしてもいいわけじゃない。
それを理解させ――てやるからな。覚悟しろ。
俺の目的はマリオーネたちとの思惑とは、かなり外れている気がする。だけど――ある意味、売られた喧嘩だ。
なら――アリオナさんを護るため、できることはなんでもやってやる。
俺はマリオーネに頷くと、出発前の馬車へと促した。
「あ、クラネスくん」
馬車の床に座っていたアリオナさんが、俺とマリオーネに気付いて顔を上げた。左の袖の傷の下に、ベージュ色のリネンが見える。矢傷を手当てした痕だ。
昨晩からずっと、アリオナさんの表情は暗い。
俺は自分のあとにマリオーネが馬車に戻るのを待って、無地の羊皮紙と羽ペンとインクをかき集めた。
そんな俺を、アリオナさんはボンヤリとした目で追っていた。
「クラネスくん……どうしたの?」
「あの覆面野郎をぶっ倒す作戦を考えるんだ。あと、不埒なことを企む大人に、手痛い反撃をしてやるつもり」
「反撃?」
鸚鵡返しに聞いてきたアリオナさんに、俺は微笑みながら頷いた。
「そう。アリオナさんの傷を付けた奴らにも――ね」
「クラネスくん……悪い顔してるよ?」
「うそ?」
俺は両手で顔を撫でてから、アリオナさんに微笑んだ。
「アリオナさんは、すべてが終わるまで商売なし。戦うのもなし……馬車の中にいて欲しい。決着は……俺がつけるから」
「いや」
照れるのを堪えながら決意を放したのに、即座に否定されてしまった。
戸惑う俺の手を、アリオナさんは両手で包みこんだ。
「クラネスくんは、あたしのことを護ってくれるのは、うれしい。だけど、籠の鳥みたいに護られるのは、イヤなの。一緒に頑張って、一緒に色々なことを乗り越えていきたい」
……いかん。思わず見惚れてしまった。
色々な感情が頭の中で渦巻いて、思考が定まらない。数秒して導き出した結論は、かなり斜め上なものだった。
その結論に俺自身、呆れ半分、照れが半分くらい。
無言になった俺に、アリオナさんが小首を傾げた。
「……どうしたの?」
「あ、いや、その……こんなにいい娘だって、なんで前世で気付かなかったのかなって、思ってたり……してね」
「……今さら、わかったの?」
苦笑したアリオナさんは、上目遣いになっていた。
「遅いよ、厚使くん」
厚使とうのは、前世における俺の名だ。
真っ赤になったアリオナさんは、戸惑っている俺から、僅かに目を逸らした。
「い、いいじゃない。ずっと、そう呼びたかったんだから」
「そうなんだ。アリオ――」
名を呼ぶ途中で、アリオナさんは俺の口を手で塞いだ。
どうして――と思っていると、顔を真っ赤にしたままで、俺に訴えてきた。
「前世の名前で、呼んで欲しい……んだけどな」
「板林……さ」
そこでまた、アリオナさんは俺の口を手で塞いだ。
なんでと思ったけど、その理由は次の言葉で判明した。
「下の名前で呼び捨てが、いい」
その願いに、俺の顔も真っ赤になっていた。
俺はかなり躊躇った――もちろん、照れと恥ずかしさからだ――あと、意を決したように、アリオナさんに告げた。
「……精香に、また会えて良かった」
「うん」
俺と精香――アリオナさんが身体を寄せ合った、そのとき。
真横からか細い声が聞こえてきた。
「あの……わたしはお邪魔でしょう……か?」
マリオーネの声に、俺たちは勢いよく身体を離した。
「あ、いやその……ごめん。作戦を考えるんだから、居てくれたほうがいいよ。うん」
「そ、そうですか。あの、お二人の話は、よく分からない部分もあったんですけど……さっきの名前は、あだ名みたいなものなのでしょうか?」
さっきの名前……俺たちが呼び合った、前世の名前のことか。
前世の記憶を持ってるとか、色々と説明するのも面倒だし、納得してくれるかもわからない。
俺はとりあえず、「そんな感じ……かな」と、答えることにした。
余談だが、このあと三〇分ほどで出発となったため、作戦は未完成のままだった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
作戦とか暗殺とか、そういうのよりもイチャコラがメインな感じになったのは、完全に中の人の趣味です。御容赦の程、宜しくお願い申し上げます。
巻き込まれ状態だったクラネスが、やっと自分の目的を持ちました。これからアリオナと、諸々のkとに、どう立ち向かっていくか――という熱血な展開に、なるかなぁ……この二人(汗
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
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