最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

三章-7

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   7

 ガタガタと揺れる馬車の中で、ミロス公爵は腕を組んでいた。
 昨日の襲撃が、クラネスを狙ったものだという報告があった。あれだけ暗殺を阻止してきたら、まずは邪魔者であるクラネスを排除しようという考えは理解できた。
 だから騎士の一人に見晴らせ、好機があれば標的を狙えとは命令してあった。
 その結果は――。


「御爺様?」


 不安げなエリーンに声をかけられ、ミロス公爵はハッと顔をあげた。前の座席に座っている二人の孫たちは、揃って機嫌を伺うような目をしていた。
 どうやら考えごとをしているうちに、険しい表情をしていた――そう察すると、取り繕うように顔を綻ばせた。


「いや、これはすまぬ。なんでもないから、気にしないでおくれ」


「それなら……安心しました。なにか……怒っておられるのかと、思ってしまいました」


「わたくしたちは若輩ですが、もしできることがあるなら、喜んで奮闘努力いたしましょう」


 エリーンとアーサーの様子に、ミロスは苦笑いを浮かべながら二人の頭を撫でた。


「はっはっは。その心遣い、嬉しく思うぞ。だが、安心せよ。おまえたちは安心して、このミロスの側におればよい。暗殺者ごとき、我が精鋭で退治してくれよう」


 安堵したように笑顔を見せる孫たちから離れると、ミロスは座席に深く腰掛けた。


「すまないが、しばし考え事をしたいのだ。少し怖い顔をするやもしれんが、それは勘弁しておくれ」


「はい」


 アーサーとエリーンが頷くのを見てから、ミロス公爵は思考に埋没した。
 二人の孫たちが、なにかをしていることは気付いている。だが幼い子どもである以上、大したことはできないだろうと踏んでいた。


(さて……クラネスたちの様子を見に行くべきか)


 どこまでなにを気付いているか、知っておく必要がある――と、ミロスは嘆息した。敵味方の状況を把握するのは、政での常套手段だ。
 休憩になったら会いに行く必要がある……というところまで考えたあと、今度は暗殺者と標的に対する対策を考え始めた。

 だが、彼は知らなかった。
 子どもの考えは、単純なものかもしれない。だが、それを切っ掛けに動くものがいるのだと、まだ気付いていなかった。

   *

 馬車で移動をしながら、俺はエリーさんやフレディたちと話し合いを続けていた。話し合いの内容的に、アリオナさんは厨房馬車の中にいて貰っている。


「……アリオナさんが、公爵の部下から狙われている可能性もあるんです」


「それで、先ほどの作戦なんですね」


 納得したようなメリィさんの横で、エリーさんは少し悩ましげだ。


「ですが、簡単に作戦と申されましても……その暗殺者がどこで、どう襲撃をしてくるのかわからないのでは、作戦を立てようがありませんわ」


「それは正論なんですけどね……だから、暗殺者に襲われる状況を作り出せれば……こっちの作戦に引き込めるかな……とかですね」


 我ながら、苦しいとは思っている。だけど、こういうのは一人で考えても埒が開かないから、大勢で考えていきたいのである。
 エリーさんは案の定、気乗りしない表情で首を振った。


「残念ですが……今の段階では」


「公爵様の馬車を、馬車列から引き離せばいいでしょう」


 フレディの言葉に、俺たちは一斉に振り向いた。
 俺の隣にいるフレディは表情を崩すことなく、淡々と話を始めた。


「この先、山賊たちの活動が活発な場所があります。そこで公爵様の馬車を逃がせば、怪しまれることなく馬車列から引き離せます」


「いや待って。それって隊商の商人たちも危険じゃない?」


「危険ですが、それは我々護衛兵で護りきります。少数精鋭にて、暗殺者を撃破――もちろん、公爵様にはそれ相応の恐怖を味わって頂く――」


 そこまで話すと、フレディは口元を綻ばせた。


「――という骨組みではどうでしょう」


「どうでしょうって……かなり出来上がってる気がするんだけど」


 半ば呆れていた俺に、フレディは首を振ってみせた。


「ご冗談を、若。この程度では、まったく足りません。どうやって山賊どもに、我々のことを報せるか。公爵様の馬車のみを逃がす手段……そして若を初めとした討伐部隊を、暗殺者に知られずに、公爵様の馬車に随伴させる手段など、考えることは多いでしょう」


 ごもっともな意見なだけに、ぐうの音も出ない。
 少し考えてみたけど、考え始めると、必要なピースがまったく足りていないことに気付く。最初の山賊にしたって、どこで出るのか、どの町が被害を受けているのかなど、情報を広めるだけでも、知りたいことは色々と出てくる。


「例えば……その山賊っていうのは、どの辺りででるの?」


「この先のエレノアの町周辺です。そこから王都までは、二日とかかりません」


「あの、王都に近い町に山賊がでるんですか?」


「王都ではありませんからね。二日も距離があれば、そんなものですよ」


 驚くエリーさんの疑問に、フレディはあっさりとした口調で答えた。
 まあ、山賊や野盗なんか、王都の周辺だって出るけど。流石に、王都を襲うことはないけど、街道や山道なんかには、それこそ『どこから沸いた』と言いたくなるほど潜伏している。
 安全なのは衛兵が巡回をしている、王都から半径半日ほどくらいだろう。
 それでも強盗なんかはいるから、まったくの安全な土地なんか、この世界には存在しないだろう。
 王都にしたって、夜に女性一人で出歩けるほど安全じゃないし。なんなら、貴族が趣味で人を襲っているとか、良くある話らしいし。
 俺は腕を組みながら、エレノアに到着してからの行動を組み立てた。だけど……その途中で、壁にぶち当たった。


「……町に着いてからじゃ、間に合わない。エレノアから出たあとになるにしても、翌日まで襲って来てくれないと、王都方面に逃げられるし」


 王都方面に逃げられて巡回の兵に合流されたら、俺たちにとっても厄介だ。公爵には骨の髄まで、アリオナさんを狙ったことを後悔して貰わなくてはならない。
 俺が困っていると、メリィさんがエリーさんと目配せをした。
 エリーさんが小さく頷くと、メリィさんは俺やフレディに真剣な目を向けた。


「一つ提案なんですが……先行して噂を流しておきましょうか? それなら、間に合うと思います」


「先行って……メリィさんが、ですか? いや正直、山賊相手ですから、危険ですよ。女性一人で町へ行くのも、お勧めしません」


「ですが、そうしないと時間が――」


「俺が行ってやってもいいぜ」


 横から話に入って来たのは、クレイシーだ。
 護衛兵の誰かと交代したのか、隊商が所有する騎馬に跨がっている。手綱を操りながら俺たちの真横に来ると、不器用に片目を瞑ってみせた。


「公爵の馬車が、エレノアを経由して王都に向かうって噂を流せばいいんだろ? 任せろよ。旨く行けば、町に付く前に山賊を呼び寄せられるぜ」


「そんなことが、できるんですか?」


「まかせなよ。伊達に、傭兵なんかやってねぇよ。色々と、情報の売買をするツテっていうのが居るんだよ。手付けっていうか、ある程度の資金は必要だが……どうする?」


 クレイシーに決断を迫られ、俺は迷った。
 クレイシーとの付き合いは、それほど長くない。信用をして資金まで渡していいものか……。
 俺は悩みながら、傍らに置いてあった矢を握った。
 アリオナさんを狙った矢だが、この形状は王都の兵が使っているものに似てる。これを放った奴――そして命令した奴は、絶対に許さない。


「……わかりました。町に到着する前に休憩をするはずなので、そのときに先行して下さい」


「あいよ。まかせな」


 笑顔を見せたクレイシーに、俺は革袋を託した。
 そんな会話があってから三十分ほど。馬車列は森を出たところで休憩となった。予定通り、騎乗したクレイシーがひっそりと列を離れるのを見送っていると、前の馬車からミロス公爵が降りてきた。
 一緒に火を起こしていた俺とアリオナさんに近寄ると、大袈裟なほど両手を広げた。


「クラネス、それにアリオナだったかな。昨晩の襲撃は、大変だったと聞いている。怪我をしたと聞いていたが、大丈夫なのか?」


「……ミロス公爵様。お気遣い、傷み入ります。わたくしは無事ですが、アリオナが暗殺者と思しき者から卑劣な矢を受けまして、腕を負傷してしまいました。ですが、手当をしておりますので、すぐに良くなるでしょう」


 俺の返答に、ミロス公爵の目がやや冷たく光った――気がした。
 だが、当のミロス公爵は顔に笑みを貼り付けている。俺は次の言葉を待って、仕掛けることを決めた。
 静かに《力》を解放し、ミロス公爵の心音を〈増幅〉させて、俺だけが聞けるようにする。
 そんな俺の《力》を知らないミロス公爵は、笑顔で聞いてきた。


「そうか、それは良かったな。それで、暗殺者の顔は見たのか?」


「……いえ。ですが、赤い十字の描かれた覆面は見ました。それに」


 俺は言葉を切ると、矢をミロス公爵へ見せた。
 その矢を見た瞬間、ミロス公爵の心音が、〝ドクンッ〟と鳴り響いた。

 ……やっぱり矢を放った――人を殺す、黒幕となったか。


 俺は視線を下に逸らしながら、言葉の続きを吐いた。


「この矢が証拠となりましょう。わたしは……暗殺者を叩きのめします」


「う……む。そうか……」


 どこか、気圧された感はあるがミロス公爵は、それ以上のボロを出さなかった。
 馬車へと戻るミロス公爵を見送ったけど、きっと俺の目は、後ろ姿を睨んでいたと思う。


「クラネスくん、顔、怖いよ?」


 アリオナさんの声で、ハッと我に返った。


「あ、ごめんね。ちょっと……色々とあって」


 俺の心を常人の領域に戻してくれる声――俺にとって、アリオナさんは無くした部分を補う良心の一つになっているのかもしれない。
 胸の奥の温かさを覚えながら、俺はアリオナさんと火を起こすのを再開した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

四章に向けての、所謂、〝転〟の回で……ホントに転なのか、ちょっとした疑問もありますが。

とにかく、クラネスも攻勢に動き始めました。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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