最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

四章-1

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 四章 護り合う絆


   1

 エレノア――王都に近いだけあって、宿場町として栄えた町である。
 農業や畜産も行われているが、町の収益は大半が旅籠屋や酒場だ。それだけに、大通りには大小の旅籠屋や酒場が並んでいる。
 そんな、日暮れ前のエレノアを、クレイシーは歩いていた。乗って来た馬は、旅人用の厩舎に預けてある。
 エール酒の入った革袋を手に通りを歩いていたクレイシーは、赤ら顔で《赤い水キセル亭》へと入っていった。
 中で屯する客は、傭兵や隊商を護る護衛兵ばかりだ。
 クレイシーは客の視線を集めながら、店の奥へと歩いていく。カウンターに座る中年の店主に軽く手を挙げた。


「よお。久しぶり」


「なんだ、おまえか。数ヶ月ってところか……ここに来るのは。それで、なんの情報が入り用だね」


「いやあ、今日は逆なんだわ。情報、買ってくれねぇか? で、ついでに広めてくれたら助かるんだけどな」


「買って……広める? おまえ、なんの情報を握ってるんだ」


「へっへ……それがな」


 クレイシーは顔を寄せると、小声で店主に話した。


「近々、ここを公爵家の馬車が通る。いつごろか……っていうのは、買値と相談だな。その情報を、周辺のごろつきどもに流して欲しいんだ」


「あん?」


 クレイシーが持ちかけた内容に、店主は眉を顰めた。


「おめぇ……まさか、ほかの国の良からぬ奴と、手を組んだんじゃねえだろうな?」


「違うって……ちょっとした事情があるんだよ。上手くいけば、この辺りを荒らす山賊の一つくらいは、壊滅できるかもしれねぇ」


「ほお? どこの誰かは知らねぇが、碌なことをしない奴がいたもんだ」


「そう言うなって……こっちも仕事なんだよ。頼む、この通り」


 クレイシーが戯けたように頼む素振りをすると、店主は小さく息を吐いた。


「……ったく仕方ねぇやつだな。わかった、情報は買ってやる。それで、公爵様は、いつ来るんだ?」


「へへ――そうこなくちゃな。夕暮れ前には、この町に来る予定だ。ここで一泊して、明日の朝、王都に発つって予定だ」


「なるほどな。わかった。それじゃあ山賊どもに流れるよう、その噂は広めておいてやる」


 店主はそう告げると、そっぽを向いてしまった。
 クレイシーは続きの言葉を待っていたが、店主が口を開く気配はない。少し不安になって、おずおずと話しかけた。


「あの……情報料は?」


「ん? ああ……噂を広める手間賃と、相殺だな」


「おい……そりゃねぇぜ……」


「アホ。噂を広めるにしたって、時間がなさ過ぎる。王都へ帰還する前に、山賊なんかを動かしたいんだろ? なら、それなりの手間賃を貰わなきゃな。だから、これで商談成立だ」


 話は終わりだと、店主はそっぽを向いた。


「ついでだ。なにか飲み食いしていくか?」


「なんだよ。奢ってくれるっていうのか?」


「馬鹿を言え。代金は、払ってもらう」


「巫山戯んなよ、てやんでぇ。口直しは、別の店でやるわい」


 悪態を吐きながら、クレイシーは店を出た。
 クラネスたちとは馬車列が町に到着したあと、日が暮れてから合流する手筈になっている。それまでは実質、自由時間だ。


(まあ、噂を流すための資金は手付かずだしな。これで飲み食いしながら、待つとしようか)


 そんなことを考えながら四軒ほど離れた酒場に入ろうとしたとき、背後から肩を掴まれた。


「おい、あんた。さっき聞いたんだが、公爵の馬車について、なにか知ってるんだってな」


 クレイシーが振り返れば、そこには顔中が傷だらけで、頭髪を剃り上げた中年の男の顔があった。明らかに、『脛に傷』のある人種だ。


(……おいおい。早すぎるだろ。女に嫌われるぞ、まったく)


 顔を引きつらせたクレイシーは、その男の背後で、新たに三人の男たちがやってくるのを見ていた。
 生命の危機――それを感じつつ、クレイシーは『ヤッホー』と言わんばかりに、小さく手を挙げた。

 それからしばらく、人が殴られる音が町に響いた。

   *

 ミロス公爵の馬車列は、予定通り夕暮れ前にエレノアという町へ到着した。ミロス公爵の馬車は、町の衛兵に護られながら、町長の屋敷へと進んでいった。
 俺たち《カーターの隊商》は、市場の近くに馬車列を停めた。残っている商人や護衛兵の一部は、旅籠屋で休ませている。
 俺は例によって、厨房馬車で周囲の警戒だ。
 フレディを初めとした護衛兵に馬車列の警備を頼んでいると、クレイシーが帰ってきた。


「いよお。帰ったぜ」


「お疲れ様です……やけに、埃っぽくないですか?」


 クレイシーの衣服は、砂埃にまみれていた。
 怪我は無さそうだけど、なにがあったんだろう――という俺の疑問に、鷹揚に肩を竦めながら、


「噂は流しておいたぜ。この汚れは……噂が上手く流れた証拠だな。雑魚に絡まれたんだよ。俺から噂の仔細を聞こうとした奴とか、人質にしようとした奴とか、色々いたぜ」


「……それは、ご愁傷様でした。宿で休んで下さい」


「冗談だろ。どこか、馬車の中で休ませてくれ。宿なんかに泊まったら、野盗や山賊の手下なんていう、むさい男どもに夜這いされそうでイヤだ」


 なるほど。その野盗や山賊の仲間に襲われ、連れさられる可能性はあるだろうけど、言葉のチョイスが悪すぎるって言いたい。声を大にして言いたい。
 脱力気味に頷いてから、俺の馬車を後ろ手に示した。


「寝るだけなら、そこで寝て下さい。俺は仕事も兼ねて、厨房馬車にいますんで。ああ、最低限の砂埃は落として下さいよ」


「悪いな。それじゃあ、借りるぜ」


 ポンポンと砂埃を払うと、クレイシーは馬車の中に入った。
 厨房馬車には今、隊商の売り上げ金のすべてが保管してある。これから、帳簿の確認をするためである。
 厨房馬車に入ろうとしたとき、アリオナさんが駆け寄ってきた。


「クラネスくん、帳簿の確認をするんでしょ? あたしも手伝うよ」


「いや、アリオナさんは、宿で休んで」


「だって……ほら。作戦について、もう少し話し合いたいし……それに、ほら。一緒にいる口実にもなるじゃない」


 ……あ、そっか。

 女の子に、そこまで言わせたのは、我ながら情けない……と思う。俺はアリオナさんと厨房馬車に入ると、〈舌打ちソナー〉を行いながら、帳簿と売り上げの確認をし始めた。
 その途中で、アリオナさんは意を決したように口を開いた。


「あたしも公爵様の馬車と一緒に行く」


「……なんで? ここでフレディたちに護って貰ってくれていたほうが、俺としては安心なんだけど」


 ミロス公爵がアリオナさんを暗殺しようとしている――かも。それを話すことは……さすがに憚られた。だから怪我のこともあるし、厨房馬車の中にいて欲しい……と、説得をしたばかりだ。
 そんな俺に、アリオナさんは顔を赤らめた。


「あたしのこと……色々な人に認めて欲しいんだ。だって、クラネ……厚使くんは、この世界じゃ貴族で、公爵家とも知り合いじゃない。あたしは……そういうのないから。だから、出来ることは精一杯やって、色々な人に認めて貰わなきゃ」


「……精香」


 アリオナさんが、そんなことを考えていたなんて、話をしてくれなきゃ察することもできなかった。

 猛省しなきゃなあ……。

 アリオナさんと仲良くなってきたと思うけど……女心は、まだ未知の領域だ。
 俺は少し悩んでから、小さく頷いた。ここでアリオナさんの決意を無下にするなんて、できやしない。
 どんな危険があっても、俺が護ってみせればいいんだよ……な。


「わかった。アリオナさんが身近な人たちに認められるよう、俺も一緒にやっていくよ」


「……うん。ありがと」


 俺たちは俯き加減で、お互いの様子を伺っていた。
 しばらくの沈黙のあと、アリオナさんがボソッと口を開いた。


「あと、なんでまだアリオナさん、なの? こっちも、呼び捨てにして、いいんだよ?」


 あ、これは撃沈しますわ。

 俺とアリオナさ――アリオナは、ちょっとだけ――あくまでもちょっとだけ、だけど、互いの腕を背中に廻した。
 俺はアリオナさんの体温を感じながら、ミロス公爵に暗殺を諦めさせる手段を考えていた。

   *

 エレノアから少し離れた森の中で、大量に液体が飛び散る音、続けて重い物が倒れる音がした。
 がちゃり、と最後に金属音が鳴り響いた。


「公爵がエレノアにいるという噂が、山賊どもに流れている……だと?」


 静かな男の声は、あの覆面のものだ。
 背後から両脚を斬られ、さらに右の二の腕を深く抉られた死体には、目に涙が浮かんでいた。顔中に切り傷、口や片目は深い切り傷は、拷問の痕だ。
 覆面をした男は、まだ血糊の付着した長剣軽く振った。


(理由はわからんが……利用させて貰うとしよう)


 覆面の男は死体の喉に、長剣を振り下ろした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

情報屋……リアルな中世で、そんな職業は無かった……はず(諸説あります……記憶違いでなければですが)。

そして、なんかこう……書いていても焦れったい二人のやりとり。さっさとアリオナから○せばいいのに……とか、思ったり思わなかったりです。筋力的な意味で。

逆は拒否られたら不可能ですからね。こうなるのも仕方が無いですね。

少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。

次回もよろしくおねがいします!
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