88 / 112
第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
四章-2
しおりを挟む2
早朝に、俺たちは町を出た。しばらくは町の衛兵たちも同行したけど、それも二、三〇分くらいのことだ。
旅の無事を祈りますと告げた衛兵たちは、町へと戻っていった。
馬車列は、雑木林に入ったばかりだ。木々に囲まれているとはいえ、まだ周囲は明るい。上を見上げれば空が見えるし、雑木林の外から陽光も差し込んでいる。
手綱を操りながら〈舌打ちソナー〉をしている俺の厨房馬車に、メリィさんの操る馬車、そして二頭の騎馬――フレディとクレイシーが近寄って来た。
「若――来ると思いますか?」
「噂が流れているのなら、多分。この先にある、視界が悪い場所で襲撃が一番、可能性があると思う」
俺の〈舌打ちソナー〉に、視界は関係無い。どんなに鬱蒼と茂った森だろうが、その中に落ちている金貨一枚だって見つけられる。
どんなに巧妙に潜んでいようが、見つけ出す。見つけ出してみせる。
返ってくる〈舌打ちソナー〉が伝える周囲の景色を感じながら、俺はフレディとクレイシー、それからメリィさんの順番に、首を巡らせた。
「そのときがきたら、作戦通りに」
と、仕切るようなことを言ってみるけど、そんなの理解している人たちばかりだ。
俺が小さく手を挙げると、フレディとメリィさんたちの馬車が離れた。クレイシーは厨房馬車に移ってくると、俺が彼の乗っていた馬へと移動する。
そう――作戦通りに。
このままだと……あと十数分くらいか。二〇を超える集団が、街道の左右に潜んでいるのを感じ取ったんだ。
俺は馬車の壁をノックして、中にいるアリオナさんに合図を送ってから、鐙で騎馬の腹を軽く叩いた。
俺が前へ出るのを、騎士や兵士たちが訝しそうに見てくる。
「どうしたんだ?」
先頭にいた騎士に、俺は馬を寄せた。
「山賊の襲撃がある――かもしれません。弓矢に警戒を」
「そんなことは、すでに心得ている。いつでも――」
「もうすぐ、来るかもしれないんです。今すぐに、警戒をして下さい。死にますよ」
俺は長剣を抜くと、〈舌打ちソナー〉を連続で使った。この先にある木の上に、弓を携えた人影が、四名。その奥に、一六……いや、一七名が控えている。
弓が四名……すべてを防ぎきるのは、ちょっと難しいか。俺は長剣の刀身に手を添えて、そのときを待った。
反応的にも、もうすぐで弓の射程に入る……と思う。平地ならとっくに射られているだろうけど、雑木林では障害物が多いため、よほど接近しないと射られることはない。
ただ、それはもう一方で、相手とかなり接近している状態でもあるということだ。弓矢のあとすぐに、敵の本隊が雪崩れ込んでくるはずだ。
緩やかに曲がる道を進んでいると、〈舌打ちソナー〉が弓を構えた者たちが矢を番える像を伝えてきた。
それを大人しくなっているなんで、そんなことはしない。
先手必勝――。
俺は矢を番えた四人へと向け、《力》を放った。
いつもの〈共振衝撃波〉だが使い慣れている分、効果は絶大だ。四人が木の上から落下する像が返ってくるのを確認してから、俺は声を張り上げた。
「敵襲っ! 山賊らしき敵が潜んでいるぞ!!」
俺の声は《力》によって隊商すべて、そして山賊たちへと響き渡った。
弓矢による奇襲が失敗し、さらに潜伏していることすら知られたとなれば、やることは一つだろう。
声が響き渡った直後、雑木林の奥から馬の嘶きや怒号が聞こえてきた。
木々のあいだから、山賊らしい男たちの姿が見えてきた。前の方へと集まった騎士や兵士たちが、一斉に抜剣する。
「フレディ、エリーさん!」
俺は馬首を巡らすと、厨房馬車の近くまで戻った。
「若、本当に宜しいので? わたしだけでも――」
「いや、みんなで山賊をお願い。暗殺者のほうは、俺とアリオナさん、クレイシーでなんとかする。とにかく、味方に死者を出さないで下さい」
最後の言葉は、メリィさんも含めた三人に告げたものだ。
俺は厨房馬車から出てきたアリオナさんを俺の後ろに乗せると、公爵の馬車へと近寄った。
見るからに上品そうな御者に、俺は馬車列の後ろへと指を指し示した。
「公爵様の馬車は、後ろへ!」
「は、はい!」
俺の指示で、公爵の馬車は街道を戻っていく。俺は手綱を操って公爵の馬車を追い越すと、先導するかのように前へと出た。
クレイシーの騎馬は馬車の後方に位置している。前後で挟むようにしながら、俺とクレイシーは公爵の馬車を馬車列から引き離した。
――この辺りでいいか?
町の衛兵たちと別れた付近まで来たところで、俺は速度を緩めながら、馬車を停めるよう御者に身振りだけで指示を出した。
小窓から顔を出したミロス公爵が、俺へと目を向けた。
「クラネス! 騎士たちと離れたのは、拙いだろう。早く戻った方がいい」
「……いえ、ミロス公爵様。奴らの中には弓矢を持っている者がおりました。火矢を使われては、御身が危のうございます。矢が届かない場所までと――ここまで避難致しました」
「ふむ……なるほど。しかし……騎士や兵士たちの安否が心配だ。戻ったほうが良いのではないか」
「向こうには護衛兵のフレディや、魔術の使える者がおります。怪我人は仕方ないでしょうか、死人を出さないことを最優先にするよう、指示をだしています」
俺の説明を聞いてもミロス公爵は、まだ納得をしていないようだった。
「それほどの実力があるというのかね? 騎士たちを護れるほどに」
「ええ。保証しますよ。わたしが言うのもなんですが、凄腕です」
*
雪崩れ込んでくる山賊たちの先陣は、四騎の騎馬だった。錆びてはいるが、槍を携えた彼らは、得物のリーチを生かして騎士たちに突っ込んでいく。
「野郎ども、ザックの弔いだっ! 公爵諸共、皆殺しにしてやれ!!」
先頭の山賊が腕を振りながら叫ぶと、雄叫びが上がる。血と殺戮に酔いしれた顔の一団が、その速度を増した。
だが四騎の山賊たちは、炎の渦に巻き込まれた。エリーの〈炎渦〉による先制攻撃だ。
「おおっ!」
フレディが生き残った一人に斬りかかる。
「傭兵どもに負けるな。かかれ!」
騎士たちが躍りかかる直前、再びエリーの〈炎渦〉が山賊たちを遅う。
魔術が存在する世界ではあるが、その威力を目の当たりにする機会は、それほど多くない。魔術師の絶対数が少ないのと、習得の難易度が高いためである。
この二度の〈炎渦〉で、山賊たちの数人は、戦意を喪失していた。武器を捨てて逃げ出す彼らを、目に見えぬ魔力が拘束した。
「おおっ!」
鬼気迫る気迫とともに、フレディが剣を振るい続ける。三人、四人と山賊を切り捨てるフレディの姿に、騎士たちもやや気圧され気味である。
程なく、山賊は討伐されたのだが――。
生き残って捕らえられた山賊は、近くにいた騎士へと怒鳴り声をあげた。
「くぞ! てめえら、ザックを殺しやがって! 絶対に許さねぇからな!」
その主張に、騎士たちは困惑の色を浮かべた。
「……なんのことだ?」
「しらばっくれるな! 首を切り落とし、俺たちの寝床に放り込んだだろうが。御丁寧に、『こうなりたくなければ、公爵家の馬車が通るのを邪魔するな』って手紙付でな!」
山賊の言葉を聞いて、エリーはハッと顔をあげた。
クラネスたちが公爵家の噂を流したことは、予想以上の効果があったようだ。それも――あの暗殺者が、噂を聞きつけた山賊たちを利用するほどに。
山賊の奇襲に便乗して、公爵の馬車を馬車列から離すのは計画の内だ。だが予想外だったのは、暗殺者も山賊を利用しようと企んだことだ。
山賊の襲撃に便乗して、公爵を襲うのではない。山賊に襲撃をさせた上で、次の策を講じている可能性が高い。
「フレディさん」
「ええ。わかっています。若が――危ない」
フレディは馬首を巡らすと、クラネスたちが向かった方角へと騎馬を駆った。
ユタが隊商の馬車を纏めている横を、エリーとメリィの馬車がフレディを追いかけていった。
---------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
さて、作戦の開始です。どっちのとは言いませんが。
普通の山賊なんかが相手だと、魔術・魔法の類いが強いですね。一網打尽感が、ゲームとかだと気持ちよい……skyrimではちょっと難しいですが、やればできるんですよね。
場所によってはリアル「人がゴミのようだ!」を体験できます。フォス・ロー・ダーは(色んな意味で)最強。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
2
あなたにおすすめの小説
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
四つの前世を持つ青年、冒険者養成学校にて「元」子爵令嬢の夢に付き合う 〜護国の武士が無双の騎士へと至るまで〜
最上 虎々
ファンタジー
ソドムの少年から平安武士、さらに日本兵から二十一世紀の男子高校生へ。
一つ一つの人生は短かった。
しかし幸か不幸か、今まで自分がどんな人生を歩んできたのかは覚えている。
だからこそ今度こそは長生きして、生きている実感と、生きる希望を持ちたい。
そんな想いを胸に、青年は五度目の命にして今までの四回とは別の世界に転生した。
早死にの男が、今まで死んできた世界とは違う場所で、今度こそ生き方を見つける物語。
本作は、「小説家になろう」、「カクヨム」、にも投稿しております。
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる