最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

四章-3

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   3

 遠くに聞こえてる剣戟の響きが、徐々に小さくなっていた。爆発音も聞こえなくなっていて、山賊との戦いも過峡を越えたことがわかってきた。
 ミロス公爵の馬車を護るように、馬上にいる俺とクレイシーは周囲を警戒していた。俺の後ろにいるアリオナさんは、不安そうに周囲を見回している。
 俺は相変わらず、〈舌打ちソナー〉を使っているが、同時に耳に入って来る音を増幅している。
 微かな音も聞き取って、暗殺者の襲撃に備えていた。
 クレイシーは長剣の柄に手を添えながら、左手一本で手綱を握っている。《力》のせいで、蹄の音が大きく聞こえる。
 その音に紛れるように、鈍重な足音が聞こえて来た。数は――そんなに多くない。精々、一体か二体。
 俺は二人に指で合図をすると、馬首を巡らしてミロス公爵がいる客車へと近寄った。


「なにかが来ます。公爵様がたは、馬車から出ないで下さい」


 それだけを告げて、俺は手綱をアリオナさんに任せることにした。
 馬から下りると、俺は長剣を抜き払った。聞こえてくる足音は、ゆっくりとした速度で近づいていた。
 森の木々のあいだを縫うように、そして邪魔な枝葉を折りながら、二つの巨体がこっちにやってきた。
 俺の二倍ほどもある巨体に、がっしりとした体付き。背中まで伸びた黒髪には、どうやら装飾品の代わりらしい、動物などの骨が絡まっている。
 トロールの亜種で、丘トロールと呼ばれる種だ。
 俺も詳しくはないけど、商人や護衛兵などから聞いた話では、純粋なトロールとは異なり、再生能力は殆ど無い。その代わり、日の光を浴びても石にならず、白昼堂々と人里や旅人を襲うらしい。
 大きな棍棒や巨石などを得物にして、並みの冒険者なら一〇人で互角の勝負という。
 それが、二体。見た目からはわかりにくいが多分、つがいだろう。鼻をヒクヒクと動かす丘トロールたちは、俺たちを見ると、威嚇するように吼えた。
 俺は無言で、クレイシーに長剣で右を指し示した。
 俺が相手をするのは、左側の棍棒を持っている奴だ。


「おい、俺だけでかよ」


「こっちが終わったら、手伝いに行きます」


 俺は長剣を手に、左側の丘トロールへと駆け出した。豚みたいな顔についた小さな目が、俺の動きを追っていた。
 ジグザグに動く俺の動きを読んで、丘トロールは棍棒を振り下ろした。振り上げ動作のない、手首を回しただけの一撃だ。だが人の上半身ほどもある棍棒で叩かれれば俺なんか、その打撃だけでぺしゃんこだ。
 俺は冷静に棍棒の軌道を読んで、大きく横に跳んだ。棍棒が地面に叩き付けられたとき、俺はもう丘トロールの右横へと迫っていた。
 背後に廻りがてら、俺は丘トロールの脹ら脛――足首の近くだ――へと斬りつけた。


〝ぐごっ!〟


 苦痛に短く吼えた丘トロールは、片膝を地に付けた。
 動きを止めた丘トロールの背後で、俺は長剣を指で弾いた。その金属音を《力》で増幅させ、合成技である〈音撃波〉を放った。
 タンパク質の崩壊や水分の沸騰――少なくとも、これを受ければ人間程度は数ヶ月は起きられないか――そのまま死ぬ。
 だが、丘トロールは目や耳から血を流しながらも、俺を振り返ってきた。


「嘘だろ」


 小さく呟きながら後ろに退いた直後、丘トロールが棍棒を振り下ろしてきた。
 轟音に少し遅れて、砂塵が舞う。俺が砂塵を避けるために後退すると、さっきまで居た場所に、再び棍棒が振り下ろされた。
 怒っているのか、砂煙から姿を現した丘トロールは、口から涎を垂らしていた。俺へと迫る勢いだったが、固い物が衝突する音がした。
 大きく仰け反った丘トロールから、拳よりも一回り大きな石が落ちた。


「クラネスくん!」


 馬上にいたアリオナさんが、腰に下げた袋から大きな石を取り出していた。
 あの腕力での投石は、かなりの衝撃だろう。その一瞬の隙に、俺は再度の〈音撃波〉を放った。
 真正面から〈音撃波〉を受けた丘トロールが、大きく吼えた。
 両目から血を流しているが、きっと目が潰れたんだと思う。両手で目を覆う丘トロールに、俺は三度目の〈音撃波〉を放った。
 ビクン、と丘トロールが一瞬だけ身体を震わせた。
 ゆっくりと横倒しになる丘トロールは、口から血の混じった泡を吹いていた。


「……やっと一体、か」


 もう一体はと見回せば、すでに下馬したクレイシーが注意を引き続けていた。
 小さめの岩を掴んだ左右の手で、交互に殴りかかる丘トロールは、動きはさほど速くない。クレイシーは余裕とまではいかないが、それでも余力を残した動きで、攻撃をいなしている。
 クレイシーは動きながら、公爵の馬車のほうへ、三歩だけ近寄った。
 丘トロールは怒りに我を忘れ、馬車には目もくれない。だが、振り回す腕が掠めたおかげで、馬車は大きく揺れた。
 馬車から、悲鳴にも似た声が聞こえてきた。エリーンのものが一番大きかったが、次はミロス公爵だ。やはり、こうした魔物との邂逅は経験がないらしい。
 俺と頷き合ったアリオナさんが、以下トロールに石を投げた。
 空を切り裂く音を立てながら、石は丘トロールの側道部へと飛んでいく。だけど、振りかぶった右腕が頭部をガードする形で、石を防いだ。


〝ガァァァッ!〟


 かなり痛かったのか、丘トロールが右手の岩を落とした。
 視線を俺とアリオナさんに向けた丘トロールは、標的をクレイシーから俺たちに変えたようだ。
 右腕は無手のまま、丘トロールは俺たちへと駆け出した。


「アリオナさんは、下がって!」


 俺は向かってくる岩トロールに、〈音撃波〉を放った。
 俺の《力》を真正面から受けた丘トロールは、その場で動きを止めた。


「おりゃ」


 すかさず、クレイシーが丘トロールの太股へと斬りかかった。
 苦痛の混じった雄叫びをあげた丘トロールは、岩を持った左手で、クレイシーへと殴りかかった。
 しかし、その一撃を余裕で躱したクレイシーは振り下ろされた左腕へ、電光が迸る長剣で斬りかかった。
 再び雄叫びをあげる丘トロールは、蹌踉けながらクレイシーを捕まえようと腕を伸ばす。
 だけどそれは、俺の〈音撃波〉によって阻まれた。真横から《力》を受け、丘トロールは蹌踉けながら片膝を地に付けた。

 ――こっちも、もうすぐか。

 俺がそう思ったとき、アリオナさんの声が飛んできた。


「クラネスくん! 馬車に誰かが近づいてる!」


 丘トロールとの戦いで精一杯で、〈舌打ちソナー〉や増幅させた音を聞いたりをしなかったから、他者の接近に気づけなかった。
 アリオナさんが馬車へと近づく影へ、石を投げつけた。
 影――あの十字の描かれた覆面を被った暗殺者は、寸前で投石に気づき、身体を捻った。
 投石を避けた暗殺者へ、俺は駆け出していた。


「公爵に、手を出すな!」


「貴様――」


 俺へと向き直った暗殺者へ、長剣で斬りかかる。
 素早く抜剣した長剣で剣撃を受け流した暗殺者が、下半身だけを捻りながら俺を蹴りつけてきた。
 寸前で左腕で蹴りを受けたが、衝撃を打ち消すことはできない。
 数歩分の距離だけ吹っ飛んだものの、なんとか倒れずに済んだ。俺は体勢を立て直しながら、素早く長剣を構えた。
 そんな俺と真正面から退治した暗殺者は、静かな声を発した。


「予想通りだな。やはり、後方へと避難してきたか」


「なにを――」


「あの山賊たちをけしかけたのは、俺だ。そうすれば、公爵を後方に逃がすと思ったよ。魔物寄せの香が、無駄にならずに済んだ」


 どうやら、暗殺者もミロス公爵の噂を聞きつけたらしい。そこで、俺たちの予想を逆手に取るような、策を講じていたってことか。
 あの丘トロールは、魔物寄せの香によって引き寄せられたってことらしい。
 クレイシーを追う丘トロールの雄叫びを聞きながら、俺と暗殺者はお互いに出方を見ていた。
 暗殺者から感じる強烈な殺気に、俺は長剣を握る手に汗がにじみ始めていた。

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本作を読んで頂き、誠にあろがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

暗殺者との決戦開始です。

丘トロールは、ファイティングファンタジーシリーズを参考にしています。今度、カードゲームになるって噂もありますし。

正直、トロールかオーガか、直前まで迷ってたんですけど……噂を聞いて、トロールにしました。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!    
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