最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

四章-4

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   4

 クレイシーは今のところ、丘トロールの攻撃を避けきっている。だけど、やはり種族的な持久力の差は、かなり大きいはずだ。
 早く援護をしなければ、クレイシーだけでなく、ミロス公爵たちの身も危ない。
 俺は長剣を片手で構えつつ、暗殺者の動きを注視した。
 念のため〈舌打ちソナー〉をしたが、周囲に暗殺者の仲間らしい人影は感知できなかった。
 となると、この暗殺者を拘束なり戦闘不能にしてしまえば、それで終わりだ。
 暗殺者は俺に長剣の切っ先を向けながら、どこか歓喜を滲ませるような声を発した。


「やっと、貴様を殺せる。そのあとで公爵や、その孫たちも殺してやる。ああ、そうだ。そこにいる女も殺してやらねばな」


「殺す殺すって、それしかねーのか。単細胞にも程があるな」


「貴様……その無礼、死の直前まで後悔させてやる」


 暗殺者は、殺気をみなぎらせながら両脚を広げた。切っ先を自らの背後に隠すような構えは、始めて見る。
 俺は基本的な構えである、正眼だ。
 呼吸を静かに整えながら、俺は摺り足で暗殺者へと近寄っていく。俺の背後では、アリオナさんが投石の構えをとっている。
 連携の練習なんかしていないけど、俺が合わせていく形で戦うつもりだ。
 フレディとの訓練を思い出しながら、俺は僅かに顔を上方に逸らした。向こうから来ないなら、藪を突くだけだ。


「……威勢のわりには、来る気配がねーな。怖じ気づいたのか? それともママやパパに助けて貰わないと、真正面からやり合えないのか?」


「貴様――侮辱はゆるさん!」


 暗殺者は長剣の刀身を背後に隠す格好のまま、俺へと迫って来た。
 俺は暗殺者の腕に注意を向けかけたが、覆面から覗く奴の目の動きが、僅かに下に逸れたことに気付いた。
 咄嗟に横に跳んだ直後、暗殺者の右脚が、さっきまで俺が居た場所を払った。右腕が同時に動きかけて止まったのは、俺が避けたことに反応したからだ。
 想像していたよりも、動きと判断力はいい。
 俺はもう一度、真横に跳んだ。
 そのタイミングに合わせて、アリオナさんが暗殺者へと石を投げつけた。
 空を斬る音が《力》を介さなくても、俺の耳に届いた。だが、それは暗殺者も同じだった。
 石が飛来する音に気付いた暗殺者が、身体を反らすと、石は右肩を掠めるようにして、森の中へと消えていった。


「ああ、惜しい!」


 本気で悔しそうなアリオナさんの声が、聞こえてくる。その声に俺は安堵感と少しの勇気を貰った気がしたが、暗殺者にとっては殺意が増しただけらしい。
 覆面から覗く目が、アリオナさんに殺意を向けていた。
 俺は、その一瞬の隙を逃さなかった。
 素早く長剣の切っ先を翻し、暗殺者の右手首を殴打した。


「くっ――」


 苦悶の声を漏らしながらも、暗殺者の右手から血は出ていなかった。服の切れ目から、金属質の光沢が覗いていた。
 恐らくは籠手の類いだろうけど、ほとんど手首だけで斬りつけたから、長剣が籠手を貫通できなかった。舌打ちをした俺が距離をとると、暗殺者は長剣を構え直した。


「貴様たち――小癪な真似をしてくれる」


「この程度で小癪なんて言うなんて、素人丸出しだな。今まで、どんな卑怯な手段で暗殺をしてきたか――お里が知れるぜ。どうせ、どこぞの蛮族か、ゴロツキの家系だろ」


「き、貴様――っ!」


 俺の挑発に、暗殺者から歯軋りが聞こえて来た。安っぽいとさえ思えた挑発だったが、暗殺者に対する、かなりの侮辱になったらしい。
 姿勢を低くした暗殺者は、左手も背後に回した。
 なにかしてくる――と思った矢先、暗殺者へ向けて、俺の背後から石が投げつけられた。
 人の声が聞こえないアリオナさんが、空気を読まずに二度目の投石をしたらしい。動きが止まったのを、好機と思ったみたいだ。
 とまあ、状況だけみればコメディみたいな状況だが、暗殺者にとっては洒落にならない一撃だ。
 轟音をあげて飛来する石を、暗殺者は長剣で受けた。だが、投石の威力は暗殺者の握力を越えていた。
 激しい金属音をたてながら、暗殺者の長剣が大きく弾かれた。しかし、辛うじて――指二本を残して、暗殺者の手から長剣は落ちなかった。


「く――っ!」


 体勢を立て直そうとしてか、暗殺者はなにかを投げてきた。ほぼ反射的に――俺は、飛来した物を長剣で弾こうとした。
 だが、それは長剣の一撃で弾け飛ばす、その場で砕け散った。破片と、微かにツンとする金属臭のする液体が、俺の身体に降り注いだ。


「これは――」


 血臭にも似た臭いには、どこか嗅いだ記憶がある。それを思い出す前に、少し離れた場所から丘トロールが吼えたのが聞こえて来た。
 クレイシーを追いかけていた丘トロールが、俺へと視線を向けた。
 岩を持った巨体が、俺へと駆け出した。これは一体と思った直後、俺は先ほどの液体の正体に気付いた。
 あれは間違いなく、魔物寄せの香だ。
 その匂いに引き寄せられるように、丘トロールはクレイシーから俺へと、標的を切り替えたようだ。


〝グォオオオオオオオオオッ!〟


 丘トロールは岩を持っている左手で、俺へと殴りかかってきた。
 その一撃を躱したとき、俺は目の端で暗殺者が駆け出したのを見た。暗殺者はミロス公爵の馬車ではなく、俺の背後――アリオナさんへと向かっていた。
 アリオナさんは、俺に襲いかかる丘トロールへと目を向けていた。どうやら、次の一投を丘トロールにしようと決めたみたいだ。
 このままじゃ、アリオナさんが危ない。
 俺は丘トロールから背を向けると、暗殺者へと駆け出した。
 まっすぐにアリオナさんへと向かう暗殺者の前に出た俺は、半ば無理矢理に長剣を振るった。
 暗殺者は長剣で、俺の一撃をいとも容易く受けた。


「あの状況で、よく気付いたものだ――」


「うるせぇ。女の子から狙うなんざ、やることが下劣かスケベすぎんだよ」


「口ばかりの小僧が――女のことばかりかまっていて、いいのか?」


 暗殺者が素早く後退すると、それと入れ替わるように、丘トロールが迫って来た。正直にいって、この連携は辛い。
 連携といっても、暗殺者が丘トロールの行動を利用しているだけだが、それでも連続でこられると、息を吐く暇もない。
 振り下ろされる左手の岩を躱したが、続けて振られた右手は避けきれない。盾を持っていないし、《力》を使う暇もない。
 身体で受けるしかないと覚悟を決めたとき、なにかが横からぶつかってきた。
 勢いで、五、六歩分ほど地面を転がった。


「いたた……」


 アリオナさんの声が聞こえてきた直前に、丘トロールの右手が俺の脚を掠めた。
 すぐに起きあがりたかったけど、アリオナさんの身体があって、それは無理だ。時間稼ぎに《力》を使おう――と思ったとき、丘トロールの左脚にクレイシーが長剣を突き立てた。


「にゃろっ!」


 クレイシーが短い雄叫びをあげると、刀身が白く光った。
 その途端、丘トロールの左の太股にある一部分が、内側から弾け飛んだ。クレイシーも俺やアリオナさんと同様に、《力》を持っている。
 その一撃を受けた丘トロールが、左脚から崩れ落ちた。


「遅れてすまねぇ。大丈夫か!」 


 俺は無言で頷くと、アリオナさんと一緒に起きあがった。
 だけど、互いの身を案じる暇はない。背後から迫り来る、足音が聞こえて来た。俺は振り返り様に、長剣を振り上げた。

 ――キンッ!

 甲高い金属音がして、俺と暗殺者の長剣がかち合い、弾き合った。


「……やるではないか」


「あんたよりは、な」


「その余裕が、どこまで続くか見物だな」


 どこか、余裕の笑みを含んだ言い回しだった。
 だが、正面からの一騎打ちなら、こいつに負ける気はしない。そう思っていたが、どこかイヤな予感がした。
 俺は〈舌打ちソナー〉を含めて、《力》を総動員して周囲の状況を探った。


〝――ガァァァ〟


 か細い泣き声が、森の奥から聞こえて来た。その声は幾重にも重なりながら、次第に近づいて来る。

 泣き声からして――コボルド、か?

 俺はその予測をしたと同時に、俺の身体に着いた液体のことを思い出した。
 あのコボルドたちは、俺に付着した魔物寄せの香に引き寄せられてるのかもしれない。それなら、暗殺者から感じる余裕にも説明がつく。
 少しばかり、暗殺者のことを嘗めていたかもしれない。
 混迷を増すばかりの戦況に、俺は冷やせを流していた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。

長くなりそうでしたので、分割した感じです――ただし、プロットの段階からですが。

魔物寄せの香を巧く使おうとすると、場所に振りかけて魔物を呼び寄せる&標的に振りまいて魔物に殺させる――の二つが基本な気がします。

ということで、基本に忠実な作戦となりました。暗殺者側ではありますが。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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