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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
四章-5
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木々のあいだから、十体を超えるコボルドが現れた。
鼻をヒクヒクと動かしながら街道まで出てきたコボルドたちは、俺たちの前で、一度は立ち止まった。
しかし、鼻面を俺に向けた途端、コボルドたちは一斉に吼え、そして俺へと向かって来た。
――くそ。展開的に、やっぱりそうなるか。
俺は暗殺者と丘トロールに加え、コボルドの群れにも狙われる羽目になってしまった。
「長!」
クレイシーが丘トロールの両脚を切り刻みながら、声をかけてきた。それに応える余裕はないが今は正直、トロールの動きを封じてくれるだけでも、かなり有り難い。
俺は空いている左手を小さく挙げつつ、暗殺者が繰り出してきた剣撃を、長剣で受け流した。
僅かに後ろに跳んで間合いを開けた直後、今度はコボルドの群れが襲いかかって来た。
――冗談じゃない。
一対一なら、コボルドに負けない自信はある。だけど、十体ものコボルドが一斉に襲いかかってくる状況となると、話は別だ。
連続で引っかかれ、または手にした武器で殴りかかられ、そして剣呑な牙で噛みついてくるのを、躱しきるのは難しい。
俺が先頭の一体が伸ばしてきた右腕を、長剣で切断した。
悲痛な吼え方をした一体は、その場で動きを止めた。しかし、そのあとから二体が同時に襲いかかって来た。
俺はコボルドの腕を切り落としたばかりで、まだ体勢が崩れたままだ。
このまま一体には斬りにいけるか、もう一体の攻撃――爪か牙だ――は、身体で受けるしかない。
そんな覚悟をしていたが、横から飛来した数個の石が、俺の右側にいるコボルドを昏倒させた。
頭部や胴体への投石を受けたせいだ。
俺が右側を一瞥すると、アリオナさんが地面に落ちた石を拾っているのが見えた。数個の石を同時に、しかもアリオナさんが投げれば、それは散弾並みの威力になるだろう。
俺は残りの一体を袈裟斬りに切り捨てると、絶命したコボルドを蹴りつけた。コボルドの死骸は、そのまま後ろに倒れこんで後続の動きを阻害した。
数秒だが、これで俺にも余裕ができた。コボルドの群れに《力》を使おうと長剣の刀身を指で弾こうとした、そのとき――俺の目の端に、アリオナさんへと向かう暗殺者の姿が映った。
――ヤバイ!
俺は慌ててコボルドたちへ《力》を放ったが、集中できなかったせいか、一撃必殺にはならなかった。
コボルドの群れが苦悶の顔で蹲ったのを一瞥もせず、俺はアリオナさんの元へと駆け出した。
暗殺者の接近には気付いたらしいが、アリオナさんは白兵戦なんか素人同然だ。不意打ちでの殴る蹴るなら、一撃必殺も有り得るだろうが、正面から格闘戦を挑むなんて、できっこない。
俺は全力で駆けながら、必死でアリオナさんと暗殺者とのあいだに身体を滑り込ませた。両膝を地に付けた姿勢で、無我夢中で振った長剣が、暗殺者の剣を受け止めた。
「クラネスくん!?」
「こ――の!」
力任せに剣を弾くと、暗殺者は素早く後退した。
入れ替わりにやってきたのは、棘の付いた棍棒を持つコボルドだ。コボルドがまだ立ち上がっていない、そして長剣を振りきった俺へ、棍棒を振り下ろした。
「危ないっ!」
横からアリオナさんの声が聞こえたと思った直後、抱き付かれるような格好で、俺の身体は横へと押し出された。
二人で地面を転がるよう距離をとった直後、先ほどのコボルドが振り下ろした棍棒が、地面に叩き付けられた。
「あ、アリオナさん、大丈夫?」
「平気……」
顔を上げたアリオナさんの背後に、今度は暗殺者が迫っていた。
俺はアリオナさんを庇うように立ち上がると、真っ向から剣と剣をぶつけ合った。
「てめえ……しつこいぞ。なんで、女の子を狙うんだよ!」
「決まっている。貴様に、我の邪魔をしたことを後悔させるためだ」
「そんなことの――ためにかよ!」
俺は暗殺者の長剣を弾くと、その金属音を起点として、やっと立ち上がってきたコボルドの群れへ《力》を放った。
今度はさっきと違い、気合いを入れた一撃だ。ほぼ一斉に、コボルドたちは苦しそうな声をあげながら蹲った。
先の棍棒を持ったコボルドは、アリオナさんの投石によって倒れていた。丘トロールは、相変わらずクレイシーが引きつけてくれている。
俺は暗殺者へ、長剣で斬りかかった。
その一撃を避けながら、暗殺者が周囲を見回した。
「なんだ!? なにがあった!」
「驚いている場合かよ!」
俺が二撃目を撃ち込むと、暗殺者は真っ向から長剣で受け止めた。
暗殺者は、覆面の下から俺を睨んできた。
「一体……なにが起きた? なにをした!?」
「てめぇに教える義理はねえ!」
剣と剣がぶつかる音が響く中、コボルドたちが起きあがってきた。
気合いを入れても、集中できていないから、複合的に放った《力》で、やはり〈増幅〉が巧く乗せられていない。
コボルドたちが動き出すのを見て、暗殺者の動きに余裕が見えてきた。だが、起きあがるわけじゃない。普段より威力は弱くなっているが、身体は損傷しているはずだ。
一向に起きあがって来ないコボルドたちに、暗殺者が舌打ちをした。
俺は耳に聞こえてくる音を聞きながら、暗殺者への攻撃へと集中していた。暗殺者はコボルドたちが起きあがってから、攻めに転じようって腹づもりのようだ。
――だけど、甘い。
俺の攻撃を受けることに専念する暗殺者だったが、コボルドたちの中央で爆発が起きたのを見て、驚愕の声をあげた。
「な――なんだと!?」
コボルドたちが消し炭になったあと、馬車の走る音が、ようやく《力》なしでも聞こえるようになってきた。
最初に見えてきたのは、フレディの騎馬だ。その後方に、エリーさんの馬車が続いている。先ほどの爆発はきっと、エリーさんの魔術だ。
「若っ!」
「フレディは、クレイシーの援護を! この糞野郎は、俺がやる!」
フレディへの指示を聞いた暗殺者は、俺への反撃をしかけてきた。
「嘗めた口を利くじゃないか、ええ? 貴様に、我が斃せると思うなっ!」
「……嘗めた口を叩いたのは、どっちだよ」
俺は暗殺者が振り下ろした長剣を、渾身の力で弾いた。
しかし暗殺者は、すぐに体勢を立て直し、真横から長剣を振ってきた。俺はそれを受け流してから、返す刀で長剣を撃ち込んだ。
俺が連続で長剣を打ち込み続けると、暗殺者は防戦一方となり、攻めてくることができなくなっていた。
「この――なんで」
「不思議か? なんで不思議なんだよ! 暗殺なんて、不意打ちや騙し討ちばかりやってきたんだろ! そんなヤツが、まともな訓練や実戦を重ねてるヤツに――叶うわけねーだろ!!」
暗殺者が剣を受ける体勢になるのに合わせて、俺は振り下ろす長剣の軌道を変えた。上から下への軌道を、途中で右に振り、左方向へと振り切った。
「がっ――!」
刃が、暗殺者の左手首と右の前腕に食い込んだ。籠手を貫通した一撃は、奴の腕に浅くない傷を負わせた。
暗殺者は長剣を捨てると、素早く俺から離れていった。
このまま逃げて、身を隠す気だ――そう感づいた俺は、即座に長剣の刀身を弾いて、《力》を放った。
「ぐ――っ!」
俺の殺さないよう調整してはいるが、《力》の一撃を受けた暗殺者は、短い悲鳴を挙げながら倒れ込んだ。
両耳を手で押さえ、身体をくの字に曲げながら、苦悶の声を漏らしている。こいつに対して手加減はいらないし、そこそこ全力でやらせてもらった。
覆面を剥ぎ取ってもいいが、それよりも戦う力をすべて奪っておくほうが先か。
周囲を警戒するために〈舌打ちソナー〉を再開しながら、俺は暗殺者の右腕に長剣を突き立てた。
「ぐわっ!!」
続けて左腕、続けて両方の脹ら脛を切りつけてから、俺はクレイシーたちへと目を向けた。
丘トロールは、すでに斃されていた。クレイシーだけじゃなく、フレディとエリーさん、メリィさんも加わったことで、丘トロールの再生能力を超える負傷を与え続けたみたいだ。
「クラネスくん、大丈夫?」
「アリオナさんこそ。砂まみれになってるよ」
「それは、クラネスくんも一緒でしょ?」
アリオナさんが苦笑したとき、俺の〈舌打ちソナー〉が森の中にいる人影を感知した。鎧を身に纏ったらしい人影は、大弓に矢を番えている。
これは――やはり、前にアリオナさんが射られたときと、同じってことなのか?
俺は人影が矢を射るのに合わせて、アリオナさんを抱きしめる格好で、地面へと押し倒した。
飛来した矢は、俺の右肩に突き刺さった。
「クラネスくんっ!!」
アリオナさんの叫び声で、フレディやエリーさんたちが振り返った。
俺は熱を帯びた激痛で、思考が混濁した。霞む目が、今にも泣きそうなアリオナさんを映し出した。
アリオナさんが、無事で良かった――そう思ったのと同時に、この借りをどう返してやろうかという想いが、俺の中に生まれていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
とりあえず、暗殺者との戦いはここまで。あとは、〆ですね。暗殺者、それにアリオナを狙った狙撃手に対する締めという意味で。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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