最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』

四章-6

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   6

 滴る血が、俺の視界を埋め尽くしていた。
 蹲った姿勢で、フレディが矢を引き抜いたからだ。貫通していれば傷は浅くて済んだんだけど、運の悪いことに矢は骨で止まっていた。


「仕方ありません。少々強引ですが、切開して引き抜きます。若――御覚悟はよろしいですか?」


 覚悟なんかよろしくないけど、この状況では仕方が無い。俺は口に布を押し込まれた状態で跪くと、クレイシーとメリィさんに身体を押さえつけられた。
 エリーさんは馬車にある塩と蒸留水を取りに行っている。傷口の消毒――には心許ないが、洗浄には使えるらしい。
 それからは、苦悶と激痛の刻が流れた。
 麻酔無し、意識ありの状況で傷口をナイフで切り開き、矢尻の摘出。その後、塩水で傷口を洗い流し、傷口を糸で縫われた。
 激痛で、何度も失神しかけた。
 これで、応急処置の部類だ。
 処置が終わったあと、フレディに「終わりました、若」と言われたが、すぐには言葉の意味が理解できないほど、俺は憔悴しきっていた。
 涙と鼻水と涎、そういったもので、顔もぐちゃぐちゃだが、そんなことなんか気にする余裕がない。
 だけど、あとのことを考えたら矢を引き抜くよりはマシだ。矢を引き抜けば、間違いなく肉を抉るし、削ぎ取ってしまう部分もあるだろう。
 そうなると、致命的なほど傷の治りは遅くなる。
 だから最低限の傷だけで処置をしてくれたフレディには感謝するしかない――のだが、今の精神状況では、真逆の感情しか抱けない。
 フレディもそれを理解しているのか、そそくさと俺から離れてしまった。
 入れ替わりに、顔を青くしたアリオナさんが、駆け寄ってきた。


「クラネスくん……ごめんね。あたしのために……」


 アリオナさんの言葉も、まともに耳に入って――きた。エリーさんやクレイシーたちの言葉は、未だに意味が伝わってこない。だけど、アリオナさんの言葉だけは、しっかりと耳に入ってきた。
 差し出された布に顔を押しつけて、顔を拭いた。首を動かすだけで、傷口が痛んだ。
 俺は大きく息を吐いてから、擦れる声で応じた。


「……アリオナさんの、所為じゃない、から」


 左腕一本で起きあがろうとしたけど、力がまったく入らない。傷口に触らないよう、そしてなるべく痛まないよう、アリオナさんとクレイシーが俺の上半身を起こしてくれた。
 それでも、姿勢を維持するだけの気力と体力がない。寄りかかるように身体を預けた俺を、アリオナさんは抱きとめてくれた。


「クラネスくん。なにかして欲しいことある?」


「……抱きたい」


「ちょ――な、なな、なにを言ってるのよ――!?」


「わかんない。でも、そういうのが止まらないんだよ。種の保存とか、そーゆーのかもしれないけど」


「種の保存って……そんなに酷いの?」


「凄く痛い。死にそうって、なんども思った」


 俺の返答を聞いて、アリオナさんの顔に朱が差した。俺の身体を抱きしめる力を少しだけ増しながら、耳元に口を寄せてきた。


「あの……ほんとうに……したい?」


 きっと意を決した問いなんだと思う。そんなアリオナさんに、俺は真剣な顔で答えた。


「今の状態で、そんなことしたら怪我が悪化するからできないよね」


「……なんなのよ、もう」


「えーと、なんかゴメンね」


 少し熱っぽいのは、骨に傷が入ったからか。薄目を開けると視界の端で、クレイシーが暗殺者をふん縛っているのが見えた。
 あとは――なんだっけ? なにかしたいと思っていた筈だけど。しばらく思い出そうと試みたけど、それは無駄に終わってしまった。
 クレイシーが誰かと喋っている声が聞こえてきた。それからなにやらバタバタとする音がした。
 まだ記憶が混濁している中、クレイシーのところにいた人影が、近づいて来る足音が聞こえて来た。
 僅かに首を向けると、そこにはミロス公爵と兵士らしい男の姿が見えた。この二人を見た途端、俺の頭の中に稲妻が走った気がした。
 それは、ある確信を元に、殺気を呼び起こす衝撃となった。

 ――この二人は、敵だ。

 アリオナさんを狙い、俺に傷を負わせた奴らだ。
 今にも爆発しそうな感情を抑えながら見上げると、ミロス公爵は大きく肩を上下させた。


「クラネス……傷の様子を見に来たのだが」


「……ご覧の通りです。誰が矢か……調べれば、持ち主の見当はつくでしょう。探し出して、仕返しはしてやりたいですね」


 俺が目で合図を送ると、フレディが俺の肩に突き刺さっていた矢を持ってきた。
 山賊や狩人などが使う粗雑なものではなく、かなり堅牢な矢だ。羽も整えられているし、矢尻も乾いた血がこびり付いているとはいえ、金属の光沢が見え隠れしている。
 軍隊など、かなり軍備の整った組織のもの――という推測に辿り着くのは容易だ。
 俺の「仕返し」という言葉で、隣にいた兵士の目が揺れた。それに、《力》によって彼の心音が、さっきよりも早くなっている。
 これだけの状況証拠があれば、俺にとっては充分だ。

 ――さて、どうやって反撃してやろうか

 そんな考えが浮かんだ直後、ミロス公爵が小さく手を挙げた。


「仔細はあとで説明するが……それについては、わたしから謝罪をしよう」


 やけにあっさりとした口調のミロス公爵に、俺はただ戸惑うしかない。


「どういう、ことでしょう?」


「少し言いにくいことではあるが、アリオナの排除を頼まれてな。事故や暗殺者の仕業とみせかけて――という段取りだったのだよ。おまえの祖父からの依頼でな」


 ミロス公爵が白状した内容に、俺は軽い驚きと同士に、「やっぱりか」という想いが去来した。
 アリオナさんを暗殺しようだなんて、考えるヤツは限られている。
 俺が確認のために口を開きかけたとき、ミロス公爵が先に喋り始めた。


「とはいえ、すべてはクラネス――おまえのためなのだ。貴族の家系には、相応しい相手というものがある。とはいえ本来であれば、おまえに関係の無いことだが……それだけ、期待をされているということだな」


「それならなぜ、公爵様は暗殺のことを白状なさったのです」


「おまえとアリオナが暗殺者と戦っているのを見ていたら、気が変わった。お互いに、命懸けで相手を庇い護る姿は、まるで英雄の叙事詩を見ているようだった」


 ミロス公爵は俺とアリオナさんを交互に見ながら、小さく手を広げた。


「おまえたちを引き離そうとするのは、誤りだ。グラネンスたちには、わたしからもよく行っておこう。とはいえ、先に済ましたい問題もあるがな」


 ミロス公爵は、覆面が剥がされた暗殺者を一瞥した。


「貴族の息子が暗殺者とはな……されとて、わたしへの暗殺を誰が依頼したのか、それを吐かせねばならん」


「……貴族が、暗殺者」


 爺様といい、貴族っていうのは人の命をなんだと思ってやがる。この国を狙う工作員たちや暗殺者なんかと、同じじゃないか。
 湧き上がる怒りに押し黙っていると、ミロス公爵の顔から笑みが消えた。


「……クラネス。おまえはこれから、どうするつもりだ? このまま商売だけで、一生を終えるつもりではあるまいな」


 ミロス公爵からの問いに、俺は完全に虚を突かれた気がした。
 今まさに、俺が頭に思い描いたことを問われたようで、焦りというか、心臓が二段階くらい早くなった気がする。
 この考えを話していいものかどうか……悩みはしたが、俺の表情や態度から、ある程度は察しているんだろう。
 誤魔化したところで、すぐに悟られてしまうに違いない。
 俺は観念して、素直に考えを話すことにした。


「わたしは……将来的に、貴族階級を廃止させようと考えております」


「それは……革命を起こすということか?」


「いいえ」


 険しい表情をしたミロス公爵は、俺の返答に眉を顰めた。


「……革命ではないと? 王政を打倒するためというなら、賛同する者もおろう。不可能は話とも思えぬが」


「そうかもしれません。ですが革命となれば、戦になりましょう。わたくしだけが傷つくのであれば、考えもしますが……わたくしの願望のために誰かが傷つき、死ぬなんて許容できません。わたしは小心者ですから、そんな責と罪に、心が耐えきれないでしょうね」


「……では先の発言は、どういう意味だ?」


「戦をせずに貴族制を廃止させるため、わたしは商売をしながら、種を蒔こうと思います」


「……種?」


 フレディやメリィさんたちは、俺たちの様子を伺うように。不安げな顔をしていた。
 怪訝な顔をするミロス公爵に、俺は頷いた。


「はい。何年、何十年……何百年先になるか、わかりません。ですが、人々の意識を変えていくための種を蒔くのです」


「しかし、王家を廃するというのは――」


「王家は、残すことも可能だと考えております」


 現に元の世界でも、日本の天皇制やイギリスの王家など、王制が残っている国はある。
 だったら、この世界でも王制は残せるはずだ。これを説明するのは難しいけど……でも、嘘を言っているつもりはない。
 それを俺の目を見て察したのか、ミロス公爵は難しい顔をしながらも、口調は柔らかいものになった。


「……まあ、王家を打倒するでもなく、革命もしないとうのなら……しかし、何百年も先と来たか。また、気の長い話よ」


「人々の意識を変えるには、それだけの刻が必要なのかもしれません。しかも、その意識を根付かせねばなりませんから」


 かなり難しい目的だけど、やっていきたい。


 俺の返答を聞いて、ミロス公爵は大きく肩を上下させた。


「……わかった。おまえの目標、協力はできぬが邪魔立てはすまい。わたしの手の者に、傷の手当てをさせよう。皆の元へ、戻ることにしよう」


「……ありがとうございます。助かります」


 立ち上がろうとした俺の身体を、アリオナさんが支えてくれた。


「少し顔が怖かったけど、どんな話をしていたの?」


「……あとで、話すよ」


 返事をしながら、これで暗殺者の問題と、アリオナさんへの隠謀は、なんとかなったはずだ。
 色々と残っているんだろうけど、それはあと。それに、国の侵略を画策する魔術師の結社というか、組織は国の問題だ。
 俺は少し休みたい欲求にかられながら、蘇ってきた傷の痛みに、涙目になっていた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

とりあえず、第三章の本編はここまで、次回はエピローグです。

矢傷――矢が都合良く貫通していれば、矢尻を折ってしまえば、あとは引き抜くだけなんですけどね。それでも貫通傷なので、かなりの負傷ですが。

統治について最も理想的なものは『賢王による独裁』だった気がします。ただ独裁は暴走しやすいというこで、、議会制――民主主義が広まったと。
この理想的な統治以外は、実質ご五十歩百歩かなというのが、個人的な感想です。一番の愚策は売国だと思いますけどね。

前回、〝暗殺者が勝てるわけねーだろ〟的な発言がありましたが、あれは作中における暗殺者の役回りと申しますか。

毒殺、暗器、吹き矢など――自分の姿を晒さず、または認識させずに相手を殺すのが暗殺者。日本でも政治家がやられたりしましたね。

その一方で、自分の姿を晒してでも相手を殺すのが、殺し屋。本作では、こっちのほうが戦闘力が高い設定です。

殺し屋――ヒットマン。日本でなら、きっとヤクザ映画の鉄砲玉。相手の本拠地に乗り込んでも生き残れる存在なら、そりゃ強いよねってことで。

まあ、兼業暗殺者っていう場合もあるかもしれませんが。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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