91 / 123
第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
四章-5
しおりを挟む5
木々のあいだから、十体を超えるコボルドが現れた。
鼻をヒクヒクと動かしながら街道まで出てきたコボルドたちは、俺たちの前で、一度は立ち止まった。
しかし、鼻面を俺に向けた途端、コボルドたちは一斉に吼え、そして俺へと向かって来た。
――くそ。展開的に、やっぱりそうなるか。
俺は暗殺者と丘トロールに加え、コボルドの群れにも狙われる羽目になってしまった。
「長!」
クレイシーが丘トロールの両脚を切り刻みながら、声をかけてきた。それに応える余裕はないが今は正直、トロールの動きを封じてくれるだけでも、かなり有り難い。
俺は空いている左手を小さく挙げつつ、暗殺者が繰り出してきた剣撃を、長剣で受け流した。
僅かに後ろに跳んで間合いを開けた直後、今度はコボルドの群れが襲いかかって来た。
――冗談じゃない。
一対一なら、コボルドに負けない自信はある。だけど、十体ものコボルドが一斉に襲いかかってくる状況となると、話は別だ。
連続で引っかかれ、または手にした武器で殴りかかられ、そして剣呑な牙で噛みついてくるのを、躱しきるのは難しい。
俺が先頭の一体が伸ばしてきた右腕を、長剣で切断した。
悲痛な吼え方をした一体は、その場で動きを止めた。しかし、そのあとから二体が同時に襲いかかって来た。
俺はコボルドの腕を切り落としたばかりで、まだ体勢が崩れたままだ。
このまま一体には斬りにいけるか、もう一体の攻撃――爪か牙だ――は、身体で受けるしかない。
そんな覚悟をしていたが、横から飛来した数個の石が、俺の右側にいるコボルドを昏倒させた。
頭部や胴体への投石を受けたせいだ。
俺が右側を一瞥すると、アリオナさんが地面に落ちた石を拾っているのが見えた。数個の石を同時に、しかもアリオナさんが投げれば、それは散弾並みの威力になるだろう。
俺は残りの一体を袈裟斬りに切り捨てると、絶命したコボルドを蹴りつけた。コボルドの死骸は、そのまま後ろに倒れこんで後続の動きを阻害した。
数秒だが、これで俺にも余裕ができた。コボルドの群れに《力》を使おうと長剣の刀身を指で弾こうとした、そのとき――俺の目の端に、アリオナさんへと向かう暗殺者の姿が映った。
――ヤバイ!
俺は慌ててコボルドたちへ《力》を放ったが、集中できなかったせいか、一撃必殺にはならなかった。
コボルドの群れが苦悶の顔で蹲ったのを一瞥もせず、俺はアリオナさんの元へと駆け出した。
暗殺者の接近には気付いたらしいが、アリオナさんは白兵戦なんか素人同然だ。不意打ちでの殴る蹴るなら、一撃必殺も有り得るだろうが、正面から格闘戦を挑むなんて、できっこない。
俺は全力で駆けながら、必死でアリオナさんと暗殺者とのあいだに身体を滑り込ませた。両膝を地に付けた姿勢で、無我夢中で振った長剣が、暗殺者の剣を受け止めた。
「クラネスくん!?」
「こ――の!」
力任せに剣を弾くと、暗殺者は素早く後退した。
入れ替わりにやってきたのは、棘の付いた棍棒を持つコボルドだ。コボルドがまだ立ち上がっていない、そして長剣を振りきった俺へ、棍棒を振り下ろした。
「危ないっ!」
横からアリオナさんの声が聞こえたと思った直後、抱き付かれるような格好で、俺の身体は横へと押し出された。
二人で地面を転がるよう距離をとった直後、先ほどのコボルドが振り下ろした棍棒が、地面に叩き付けられた。
「あ、アリオナさん、大丈夫?」
「平気……」
顔を上げたアリオナさんの背後に、今度は暗殺者が迫っていた。
俺はアリオナさんを庇うように立ち上がると、真っ向から剣と剣をぶつけ合った。
「てめえ……しつこいぞ。なんで、女の子を狙うんだよ!」
「決まっている。貴様に、我の邪魔をしたことを後悔させるためだ」
「そんなことの――ためにかよ!」
俺は暗殺者の長剣を弾くと、その金属音を起点として、やっと立ち上がってきたコボルドの群れへ《力》を放った。
今度はさっきと違い、気合いを入れた一撃だ。ほぼ一斉に、コボルドたちは苦しそうな声をあげながら蹲った。
先の棍棒を持ったコボルドは、アリオナさんの投石によって倒れていた。丘トロールは、相変わらずクレイシーが引きつけてくれている。
俺は暗殺者へ、長剣で斬りかかった。
その一撃を避けながら、暗殺者が周囲を見回した。
「なんだ!? なにがあった!」
「驚いている場合かよ!」
俺が二撃目を撃ち込むと、暗殺者は真っ向から長剣で受け止めた。
暗殺者は、覆面の下から俺を睨んできた。
「一体……なにが起きた? なにをした!?」
「てめぇに教える義理はねえ!」
剣と剣がぶつかる音が響く中、コボルドたちが起きあがってきた。
気合いを入れても、集中できていないから、複合的に放った《力》で、やはり〈増幅〉が巧く乗せられていない。
コボルドたちが動き出すのを見て、暗殺者の動きに余裕が見えてきた。だが、起きあがるわけじゃない。普段より威力は弱くなっているが、身体は損傷しているはずだ。
一向に起きあがって来ないコボルドたちに、暗殺者が舌打ちをした。
俺は耳に聞こえてくる音を聞きながら、暗殺者への攻撃へと集中していた。暗殺者はコボルドたちが起きあがってから、攻めに転じようって腹づもりのようだ。
――だけど、甘い。
俺の攻撃を受けることに専念する暗殺者だったが、コボルドたちの中央で爆発が起きたのを見て、驚愕の声をあげた。
「な――なんだと!?」
コボルドたちが消し炭になったあと、馬車の走る音が、ようやく《力》なしでも聞こえるようになってきた。
最初に見えてきたのは、フレディの騎馬だ。その後方に、エリーさんの馬車が続いている。先ほどの爆発はきっと、エリーさんの魔術だ。
「若っ!」
「フレディは、クレイシーの援護を! この糞野郎は、俺がやる!」
フレディへの指示を聞いた暗殺者は、俺への反撃をしかけてきた。
「嘗めた口を利くじゃないか、ええ? 貴様に、我が斃せると思うなっ!」
「……嘗めた口を叩いたのは、どっちだよ」
俺は暗殺者が振り下ろした長剣を、渾身の力で弾いた。
しかし暗殺者は、すぐに体勢を立て直し、真横から長剣を振ってきた。俺はそれを受け流してから、返す刀で長剣を撃ち込んだ。
俺が連続で長剣を打ち込み続けると、暗殺者は防戦一方となり、攻めてくることができなくなっていた。
「この――なんで」
「不思議か? なんで不思議なんだよ! 暗殺なんて、不意打ちや騙し討ちばかりやってきたんだろ! そんなヤツが、まともな訓練や実戦を重ねてるヤツに――叶うわけねーだろ!!」
暗殺者が剣を受ける体勢になるのに合わせて、俺は振り下ろす長剣の軌道を変えた。上から下への軌道を、途中で右に振り、左方向へと振り切った。
「がっ――!」
刃が、暗殺者の左手首と右の前腕に食い込んだ。籠手を貫通した一撃は、奴の腕に浅くない傷を負わせた。
暗殺者は長剣を捨てると、素早く俺から離れていった。
このまま逃げて、身を隠す気だ――そう感づいた俺は、即座に長剣の刀身を弾いて、《力》を放った。
「ぐ――っ!」
俺の殺さないよう調整してはいるが、《力》の一撃を受けた暗殺者は、短い悲鳴を挙げながら倒れ込んだ。
両耳を手で押さえ、身体をくの字に曲げながら、苦悶の声を漏らしている。こいつに対して手加減はいらないし、そこそこ全力でやらせてもらった。
覆面を剥ぎ取ってもいいが、それよりも戦う力をすべて奪っておくほうが先か。
周囲を警戒するために〈舌打ちソナー〉を再開しながら、俺は暗殺者の右腕に長剣を突き立てた。
「ぐわっ!!」
続けて左腕、続けて両方の脹ら脛を切りつけてから、俺はクレイシーたちへと目を向けた。
丘トロールは、すでに斃されていた。クレイシーだけじゃなく、フレディとエリーさん、メリィさんも加わったことで、丘トロールの再生能力を超える負傷を与え続けたみたいだ。
「クラネスくん、大丈夫?」
「アリオナさんこそ。砂まみれになってるよ」
「それは、クラネスくんも一緒でしょ?」
アリオナさんが苦笑したとき、俺の〈舌打ちソナー〉が森の中にいる人影を感知した。鎧を身に纏ったらしい人影は、大弓に矢を番えている。
これは――やはり、前にアリオナさんが射られたときと、同じってことなのか?
俺は人影が矢を射るのに合わせて、アリオナさんを抱きしめる格好で、地面へと押し倒した。
飛来した矢は、俺の右肩に突き刺さった。
「クラネスくんっ!!」
アリオナさんの叫び声で、フレディやエリーさんたちが振り返った。
俺は熱を帯びた激痛で、思考が混濁した。霞む目が、今にも泣きそうなアリオナさんを映し出した。
アリオナさんが、無事で良かった――そう思ったのと同時に、この借りをどう返してやろうかという想いが、俺の中に生まれていた。
----------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
とりあえず、暗殺者との戦いはここまで。あとは、〆ですね。暗殺者、それにアリオナを狙った狙撃手に対する締めという意味で。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
2
あなたにおすすめの小説
転生したら実は神の息子だった俺、無自覚のまま世界を救ってハーレム王になっていた件
fuwamofu
ファンタジー
ブラック企業で過労死した平凡サラリーマン・榊悠斗は、気づけば剣と魔法の異世界へ転生していた。
チート能力もない地味な村人として静かに暮らすはずだった……が、なぜか魔物が逃げ出し、勇者が跪き、王女がプロポーズ!?
実は神の息子で、世界最強の存在だったが、その力に本人だけが気づいていない。
「無自覚最強」な悠斗が巻き起こす勘違い系異世界英雄譚、ここに開幕!
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
弱者の庭〜引きこもり最強種専用施設の管理人始めました〜
自来也
ファンタジー
人間が好きすぎて魔界を追放された元・魔王。
世界を救って燃え尽き気味の元・勇者。
派手に振られて落ち込んでいる精霊王。
逆セクハラが過ぎて追放された千年狐。
可愛すぎて人間が苦手になった真竜。
戦場のトラウマで休養中の傭兵――。
そんな“最強だけどちょっとズレてる”面々が集まる、
異世界のちょっと変わった施設《弱者の庭》。
異世界転生してきた平凡な青年・アルキは、
このゆる〜い最強たちの管理人に任命されてしまった。
日常はバタバタだけど、どこかあたたかい。
そして――住人が一人、また一人と“卒業”を迎えていく。
傷ついた彼らと過ごすのんびりスローライフ。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる