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第三部『二重の受難、二重の災厄』
一章-5
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俺たちは、《白翼騎士団》の駐屯地の前へと移動した。どうやら一騎打ちは、ここでやるらしい。
ハイム老王やキティラーシア姫、そして騎士団の面々が円を描くようにして、立ち並んだ。どうやら、これが闘技場の代わりらしい。
俺は自宅で愛用の胴鎧と盾を身につけてから、駐屯地へと移動した。
駐屯地に近づいたとき、悲鳴に似たジョシアの声が聞こえてきた。
「ど……どうしてお兄ちゃんが、騎士様と一騎打ちをするんです!?」
この村にいないはずのジョシアに詰め寄られ、レティシアも困惑しているようだった。
ちょっといい気味――とは思ったが、傍観するには酷な状況だ。仕方なく、俺は助け船を出すことにした。
「ジョシア、やめとけって」
名を呼ばれて勢いよく振り返ったジョシアは、今度は俺に詰め寄った。
「お兄ちゃん、今度はなにをやらかしたの!? 肩がぶつかった騎士様を半殺しにしたとか……どーせ、そーゆーことをしたんでしょ!?」
「あのな……おまえの頭の中で、俺はどんな人間になってるんだよ。一騎打ちについては、俺より騎士団長からふっかけてきたんだよ。俺のせいじゃない」
俺はジョシアに答えてから、憮然とした顔をレティシアに向けた。
「まったく……なあ、レティシア? 言っておくけど、今日の稼ぎも全部パーだからな。おまえがジョシアに余計なこと言ったお陰で、朝からバタバタだ。諸々含めて、依頼料はおまえから貰うからな」
「依頼料……まあ、いい。なんとか都合は付けよう。あと……ジョシアの件については、おまえの状況を訊かれたから、ありのままを答えただけなんだが。こうなるとは予測できなかった」
そういうのが、余計なんだよ……まったく。
俺が溜息を吐いていると、リリンの近くにいた瑠胡がこちらにやってきて、ジョシアの手を取った。
「心配なぞするな。ランドは妾に、勝つと誓った。ならば、必ずや勝つであろう」
ジョシアからしたら、根拠の無いことを自陣満々な表情で述べる瑠胡は、かなり奇妙に映ったようだ。口を広げて言い返そうとする直前に、俺はジョシアの肩を小突いた。
「ま、姫様の言うとおりだよ。勝ってくるから安心して見てろ」
そう言ってジョシアから離れたとき、俺はリリンからの視線を感じた。
どこか物静かな雰囲気はそのままだが、どこか悲しげな目つきをしていた。俺の視線に気付くと、フッと俯いてしまったけど……俺、なにかしたかなぁ?
俺が前に出ようとすると、セラが訓練用の木剣を差し出してきた。
「油断はするなよ」
「言われなくても……それより、リリンってなにかあったのか?」
「リリン? いや……知らないが。先ほども普段と変わりはなかったが」
「そっか……気のせいかな?」
俺が木剣を受け取ると、セラは微苦笑を浮かべた。
「こんなときに、他人の心配か。まったく。一騎打ちに集中しないか」
言葉とは裏腹に、柔らかな声のセラに送られ、俺は戦いの場の中央にいる騎士団長へと歩き出した。
俺が近づくと、甲冑に身を包んだ騎士団長は面頬を降ろした。そして木剣を軽く振ってから、切っ先を俺に向けてきた。
「ようやく来たか。怖じ気づいたかと思ったぞ?」
「それは、どうも失礼を。それで、始めますか?」
「そうだな。もう一度、確認をさせてもらう。相手を殺しかねない、剣呑な《スキル》は使用不可だ。相手に胴や頭部など、真剣なら致命傷になりうる箇所へ、先に一撃を加えたほうが勝者となる――いいな?」
「ええ。もちろん」
俺が頷くと、騎士団長は木剣を構えた。
少し遅れて、俺も木剣と盾を構えた。基本に忠実な俺の構えとは異なり、騎士団長の構えは大きく上段に構えている。
一撃で俺を倒そうという意図が、見え隠れしている構えだ。
最初に動いたのは、騎士団長だった。大股で駆けて間合いを詰めてくると、大振り気味に木剣を振り下ろしてきた。
木剣の軌道を読んでいた俺は、左斜め後ろへと跳んで、騎士団長の一撃を躱した。
こちらから反撃をしようとしたとき、地面スレスレまで振り降ろされた木剣が、俺を追尾するように跳ね上がってきた。
迫る騎士団長の一撃を、俺は木剣で弾――けなかった。一撃を受けた木剣の先端が、軽い衝撃とともに切断された。
そのまま俺の首元へ伸びる騎士団長の木剣を、俺は身を仰け反って、まさに紙一重で躱した。
俺が持っていた木剣は、斜めに切断されていた。切り口も鋭利で、少々柔らかいものなら突き刺さりそうだ。
盾を構えて間合いを広げた俺に、騎士団長が軽い感嘆の声を発した。
「ほお……よく躱した」
よく見ると、騎士団長の木剣が淡い光に包まれていた。どうやら、剣の威力を増す《スキル》のようだ。
俺は睨み付けたり怒鳴るのを堪えながら、極めて平静な声で問いかけた。
「……危険な《スキル》は禁止では?」
「貴様は腕の立つ剣士なのだろう? ならばこの程度、危険でもなんでもないはずだ。ああ、わたしへの攻撃は全力で来て貰って構わぬぞ? この鎧は木剣程度なら、何万発打ち込まれたところで、痛くも痒くも無い」
……ああ、そう。
怒りを抑えながら、俺は頭の中でイメージを組み立てた。
今度はこちらから攻める――俺は盾を正面にして、騎士団長へと駆け出した。頭の中で、騎士団長を袈裟斬りにするイメージを組み立てていた。
木剣を振りかぶった俺の手が、騎士団長の左肩を狙う。
しかし、その一撃は見切られていたのか、騎士団長は素早く木剣で防ぐ姿勢を取った。
「なんと容易い一撃だっ!!」
俺を格下だと喧伝するように、騎士団長の言葉はどこか芝居がかっていた。俺の木剣を叩き斬ろうとしたのか、騎士団長は力一杯に腕を振った。
しかし、淡い光に包まれた騎士団長の木剣は、空を斬っただけだった。
「な――っ!?」
俺が振り上げたのは、〈幻影〉が造りだした腕と木剣だ。まだ〈幻影〉の出来映えは荒いが、素早く動いていれば囮程度には使える程度にはなっている。
騎士団長腕が振り上がった隙に、俺は兜の面貌を跳ね上げ、その中にある顔に木剣の先端を軽く押し当てた。
左手は、騎士団長の手首を掴んで離さない。
「きさま――まやかしなど卑怯な!」
「そっくりそのまま、お返ししましょう。っていうか、動くなよ。動けばこのまま、一撃を加えるからな。そのまえに俺の《スキル》、〈ドレインスキル〉でさっきの《スキル》を奪いましょうか?」
騎士団長に答えながら、俺は〈筋力増強〉で全身の力を増した。俺の腕回りが一回りほど膨らむのを見て、兜の奥にある騎士団長の目が見開かれた。
「おまえが……噂は本当だったのか」
「どんな噂かは知りませんけどね。それより、勝負の続き――をしようか」
俺は息を吐いてから、静かな声で告げた。
「五秒だけ待つ。そのあいだに、降参しろ。変な動きをしたり五秒過ぎたら、問答無用で木剣を顔面に叩き込む。先端は、さっきので鋭利な断面が出来てる、切れ味も良さそうだけど……あんたは木剣なら、何万発でも平気なんだし。俺が一撃を入れたとしても、問題にはならんよな?」
「貴様……一介の村人風情が、騎士に非礼を働くなど、許されると思うな」
「許すもなにも……一騎打ちで力試しをふっかけたのは、そっちだろ? 大人しく負けを認めるか、一撃を受けるか――って、もう五秒経ったか、そう言えば」
俺が一歩を踏み出した直後、キティラーシア姫が高らかに告げた。
「そこまで! 双方、剣を収めなさい」
その言葉に俺は溜めていた力を抜き、兜から木剣を引っこ抜いた。
騎士団長は手を振るわせながら、木剣を左手に持ち直すと、キティラーシア姫に畏まった。兜で表情はよく見えないが、甲冑がカタカタと鳴っていることから、悔しさで身体を震わせているようだ。
キティラーシア姫は俺に小さく頷いてから、騎士団長へ顔を向けた。
「この勝負、あなたの負けですわね。騎士団長殿?」
「キティラーシア姫……それは」
「言い訳は、自らの尊厳を卑しいものに変えますわよ? ここは大人しく、負けを認めなさいな。ランド・コール様も、あまりうちの騎士たちを虐めないで下さいまし」
喧嘩両成敗のつもりなのか、キティラーシア姫は俺と騎士団長の双方を窘めた。なんか、『様』付けに格上げされてるけど……なんでだろう?
怪訝な顔をしている俺に、キティラーシア姫は微笑みかけてきた。
「それでは、明日の朝から――お願い致しますわね? それと、あそこにいるのは、あなたの身内かしら?」
ジョシアと瑠胡へと指先を向けるキティラーシア姫に、俺は畏まった顔で腰を折った。
「一人は、わたくしの妹のジョシアと申します。もう一人……は、故あって我が家に同居をしております、遠方にある異国の姫君に御座います」
「あら、まあ」
キティラーシア姫は少し驚いた顔をしたが、すぐにポン、と手を打った。
「それでは明日は、あのお二人も同席するよう、お願いすると致しましょう。人数は多いほうが、きっと楽しいわ」
キティラーシア姫はそう言いながら、瑠胡やジョシアのいるほうへと歩き始めていた。
俺の頭の中には、厄介ごとの予感しか沸いてこなかった。溜息を吐きながら二人の姫が話をしている光景を眺める俺の目に、村から隣国へと向けて旅立つ隊商の姿が映っていた。
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