屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第三部『二重の受難、二重の災厄』

一章-6

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   6

 インムナーマ王国の隣国である、ゼイフラム国の宿場町に隊商が入ったのは、日が落ちた直後のことだった。
 メイオール村を出て、数時間。〈マーガレット〉が大暴れした地域ではなく、南西方向に向かった、国境に近い場所だ。林を抜けた先にある、トランという宿場町に到着した隊商では、一人の男が別れを告げていた。
 短く切り揃えた茶色の髪に、無精髭。中肉中背で四肢の弛んだ体付きは、戦いを生業にする人種ではない。


「そら、ミィヤス。おまえの取り分だ」


 隊商の長が革袋を差し出すと、朴訥な雰囲気を持つ青年、ミィヤスは両手で受け取った。
 革袋は半分ほどで垂れ下がってしまったが、それでもミィヤスが思っていたよりも硬貨の数は多い。
 中を検めると、銅貨ばかりだという予想に反し、数枚の銀貨が入っていた。

                                                                   
「今回は、よくやってくれたからな。少し、上乗せをしておいた」


「長、ありがとうございます!」


 隊商の面々と別れたミィヤスは、そのまま宿場町の旅籠屋へと入っていった。店主に話をして部屋の場所を訊くと、そのまま小走りに旅籠の通路を進んだ。
 ミィヤスが教えて貰った部屋のドアをノックすると、中から「誰だ?」と誰何する声がした。


「俺、俺、ミィヤスだよ」


「ああ……入れよ」


 部屋に入ると、二人の男が向かい合って床に座っていた。一人は厚手の服を着て、腕まくりをした、茶色い髪を短髪にした大男。もう一人は癖っ毛の茶色い髪を少し整え、赤と緑の少し派手な服装だ。
 脇に竪琴が置かれていることから、どうやら吟遊詩人らしい。


「アイン兄さんに、ブービィ兄さん。なにをやってるの?」


「辛い現実の確認だ」


 渋い顔で答えた大男――アインの溜息に合わせて、次男のブービィが肩を竦めた。


「この調子だと、借金を返すのに百年はかかりそうなんだ」


「うわぁ……」


 絶望的な表情をするミィヤスを手で招くと、アインは後ろに置いてあった荷物から、一枚の羊皮紙を取り出した。
 表面に赤い染料で蛇が絡みついた杖の描かれた羊皮紙は、彼らの父親が賭け事で作った、借金の督促状だ。
 借金の額は、ゼイフラム国の通貨で、三〇〇フロン――金貨で三〇〇枚。銀貨に換算して九千枚。銅貨であれば、四十五万枚となる。
 利子がついてこの金額ということだが、たった数ヶ月でこの金額はありえない。その賭場が、悪名の高い盗賊団が仕切っていたと知ったのは、督促状が届いてからだ。
 支払いが無ければ、一家を奴隷として売り払うことも書かれていた。
 父親は、この督促状が届いた日に夜逃げした。
 残された三兄弟は借金を返そうと、必死に稼ぐことにしたのだ。
 この一ヶ月で、三兄弟が稼いだ金額は、実に銀貨で七枚。これも食費などを切り詰めて、必死にかき集めた金額だ。
 ブービィは両手を挙げて、手をひらひらとさせた。


「返済期限まで、あと一ヶ月ないしねぇ。これは奴隷商行きかな?」


「冗談じゃねぇぞ。くそ……どこかに財宝の埋まった遺跡とかねぇのかよ」


 アインに問われたブービィは、小さく肩を竦めた。
 吟遊詩人だけあって、周辺の言い伝えや昔話は、普通の村人たちよりは詳しい。だからと言って、都合の良い遺跡の話など存在はしなかったが。


「どうしよう……こんな金額、返せっこないよ。ねえ、みんなで逃げよう。どこか、あいつらが来ないところまでさ」


「……逃げるって、どこへだよ。相手は、あの《地獄の門》だぜ? どこに逃げたって、すぐに見つかっちまうさ。そのあとの拷問を考えたら、逃げるって選択肢はねぇ」


 訴えをアインに拒否されたミィヤスは、ガックリと肩を落とした。


「はあ……王族の人はいいなぁ。あんな気楽に遊んで、美味しいものを食べて……」


「なんで、ここで王族とか出てくるんだよ」


 話の腰を折られたと思ったらしく、アインは不機嫌そうにミィヤスを睨んだ。
 長兄の怒りを察したミィヤスは、両手を振って悪気がなかったことを告げた。


「ごめん……兄さん。僕が行ってた隊商は今日、インムナーマ王国のメイオール村に立ち寄ったんだけど。そこに、王国のお姫様が遊びに来てたんだ。なんでも、牛酪の料理を食べるために来たんだって。明日は村の周辺で、物見遊山をするみたいだよ」


 僕も王族に産まれていたらな……と呟いたミィヤスは、目を丸くした二人の兄が自分を真っ直ぐに見ていることに気付いた。
 ブービィに至っては、ぽかんと口を広げてた。
 さすがに不安を覚えたミィヤスが、二人に問いかけた。


「あの……どうしたの?」


「ミィヤス、おまえ……お姫様を見たのか? いいなぁ」


「そーじゃねぇだろ!」


 心底羨ましそうなブービィを一喝すると、アインはミィヤスに詰め寄った。


「その情報ネタ、確かだろうな?」


「あ、うん。なんか、騎士と……なんとか屋の村人が決闘するって話もあったけど……勝負の前に隊商が村を出ちゃったから」


「いや、そういうお姫様がなにをしてたとか、どうでもいいんだよ。お姫様はメイオール村に、今日来たばかりか?」


「う、うん……そういう話だったよ?」


 話の展開をまったく読めていないミィヤスが、ぎこちなく頷いた。そんな弟を見て、アインは口元に笑みを浮かべながら、小さく拳をあげた。


「よし――上手くいけば、借金を返すことができるかもしれねぇ」


「え? いやでも……お姫様が、僕らなんかを雇わないと思うよ?」


 首を傾げるミィヤスに、ブービィは苦笑いを浮かべながら、竪琴を手に取った。指先で弦を軽く爪弾きながら、まるで歌うように弟へ告げた。


「つまりぃ、兄さんは誘拐しようって腹づもりなのさぁ」


「へ……? ええっ! ちょっとアインに――」


 言葉の途中で、ミィヤスはアインに口を押さえられた。
 もごもごと動かす口を必死で押さえるアインは、もう一方の手で自分の口に斜めにした左手を添えた。片手ではあるが、これでも『黙ってろ』として意味は通じる。
 アインはミィヤスに顔を寄せると、諭すように小声で言った。


「落ち着け。それと、もっと小さな声で喋れ。いいな?」


 ミィヤスが頷くと、アインは静かに手を離した。
 そして弟たちを見回すと、小さく顔を寄せるよう促した。


「いいか? 隣国のインムナーマ王国は、この周辺では有数の大国だ。そこのお姫様っていうんだから、金貨の三〇〇枚くらい安いもんなんだよ。騎士の身代金だって、金貨で数百枚以上なんだからよ」



「さすが、元傭兵だね。町の門番なんかやってるのが、勿体ないくらいだよ」


 茶化すように言うブービィをアインが軽く睨めていると、浮かない顔をしているミィヤスが重い溜息を吐いた。


「でも……犯罪なんだよね。そんなことをしたら僕ら、牢屋に入れられたり、拷問を受けたり、死刑になるんでしょ?」


「そりゃあ、捕まればな。捕まらなければいいんだよ」


 アインは安心させるようにニカッと笑うが、ミィヤスの顔は晴れなかった。それどころか、表情をさらに暗くさせただけだった。
 アインは乱暴に頭を掻くと、ミィヤスの肩に太い腕を廻した。


「いいか? これが俺たちに出来る、最後の大勝負だ。これが駄目なら、奴隷が死か――どちらかの道しかねぇんだよ」


 奴隷か死――その、あまりにも極端な選択肢を出されて、流石のミィヤスも覚悟が決まったらしい。表情を引き締めると、アインへと頷いた。


「よし、決まりだ。それじゃあ早速、家に戻って作戦を考えようぜ。馬車も準備したいしな。傭兵時代に敵国の騎士を攫った、俺の手並みを見せてやるぜ」


「でも、僕らは馬車なんて持ってないよね?」


 再び首を傾げるミィヤスに、アインはこれまた再びニカッと笑った。


「ばあか。盗めばいいんだよ。夜になった今なら、やりやすいしな。それから急いで家に戻って、縄とか準備をしなくちゃな」


 忙しくなるぜ――と意気込むアインの姿に、二人の弟はなんとなく、そしてちょっと不安げな顔を見合わせた。
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