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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
二章-1
しおりを挟む二章 卵と玉葱のスープ
1
メイオール村を出てから十日目の昼前、俺たちが同行している隊商は王都タイミョンに到着した。城塞都市としては国内でも最大で、やや長方形になった城壁の一片は一キロン(約二千メートル)を超える。
二重になった城壁の第一層は、主に王族や貴族が住まう区画。第二層は平民や兵士たちが住まう区画だ。
隊商が入れるのは、第二層にある西門から近い、市場のある広間まで。
そこから先は、例外はあるものの、街の住人以外は立ち入り禁止になっている。比較的に二階までの家屋や建物の多い市場周辺とは異なり、三階、四階と建て増しされた家屋が建ち並ぶ区画は、お世辞にも整然としているとは言い難い。
商売をするミィヤスと別れた俺と瑠胡、それにキャットは先ず、レティシアから指定された宿へ向かうため、市場から東の区画へ移動することにした。
市場から出るときに、衛兵と一悶着あった。俺やキャットは問題なかったんだけど……瑠胡の着物が異国の服装だったために、衛兵が警戒したらしい。
最終的にはレティシアからの紹介状を見せることで、なんとか移動することができた。
街の通りを歩いている途中に、瑠胡は怪訝そうな顔で俺に訊いてきた。
「ランドや……妾の姿は、それほどに奇抜かえ?」
衛兵との一件、そして街の住人たちからの奇異の視線に、瑠胡は少し不安を覚えたようだ。
自分の身なりを見回す瑠胡に、俺は苦笑した。
「大丈夫ですって。着物姿というのが、珍しいからだと思いますよ」
「そうか。街の者と、同じ装いにするべきかのう?」
「いや、そこまでしなくても大丈夫ですよ。長期滞在をするわけじゃないですし」
あくまでも、今回の目的はジョシアへの挨拶だ。もしかしたら、もう一つできそうだけど……それはまだ、あとの話だ。
宿に到着した俺は、少し唖然とした。
レティシアが指定した宿は第二層には似つかわしくない、高級そうな佇まいだったからだ。恐らくは、第一層に済む貴族に用のある商人なんかが使う宿だ。
俺のような一介の村人が使っていい宿じゃない。それを証明するかのように、宿の主はあからさまに、俺たちへ侮蔑の目を向けてきた。
しかし、それもキャットが提示した紹介状を見るまでだ。紹介状の文面を読んだ途端、主の態度が、手の平を返すように軟化した。
「これはこれは……ようこそ、旅の宿《金のスプーン》へ。お目にかかれて光栄です」
へつらうような態度で俺たちを部屋に案内すると、最後に恭しく頭を垂れた。
「お代は、もう頂いておりますので……心ゆくまで、おくつろぎ下さいませ」
宿の主が去って行くと、俺は少し不安を覚えながらキャットに訊いた。
「キャット……本当に、宿の代金とか大丈夫なのか?」
「あたしだって、知らないわよ。大体ここ、一泊で一ゴパルって話なのに」
一ゴパル――金貨一枚!? え? そんなにするの?
俺の日収が一二コパルだから……約四ヶ月分の収入が、一泊で消えるのか。それを次の出発までの三日分……三人だから、金貨九枚。
あ――ちょっと、めまいが。
まあ、それはともかく――荷物を置いた俺と瑠胡が一番最初にやったのは、風呂に入ることだ。
なにせ旅のあいだは宿に泊ったとしても湯浴み、野宿のときは汚れを落とすこともできずにいたんだ。
宿泊料が高額なだけあって、この宿には部屋に風呂が備わっていた。
風呂の湯は、使用人に頼めば桶で持って来てくれる。しかも無制限に、だ。こういうのを目の当たりにしてしまうと、高額な宿泊料も納得してしまう。
旅の汚れを落とした俺たちは、宿の昼食を食べてから、ジョシアが勤めている図書館へ行くことにした。
これには、キャットも同行をしてもらっている。これには、ちょっと思うところがあって――のことだ。
ルビントウ村の旅籠屋で店主たちから聞いた話は、まだキャットにはしていない。これも思うところがあって――というより、俺がなにかを言っても、すぐには信じて貰えないだろうし、反発されるだけだと思ったからだ。
自分の過去を勝手に推測され、調べられるというのは、気分のいいものじゃないだろうしなぁ。
話をする時期は、かなり重要になると思う。
キャットの事情も定かではない今、性急にことを進めるわけにはいかない。キャットに同行してもらっているのは、なるべく俺たちの目から離れないようにするためだ。
護衛する側と護衛される側の関係が、どこか逆転してしまった気はするけど、この場合は仕方が無い。
街中を歩いて図書館へと向かっていると、やはり人々の視線を感じてしまう。瑠胡と一緒にいるせいだと、わかっているんだけど……ちょっと慣れないな、これは。
豪奢な刺繍が施された異国の服装に、髪飾り――かんざし、というものらしい――裕福な異国の女性という認識なんだろうけど、ちょっと悪目立ちしてるかもしれない。
宿は第一層に近い、第二層の南側にある。図書館は第二層の北側だから、かなり迂回をすることになる。
第一層の外壁沿いに北側へと来たのはいいが、門番の側にいた騎士らしい男が、俺たちに不躾な視線を送ってきた。
……なんだ?
瑠胡やキャットが人の――主に男性の――視線を集めるのは仕方ないが、騎士の表情はそれとは異なっていた。
しかし、こちらに近づく気配はなかったため、俺は視線を無視して図書館へと急ぐことにした。北門へと続く大通りは、商人よりも訓練兵や見習いの職人が多い。
職人が多く住んでいる通りの東側には、俺が居た兵士養成のための訓練所がある。
……あ、そういえば。
王都を追放になった俺が、こんな場所を彷徨いていたらヤバイ気がする。さっきの騎士が、俺のことを知っていたらどうしよう。
ちょっと忘れてたな……と思っているあいだに、俺たちは図書館に到着していた。
石造りの図書館は、三階建ての剛健な造りをしている。なんでも、屋根のあたりは大昔の神殿を模して建てられたそうで、壁なんかもそっちに寄せた印象が強い。
上から見ると十字になっている建物の四隅にはベンチがあり、読書をしている住人の姿もあった。
横と奥行きがそれぞれ、三〇マーロン(約三七メートル五〇センチ)というのは、王都における建築物では王城に継いで二番目に相当する。
大聖堂もあるが、それは王城に併設しているために、王都内で建物の話をするときは、あまり単独では出てこない。
ただし。王城に併設されていなければ、間違いなく大聖堂が二番目になるはずだ。
俺は図書館の外で立ち止まると、キャットを振り返った。
「悪いんだけど……ジョシアを呼んで来てくれないか?」
「……なんで、あたしが?」
「いや、ちょっと事情があって……中に入ると拙いかもしれないからさ。頼むよ」
俺がまた頼み込むと、キャットは怪訝そうにしながらも図書館の中に入っていった。
しばらくして――呼びにやったキャットを後方に置き去りにしたジョシアは、正面玄関から出てくると、俺と瑠胡の前で立ち止まり、喜びを露わにした。
「うわっ! 本当にお兄ちゃんだ! 瑠胡姫様まで……兄の不始末でここまで来たんですよね? 御足労をおかけして、申し訳ありません」
しおらしく瑠胡に謝罪するジョシアに、俺はちょっとばかり頭痛を覚えた。
「あのな……なんで、俺がなにか不始末をした前提で話を進めるんだよ?」
「だって……それしか考えられなくない? 追放処分なのに、王都に来てるんだし」
目をパチクリとさせながら、ジョシアは答えた。
……このやろう。冗談とかではなく、本気でそう思っていやがるな。
俺は盛大な咳払いをしてから、ジョシアに瑠胡の故郷へ行く旨を伝えた。
瑠胡の両親への挨拶に、もしかしたら数年は帰ってこられないかも――それらのことを話すと、ジョシアは最初こそ驚いていたが、次第に真顔になっていった。
「いいんじゃない? こっちのことは心配しないで、ゆっくりと行ってらっしゃい。どうせ両親とも、お兄ちゃんのこと気にしてないしね。あ、でも……旅の前に大聖堂でアムラダ様の神像に祈っておくのは……どう考えても無理よね」
「ああ、そうだな。王都に居るだけでも拙いと思うのに、第一層に行くのは……なぁ」
大聖堂にあるアムラダの神像は、古来より神より授かった信仰の象徴として、近隣諸国にまで名を轟かしているものだ。
一説には神器という話もあり、神像を介して神託を授かることもあるという。
そんな話をしていると、キャットが俺たちから離れた。
「どこへいくんだ?」
「別に――少し、行きたいところがあるの。終わったら、すぐに宿へは戻るから」
小さく手を振って歩き出すキャットを見送ってから、俺と瑠胡は小さく頷き合った。
ここで動くか――別に放っておいてもいいんだけど、なにか最悪な状況に陥ったら、レティシアに合わす顔がない。
俺たちに責任がなくても――旅の道連れというのは、全員が無事に帰れるように努力するものだ。
「ジョシア、瑠胡に図書館を案内してやってくれないか?」
「それは……いいけど。お兄ちゃんは?」
「ちょいと野暮用だ」
俺は瑠胡と指先を触れ合わせてから、一定の距離を開けてキャットのあとを追い始めた。
あの暗い表情に、荒事には疎いミィヤスでも感じとれる不穏さ。それらに言い知れぬ不安を覚えながら、俺は尾行を開始した。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
二日酔い&寝不足&洗濯用洗剤の詰め替え用が品切れで、買いに店を三軒巡ったため、予定よりも遅くなりました。
……なんで、あの二店舗では売ってなかったんだろう。
それはともかく、二章の始まりでございます。
地の文ばっかりになりましたが、街の説明とか書いてると、どうしてもこうなります。その分、ジョシアの口の悪さを二割ほど増しました。
一応、あれも親愛表現の一つだと思……すいません、嘘を書きました。書いてて楽しいだけです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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