106 / 349
第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』
二章-3
しおりを挟む3
右腕に怪我を負った男を羽交い締めにしながら、俺はキャットが入って行った建物を見張っていた。
それにしても、隠し扉ねぇ……。
王都タイミョンの中に、こんな場所があるなんて。ちょっとばかり、勉強になった気がする。まあ、どう考えても裏世界の施設だろうから、使うことはないだろうけど。
「本当に、あそこは酒場なんだな?」
「ああ……そーだよ! 痛てて……」
極めている左腕の痛みに男は顔を顰めたが、俺は気にせずに建物の監視を続けながら、ふと気になったことを訊ねた。
「おい……さっきの女は、おまえの知り合いか?」
「ああ……昔、一緒に……仕事をしたことが……いてて――ある」
なるほど……キャットの過去は裏街道の人間だと思っていたが、本当にそうだったのか。
レティシアのことだから、そこまで悪党じゃなかったと思うけどな。ただ、なんで今更、こんな場所に来るんだ……という気はしているけど。
男の腕を極めたまま、三〇分ほど過ぎた。
そろそろ男を極めてる腕も辛くなってきたな……と思っていたら、建物からキャットが出てきた。
最初に持っていなかった、丸めた羊皮紙を手にしている。
「俺のことは、あの女に喋るなよ。おまえも格好がつかないだろ?」
「わ、わかったよ……」
俺は男から手を離すと、素早く路地から出た。
駆け足で図書館まで戻ると、すでにジョシアと一緒に瑠胡が外で待っていた。
「瑠胡、待たせてすいません。ジョシアも、ありがとうな」
「瑠胡姫様は賓客扱いだったから、問題ないよ。それより、用件っていうのは終わったの?」
「ああ。まあ、ね。それじゃあ瑠胡、宿に戻りましょうか」
俺と瑠胡はジョシアに別れを告げると、宿への道を歩き出した。
元来た道を戻っている途中で、瑠胡が話しかけてきた。
「キャットは、どうでしたか?」
「ああ……裏世界の酒場に行ったみたいなんですよね。それ以上は、追えなかったですけど」
「あら。どうしてです?」
「流石に、裏世界のど真ん中へ行くだけの度胸はないですよ。ただ、なにかの羊皮紙を持ってましたね。手紙……かもしれませんけど」
そんなことを話しているあいだに、俺たちは北門の近くまで戻って来た。
北門の前には、いつの間にか十名ほどの正騎士が並んでいた。鎧に身を包んだ正騎士たちは、まるで君主の帰還を待っているかのように、横一列に整列していた。
まあ、関係無いか――そう思って壁沿いに南門側へと行こうとしたとき、正騎士が一斉に俺たちのほうへと駆け寄ってきた。
ヤバイ、俺のことを知って捕らえに来たか――そう思って身構えたが、騎士たちは俺と瑠胡の前で一斉に姿勢を正した。
踵が鳴る音が響く中、一番右端の騎士が、俺たちに敬礼を送って来た。
「ランド・コール殿、瑠胡姫様とお見受け致します。王家の第二王女、キティラーシア姫君が、お二人をお招きしたいとのことです。どうかこのまま、我らと来て頂きたい」
慇懃な態度ではあるが、言葉遣いには威圧感がある。
そこに警戒感を抱きたくなるが……よく考えれば、騎士なんてこんなものだ。耶蘇に戻って、少しは休めると思ったのに、キティラーシア姫の召喚とあっては、無下に断れない。
仕方なく承諾しようとしたが、俺の脳裏に、一つの考えが思い浮かんだ。
「召喚には応じましょう。ただ、もう一人……《白翼騎士団》の騎士が同行してまして。彼女も一緒に伺いたいのですが。それでもよろしいでしょうか? 南門近くの宿にいると思うので、呼びに行って来ないといけませんが」
「それは……いや、我らが命じられたのは、お二人のみ。このまま、姫君のところまでお連れ致します」
騎士たちが、俺と瑠胡を取り囲むように移動した。これでは、城まで連行されるのと変わりない。
いくらなんでも無礼が過ぎる――と思って身構えたとき、騎士がもう一人、こっちへ駆け寄って来るのが見えた。
すぐ近くに来てわかったが、彼は俺たちが図書館へ向かう途中、門の前で見かけた騎士だった。
その騎士は俺たちを取り囲む騎士たちへ、まるで咎めるように告げた。
「おまえたち、やめるんだ。この御方たちが本気になれば、おまえたちなど赤子同然に叩き潰されるぞ」
割って入っていた騎士は、別の騎士から事情を聞くと、俺たちに向き直った。
「レティシア殿の《白翼騎士団》の騎士と同行したいという旨、確かに承りました。わたくしが宿まで同行いたしますが、それはよろしいでしょうか?」
「えっと……はい。それは構いません」
「畏まりました。それでは早速で申し訳ありませんが、宿へと急ぎましょう。宿は南門側ですか……ならば、こちらへどうぞ」
そう言って騎士が促したのは、第一層の北門だった。その奥に、中々に質の良い二頭立ての馬車が停まっていた。
驚く俺に、騎士は苦笑しながら説明した。
「キティラーシア姫様のご厚意で、馬車も用意して御座います。あれで、第一層を抜けて、宿へと行きましょう」
その騎士はベルナンドと名乗り、この前の誘拐事件のときに、キティラーシアの護衛として同行していたという。
「お二人に恩義を感じている騎士は、わたし以外にもおります。偶然とはいえ、お二人に再会できて、光栄です」
そう言って、ベルナンドは朗らかな笑みを浮かべた。
騎士や正規兵から褒められることに慣れていない――《白翼騎士団》のクロースたちは別だが――俺としては、背中がこそばゆくなってしまう。
瑠胡は平然と受け流していたけど……やはり、故郷で褒められ慣れしているのかもしれないな。
馬車は第一層の大通りを、ゆっくりとした速度で進んでいた。第二層を走る馬車とは違い、第一層ではだく足以上の速度は禁止されているらしい。
白い石材を使った王城――ハークロン城が天高く聳え立ち、周囲には騎士団の詰め所や貴族の屋敷が取り囲んでいた。
貴族たちが住む色とりどりの屋根が立ち並んでいるが、城塞都市の常か庭のある屋敷は限られている。王城に近い屋敷には小さな庭があるが、そこは公爵家の家系のものという話だ。
俺にとっては珍しい光景を見物していると、馬車は南門から第二層へと出た。
馬車はそのまま、俺が指定した宿《金のスプーン》に到着した。俺は皆を馬車に待たせたまま、宿の店主にキャットが帰ってきたか訊いた。
「いいえ。まだ、お帰りではありません」
俺は店主に礼を述べると、部屋に荷物があるのを確認してから、急いで馬車に戻った。
「キャットはまだ戻ってない。ちょっと待って下さい」
俺は馬車に乗り込んでから、窓を少しだけ開けて外の様子を伺った。キャットがあの裏路地から真っ直ぐに帰ってくるとしたら、俺の右にある窓側の道から来るはずだ。
それから数分――くらいか。馬車の中で待っていると、俯き加減に歩いてくるキャットの姿が見えてきた。
俺は御者に指示を出して、キャットの右横までゆっくりと進ませた。
馬車がキャットの真横にくるまで、俺は頭の中で秒読みを続けていた。零になった瞬間に客車のドアを開けた俺は、素早く手を伸ばしてキャットの右腕を掴んだ。
なにか考え事をしていたんだろう、突然のことに目を見広げたキャットの顔は、恐怖で引きつっていた。
「な――な、なによ、いきなり……」
「王城から召喚がかかっているんだよ。急いで乗ってくれ」
俺の言葉に、キャットは少し悩むような顔をした。
しかしすぐに、俺が掴んだ右腕を後ろに退きながら、首を左右に振った。
「あたしは……行けない。あんたたちだけで、行ってきて」
まあ、予想していた返答だ。だけど、今はその願望を叶えるわけにはいかない。裏の世界に引きずり込まれそうな、そんな気配を見せているキャットを放っておいたら、二度と日の下へは帰ってこない気がする。
そうなれば、レティシアたちにも追求が及ぶ可能性がある。そんな不安材料を残したままじゃ、瑠胡の故郷へ行きにくくなる。
俺は問答無用で〈筋力増強〉で増した腕力で、キャットを強引に馬車に引っ張り上げた。
「ちょ――なにをするのよ!!」
「悪いな――馬車を出して下さい!」
客車でのゴタゴタに驚いた様子だったけど、御者は俺の指示に従って、馬車を第一層へと走らせた。
こんな状況でも、キャットは馬車の外に出ようと藻掻いたが――。
「これ。大人しくしておれ」
瑠胡が神糸で織られた着物の袖を操り、キャットの身体を縛り上げたことで、表面上は騒動が収まった。
口まで塞がれたキャットを見て、ベルナンドは目を白黒とさせていたけれど。
「緊急措置なので、気にしないで下さい」
俺の説明なんかで、絶対に納得はしていない。だけど、ベルナンドはなにも言わず、ただ頷いてくれた。
そんな微妙な空気で満たされる中、俺たちを乗せた馬車は王城へと、ものすごくゆっくりと進んだのだった。
---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
キャット、王城へドナドナ回。極論ではありますが。
馬車は一頭立て、二頭立て、四頭立て……あたりが一般的かなと思うのですが。三頭立てがあると……知り合いが言っていたんですが、資料が見つかりません。
アニメのキタサンブラックなら、一人で充分な気がしますが、まったくの別の話ですね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
18
あなたにおすすめの小説
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜
あーもんど
ファンタジー
不幸体質持ちの若林音羽はある日の帰り道、自他共に認める陽キャのクラスメイト 朝日翔陽の異世界召喚に巻き込まれた。目を開ければ、そこは歩道ではなく建物の中。それもかなり豪華な内装をした空間だ。音羽がこの場で真っ先に抱いた感想は『テンプレだな』と言う、この一言だけ。異世界ファンタジーものの小説を読み漁っていた音羽にとって、異世界召喚先が煌びやかな王宮内────もっと言うと謁見の間であることはテンプレの一つだった。
その後、王様の命令ですぐにステータスを確認した音羽と朝日。勇者はもちろん朝日だ。何故なら、あの魔法陣は朝日を呼ぶために作られたものだから。言うならば音羽はおまけだ。音羽は朝日が勇者であることに大して驚きもせず、自分のステータスを確認する。『もしかしたら、想像を絶するようなステータスが現れるかもしれない』と淡い期待を胸に抱きながら····。そんな音羽の淡い期待を打ち砕くのにそう時間は掛からなかった。表示されたステータスに示された職業はまさかの“無職”。これでは勇者のサポーター要員にもなれない。装備品やら王家の家紋が入ったブローチやらを渡されて見事王城から厄介払いされた音羽は絶望に打ちひしがれていた。だって、無職ではチートスキルでもない限り異世界生活を謳歌することは出来ないのだから····。無職は『何も出来ない』『何にもなれない』雑魚職業だと決めつけていた音羽だったが、あることをきっかけに無職が最強の万能職だと判明して!?
チートスキルと最強の万能職を用いて、音羽は今日も今日とて異世界無双!
※カクヨム、小説家になろう様でも掲載中
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる