屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

二章-4

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   4

 ワイアームとの交渉を終えてから、二日目の昼過ぎ。
 赤い鱗のワイアームとの再戦を明日に控え、俺は離れの横で、剣の型を順になぞるような素振りを続けていた。脚の傷の回復具合も確かめたいし、鈍った身体をほぐしておきたかった。
 この二日間であったことといえば、今朝になって漸く、竜神・ラハブからの使いが来たくらいだ。
 瑠胡を訊ねに来た白い衣の青年だったが、俺たちは彼から二つのことを伝えられた。
 一つ目は、レティシアの無事だ。魚だけとはいえ食料は与えられているし、寝るときはワイアームたちが身を寄せ合ったど真ん中で寝ているらしい。
 住処の中には、ワイアームが五体もいるらしい。そのうちの二対が夜を徹して、あいだで寝ているレティシアを潰さないよう、気を配っているらしい。
 二つ目はレティシアが、その食事と寝床への不満を漏らしている、ということだ。魚ばかりで飽きそう、寝床が磯臭いという感想を漏らしている……らしい。
 実のところ、これら二つのことは、竜神・ラハブの息子ではなく、配下の者が改めて様子を見に行ったらしい。
 竜神・ラハブの息子はレティシアの無事は確認したが、主にワイアームたちへの用事で出向いていたらしい。
 そのため報告が遅れたと、使いの者は謝っていた。
 使いの者からの話をベリット男爵に伝えたところ、安堵しすぎて椅子から崩れ落ちそうになっていた。
 俺が素振りをしていると、シャルコネ男爵が側を通りかかった。


「ああ、ランド。明日の決闘に備えておるのか」


「はい。長剣が役に立つかどうかは別として、身体は鍛えておきたいですから」


「そうだな。男爵の妹君との交換になるがろうが……おまえが負けると、旦那も悲しむからな。ああっと、すまん。問題が起きてな、少し急いでいるんだ」


「いえ……なにかあったんですか?」


 何気に訊いた俺の問いに、シャルコネは心底困った顔をした。


「昨日には入港する予定だった交易船が、まだ来ないんだ。あれが帰って来ないと、数万ダルン(ジャガルートにおける金貨の貨幣単位)の損失だ」


 頭を抱えるシャルコネが立ち去るのを、俺は反応に困りながら見送った。
 豪族といえども、やはり収入源となる交易が断たれるのは、かなりの痛手みたいだ。それにしても金貨で数万の損失か……あまりにも膨大な金額過ぎて、なんか想像するのが難しい。

 この損失分で、芋が幾つ買えるんだろうなぁ……。

 俺が長剣を収めたとき、二階の部屋にいた瑠胡が近寄って来た。


「ランド……まだ素振りは終わりません?」


「あ、いえ。もう終わろうと思っていたところです」


 シャルコネとの会話で聞いた損失の大きさが衝撃的過ぎて、気が削がれてしまった。長剣を収めた俺は、瑠胡に手を挙げながら離れへと歩き出した。
 右隣を歩きながら身体を寄せてくる瑠胡に対し、俺は両手を小さく挙げて制した。


「あの、冬とはいえ汗をかいてますから。その……汗臭くないですか?」


「そんなの気にしません。それより、部屋でセラが御茶の準備をしていますから。」


 澄まし顔で身体を寄せてくる瑠胡は、俺の右腕に手を添えた。
 時折、鼻をスンスンとさせるのが気になるけど、瑠胡は俺がすぐに戻ると聞いて上機嫌だ。
 まあ、細かいところを気にするのは止めておこう。こうして、瑠胡やセラが寄り添ってくれているだけで、胸中が暖かくなる。
 今度の戦いはレティシアの奪還も重要だけど、同時に今の生活を護るための戦い――なんだな。
 そう考えると、ちょっとやる気が増してきた。
 離れで借りている部屋に戻ったとき、微妙な顔のセラが出迎えた。


「ランド……その、お客が来ているんですが」


「客?」


 俺が部屋の中を覗き込むと、眼鏡をかけた青年が優雅に茶を飲んでいた。
 その顔には、見覚えがある。確か……竜神・カドゥルーの息子であり、地竜族のアナンタだ。
 アナンタは俺へ顔を向けると、眼鏡の位置をクイッと治した。


「お久しぶりです。瑠胡姫様」


 立ち上がったアナンタは、瑠胡に軽い会釈をした。
 それから俺とセラを見ると、堅苦しい顔で目礼してきた。


「そちらは、ランド・コールとセラ……でしたか。初めまして」


「いえ、あの……前に瑠胡と一緒に、神界でお会いしましたよ?」


 俺が丁重に発言を訂正すると、アナンタは僅かに首を傾げた。


「……そうでしたか? それは失礼を。なにせ、地竜族にとって有益でない方々は、どうしても印象が薄くて困ります。わたくしの欠点ですね」


 ……今、かなりの皮肉を言われた気がする。

 とはいえ、言い返すわけにもいかない。アナンタの言葉に不機嫌になった瑠胡に、肩を抱いて落ちつくよう促してから、俺は溜息交じりに問いかけた。


「それで、瑠胡になにか用ですか?」


「ええ。母……いえ、竜神・カドゥルーから、託宣を伝えるよう仰せつかっております。白くうねる影に警戒せよ――と」


「白く……うねる影とな。その正体は御存知か?」


 瑠胡に仔細を訊かれたアナンタは、静かに首を横に振った。


「あなたがたも御存知でしょう。託宣は、抽象的な言葉でしか伝えられませぬ」


「……つまり、こちらで見つけるしかないってことですね」


「そういうことです」


 アナンタは俺の意見に頷くと、瑠胡に一礼をした。
 どうやら、これで用件が終わったので帰るようだ。部屋から出たアナンタに、セラが問いかけた。


「御家族――いえ、竜神・カドゥルー様と妹君は、お変わりありませんか?」


「ええ。ですが――妹のマナサーは前回のことで母の怒りに触れまして。案内だけと申しつけたはずが、勝手に外界へ出てしまいましたから。確か三十年ほどの謹慎が言い渡されております」


 なるほど。だから、どう見ても対人への対応が不向きなアナンタが、伝言役として来たのか。
 あのとき――ザイケン領での一件では、アナンタの妹であるマナサーさんには、色々と助けられた部分もある。
 それを踏まえたとしても……あれだ。
 謹慎というのは気の毒だと思う。思うんだけど、一度しっかりと怒られておくのは、良い経験と自己への戒めになると思う。

 というか、反省しておいて欲しいと願うばかりだ。

 そんな感じで、俺たちが微妙な感想を抱くのを見回したアナンタは、改めて小さく一礼をしてきた。


「それでは、御機嫌よう」


 そう言ってアナンタは俺たちの前から去って行った。
 部屋に入った俺たちは、セラの煎れてくれたお茶を飲みながら、一息入れた。


「それにしても……白くうねる影とは一体、なんのことでしょうか?」


 セラの問いはもっともだが、あの託宣は考えたところで、答えが出る類いのものじゃない。実際にその状態になって、ようやく「あ、これが託宣のことか」と察することができる。
 内容によっては託宣を気にしながら行動して、結果としてその通りの展開になったこともある。

 ……俺が赤いコインを填めたことだけど。

 俺は少し頭を悩ませると、言葉から姿形を連想した。
 白く、うねるもの――うねる動物?


「白蛇……とかですかね」


「白い蛇……むしろ、白い鱗のドラゴン族かもしれません。それであれば、託宣の意味も理解できますから」


 俺の答えに続く形で、瑠胡が意見を述べた。
 言われてみれば、ただの蛇よりはドラゴン種のほうが説得力がある。


「ドラゴンかぁ。ワイアームの中に、白いヤツがいるのかな? 使いの話じゃ、五体もいるらしいですし」


「それは、なんとも言えません。ただ白いドラゴンというのは、もっと北の地域にいるはずなんです」


「ジャガルートのような南にある国にはいない……というわけですか」


 セラが言葉を継ぐと、瑠胡は頷いた。
 どちらにせよ、赤いワイアームとの再戦には、あまり関係がないだろう。となると、その前後に関わってくる可能性があるわけだ。

 ……なんか普通に、そして素直に、なにごともなく終わってくれそうにないなぁ。

 託宣のお陰で、不意打ちに対する心の準備は出来そうだけど……余計な心配が増えたことで、再戦へ集中できなくなりそうだ。
 俺は御茶を飲みながら、瑠胡とセラを護り切れるか――その不安に押しつぶされそうになっていた。


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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ゲストってわけではありませんが、アナンタ再登場です。託宣は便利ですが、あまり便利に使いすぎると、有り難みが薄れるのが難点ですね。

またTRPGの話題になって申し訳ありませんが、託宣ネタを一度出したら、ことある事に「託宣を聞きに行こう」と言い出すプレイヤーが出やがりまして。

仕方なくルール化したんですが……100%ロールで、
5以下なら目的の回答。
20以下なら、ラスボスや、関わりのあるNPCの名前。
50以下なら関わりのある土地。
100以下なら、このあと誰が屁をこくかor近所の畑の収穫率が前年より良いか悪いか

とした記憶があります。

便利すぎるのも問題ですからね。これくらいで丁度いいと思います。

そして、一度も五以下は出なかった思い出。

追記。
気づいたら、お気に入りをして下さった人が、「古物商に転生したトト~」と並びました。

ありがとうございます! 励みになります(歓喜

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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