屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

二章-3

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   3

 夕日の色に雲が染まりつつある頃、離島の北側にある断崖では、ランドと藍色の鱗を持つワイアームが、再戦の日時についての交渉を始めていた。
 ワイアーム側が提示した一ヶ月後という内容に対し、ランドは露骨に難色を示した。


「人質を取って置いて、一ヶ月後ってどういう了見だ! これから寒くなるっていうのに、そのあいだ、レティシアの身の安全は保証できるのか!?」


 その意見は、至極まっとうなものといえた。
 ワイアームたちは洞穴の中にいれば寒さも凌げるが、人間であるレティシアでは、冬の夜は耐えきれないだろう。
 それから、数多の言い合いが交わされたあと、新たな日取りとして三日後ということになった。
 もちろんだが、それまでレティシアの生命と健康は十二分に保証する――という条件を、ワイアーム側が受け入れる形での合意となった。


(まあ、順当な結果になったかな?)


 断崖から少し離れた場所にある岩陰に、金髪の少年が佇んでいた。ワイアームが海中に潜って行くと、少年は足音を立てることなく、海面の側へと寄っていく。
 そのまま爪先から海に飛び込むと、海中を進むワイアームのあとを追って、水中を泳ぎ始めた。
 海面から数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)ほど潜ると、大きな洞穴が見えてきた。ワイアームよりも大きなドラゴンでも、翼を広げたままでも入り込めるほどの洞穴だ。
 ワイアームが洞穴に消えていくと、少年も続けて入って行く。
 洞穴内は光が届かず、視界はほぼ真っ暗だ。しかし少年は視界の不自由さなど気にすることなく、斜め上へと泳いでいった。
 右手を挙げて天井に触れると、ゆっくりと前進していく。海中に潜ってからすでに二分以上経っているのに、少年の表情には息苦しさの欠片も浮かんではいなかった。
 やがて、前方がうっすらと明るくなってきた。海面から差し込むうっすらとした光が、周囲を囲んでいる、ごつごつとした岩肌を照らし出していた。
 一息に海面へと泳いでいった少年は、岩の縁に手をかけてると、素早く海から出た。


〝ぬ――?〟


 近くにいたワイアームの一体が、少年を振り返った。この場所に侵入者があったことに驚きつつ、すぐさま臨戦態勢を取った。


〝我らの住処に侵入するとは――命を以て償えっ!〟


「待て――我は海竜族のキングーだ。ジコエエルに会いに来た」


 滴を滴らせながら少年――キングーが告げると、ワイアームは動きを止めた。


〝海竜族のキングー……様?〟


 濃緑色のワイアームが半身を譲ると、キングーは薄暗くなった洞穴内を歩き出した。
 ほかの三体のワイアームたちの前を通り過ぎて、傷を癒やすために横たわっているジコエエルの前で立ち止まった。
 キングーは傷だらけの赤い鱗を眺めてから、小さく溜息を吐いた。


「ジコエエル。ここまで酷くやられているとは、思ってなかったよ」


〝キングーよ。嫌味を言いに来ただけなら、すまぬが今は付き合う気分ではない。ヤツを侮りさえしなければ……それに頼んであった援軍が間に合っておれば、こんな惨めな負けはなかった〟


「それは申し訳なかったね。その援軍だけど、明後日には到着するはずだ」


〝ふむ……ギリギリだな。しかし、有り難い。これでヤツと、互角以上に戦えよう〟


「そう願っているよ。さて――」


 キングーは洞穴の隅に目を向けた。そこではレティシアが、焚き火で魚を焼いている最中だった。
 ワイアームたちの様子を伺っていたレティシアに、キングーは恭しく一礼をした。


「人間のお嬢さん。我々の諍いに巻き込んでしまって、申し訳ない。わたしは海竜族のキングーと申します」


「……海竜族?」


 聞き覚えのある単語を耳にして、レティシアは瞼を瞬かせた。ランドや瑠胡が探していたドラゴンの種族だと思い出すと、柳眉を逆立てた。


「あなたがワイアームたちを従えているのか!? ランドは戦いに逃げはしない。わたしを帰し、援軍などに頼らず、正々堂々と戦いを申し込むべきだ!」


 レティシアの抗議の声に、キングーは頭を振った。


「残念ながら、それはできません。少しでもランド・コールに勝てる条件で、戦いをしなければなりませんから」


「なぜ、そこまでやる? ランドと瑠胡姫は互いの意志で今の関係になったのだ。放っておけば良いだろう」


「ですから、それはできないのですよ」


 キングーは、笑み消した。


「天竜族の姫君が人間と結ばれるなど、あってはならぬことなのですよ。それは、ほかのドラゴン族に対する侮辱にしかならない」


「侮辱など……あの姫様が、そんなことを考えるとは思えぬが」


「でしょうね。ですが、結果としては同じことなのですよ。せめてほかの種族であれば、納得ができる部分もあったでしょう。ですが、人間では無理です。それが、我ら海竜族が瑠胡姫のつがいを認めぬ理由」


 キングーはそう言い切ったあと、身体の向きを変えた。


「あなたの身の安全は、わたくしも保証致します。寒さについても三日ほど、ご辛抱頂きますが……そこは、ワイバーンたちになんとかさせますから、ご安心下さい。では、わたしはこれで」


「待ってくれ――」


 レティシアは、言いたいことだけを告げて去って行くキングーを呼び止めた。しかし、制止の声は届いているはずだが、キングーはワイアームたちに見送られながら、海中へと潜っていってしまった。

   *

 ワイアームとの交渉を終えて港に帰って来た俺は、ベリット男爵に三日後の再戦を伝えた。三日もワイアームらに囚われていることに、ベリット男爵は不安を隠せなかった。


「……本当に、無事だと思うか?」


「そこは大丈夫でしょう。かなり脅かしましたし、レ――妹君に再戦の日時についての助言も貰ったと言ってましたし。それがなければ、最初の提案は一年後だったらしいです」


 交渉時に藍色の鱗を持つワイバーンが言っていた内容は、俺にとっても「なんだそりゃ」なものだった。
 人間側としての意見を聞き、さらには炎を吐く(!)ことのできるドラゴンの系譜の者であるレティシアは、同胞として丁重に扱うと言われたんだ。
 すでに事態は、俺の範疇を超えている。
 こんなことをベリット男爵に告げれば、錯乱――は大袈裟かもしれないが、それに近い状態になる危険性がある。
 とはいえ、ベリット男爵は納得しきれていない顔をしている。
 俺が続く言葉に困っていると、隣にいた瑠胡が口を開いた。


「ベリット男爵。ワイアームは、悪意のある嘘など考えられる種でな。思考が人間と異なる故に心配はあろうが、彼奴らが無事だと言うのなら、そこに偽りはなかろう」


「それに、下手に動くほうが危険だと思われます。レティシアの身を案じるのであれば、今回の決定には従ったほうが宜しいでしょう」


 瑠胡のあとにセラが言葉を継ぐと、ベリットは溜息を吐きながら頷いた。


「そうかもしれぬな。下手に攻め込めば、レティシアが殺されるかもしれん。三日……辛抱強く待つしかないな」


 ベリット男爵が納得すると、俺はホッと胸を撫で下ろした。
 

「二人とも、ありがとうございます。正直、助かりました」


「いいえ? もう空気が冷たくなってきましたから。早く離れに戻りましょう」


「そうですね。日も沈んできてますし。早く温まりたいです」


 瑠胡とセラに促されて、俺は離れに向かうべく歩き出そうとした。俺たちはシャルコネの好意で、屋敷や離れでの宿泊を許されている。
 食事も出るということだから、状況を考えれば感謝しかない。
 ベリット男爵から離れようとしたとき、俺たちの前に大柄な男が現れた。冬だというのに上半身は裸で、下半身は白い布を巻いただけだ。
 齢五〇くらいだろうか……日に焼けた褐色の肌には、所々模様が描かれていた。
 筋骨逞しい大男は瑠胡、そして俺の順に目礼をしてきた。


「天竜の瑠胡姫とお見受けいたす」


「左様。して、そちは誰ぞ?」


「わたくしは、海竜族のラハブと申す。故あって戒律を超え、貴殿に会いに参った」


「戒律を超え……まさか」


 瑠胡が、僅かに目を見広げた。
 探していた海竜族が、向こうから来てくれた。この幸運に乗っかりたいところだが、今はそんな状況じゃない。
 それに、戒律を超え――という言葉の意味も気にかかる。
 ラハブは小さく頷くと、俺たちを見回した。


「いかにも。ご推察の通りだと存ずる。自己紹介などは、ここまでで良いでしょう。今日は、詫びに参った」


「詫び?」


 鸚鵡返しに問う俺に、ラハブは片膝を地に付けた姿勢で、両手を合わせた。


「我が支配下のドラゴン族が、人質などという手段を用いたこと、伏して謝罪申し上げる」


「それじゃあ、あのワイアームたちが?」


「いかにも。今、我が息子が様子を見に行っておる。内部の状況がわかり次第、瑠胡姫にお報せ致す」


「ラハブ様、かたじけのう御座います。しかし、海竜族が妾とランドの関係を認めてさえくれれば、それで解決できましょう」


 瑠胡の提案に、ラハブは首を振って否定した。


「息子だけでなく、海竜族の中には瑠胡姫の選択に対し、反感を持つモノが少なくない。故に我ら海竜族は、ランド・コールを認めることが出来ませぬ」


「なんと……」


 絶句する瑠胡を宥めるように肩を抱きながら、俺はラハブに目を向けた。


「今回の勝負に勝てば、少なくとも障害が一つ減る――そう思って、良いですか」


「無論。彼奴らが次に負ければ、瑠胡姫を賭けて戦う資格がないという証明になる」


「わかりました。それで充分です」


 俺の返答を聞いて、ラハブは小さく笑った。
 ラハブが立ち去るのを見送った俺たちは、離れに戻った。そこで俺は、瑠胡からラハブが竜神であることを聞き、全身から血の気が引いた。
 彼の言った『戒律を超える』というのは、竜神のまま現世に出てくることを言うらしい。
 前に竜神・カドゥルーが俺たちを訪ねてきたときは、タキという人間の女性へ身体を変化させることで、戒律を超えたという。
 
 ……やべえ。竜神に対して、もろに挑戦的な物言いをしてしまった。

 あとで怒られないといいなぁ――と思いつつ、俺は三日後に向けて傷の回復に努めることにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

前振りはしてましたが……海竜族の登場回です。

ラハブとキングー。実際には親子ではありませんが……ここは異世界ということでお許しを。
キングーの実際の親であるティアマトは、「古物商~」で出しちゃいましたし。同じものを出すというのは、芸がなさそうな気がして……。
あえて変えてしまいました。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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