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愛と秀樹の帰宅
しおりを挟む雷に打たれて、身体が入れ替わった――それを即座に受け入れ、冷静に「作戦会議」を開いたのは、杉田愛と山中秀樹の二人だった。
体育会系で感情の起伏が激しい秀樹に見えて、実は思慮深い一面を持つ。
一方、愛は几帳面で観察眼が鋭く、どちらかといえば人の感情を読むことに長けている。
そのため、二人の間には奇妙な“信頼”があった。
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#### 病院のベッドで交わした作戦
「まず、今日から“君は私”、私は“君”。感情的になるとバレる。話し方、言葉選び、癖、全部合わせる必要があるわ」
愛の冷静な言葉に、秀樹(愛の中身)はうなずく。
「部活のこともあるよな。俺、演劇部なんてやったことないぞ。あれって、滑舌の練習とか……」
「やり方は全部LINEに送っておくから。夜のうちに私のルーティンも書いて送る。あとは家族のこと、話してくれる?」
秀樹(体は愛)は即座にスマホを取り出し、自分の家族の性格や会話の傾向、よく出る話題、好きなテレビ番組などをメモしていく。
「うちの親は、細かいこと気にしない。妹は大学生であんまり家にいない。バイトとサークルばっかで」
愛はメモを覗き込み、無言でうなずいた。
「じゃあ逆に、うちの家族は“香織の家よりうるさい”と思っておいたほうがいいわ。特に母。おしゃべり好きで、朝からテンション高め」
「了解。俺も細かく動けるよう努力する。少なくとも今週は完璧に演じる。疑われたら元に戻る手がかりも逃すかもしれないしな」
こうして、二人は“それぞれの人生”を演じる準備を整え、病院を出た。
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#### “杉田愛”として帰宅する山中秀樹
愛の家は、清潔感のあるマンションの4階。玄関の香りは石鹸とラベンダー。
「ただいま……」と愛の声を意識してトーンを少し高くする。
「おかえり~! 雷、大丈夫だった!?」
母・由紀子の声がリビングから響く。すぐにパタパタと足音がして、台所から姿を現す。
愛の母は予想通りテンションが高く、声も大きい。
「本当に怖かったでしょ~!? 病院から電話来て、もうビックリしたんだから! で、どんな感じだったの?」
秀樹(中身)は一瞬で思い出す。「愛はおしゃべりな母親の会話を遮らず、軽く笑いながら相槌を打つ」タイプだった。
「うん、びっくりしたけど、全然平気だったよ。近くに落ちただけみたい。検査も特に何も……」
「じゃあごはん食べられるわね~♪ 今日ハンバーグにしたの、愛の好物でしょ~!」
「うん、ありがとう。めっちゃ嬉しい」
そう言って微笑むと、母はにっこりしてキッチンへ戻っていった。
リビングのソファで少し間を置いてから、そっとつぶやく。
「……声の出し方、だいぶ慣れてきたな。愛、よくあんな高い声出してるな……尊敬するわ」
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#### “山中秀樹”として帰宅する杉田愛
一方、愛(秀樹の体)は、秀樹の実家である古めの木造住宅の玄関に立っていた。
ガラガラ……と引き戸を開けて入ると、奥から無造作な声が返ってくる。
「おー、秀樹か。メシまだだぞー」
父・正男。定年後も近所で仕事をしている、のんびりしたタイプ。
「わかったー。ちょっと部屋戻るー」
低めの声だが、あえてテンションを高くして「らしく」する。
母親の姿は見えない。彼女は地元の会合に出ていて、帰宅は遅い予定――という情報をあらかじめ共有されていた。
愛(秀樹)は部屋に入ると、床に投げ出されたジャージ、漫画雑誌、プロテインの空袋を目にして思わず眉をひそめる。
(わかってたけど……汚い……! 掃除したい衝動がヤバい)
でも、それも我慢。愛が演じるのは「几帳面な秀樹」ではなく「散らかってても気にしない秀樹」なのだから。
(この空間すら演技の一部……これが“役になりきる”ってことね)
クローゼットを開けて、洗濯物の場所と下着の引き出しの配置を確認。必要な情報を全てインプット。
風呂の時間、寝るタイミング、スマホの扱い方。無駄が一切ない。
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#### LINEでの報告
二人はそれぞれの部屋で、同時にスマホを開き、LINEを送り合った。
**杉田愛(in秀樹):「帰宅完了。父親ノーチェック。自室散乱。明日朝、早めに行動開始予定」**
**山中秀樹(in愛):「母、テンションMAX。リアクション9割で乗り切れる。問題なし。食事量が少ないのが一番の課題」**
どちらも“演技”としては成功。
それはまるでスパイのような報告書であり、同時に、“この奇妙な状況でも冷静に動ける”二人の信頼の証でもあった。
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#### 誰も気づかない朝
翌朝。
“愛”はリビングで丁寧に牛乳を飲み、“秀樹”は玄関前で体操をする。
それは、入れ替わった二人が交わした“家族を騙さず、でもバレずに過ごす”という約束の、最初の成功例だった。
愛の母は言った。
「なんだか、昨日より少し大人びた感じがするわね、愛」
「そう……かな? ま、成長中ってことで」
秀樹の父は言った。
「今日の挨拶、なんかやけに爽やかだったな」
「……たまにはね」
誰も気づかない。
“娘”と“息子”が、すでに別人であることを――。
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