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香織と愛の偵察
しおりを挟む「いらっしゃいませ~♡ ご主人様、お嬢様のご帰宅ですっ♪」
カランコロンとドアが鳴り、メイドたちの可愛らしい声が店内に響いた。
昼過ぎの「メルティ♡シフォン」は、土曜日とあって席がほぼ満席。だが、その中でもひときわ異彩を放つ二人がいた。
ひとりは、がっしりとした体格に学生リュックを背負った「中村健一(中身は香織)」。
もうひとりは、背は高いが少し猫背気味な「山中秀樹(中身は愛)」。
二人とも、やけに真剣な表情で店内をぐるりと見渡す。
「いた……」
「……うわ、ほんとにやってる。私たちの服、あれ……」
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#### 香織が健一を見る。健一が香織を演じている。
健一(中身:香織)は、奥の席で紅茶を注ぐ仕草がぎこちないながらも丁寧だった。
ツインテールのウィッグ、ふわふわのフリルのついたエプロン、そしてなにより、“香織らしい笑顔”を作っている。
(が、がんばってるじゃん……ちょっと声裏返ってるけど……)
「お帰りなさいませっ、ご主人様♡ あの、こちらお席ですっ♡」
「か、かわいい……!」
「指名って、できますか?」
ご主人様たちの熱烈な視線に囲まれながら、健一は内心で叫び続けていた。
(やだやだやだやだあああああ! でも頑張る。香織のためだ。香織の人生を、俺が、守るんだ……!)
その真剣すぎる覚悟が、逆に“プロ根性”のように見え、指名は爆上がり中だった。
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#### 愛が秀樹を見る。秀樹が愛を演じている。
その向こうでは、もっと異様な光景があった。
秀樹(中身:愛)は――完璧だった。
笑顔、角度、紅茶を入れる手首の返し、声のトーン、歩き方。
まるで、プロのメイドそのもの。
しかも、愛本人より「愛らしい」。
愛(in秀樹の体)は顔をひくつかせながら小声でつぶやいた。
「……あれ、私じゃないよね? なんで私より私っぽいの……?」
「いや、お前ほんと演技されてるぞ……ちょっとムカつくレベルで」
「……正直、悔しい」
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#### 注文してみた
「ご主人様、お嬢様、こちらの席どうぞ♡」
案内してきたのは、秀樹(in愛)。
香織(in健一)の顔を見ても一切動揺せず、完璧な接客スマイル。
「メニューはこちらになります♡ 本日はメルティ特製の“萌え萌えオムライス”が人気です」
「じゃあそれ、ふたつ」
「はいっ♪ では、愛が心を込めてお作りいたします♡」
(うわ……自分の声で言われると、すごい違和感……)
戻っていく“自分”を見つめながら、香織と愛はひそひそと話す。
「……健一、ちょっとアイラインずれてない?」
「口角の上げ方が甘い。あと、歩くときの足音が男子」
「でも、頑張ってる。あれ、めっちゃ頑張ってる」
「……うん、ちょっと感動してる」
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#### 愛の逆襲
そのあと、愛はこっそり紙ナプキンにメモを書き、ウェイトレスに渡す。
「香織ちゃんにこれ、伝えてくれる?」
ウェイトレスは素直にうなずいて、キッチンの方へ。
やがて健一(in香織)が慌てた顔で現れた。
「……な、なんだよ、このメモ……『紅茶を出すとき、左手を下に添えること。あと、アイラインが甘い。帰ったら練習ね』って……」
「私の体だから当然でしょ」
「マジでこええ……!」
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#### そして、去り際に
会計を終えた香織と愛(中身は男子)は、メイド服を着た“自分たち”に軽く会釈した。
「ご主人様、お嬢様のまたのご帰宅を、お待ちしております♡」
――と、言った瞬間。
二人は同時に、にやっと笑って言い返した。
「がんばってね♡ 私たちの代わりなんだから♪」
健一と秀樹は凍りついた笑顔のまま、無言で見送った。
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### エピローグ
その夜、香織と愛から送られてきたLINE。
**香織:「アイライン練習動画送ったから見といて」**
**愛:「声のトーン、1オクターブ上で喋る練習も追加。録音して提出して」**
**健一:「お前ら鬼か!?」**
**秀樹:「……理解した。任務続行」**
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