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知らなかった事
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ベッドの上で、純は膝を軽く抱え込むようにして横になっていた。
カーテンは閉め切られていて、部屋は薄暗い。エアコンの送風音だけが、一定のリズムで耳に届く。下腹部の奥から、波のように押し寄せてくる痛みが、思考を鈍らせていた。
「……っ」
息を吐くたびに、身体の内側がぎゅっと縮む。
さっき飲んだ鎮痛剤は、まだ効いてこない。
二日目。
頭では分かっていたはずなのに、現実は想像以上だった。
――これで、普通に仕事してる人もいるのか。
そう思っただけで、尊敬と同時に、やるせなさが湧いてくる。
我慢強いとか、弱いとか、そういう話じゃない。
これは「状態」だ。
ベッドの上で目を閉じていると、ふと、昔の記憶が浮かび上がった。
職場の休憩スペース。
コーヒーを片手に、何人かで雑談していた昼休み。
純が、何でもない調子で言った。
「今日ちょっと生理きつくてさ」
男の社員も何人かいた。
その中に、当時の俺――拓也もいた。
あの時の俺は、内心でこう思っていた。
――いや、男の前でそういう話、するなよ。
表情には出さなかった。
でも、確かに思った。
気まずい。
どう反応していいか分からない。
聞かされても困る。
今思えば、それは「知ろうとしない側」の逃げだった。
ベッドの上で、純の身体のまま、俺は苦く笑う。
「……俺、ほんと何も分かってなかったな」
純は、ただ事実を言っていただけだった。
「今日は調子が悪い」という、体調の話を。
それを「生理」という言葉が含まれているだけで、勝手に特別扱いして、遠ざけていたのは俺の方だ。
今なら分かる。
この痛みを抱えながら、仕事をして、会話をして、平然としていることが、どれだけ大変か。
それなのに。
男は、生理の話を避ける。
知らなくていいものみたいに扱う。
「女同士で話せばいいだろ」と、線を引く。
でも――。
「……知るべきだよな」
純の声で、ぽつりと呟く。
知ったところで、代わってやれるわけじゃない。
痛みを引き受けられるわけでもない。
それでも、
「今、しんどいんだな」
「無理できない状態なんだな」
それを理解するだけで、世界は少し違ったはずだ。
あの時の純も、きっとそうだった。
理解してほしかったというより、
「隠さなくていい空気」でいてほしかっただけなんだ。
ベッドの上で、身体を丸めながら、記憶が重なっていく。
あの時の俺。
「男の前で生理の話をするなよ」と思っていた俺。
今の俺。
生理痛で動けず、ベッドから起き上がれない俺。
立場が変わっただけで、見える景色がこんなにも違う。
「……ごめんな、純」
誰に向けた言葉でもないのに、自然とそう口に出ていた。
知らなかった。
知ろうとしなかった。
だから、分かったつもりで、距離を取っていた。
それが、どれだけ冷たかったか。
痛みの波が、また一段階強くなる。
思わず、シーツを握る。
――それでも、今は分かる。
この経験を、無駄にはしない。
少なくとも、「知らないまま」の男には戻らない。
ベッドの中で、浅い呼吸を繰り返しながら、純になった俺は静かに目を閉じた。
痛みは消えない。
でも、気づけたことは、確かに胸の中に残っていた。
カーテンは閉め切られていて、部屋は薄暗い。エアコンの送風音だけが、一定のリズムで耳に届く。下腹部の奥から、波のように押し寄せてくる痛みが、思考を鈍らせていた。
「……っ」
息を吐くたびに、身体の内側がぎゅっと縮む。
さっき飲んだ鎮痛剤は、まだ効いてこない。
二日目。
頭では分かっていたはずなのに、現実は想像以上だった。
――これで、普通に仕事してる人もいるのか。
そう思っただけで、尊敬と同時に、やるせなさが湧いてくる。
我慢強いとか、弱いとか、そういう話じゃない。
これは「状態」だ。
ベッドの上で目を閉じていると、ふと、昔の記憶が浮かび上がった。
職場の休憩スペース。
コーヒーを片手に、何人かで雑談していた昼休み。
純が、何でもない調子で言った。
「今日ちょっと生理きつくてさ」
男の社員も何人かいた。
その中に、当時の俺――拓也もいた。
あの時の俺は、内心でこう思っていた。
――いや、男の前でそういう話、するなよ。
表情には出さなかった。
でも、確かに思った。
気まずい。
どう反応していいか分からない。
聞かされても困る。
今思えば、それは「知ろうとしない側」の逃げだった。
ベッドの上で、純の身体のまま、俺は苦く笑う。
「……俺、ほんと何も分かってなかったな」
純は、ただ事実を言っていただけだった。
「今日は調子が悪い」という、体調の話を。
それを「生理」という言葉が含まれているだけで、勝手に特別扱いして、遠ざけていたのは俺の方だ。
今なら分かる。
この痛みを抱えながら、仕事をして、会話をして、平然としていることが、どれだけ大変か。
それなのに。
男は、生理の話を避ける。
知らなくていいものみたいに扱う。
「女同士で話せばいいだろ」と、線を引く。
でも――。
「……知るべきだよな」
純の声で、ぽつりと呟く。
知ったところで、代わってやれるわけじゃない。
痛みを引き受けられるわけでもない。
それでも、
「今、しんどいんだな」
「無理できない状態なんだな」
それを理解するだけで、世界は少し違ったはずだ。
あの時の純も、きっとそうだった。
理解してほしかったというより、
「隠さなくていい空気」でいてほしかっただけなんだ。
ベッドの上で、身体を丸めながら、記憶が重なっていく。
あの時の俺。
「男の前で生理の話をするなよ」と思っていた俺。
今の俺。
生理痛で動けず、ベッドから起き上がれない俺。
立場が変わっただけで、見える景色がこんなにも違う。
「……ごめんな、純」
誰に向けた言葉でもないのに、自然とそう口に出ていた。
知らなかった。
知ろうとしなかった。
だから、分かったつもりで、距離を取っていた。
それが、どれだけ冷たかったか。
痛みの波が、また一段階強くなる。
思わず、シーツを握る。
――それでも、今は分かる。
この経験を、無駄にはしない。
少なくとも、「知らないまま」の男には戻らない。
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痛みは消えない。
でも、気づけたことは、確かに胸の中に残っていた。
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