入れ替わり夫婦

廣瀬純七

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夏美との再会

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 朝のオフィスは、始業前のざわめきで満ちていた。コピー機が軽快に動く音、マグカップに注がれるコーヒーの香り、キーボードを打つ軽やかな音。
 隆司の姿の美咲は、スーツ姿で背筋を伸ばしながら入室したものの、胸の鼓動はドキドキと早鐘のようだった。

「よし……落ち着いて。今日は“システムエンジニアの山本隆司”なのよ、私」
 そう心で言い聞かせながらデスクに向かう途中、ふと視界に懐かしい人影が飛び込んできた。

「――あっ、夏美‼ 久しぶりー!」

 無意識に声が弾み、手までひらひらと振ってしまった。
 振り返った女性は、柔らかなショートヘアに優しい笑顔が似合う、佐藤夏美。美咲が寿退社をする前まで、ずっと机を並べて一緒に働いていた大親友だった。

 しかし夏美は「え?」とキョトンとした顔で立ち止まり、視線を美咲(のつもりで声をかけてきた隆司の姿)に向けた。

「……えっと、山本くん……どうしたの?」

 そこでようやく美咲は、自分が今は“隆司の姿”であることを思い出した。
(や、やばい! 私ったら完全に自分の顔だと思って声かけちゃった!)

 頭の中で警報が鳴り響く。慌てて笑顔を作り、口元を押さえながら必死に取り繕う。
「み、み、美咲がね! 久しぶりに夏美に会いたいなって言ってたんだよ!」

「えっ……美咲が?」
 夏美は目をぱちぱち瞬かせた。

「そ、そうそう! だから、えっと……俺が代わりに言っとこうかなって!」
「ふーん?」

 夏美の表情は疑問符でいっぱいだ。美咲は内心で冷や汗をダラダラ流しながらも、とにかくごまかし続けるしかなかった。

「ほ、ほら、夫婦だから! そういうのってあるじゃない? 伝言みたいなやつ!」

「……山本くん、朝からテンション高いね」
 夏美は困ったように笑いながらも、深くは追及せず、そのまま自分のデスクへ戻っていった。

 その背中を見送りながら、美咲は心の中で盛大にため息をついた。
(あーっ、もう! 危なかった……! これからちゃんと“隆司”になりきらないと!)

 ネクタイをぎゅっと握り直し、気持ちを切り替えようとする美咲だったが、さっきの夏美のキョトン顔が頭から離れず、顔が赤くなるのを止められなかった。

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