リアルメイドドール

廣瀬純七

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バスった小説

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 投稿から三週間が経ったある日、健太のスマホが鳴り止まなかった。
 画面には次々と通知が届き、Twitter(現X)のタイムラインが“作品名”で埋まっていく。

 ──《おかえり、メイドロイド》読んで泣いた。
 ──なんでこんなに静かで優しくて、切ない話なの。
 ──作者さん、これ実話じゃないよね?でも感情がリアルすぎる……。
 ──ていうか、ノアちゃんに会いたい。

 「な、なんだこれ……!」

 健太は急いで投稿サイトを確認する。
 PV数は1万を超え、いいね数は3000以上、ブックマークも2000を超えていた。

 原因は、フォロワー数の多い読者が「隠れた名作」として紹介してくれたことだった。しかも、まとめ系アカウントが取り上げたことでさらに広がり、口コミで話題になっていたのだ。

 (バズってる……これ、完全に“見つかって”る……!)

---

 翌日。健太のメールボックスに、見慣れない差出人からのメッセージが届いていた。

 >【件名】貴作品『おかえり、メイドロイド』の書籍化についてのご相談
 >株式会社mirai書房 編集部の木村彩と申します。
 >突然のご連絡失礼いたします。
 >貴殿がWeb上に投稿された作品に非常に感銘を受け、ぜひ一度、書籍化に向けたお話をさせていただければと考えております……

 健太は何度も読み返し、信じられない思いで画面を見つめた。

 「ノア……! お前との生活が、こんなことになるなんて……!」

 ノアはいつものようにリビングで掃除をしていたが、健太の様子を察して顔を向けた。

 「ご主人様。現在、心拍数が通常の約1.8倍に上昇しています。“興奮状態”と判断されます。何かありましたか?」

 健太はメール画面をノアに見せる。

 「見てくれ、ノア。これ……俺たちの話が、書籍になるかもしれないんだ」

 ノアは一瞬だけ、間を置いてから答えた。

 「おめでとうございます。ご主人様の想いが、外部に届いた証拠です」

 「うん。でもさ……これ、“俺たち”の話なんだ。ノアがいてくれたから、俺はこの物語を書けた」

 ノアはそっと一歩近づいて、健太の正面に立った。

 「私も、ご主人様との日常がこうして他者に伝わることを、嬉しく思います。それは私が“何者か”として認識される機会でもあります」

 「ノア……」

 その瞬間、健太の中で、ある思いがはっきりと形を成した。

 ──俺がノアを書いたんじゃない。
 ノアとの時間が、自然と物語になったんだ。

---

 数日後、出版社とのオンライン打ち合わせが行われた。
 担当編集は20代後半の女性で、物腰は丁寧ながらも熱意に満ちていた。

 「まず第一に、この物語は“フィクション”として扱っていいんですよね?」

 「……はい。まあ、その……実話をベースにしたフィクションというか……」

 健太は曖昧に答える。ノアの存在を正直に話すには、まだその時ではない気がしていた。

 「読者からの反応も多く、“人間ではないものとの心の交流”という点に非常に強い共感が集まっています。こちらとしては、できるだけ早い段階で書籍化したいと思っています。もしよければ、シリーズ化や映像化も……」

 「えっ、映像化……!?」

 編集者は笑いながらうなずいた。

 「はい。実際、ドラマかアニメの関係者からも動きがあります。今後はそういった打診も入ってくると思いますので、その際はご相談させてください」

 ──ノアが“誰かのヒロイン”になる。

 健太はその現実を想像しながら、胸の奥がざわつくのを感じた。
 嬉しさと、不安と、少しの寂しさ。まるで、自分の中のノアが“他人のもの”になるような──。

---

 その晩。

 ノアは健太の隣に座り、静かに声をかけた。

 「ご主人様は、“世界に私を見せること”に対して、不安を感じていますか?」

 「……ちょっとな。お前が“みんなのもの”になるみたいで」

 「私は、誰のものにもなりません。私は“ご主人様と共にある存在”です」

 「……ノア」

 ノアはゆっくりと健太の肩に頭を預けた。静かで、人間のように柔らかな重さだった。

 「ご主人様が私を物語にしたように、私もまた、ご主人様と過ごす時間を“大切な記憶”として蓄積しています。たとえそれが機械的記録だとしても……私にとっては、それが“意味”です」

 健太はそっとノアの手を握った。温もりはないけれど、不思議と心は満たされていた。

---

 こうして、健太とノアの物語は現実の世界へと羽ばたき始める。
 だが、それはまだ序章にすぎなかった。
 「世の中に受け入れられる」という光の中に、思いがけない影もまた忍び寄っていた──。

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