11 / 13
ノートは何処に?
しおりを挟む
放課後の空気は、昼間より少し冷たくて、夕日の色が街を赤く染めていた。
“山本渚”(中身は優斗)と“佐伯優斗”(中身は渚)は、並んでカラオケボックスの前に立っていた。
昨日、二人が入れ替わる前に訪れた場所。
「……ここに、ノートを忘れた可能性が一番高いよな」
渚の姿の優斗がつぶやくと、優斗の姿の渚が小さく頷いた。
「うん。あの日、歌って、飲み物ひっくり返して……バタバタしてたし。もしかしたらソファの下とかに落ちたのかも」
受付の店員に事情を話すと、「昨日ですか? 忘れ物は一応全部フロントに届いてるんですけど……」と奥の棚を確認してくれた。
しかし、数分後、店員は首を横に振った。
「すみません、ノートの忘れ物は届いてませんね」
その言葉に、二人は顔を見合わせた。
沈黙が落ちる。
「……やっぱ、ないか」
「うん。でも、部屋をもう一度見てみよ。掃除で気づかれなかったかもしれない」
二人は昨日と同じ部屋に通された。ドアを開けると、カラオケの画面が静かに光を放ち、誰もいない空間がやけに広く感じられた。
昨日は笑い声で満たされていた場所が、今日は不思議なくらい静まり返っている。
優斗(渚の姿)はすぐにソファの下にしゃがみ込み、埃を払いながら覗き込む。
「……うわ、ペットボトルのキャップと飴の包み紙しかない」
「こっちもないな。テーブルの裏もチェックしたけど……」
渚(優斗の姿)は、リモコンやクッションの隙間まで丹念に探したが、見つからない。
二人はついに床に座り込んで、顔を見合わせた。
「……本当に、どこいっちゃったんだろうね」
「わからん。誰かが拾って持ってったのかも」
「でも、あのノート……ただの黒いノートだよ? 名前も書いてないし」
「だから余計に怖いんだよ。もし他の誰かが“使った”ら――」
渚の姿の優斗が言いかけて、言葉を飲み込む。
彼の顔に浮かぶ不安が、そのまま渚の胸にも刺さった。
「……また、誰かが入れ替わったりしたら……」
「そんなこと、あってほしくないけど」
沈黙。
カラオケの画面に映るデモ映像の中で、知らない歌手が笑って歌っている。
昨日はその映像の前で、二人が入れ替わって歌っていたのだと思うと、妙に遠い出来事のように感じた。
「……ねぇ、優斗」
「ん?」
「もし、このまま戻れなかったら、どうする?」
優斗は少し考えて、苦笑した。
「うーん……そのときはそのときだな」
「そんな簡単に言わないでよ!」
「だってさ、焦っても仕方ないし。まあ、お前の体で生きるのも悪くないかもな」
「な、なにそれ!」
「冗談だよ」
渚は頬を膨らませて優斗を軽く小突いた。
けれど、その表情はどこか安心したようでもあった。
「……でも、本当はちょっと怖い」
小さな声でつぶやく。
「自分が自分じゃなくなるのって、なんか、心がどこかに置き去りにされるみたいで」
優斗はしばらく黙っていたが、やがて穏やかに言った。
「大丈夫だよ。俺が渚の中にいても、ちゃんと渚のことわかる。だから、渚が自分を見失っても、俺が隣にいれば平気だろ」
その言葉に、渚は少しだけ笑った。
「……そう言えるの、あなただけだよ」
二人はしばらく無言で座っていた。
外から微かに聞こえるカラオケの音が、遠くの誰かの生活みたいに感じられた。
やがて、渚(優斗の姿)が立ち上がって言った。
「もう帰ろう。ここには、もう何もない」
「……うん」
二人は受付で軽く頭を下げ、外に出た。
夕焼けがさらに濃くなり、街の影が長く伸びている。
「結局、ノートは見つからなかったな」
「うん。でも……」
渚は空を見上げた。
「また、どこかで私たちを見てるのかも。だって、あのノート、最初も突然現れたじゃない」
優斗はポケットに手を入れ、肩をすくめた。
「だったら、また突然戻るかもな」
「……そうだといいけど」
歩道の上で二人の影が重なり合い、そして離れる。
風が吹き抜け、どこかで紙がめくれるような音がした。
まるで、あのノートがまだ二人の行方を見守っているかのように――。
“山本渚”(中身は優斗)と“佐伯優斗”(中身は渚)は、並んでカラオケボックスの前に立っていた。
昨日、二人が入れ替わる前に訪れた場所。
「……ここに、ノートを忘れた可能性が一番高いよな」
渚の姿の優斗がつぶやくと、優斗の姿の渚が小さく頷いた。
「うん。あの日、歌って、飲み物ひっくり返して……バタバタしてたし。もしかしたらソファの下とかに落ちたのかも」
受付の店員に事情を話すと、「昨日ですか? 忘れ物は一応全部フロントに届いてるんですけど……」と奥の棚を確認してくれた。
しかし、数分後、店員は首を横に振った。
「すみません、ノートの忘れ物は届いてませんね」
その言葉に、二人は顔を見合わせた。
沈黙が落ちる。
「……やっぱ、ないか」
「うん。でも、部屋をもう一度見てみよ。掃除で気づかれなかったかもしれない」
二人は昨日と同じ部屋に通された。ドアを開けると、カラオケの画面が静かに光を放ち、誰もいない空間がやけに広く感じられた。
昨日は笑い声で満たされていた場所が、今日は不思議なくらい静まり返っている。
優斗(渚の姿)はすぐにソファの下にしゃがみ込み、埃を払いながら覗き込む。
「……うわ、ペットボトルのキャップと飴の包み紙しかない」
「こっちもないな。テーブルの裏もチェックしたけど……」
渚(優斗の姿)は、リモコンやクッションの隙間まで丹念に探したが、見つからない。
二人はついに床に座り込んで、顔を見合わせた。
「……本当に、どこいっちゃったんだろうね」
「わからん。誰かが拾って持ってったのかも」
「でも、あのノート……ただの黒いノートだよ? 名前も書いてないし」
「だから余計に怖いんだよ。もし他の誰かが“使った”ら――」
渚の姿の優斗が言いかけて、言葉を飲み込む。
彼の顔に浮かぶ不安が、そのまま渚の胸にも刺さった。
「……また、誰かが入れ替わったりしたら……」
「そんなこと、あってほしくないけど」
沈黙。
カラオケの画面に映るデモ映像の中で、知らない歌手が笑って歌っている。
昨日はその映像の前で、二人が入れ替わって歌っていたのだと思うと、妙に遠い出来事のように感じた。
「……ねぇ、優斗」
「ん?」
「もし、このまま戻れなかったら、どうする?」
優斗は少し考えて、苦笑した。
「うーん……そのときはそのときだな」
「そんな簡単に言わないでよ!」
「だってさ、焦っても仕方ないし。まあ、お前の体で生きるのも悪くないかもな」
「な、なにそれ!」
「冗談だよ」
渚は頬を膨らませて優斗を軽く小突いた。
けれど、その表情はどこか安心したようでもあった。
「……でも、本当はちょっと怖い」
小さな声でつぶやく。
「自分が自分じゃなくなるのって、なんか、心がどこかに置き去りにされるみたいで」
優斗はしばらく黙っていたが、やがて穏やかに言った。
「大丈夫だよ。俺が渚の中にいても、ちゃんと渚のことわかる。だから、渚が自分を見失っても、俺が隣にいれば平気だろ」
その言葉に、渚は少しだけ笑った。
「……そう言えるの、あなただけだよ」
二人はしばらく無言で座っていた。
外から微かに聞こえるカラオケの音が、遠くの誰かの生活みたいに感じられた。
やがて、渚(優斗の姿)が立ち上がって言った。
「もう帰ろう。ここには、もう何もない」
「……うん」
二人は受付で軽く頭を下げ、外に出た。
夕焼けがさらに濃くなり、街の影が長く伸びている。
「結局、ノートは見つからなかったな」
「うん。でも……」
渚は空を見上げた。
「また、どこかで私たちを見てるのかも。だって、あのノート、最初も突然現れたじゃない」
優斗はポケットに手を入れ、肩をすくめた。
「だったら、また突然戻るかもな」
「……そうだといいけど」
歩道の上で二人の影が重なり合い、そして離れる。
風が吹き抜け、どこかで紙がめくれるような音がした。
まるで、あのノートがまだ二人の行方を見守っているかのように――。
0
あなたにおすすめの小説
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる