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トイレでうっかり
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昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室が一気に賑やかになった。購買へ走る生徒、机を寄せて弁当を広げるグループ。
“山本渚”(中身は優斗)は、教室のざわめきを背に立ち上がった。
(……はぁ、緊張する。午前中、バレなくてよかったけど)
慣れないスカートに、いつもより軽い体。トイレに行くだけなのに、心臓が妙に落ち着かない。
ぼんやり考え事をしながら廊下へ出たとき、目に入ったのはいつもの男子トイレの看板だった。
(よし、ちょっとスッキリしてこ――)
そのまま自然に足がそちらへ向かってしまった。扉の取っ手に手をかけた瞬間――
「そっちは男子トイレだよ!!」
鋭い声にビクッと体が跳ねた。
振り返ると、廊下の向こうに“佐伯優斗”(中身は渚)が、慌てて走ってくるのが見えた。
彼の顔は真っ赤で、まるで火がついたように焦っている。
「ちょ、ちょっと優斗!今は私の体なんだから!」
「……えっ」
数秒の沈黙。自分の手を見下ろし、スカートを見て、そしてトイレのプレートを見上げる。
🚹男子トイレ。
「――あっっっ!!!」
声にならない悲鳴を上げて、優斗(渚の体)は一歩後ずさる。廊下にいた数人の男子が一瞬こちらを見て、「え、渚じゃね?」「男子トイレ入ろうとした?」とひそひそ声が飛んだ。
「や、やばっ……!」
渚(優斗の体)は慌てて優斗(渚の体)の腕をつかみ、女子トイレの方へ小走りで引っ張っていった。
「こっち! 今は女子なんだから、絶対間違えないで!」
「わ、わかってるけど! 反射的に……!」
「反射的に男子トイレ行く女子がいるか!」
「……すみません」
廊下の端で、二人は小さくため息をついた。
周囲の視線が気になって、二人とも顔を伏せる。
「はぁ……危なかった。もう少しで大事件だよ」
渚(優斗の体)は呆れたように言うが、その目にはどこか心配の色があった。
優斗(渚の体)は情けない顔でうなだれた。
「悪い。頭では分かってたのに、体が勝手に……。俺、もう男子トイレの場所、体で覚えてるんだよ」
「そりゃそうだろうけど、女子なんだよ!」
「わかってるって……」
しばしの沈黙。
廊下の向こうでは、女子たちが笑いながら弁当を持って歩いていく。誰も二人が入れ替わっているなんて思っていない。
「……あのさ」優斗(渚の体)がぽつりと口を開いた。
「女子トイレって、どんな感じなんだ?」
「は?」
「いや、俺、入ったことないから」
「当たり前でしょ!!」
渚(優斗の体)が思わず声を上げ、周りの生徒が一瞬振り返る。慌てて小声に戻す。
「いい? 絶対、間違えないで。女子トイレは聖域なんだから!」
「聖域……」
「そう、神聖な場所! 男子の発想で動かないでよね!」
優斗(渚の体)は両手を挙げて降参のポーズを取った。
「わかった、わかったよ。もう二度と間違えない」
「ほんとに?」
「ほんとに。……でもさ」
彼はちょっとだけ笑って言った。
「渚が俺の体で男子トイレ入るときも、ちょっと緊張してたよな?」
「そ、それは……!」
図星だった。昨日、入れ替わったとき渚は男子トイレの前で数分立ち止まっていたのだ。
「じゃあおあいこだな」
「全然おあいこじゃない!」
渚(優斗の体)はぷいっと横を向き、顔を赤くする。
けれど、ふとその表情がゆるんで、小さく笑った。
「……ほんと、気をつけてよね」
「わかってる。ありがとな、止めてくれて」
「まったく……次からは“女子”の自覚を持って行動すること!」
「了解!」
二人の声が重なって、廊下に小さな笑いがこぼれる。
入れ替わった現実の不安はまだ消えない。けれど、こうして笑い合える瞬間が、少しだけ救いに思えた。
昼休みのざわめきの中、二人はこっそり目を合わせ、無言で頷いた。
「次は……絶対間違えない」――心の中で、優斗はもう一度誓った。
“山本渚”(中身は優斗)は、教室のざわめきを背に立ち上がった。
(……はぁ、緊張する。午前中、バレなくてよかったけど)
慣れないスカートに、いつもより軽い体。トイレに行くだけなのに、心臓が妙に落ち着かない。
ぼんやり考え事をしながら廊下へ出たとき、目に入ったのはいつもの男子トイレの看板だった。
(よし、ちょっとスッキリしてこ――)
そのまま自然に足がそちらへ向かってしまった。扉の取っ手に手をかけた瞬間――
「そっちは男子トイレだよ!!」
鋭い声にビクッと体が跳ねた。
振り返ると、廊下の向こうに“佐伯優斗”(中身は渚)が、慌てて走ってくるのが見えた。
彼の顔は真っ赤で、まるで火がついたように焦っている。
「ちょ、ちょっと優斗!今は私の体なんだから!」
「……えっ」
数秒の沈黙。自分の手を見下ろし、スカートを見て、そしてトイレのプレートを見上げる。
🚹男子トイレ。
「――あっっっ!!!」
声にならない悲鳴を上げて、優斗(渚の体)は一歩後ずさる。廊下にいた数人の男子が一瞬こちらを見て、「え、渚じゃね?」「男子トイレ入ろうとした?」とひそひそ声が飛んだ。
「や、やばっ……!」
渚(優斗の体)は慌てて優斗(渚の体)の腕をつかみ、女子トイレの方へ小走りで引っ張っていった。
「こっち! 今は女子なんだから、絶対間違えないで!」
「わ、わかってるけど! 反射的に……!」
「反射的に男子トイレ行く女子がいるか!」
「……すみません」
廊下の端で、二人は小さくため息をついた。
周囲の視線が気になって、二人とも顔を伏せる。
「はぁ……危なかった。もう少しで大事件だよ」
渚(優斗の体)は呆れたように言うが、その目にはどこか心配の色があった。
優斗(渚の体)は情けない顔でうなだれた。
「悪い。頭では分かってたのに、体が勝手に……。俺、もう男子トイレの場所、体で覚えてるんだよ」
「そりゃそうだろうけど、女子なんだよ!」
「わかってるって……」
しばしの沈黙。
廊下の向こうでは、女子たちが笑いながら弁当を持って歩いていく。誰も二人が入れ替わっているなんて思っていない。
「……あのさ」優斗(渚の体)がぽつりと口を開いた。
「女子トイレって、どんな感じなんだ?」
「は?」
「いや、俺、入ったことないから」
「当たり前でしょ!!」
渚(優斗の体)が思わず声を上げ、周りの生徒が一瞬振り返る。慌てて小声に戻す。
「いい? 絶対、間違えないで。女子トイレは聖域なんだから!」
「聖域……」
「そう、神聖な場所! 男子の発想で動かないでよね!」
優斗(渚の体)は両手を挙げて降参のポーズを取った。
「わかった、わかったよ。もう二度と間違えない」
「ほんとに?」
「ほんとに。……でもさ」
彼はちょっとだけ笑って言った。
「渚が俺の体で男子トイレ入るときも、ちょっと緊張してたよな?」
「そ、それは……!」
図星だった。昨日、入れ替わったとき渚は男子トイレの前で数分立ち止まっていたのだ。
「じゃあおあいこだな」
「全然おあいこじゃない!」
渚(優斗の体)はぷいっと横を向き、顔を赤くする。
けれど、ふとその表情がゆるんで、小さく笑った。
「……ほんと、気をつけてよね」
「わかってる。ありがとな、止めてくれて」
「まったく……次からは“女子”の自覚を持って行動すること!」
「了解!」
二人の声が重なって、廊下に小さな笑いがこぼれる。
入れ替わった現実の不安はまだ消えない。けれど、こうして笑い合える瞬間が、少しだけ救いに思えた。
昼休みのざわめきの中、二人はこっそり目を合わせ、無言で頷いた。
「次は……絶対間違えない」――心の中で、優斗はもう一度誓った。
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