リボーン&リライフ

廣瀬純七

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リセットピル

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中島優斗、三十歳、無職。
部屋の中には、生活感を失った家具と、積まれた空き缶、カーテンの隙間から射し込む夕陽。時計の針は午後四時を指していた。アルバイトも長続きせず、実家にも顔を出さず、誰とも連絡を取らない生活が、かれこれ三年。今日もスマホを握りしめながら、ぼんやりと通販サイトを眺めていた。

「過去に戻りたいな……」

独り言ともため息ともつかない声が、汚れた床に落ちた。
スクロールしていた指が、ある広告で止まる。怪しいバナー。
**『人生、やり直したくありませんか?』**
サプリメントの画像の下には、こう書かれていた。

> 「リセット・ピル」――一粒で、あなたの人生を“完全に”やり直します。
> ・過去の任意の時点へ移行可能
> ・記憶保持(オプション)
> ・身体的性別変更も自由に設定可
> ※使用は自己責任にて

普通なら笑い飛ばしてスルーする。けれど、今の優斗には「バカバカしい」と切り捨てるほどの理性すら、とうにすり減っていた。
どこか懐かしい焦燥と、意味のない衝動に駆られて、「購入する」ボタンを押していた。
価格は0円。配送料すらなかった。

「どうせジョーク商品だろ……」

そうつぶやいた翌日の朝。ポストに、小さな白い封筒が届いていた。差出人不明。中には一粒だけの銀色のカプセルと、メモが一枚。

> ご購入ありがとうございます。
> 服用後、イメージした“やり直したい人生の地点”と“なりたい自分”に自動的に遷移します。
> 必ず静かな場所で、強く願いながらお飲みください。

その瞬間、優斗はふと思い出した。
自分にとって“やり直したい時点”とは――高校一年の春。
そして、“なりたい自分”――それは、女子として新しい青春をやり直してみる、そんな奇妙な願望だった。

昔から薄々感じていた違和感。鏡に映る自分の姿と、心の奥にある理想との乖離。
けれど男としての人生を途中でやめる勇気も、道を変える知恵もなかった。
ただ流されて、30歳まで来てしまった。
ならば、最初から違う道を選べたなら? 女の子として、もう一度ゼロからやり直せたなら?

カプセルを手のひらに置き、優斗は目を閉じた。
心の中で何度もつぶやく。

「2009年の4月……高校一年の始業式の日……名前は、中島優衣……今度こそ、ちゃんと生きてみたい」

喉を鳴らして飲み下す。
その瞬間、視界が大きく揺らいだ。

耳鳴り。落下するような感覚。心臓の鼓動が速まる。
目を開けると、目の前にはまぶしい朝の光、そして――見慣れぬ制服姿の自分が、鏡に映っていた。

白い肌、整った前髪、女子用ブレザーの胸元には「1-A」の名札。
細い手首。軽い体。
そして、確かに“女の子”になった自分が、そこにいた。

「……本当に、やり直せたんだ」

声も高く、滑らかで、まるで別人だった。いや、これが“本当の自分”だったのかもしれない。

ここから始まる、新しい物語。
中島優衣、15歳、高校一年生。
三十歳・元無職男の第二の人生が、幕を開けた。

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