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まずは手を繋ぐことからはじめましょう 3
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朝食を終えて、クリフ様がわたしの部屋にやって来た。
せっかくだからクリフ様の感想も聞こうと、昨日買って帰ってまだクリフ様に食べてもらっていなかったチーズをドロシアに頼んで持って来てもらう。
クリフ様と並んでソファに座り、わたしは目の前のローテーブルに数枚の紙とペンを置いた。
「まずは青かびタイプのチーズから感想をまとめようと思います。青かびタイプのチーズは、昨日三種類ほど買って帰ったんですよ」
「へえ。普段気にせず食べていたんだけど、同じように見えて違うんだね」
「はい。わたしの主観ですが、こちらは蜂蜜、こっちはオリーブオイル、これはアンチョビやオリーブの実を合わせてビスケットやバゲットと一緒にお召し上がりになるのがいいと思います。あと、この三種類はどれもお酒によく合う気がしますよ」
「なるほど。じゃあ君のおすすめの食べ方で食べてみるよ」
「お酒も運ばせますか?」
「いや、いい。酔っぱらったら味がわからなくなりそうだ」
やるからには真剣にレポートするよと、真面目なクリフ様らしいことを言う。
クリフ様はまず、蜂蜜をかけたチーズを口に入れ、考え込みながらゆっくりと咀嚼した。
「蜂蜜をかけると塩味と甘みのバランスが良くなる。蜂蜜をかけろと言ったのは、あっさりしていてコクが足りないからかな」
「その通りです! 青かびタイプのチーズの中でもこれは癖が少なくて食べやすいんですけど、その分コクが少ない気がするんです。だから蜂蜜を足すことでそれを補いつつ、デザート感覚でいただけるので女性うけもよさそうだと思いまして」
「確かにな。……こうして分析しながら食べるのも面白いね。少し違うが、俺の師匠が魔法研究する時もこんな感じだ。分析を繰り返して、より効率のいい魔法や魔法道具を作っている」
「師匠と言うと、魔法省長官のコニーリアス・ヘイマー様ですか?」
わたしはコニーリアス様に会ったことがない。最年少で魔法省の長官になったとても優秀な人だというのは知っているけれど、あまり表に顔を見せないのだ。
「そうだよ。そういえば会わせたことはなかったね。結婚式にも招待したけど結局来なかったし。あ、結婚式に反対だったから来なかったわけじゃないからな。あの人は一年のうちの大半を部屋に引きこもって過ごしていて、よほどのことがない限り自分の意思で部屋の外に出ないんだ」
「そうなんですか?」
「うん。引きこもりすぎて、明るい場所が苦手になったらしい。明るいと落ち着かないんだって。コウモリみたいな人だろう?」
さすがに魔法省長官にコウモリはないと思うけど、そこまで部屋の外に出ない人もなかなかいないだろう。
「で、でも、他国と比べて数歩遅れていた魔法道具の開発技術を、一人で同水準にまで引き上げた天才ですよね」
「まあそうなんだけどね」
師匠を褒められるのはまんざらでもないのだろう。クリフ様がちょっと嬉しそう。
魔法技術に関しては、商人が介入することはできない。魔法が使える人間は生粋の貴族――古参貴族や王族の中に多いからだ。そして、魔法技術に関しては国が管理しているため、勝手に参入することは許されない。
産業革命によって、魔法道具の技術も格段に上がった他国に比べて、バレル王国は数段その技術が劣っていた。
国が財政難のため他国から技術者を招いて教えを乞うことも、魔法道具を輸入して研究させることもできずに、他国にどんどん技術で引き離されていく中、コニーリアスという一人の天才が独自の研究を重ねてその技術に追いついたのだ。
クリフ様はコニーリアス様を引きこもりなんて言うけれど、引きこもってまで研究してくれたからこそ、バレル王国に今の魔法技術があるのである。
「すごい方ですよね。コニーリアス様」
「……アナスタージアはもしかして、師匠のような人が好きなの?」
クリフ様の声が少し低くなって、わたしはぱちくりと目をしばたたく。
クリフ様がわたしに向き直って、わたしの手をぎゅうっと握った。
「アナスタージア。コニーリアス長官は優秀だが人間としては破綻している。日の光を浴びないし部屋から出ないし、研究に夢中になって寝食を忘れることもしばしばだ。気もきかないし、だからいまだに独身で、夫にするには不向きというか、妻との時間より研究を取るような人だから、結婚しても絶対にうまくいかない」
「あの、クリフ様?」
突然どうしたんだろうと、わたしは熱弁をふるうクリフ様の顔と、それから握り締められた自分の手を交互に見る。
繋がれた手からクリフ様の体温が伝わって来て、わたしはドキドキして落ち着かなくなった。
「コニーリアス長官は君の夫には不向きだ。絶対に不幸になる。俺は認めないぞ」
「クリフ様、落ち着いてください。わたしはクリフ様の妻ですから、コニーリアス様と結婚はしませんよ? そんなことをすれば重婚の罪で捕まってしまいます」
「……あ」
クリフ様がはっと我に返ったように目をまたたいた。
バツが悪そうに視線を逸らしたクリフ様に、わたしはくすりと笑う。
「もし、この先の未来のことを想定されているのだとしても、大丈夫ですよ。わたしはコニーリアス様と再婚なんてしません」
というかたぶん再婚はできないと思う。
クリフ様の初恋相手を発見したのちは身を引く予定だけど、クリフ様が忘却の魔法を用いても初恋の気持ちを忘れられなかったように、わたしもきっとこの気持ちを忘れられない。
わたしはやっぱりクリフ様が好きで、この気持ちを抱えたまま別の誰かと再婚するのは無理だと思うのだ。相手にも失礼である。
だからもしクリフ様が離婚したあとのことを想定しているのであれば、それは不要な心配だ。
「そ、そうか、そうだよな。君は俺の妻だ」
「はい、その通りです」
「そうだよな。俺はどうかしているな。なんでこんなことを言い出したのか……。すまない」
クリフ様は自分でも自分の発言がよくわからなかったようで、何度も首を傾げた。
「気を取り直して、チーズのレポートをしよう。次はこのチーズだな」
そう言ってチーズの乗った皿を見たクリフ様だったけれど、何故か握り締めているわたしの手を離さない。
「あの、クリフ様。手を放していただかないと、チーズも食べられませんし、レポートも書けません」
「……そう、だな」
クリフ様は名残惜しそうな顔でわたしの手を放し、そして自分の手を見つめた。
「アナスタージア、提案がある」
「なんでしょう?」
離れて行ったぬくもりを少し寂しく思いながら顔を上げると、クリフ様の真剣な顔があった。
「俺が休みの一週間。できるだけ手を繋いですごさないか?」
突然の提案にわたしはきょとんとしてしまった。
せっかくだからクリフ様の感想も聞こうと、昨日買って帰ってまだクリフ様に食べてもらっていなかったチーズをドロシアに頼んで持って来てもらう。
クリフ様と並んでソファに座り、わたしは目の前のローテーブルに数枚の紙とペンを置いた。
「まずは青かびタイプのチーズから感想をまとめようと思います。青かびタイプのチーズは、昨日三種類ほど買って帰ったんですよ」
「へえ。普段気にせず食べていたんだけど、同じように見えて違うんだね」
「はい。わたしの主観ですが、こちらは蜂蜜、こっちはオリーブオイル、これはアンチョビやオリーブの実を合わせてビスケットやバゲットと一緒にお召し上がりになるのがいいと思います。あと、この三種類はどれもお酒によく合う気がしますよ」
「なるほど。じゃあ君のおすすめの食べ方で食べてみるよ」
「お酒も運ばせますか?」
「いや、いい。酔っぱらったら味がわからなくなりそうだ」
やるからには真剣にレポートするよと、真面目なクリフ様らしいことを言う。
クリフ様はまず、蜂蜜をかけたチーズを口に入れ、考え込みながらゆっくりと咀嚼した。
「蜂蜜をかけると塩味と甘みのバランスが良くなる。蜂蜜をかけろと言ったのは、あっさりしていてコクが足りないからかな」
「その通りです! 青かびタイプのチーズの中でもこれは癖が少なくて食べやすいんですけど、その分コクが少ない気がするんです。だから蜂蜜を足すことでそれを補いつつ、デザート感覚でいただけるので女性うけもよさそうだと思いまして」
「確かにな。……こうして分析しながら食べるのも面白いね。少し違うが、俺の師匠が魔法研究する時もこんな感じだ。分析を繰り返して、より効率のいい魔法や魔法道具を作っている」
「師匠と言うと、魔法省長官のコニーリアス・ヘイマー様ですか?」
わたしはコニーリアス様に会ったことがない。最年少で魔法省の長官になったとても優秀な人だというのは知っているけれど、あまり表に顔を見せないのだ。
「そうだよ。そういえば会わせたことはなかったね。結婚式にも招待したけど結局来なかったし。あ、結婚式に反対だったから来なかったわけじゃないからな。あの人は一年のうちの大半を部屋に引きこもって過ごしていて、よほどのことがない限り自分の意思で部屋の外に出ないんだ」
「そうなんですか?」
「うん。引きこもりすぎて、明るい場所が苦手になったらしい。明るいと落ち着かないんだって。コウモリみたいな人だろう?」
さすがに魔法省長官にコウモリはないと思うけど、そこまで部屋の外に出ない人もなかなかいないだろう。
「で、でも、他国と比べて数歩遅れていた魔法道具の開発技術を、一人で同水準にまで引き上げた天才ですよね」
「まあそうなんだけどね」
師匠を褒められるのはまんざらでもないのだろう。クリフ様がちょっと嬉しそう。
魔法技術に関しては、商人が介入することはできない。魔法が使える人間は生粋の貴族――古参貴族や王族の中に多いからだ。そして、魔法技術に関しては国が管理しているため、勝手に参入することは許されない。
産業革命によって、魔法道具の技術も格段に上がった他国に比べて、バレル王国は数段その技術が劣っていた。
国が財政難のため他国から技術者を招いて教えを乞うことも、魔法道具を輸入して研究させることもできずに、他国にどんどん技術で引き離されていく中、コニーリアスという一人の天才が独自の研究を重ねてその技術に追いついたのだ。
クリフ様はコニーリアス様を引きこもりなんて言うけれど、引きこもってまで研究してくれたからこそ、バレル王国に今の魔法技術があるのである。
「すごい方ですよね。コニーリアス様」
「……アナスタージアはもしかして、師匠のような人が好きなの?」
クリフ様の声が少し低くなって、わたしはぱちくりと目をしばたたく。
クリフ様がわたしに向き直って、わたしの手をぎゅうっと握った。
「アナスタージア。コニーリアス長官は優秀だが人間としては破綻している。日の光を浴びないし部屋から出ないし、研究に夢中になって寝食を忘れることもしばしばだ。気もきかないし、だからいまだに独身で、夫にするには不向きというか、妻との時間より研究を取るような人だから、結婚しても絶対にうまくいかない」
「あの、クリフ様?」
突然どうしたんだろうと、わたしは熱弁をふるうクリフ様の顔と、それから握り締められた自分の手を交互に見る。
繋がれた手からクリフ様の体温が伝わって来て、わたしはドキドキして落ち着かなくなった。
「コニーリアス長官は君の夫には不向きだ。絶対に不幸になる。俺は認めないぞ」
「クリフ様、落ち着いてください。わたしはクリフ様の妻ですから、コニーリアス様と結婚はしませんよ? そんなことをすれば重婚の罪で捕まってしまいます」
「……あ」
クリフ様がはっと我に返ったように目をまたたいた。
バツが悪そうに視線を逸らしたクリフ様に、わたしはくすりと笑う。
「もし、この先の未来のことを想定されているのだとしても、大丈夫ですよ。わたしはコニーリアス様と再婚なんてしません」
というかたぶん再婚はできないと思う。
クリフ様の初恋相手を発見したのちは身を引く予定だけど、クリフ様が忘却の魔法を用いても初恋の気持ちを忘れられなかったように、わたしもきっとこの気持ちを忘れられない。
わたしはやっぱりクリフ様が好きで、この気持ちを抱えたまま別の誰かと再婚するのは無理だと思うのだ。相手にも失礼である。
だからもしクリフ様が離婚したあとのことを想定しているのであれば、それは不要な心配だ。
「そ、そうか、そうだよな。君は俺の妻だ」
「はい、その通りです」
「そうだよな。俺はどうかしているな。なんでこんなことを言い出したのか……。すまない」
クリフ様は自分でも自分の発言がよくわからなかったようで、何度も首を傾げた。
「気を取り直して、チーズのレポートをしよう。次はこのチーズだな」
そう言ってチーズの乗った皿を見たクリフ様だったけれど、何故か握り締めているわたしの手を離さない。
「あの、クリフ様。手を放していただかないと、チーズも食べられませんし、レポートも書けません」
「……そう、だな」
クリフ様は名残惜しそうな顔でわたしの手を放し、そして自分の手を見つめた。
「アナスタージア、提案がある」
「なんでしょう?」
離れて行ったぬくもりを少し寂しく思いながら顔を上げると、クリフ様の真剣な顔があった。
「俺が休みの一週間。できるだけ手を繋いですごさないか?」
突然の提案にわたしはきょとんとしてしまった。
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