君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

文字の大きさ
13 / 40

まずは手を繋ぐことからはじめましょう 2

しおりを挟む
 わたしが目を覚ました時、隣にクリフ様はいなかった。
 寝坊してしまっただろうかと慌てたけれど、時間はいつも通りだ。
 ベルを鳴らせばドロシアが来てくれる。

「おはようドロシア。あの、クリフ様は?」
「坊ちゃまでしたら朝から走りすぎて疲れ果ててダイニングでぐったりしておいでですよ」
「走りすぎて……?」
「ええ、朝からあの広い庭を十周もしたんですよ。最期は力尽きて倒れ込んだようで庭師が慌てて呼びに来ました。まったく、人騒がせったらありませんよ」
「えー?」

 なんでまたそんなに走ったのかしら?
 ドロシアによれば、走りつかれたクリフ様は少し回復すると汗を流すために入浴して、今はダイニングで飲み物を飲んでいるらしい。

「じゃあ、お腹がすいているわよね。急いで支度をした降りた方がいいかしら?」
「奥様がお気になさることはありませんよ」

 自業自得ですからねとドロシアが肩をすくめる。
 わたしは隣の部屋に移動して顔を洗い、着替えをすませるとダイニングに降りた。
 心なしかやつれたような気がするクリフ様が、ダイニングテーブルに突っ伏している。

「お、おはようございます、クリフ様。その、大丈夫ですか?」
「ああ、おはようアナスタージア。大丈夫だが、自分の運動不足を実感したよ。これからは毎日走ることにする」
「走るのは結構ですけど、ほどほどになさった方がいいと思いますよ。この広いお庭を十周は、走りすぎかと……」
「ドロシアだな、君に余計なことを吹き込んだのは!」

 クリフ様がじろりとドロシアを睨んだけれど、ドロシアに睨み返されてふいっと視線を逸らした。その様子が子供みたいでちょっとおかしい。
 わたしが席につくと、間もなくして朝食が運ばれてくる。

「アナスタージア、今日の予定は?」
「とくにはありませんので、チーズを食べた感想をまとめようと思っていました。領地で本格的にチーズ工場がはじまる前に、どの種類のチーズを作るのか決めなければならないと聞きましたので、その参考になるのではないかと思いまして」

 チーズを作るといっても、全部の種類を作れるわけではない。
 お父様とお義父様が相談し、ラザフォード公爵領の気候に合ったチーズをだいたい三種類くらい作る予定だ。
 数年前から試作を重ねており、試作のときはたくさんのチーズを作っているけれど、最終的に出来のいい種類のもののなかから需要の高そうなものを選択するそうだ。
 最初の輸出先と決めているカンニガム大国の食文化はバレル王国に似ているので、わたしや使用人たちの感想をまとめたレポートは役に立つと思う。
 今まで何気なく食べていたものを考えながら食べるのは、ちょっと面白い。

「そうか。じゃあ、隣でそれを見ていてもいいだろうか?」
「え? それは構いませんけど……退屈だと思いますよ?」
「そんなことはないよ。それに、せっかく休みをもらったんだから、君の側ですごしたいからね」

 ……ひえ⁉

 さらりと微笑み付きで甘い言葉を言われてわたしの顔がぶわっと熱くなる。

 ……ど、どどどどうしちゃったのクリフ様⁉

 もともと優しい人だったけれど、こんな風に歯の浮くようなセリフを言う人だっただろうか。
 というか、だからわたしたちは仮初夫婦で……ああ、そうか、そうよね、仲良しアピールね! そうに違いないわ!
 ドロシアたちの手前、仲良くやっているように見せるためのリップサービスだろう。ああ、びっくりした……。
 わたしはこほんと咳ばらいをした。

「わ、わたしも、クリフ様と一緒にすごせるのはとても嬉しいです」

 クリフ様が頑張ってくれているのだ。照れて恥ずかしいけれど、わたしだって頑張らねば。
 声がひっくり返りそうになりながらそう返すと、クリフ様は頬を赤くして頬を掻く。

「アナスタージアがそう思ってくれて嬉しいよ」

 な、なんか、空気が甘酸っぱいような……。
 世の中の仮初夫婦というのはこんなものなのだろうか。

 わたしたちのほかに仮初の夫婦がいるのかどうかはわからないが、わたしはまるで本物の新婚夫婦のようなやり取りを不思議に思いつつ、熱い頬を押さえてうつむいた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

【完結】婚約解消ですか?!分かりました!!

たまこ
恋愛
 大好きな婚約者ベンジャミンが、侯爵令嬢と想い合っていることを知った、猪突猛進系令嬢ルシルの婚約解消奮闘記。 2023.5.8 HOTランキング61位/24hランキング47位 ありがとうございました!

拝啓、元婚約者様。婚約破棄をしてくれてありがとうございました。

さこの
恋愛
 ある日婚約者の伯爵令息に王宮に呼び出されました。そのあと婚約破棄をされてその立会人はなんと第二王子殿下でした。婚約破棄の理由は性格の不一致と言うことです。  その後なぜが第二王子殿下によく話しかけられるようになりました。え?殿下と私に婚約の話が?  婚約破棄をされた時に立会いをされていた第二王子と婚約なんて無理です。婚約破棄の責任なんてとっていただかなくて結構ですから!  最後はハッピーエンドです。10万文字ちょっとの話になります(ご都合主義な所もあります)

初恋の人が婚約破棄されました

冬月光輝
恋愛
伯爵家に仕えて7年経ちますが、今日ほど若様を愚かだと思ったことはありません。 旦那様が必死で結んだ侯爵家との縁談を見事に台無しにしたのですから。 おまけに「真実の愛」に生きると言って、告白した幼馴染にはすでに別の婚約者がいて一瞬で振られてしまったではありませんか。 今度は元婚約者に復縁?無理だと思いますが頑張ってください。 なんで私はこんな人が好きだったんだろう……そんな記憶なかったことにしてほしいです。

婚約者に好きな人がいると言われ、スパダリ幼馴染にのりかえることにした

みみぢあん
恋愛
子爵家令嬢のアンリエッタは、婚約者のエミールに『好きな人がいる』と告白された。 アンリエッタが婚約者エミールに抗議すると… アンリエッタの幼馴染みバラスター公爵家のイザークとの関係を疑われ、逆に責められる。 疑いをはらそうと説明しても、信じようとしない婚約者に怒りを感じ、『幼馴染みのイザークが婚約者なら良かったのに』と、口をすべらせてしまう。 そこからさらにこじれ… アンリエッタと婚約者の問題は、幼馴染みのイザークまで巻き込むさわぎとなり―――――― 🌸お話につごうの良い、ゆるゆる設定です。どうかご容赦を(・´з`・)

さようなら、私の愛したあなた。

希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。 ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。 「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」 ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。 ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。 「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」 凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。 なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。 「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」 こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。

【完】婚約してから十年、私に興味が無さそうなので婚約の解消を申し出たら殿下に泣かれてしまいました

さこの
恋愛
 婚約者の侯爵令嬢セリーナが好きすぎて話しかけることができなくさらに近くに寄れないジェフェリー。  そんなジェフェリーに嫌われていると思って婚約をなかった事にして、自由にしてあげたいセリーナ。  それをまた勘違いして何故か自分が選ばれると思っている平民ジュリアナ。  あくまで架空のゆる設定です。 ホットランキング入りしました。ありがとうございます!! 2021/08/29 *全三十話です。執筆済みです

私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。 オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。 それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが… ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。 自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。 正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。 そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが… ※カクヨム、なろうでも投稿しています。 よろしくお願いします。

処理中です...