君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

文字の大きさ
25 / 40

妨害 2

しおりを挟む
「で、首尾は?」

 次の日、クリフが登城すると、執務室でのんびりと紅茶を飲んでいた国王ギルバートがにやにや笑いながら訊ねてきた。
 クリフはギルバートを軽く睨んで、そっと息をつく。

「少しくらいは意識されていると、思わなくもない」

 クリフは結婚初日の失態を挽回するため、せっせとアナスタージアにアピール中だった。
 アナスタージアに好きになってもらって、「離縁」という単語を撤回してもらうのだ。
 当初は薄いナイトドレスに頭の中が爆発寸前になっていたが、ナイトドレスを体の線が出ないものに変えてもらってからは少し落ち着いた。

 だからもう少し先に進もうと昨日「抱きしめさせてくれないだろうか」と願い出て、実際にアナスタージアを抱きしめて眠りについたのだが――あれはちょっとまずかった。
 最近アナスタージアが隣にいても眠れるようになっていたのに、昨日はまったく一睡もできなかった。アナスタージアのいい香りがして、頭の中が煩悩まみれになったからだ。

「びっくりするほど遅々として進展しないな。もういっそ好きだと口に出したらどうだ」
「そうしたいのは山々だが……まだ、好きだと確信が持てない」
「ちょっと何言ってるのかわからない」

 ギルバートがティーカップを置いて唖然とした顔になる。

「お前、もしかしなくても恐ろしく鈍感な方か? 本気で自分の気持ちがわからないと?」
「仕方がないだろう。いまだに胸の中には顔も思い出せない女性への感情が残っているんだ。これを何とかしない限り、アナスタージアに失礼だろう?」
「本気で意味がわからない。あのなあ、普通の人間は恋の一つや二つや三つや四つするものなんだよ。昔好きになった女がいるから次に好きになった女に失礼だとか考えていたら、それこそ何もできないだろうが! というか、相手の顔が思い出せずに感情だけ残っているのならそんな感情無視してしまえ!」
「無視しようとしても完全に無視できないから困っているんだ」

 そうなのだ。
 クリフも自分がアナスタージアが気になっていることくらいはわかっている。
 だけど、胸の中に残る焦げ付くような感情も本物で、どうしたらいいのかわからないのだ。
 まるで本命がいるのに別の女性も好きになってしまったような――そんな罪悪感でいっぱいになるのである。

「もしかしたら、俺は二人の女性をいっぺんに好きになれるような軽薄な男なのかもしれない」
「お前のくそ真面目さもここまで来れば重症だ。付き合ってられん」
「そう言わないで知恵を貸してくれ!」

 ギルバートは執務机に頬杖をつくと、半眼になった。

「そもそも不思議なんだが、お前、本当に初恋相手がいるのか? アナスタージアとはじめて会った時から、お前はアナスタージアを未来の妻と認識して彼女しか見ていなかった気がするんだが、いったいどこで他の女に気を許した?」
「だからそれが思い出せないんだ!」
「自業自得だろうが。自分で自分に忘却の魔法をかけたくせに」

 その通りだが、自分に忘却の魔法をかけた時の前後の記憶もなくしているので、なぜそこまで思いつめたのかもわからないのである。

「お前のしょうもない悩みよりも優先的に考えなくてはならないことがある。その話は後にして、これを確認してくれ」

 ギルバートは面倒くさそうに言って、クリフに一枚の紙を手渡した。
 ざっと内容を確認したクリフの眉がぐっと寄る。

「なるほど、こう来たか。まあ、何か言って来るだろうとは思ったが」

 ギルバートが差し出してきた書類は、アストン侯爵をはじめとする新興貴族蔑視の古参貴族たちが真珠の輸入について抗議しているというものだった。
 他国から真珠を輸入することは、国内の鉱山で採掘される鉱石の価格下落を招くことに繋がりかねない。極めて深刻な問題であり、ひいては真珠の輸入を企んでいるマクニール伯爵家をはじめとする新興貴族たちは売国奴だ。要約すればそのようなことが書いてあった。

「こんな馬鹿げたことを言い出す人間が外務大臣とか、世も末だな」
「その通りだが、その馬鹿げた意見に賛同している貴族が多いのが問題だ。アストン侯爵も必死なんだろう。お茶会でイヴェットがビアトリス・アストン侯爵令嬢を糾弾したらしいからな。それを理由に左遷されないように味方を集めているのだと思う」
「その話なら聞いた。ずいぶんとふざけたことを言ってくれたみたいだな、アストン侯爵令嬢は。うちからもその日のうちに抗議文を出しておいた」

 ビアトリスはよりにもよって、クリフの妻であるアナスタージアを「伯爵令嬢」呼ばわりしたのだ。アナスタージアは何も言わなかったが、セイディからその報告を受けたときにクリフは頭に血が上って脳の血管が切れるかと思った。

(アナスタージアに無礼を働いて許されると思うなよ)

 アストン侯爵家は潰す。クリフはあの日、そう心に誓った。

「隣国カンニガム大国といい関係を築きたい我が国において、このようなふざけた意見を言う馬鹿どもを重役につかせておくわけにはいかない。そうだろう、ギルバート」
「その通りだが、これだけの賛同者を集められると一気に左遷するのは難しいぞ。政治が回らなくなる」

 確かに、政治の中枢にいるのは古参貴族ばかりだ。その中の半数がアストン侯爵に賛同を示しているとなると、一気に役職を奪うのは厳しい。

「アストン侯爵の賛同者たちをいくらかこちらに取り込む必要があるな」
「同時に、新興貴族たちの登用を急ごう。政治に慣れてもらわなければ、彼等を左遷したのちにあいたポストを任せられない。ゆっくり時間をかけたかったが、ここまで馬鹿ぞろいだと時間をかける方がマイナスだ。ひとまず、アストン侯爵たちの抗議に関しては、鉱石が下落するという証拠を出せと言って突っぱねておこう」

 ギルバードは軽く肩を回して、そっと嘆息した。

「まあ、それで大人しくなってくれるとは、思ってはいないんだがな」


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

処理中です...