君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

文字の大きさ
33 / 40

失った記憶の戻し方 7

しおりを挟む
 三日後。
 わたしに忘却の魔法をかけた相手が捕縛されたとクリフ様が教えてくれた。
 現在男は尋問にかけられているという。
 尋問にはコニーリアス様が立ち会い、余計な干渉をして来ようとする古参貴族たちは遠ざけられているそうだ。

 クリフ様も休み返上でずっとお仕事に行っていた。
 数日が経ったからか、想い出の中のクリフ様の顔を思い出せないことへの戸惑いは少し落ち着いたが、やはり未だに違和感はぬぐえない。
 それは、忘却の魔法をかけた相手が捕縛され、さらに二日が経った、ある日のことだった。
 男への尋問が進められ、幾人かの古参貴族の屋敷に騎士団と魔法師団が家宅捜索に入ったと聞いた日の翌日のことだ。

「え? 来客?」

 執事のヒューズが戸惑いながら部屋にやって来た。
 わたしは読んでいた本から顔を上げる。
 今日、来客の予定はなかったはずだ。というか、クリフ様がわたしの身の安全のために、しばらくは誰とも会うなと言っていたのだ。
 部屋にいたセイディも怪訝そうな顔をしている。

「どなたでしょうか。前触れもなく突然やって来るなんて無礼にもほどがあります」
「ビアトリス・アストン侯爵令嬢だ。門番から連絡が入った。門番が取り次げないと言ったところ、無礼だと騒ぎだして手に負えないのだがどうしたらいいかと確認が入っている」

 わたしはぽかんとしてしまった。

「え? 騒いでいるの?」

 普通、門番が取り次げないと言えば諦めて帰るものではないだろうか。

「そうなのです。相手は侯爵家の令嬢ですし、門番も強く出れないそうでして」

 ヒューズも困った顔をしている。

「確かに、相手は侯爵令嬢ですものね……」

 しかも古参貴族で、父親は外務大臣。
 もし会えないと突っぱねたら、社交界でどんな悪口を言われるかわからない。
 王妃様が古参貴族たちを新興貴族派に取り入れたいと考えている今、非難される材料は作らない方がいいと思われた。

「クリフ様に連絡を。それからドロシアにサロンの用意をするように言ってくれるかしら? サロンの準備が終わったらお通しして。……連絡もなく来たのだから、多少待たすくらいは別におかしいことじゃないわよね?」

 確認すると、セイディが大きく頷く。

「サロンの準備が整うまで待たせても問題ありません。本来であれば奥様がお会いする必要もないくらいです。……ただ、追い返そうとして騒ぎ出すくらいですから、サロンにお通しして、旦那様からの連絡が入るまでお茶でも出して待たせておきましょう。何の用意もなく奥様がお会いになるのは危険です」
「そうね、そうしましょう。ヒューズ、準備が整ったら教えてくれるかしら?」
「かしこまりました」

 ヒューズがそれぞれに指示を出すために急ぎ足で部屋を出て行く。
 わたしは読みかけていた本を閉じて、窓のそばまで歩いて行った。
 ラザフォード公爵家の広い庭の外。門の向こう側に馬車が見える。

「ビアトリス様はいったい何の用なのかしら?」
「わかりません。ですが、奥様に魔法をかけた男を仕立て屋に紹介したのはアストン侯爵家です。アストン侯爵およびその令嬢が今回のことにどこまで関与しているのかはわかりませんが、奥様は極力近づかない方がいいでしょう」
「そうね……」

 家宅捜索の対象となった古参貴族たちの中には、アストン侯爵家も入っていると聞く。
 警戒はしておいた方がいいだろう。
 窓から様子を見ていると、しばらくして門番が門を開けたのが見えた。サロンの準備が整ったから中に入れたようだ。
 馬車がゆっくりと、カーブを描くように作られた石畳の道を玄関に向かって進む。
 玄関前に馬車が止まると、ビアトリスともう一人、使用人だろう男が下りてきた。

「……セイディ。なんかおかしいわ。侍女ではなく男性の使用人を連れて来るなんて、変よ」

 理由があって男性使用人を伴うことがまったくないわけではないが、令嬢が男性使用人と二人きりで馬車に乗ることはおかしい。
 セイディが「奥様はここにいてください」と言って険しい顔で部屋を出て行こうとした、そのときだった。
 突然、階下から爆発音が響き渡った。

「きゃあっ!」

 思わず耳を押さえて悲鳴を上げたわたしを、セイディが抱きしめる。
 悲鳴やら怒号が響き渡って、ばたばたという複数の足音が二階に上がって来た。
 まだ、爆発音がする。
 悲鳴を上げかけたわたしの口をセイディが片手でふさいだ。

「静かに」

 口を押えられたままわたしはこくこくと小刻みに頷く。

「何を考えているのです⁉」

 ドロシアの怒りに満ちた声がした。
 爆発音がして不安だったが、どうやらドロシアは無事のようだ。

「うるさいっ! あの女はどこ⁉ 今すぐ出しなさい‼」

 甲高いビアトリス様の声がする。
 部屋の外で何が起きているのかわからず、わたしはセイディにぎゅっとしがみついた。
 ドロシアとビアトリス様の言い争う声は続く。――と。
 突如、喚いていたビアトリス様の声が途切れた。
 何が起きたのかと思っていると、コンコンと扉が叩かれる。
 セイディがわたしから離れ、そーっと扉に近づいた。

「どなたです?」
「ドロシアですよ。奥様は無事?」

 セイディがほっと息を吐いて扉を開ける。
 わたしも扉に駆け寄った。

「セイディ、何が――」

 言いかけたわたしは、廊下を見てぽかんとする。

 そこには気を失って倒れ込んでいるビアトリス様がいて、使用人たちが彼女の胴に縄をぐるぐる巻きに巻き付けているところだった。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました

音芽 心
恋愛
私は今日、幼い頃から大好きだった人と結婚式を挙げる。 ____私の妹のことが昔から好きな婚約者と、だ。 だから私は決めている。 この白い結婚を一年で終わらせて、彼を解放してあげることを。 彼の気持ちを直接聞いたことはないけれど……きっとその方が、彼も喜ぶだろうから。 ……これは、恋を諦めていた令嬢が、本当の幸せを掴むまでの物語。

処理中です...