枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき

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嫁ぎ先はロマンスグレーの老紳士……じゃなかったの⁉ 1

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 アントネッラ伯爵家の長女であるイアナ・アントネッラは、生まれた時から前世の記憶がある。

 前世は日本人で、六十歳まで生きた。
 最後は病死だったけれど、息子が一人に孫が二人。優しい夫。特別お金持ちではなかったが、つつましく生活する分には困らないだけの家庭で、幸せな生涯を終えた。
 しいて言うなら、孫が成人するくらいまでは生きたかったな、という気持ちもあるにはあったが、贅沢は言うまい。前世の自分はとても恵まれていた。

 そのせいなのかどうなのか。

 どう考えても異世界に生まれ変わったイアナの今度の人生は、正直はずれくじを引いたかもしれない。
 人生山あり谷ありとはよく言ったものだ。
 同じ人生ではないが、前世で恵まれすぎた分、次の人生には苦労をしょい込むことになったのだろう。
 おそらく、前世の記憶を持って転生したと言うのが、一番の苦労だったに違いない。

 先ほども言ったが、イアナには生まれた時から前世の――六十年分の記憶があった。
 赤子の見た目で、中身は六十歳のおばあちゃん。これだけ聞けば、人生うまくいくはずもないだろうと言うのは想像に難くないだろう。

 それでも口がきけなかった赤ちゃんのときはまだよかった。
 けれども喋りはじめた瞬間、イアナはあっという間にぼろを出した。
 そう、赤ん坊のくせに達観しすぎていたのだ。

 まず泣きもしない。
 離乳食がはじまる頃には、たどたどしい手つきながら自分の手でスプーンを持って食事を口に運ぶ。
 三歳のときには大人と普通に会話ができ、計算や書き取りもできた。
 日本語と違うので文字を覚えるのには少し時間がかかったが、二歳のときから大人向けの本を読んでいたので、努力すればすぐに身についた。

 両親は最初は天才だとイアナをもてはやしたが、四歳下に妹のジョルジアナが生まれると、途端に妹との違いに愕然として気持ち悪がりはじめた。

 きっとイアナは悪魔つきに違いない。
 父と母はそう言い、イアナを乳母に預けるとジョルジアナばかりを可愛がって放置するようになった。
 しかしイアナは、両親に放置されても平然としていた。前世享年六十歳のおばあちゃんは、普通の幼子のように構ってちゃんではないのだ。

 一人で大人しく本を読み、時間を見つけては文字を書き、計算練習をし、サロンにあったピアノを勝手にかき鳴らした。前世の息子が成人してからの新たな趣味でピアノを習っていたので、簡単な曲なら弾けるのだ。
 だが、前世で覚えている曲は、今の世の中には存在しない曲である。
 イアナは幼くして様々な曲を作曲した天才少女として、知らないうちに有名になった。両親とは違いイアナを可愛がっていた乳母が、我が子自慢をするように吹聴して回ったためだと知ったのは数年後のことだった。

 世間はイアナを天才少女としてもてはやしたが、イアナの名声が轟くにつれて両親はさらに輪をかけてイアナを気味悪がるようになった。

 そして十歳を過ぎることには、母は口癖のようにこう言った。

「可愛げがない」

 まあ、自分でもそう思う。
 実際生まれてから今日までの自分を振り返ってみても、子供らしい可愛げなんてまるでなかった。

(失敗したわ。ちゃんと子供のふりをすればよかった)

 そう気づいたときは後の祭り。
 イアナが八歳の時に任期を終えた乳母が去り、イアナは瞬く間にアントネッラ伯爵家で孤立した。
 その頃からアントネッラ伯爵家の財政が傾きはじめたのも、イアナが置かれた状況を悪化させるのに一役買っただろう。

 アントネッラ伯爵家の財政が傾けば自然と使用人を減らしていくしかなく、イアナが十三歳のときには、家令一人と庭師一人、それから料理人を一人残して、伯爵家の使用人はみんないなくなった。
 そうなるとどうなるか。
 自然と、アントネッラ伯爵家のつまはじきものであるイアナに負担がのしかかる。

 両親は妹ジョルジアナを溺愛しており、妹に負担を強いるようなことはしない。
 もちろん母親も汗水たらして家の掃除や洗濯をするはずもなく、家のこまごまとした雑用はすべてイアナに押し付けられた。
 とはいえ、前世では一般家庭の専業主婦をしていたイアナにとって、掃除や洗濯はそれほど苦でもない。料理人と庭師がいるだけましというものだ。

 押し付けられた雑用を鼻歌交じりに片付けていくイアナに、両親はますます気味悪がった。
 そして、幼いころから溺愛されて来たジョルジアナに至っては、あからさまに姉を見下すようになっていた。

 イアナを使用人か何かと勘違いし、部屋を散らかしては呼びつけて片付けろと命令することも日常茶飯事。ドレスの修繕や、髪結い、お風呂の世話までさせるようになった。
 ジョルジアナが姉をこき使おうと、イアナを気味悪がっている両親は何も言わない。
 イアナ自身、ジョルジアナの我儘は反抗期の息子よりもまだましだと楽観視し、文句も言わずに従った。前世享年六十歳のおばあちゃんは、小さな子供の我儘にいちいち目くじらなんて立てたりしないのだ(イアナがもともとおおらかな気質だったということもあるが)。

 そんな日々が続き、イアナが二十歳になったころ、見事に斜陽へと向かうアントネッラ伯爵家を、一瞬で没落させるほどの大問題が起きた。

 ジョルジアナがとある貴族に訴えられたのだ。
 アントネッラ伯爵家で使用人扱いされているイアナは社交もろくにしてこなかったが(ドレスもデビュタントのときの一着しかなかったし)、可愛がられているジョルジアナは違った。

 財政が傾き借金まであると言うのに、両親はジョルジアナが求めるままにドレスやアクセサリーを買い与え(買うためにさらに借金をしていた)、ジョルジアナはそれを身に着けてあちこちにパーティーに参加していた。

 小柄で可愛らしい顔立ちをしているジョルジアナは社交界では結構人気らしい。
 十六歳という年齢の割に豊満な胸も、世の中の若い男の視線を釘付けにするのだろう。

 ちなみに中身おばあちゃんのイアナは、「若い男の子は欲望に忠実なのよね~」なんて思っていた。二十歳前後の男性など、イアナにとってはおこちゃまもおこちゃま。頭をよしよししてあげたくなっても、男性としての魅力はまるで感じない。そんな状態だから、ジョルジアナがいかに自分がモテるかを自慢にしてもにこりと笑って「よかったわね」くらいでやり過ごせる。ジョルジアナは全然嫉妬しないイアナに腹を立てていたが。

(まあまあ、若いっていいわね。年を取ったら情熱よりも穏やかな愛情の方がいいけど、若い人たちは情熱の方がいいわよねえ)

 な~んて能天気に構えていたイアナはある日、父親から呼びつけられて仰天した。
 ジョルジアナが既婚者と不倫をして、相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたと言うのだ!
 貴族令嬢たるもの、貞操観念は厳しく教えられる。
 ジョルジアナも最低限の貞操観念は持っていると思っていたのに、よりにもよって、既婚者に手を出すなんて。百歩譲ってせめて婚約者のいない未婚男性にしておいてほしかった。

 父は頭の痛そうな顔をして言った。

「我が家には慰謝料を払う金なんてない」

 まあそうだろう。我が家の財政を正しく理解しているイアナは驚くことなく頷いた。
 すると父にじろりと睨まれた。なんで睨むのだろう。否定してほしかったのだろうか。それとも、
「そんな……!」とショックを受けてほしかったのだろうか。謎だ。

 父はイアナを睨んだまま続けた。

「お前には来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」
「はい?」

 ジョルジアナに慰謝料が請求されたと言うのはわかったが、何故イアナが嫁ぐ話になるのだろう。
 イアナは首をひねり、ハッとした。

「もしかしてジョルジアナが不倫したのはステファーニ公爵ですか⁉」
「そんなわけあるか!」
「そ、そうですよね。ステファーニ公爵は確か御年六十二歳で、奥様は三十年前に他界されているはずですもの」

 そもそも、若い男の子が好きなジョルジアナが、ロマンスグレーの素敵な老紳士に手を出すはずがない。ジョルジアナは、年を重ねたいぶし銀的な渋さの紳士より、ぴちぴちと肌が水をはじく青いレモンのようなお子様が好きなはずだ。イアナはいぶし銀が好きだけど。

「ジョルジアナが慰謝料を請求されたが、我が家には払う金がない。だが、ステファーニ公爵にお前が嫁げば支度金としてまとまった金が入る。それで慰謝料を払うのだ。これは当主である私の決定だ」

 つまり、イアナはお金を得るために売り飛ばされると言うことか。
 それにしても、おかしなものである。
 ステファーニ公爵は亡くなった奥様一筋という噂で、浮ついた噂一つない硬派な素敵紳士である(会ったことはないけど)。

 そんな方が何故今になって後妻を娶ろうと考えたのだろうか。
 すると父はイアナの考えていることなどお見通しと言わんばかりに笑いながら言った。

「この縁談は公爵の息子が持って来た物だ。正確には募集がかかっていた。『どんなことがあっても文句を言わず添い遂げてくれるもの』というもので、嫁ぐならば巨額の支度金を用意するが、違反すればおなじく巨額の違約金を支払わなくてはならないという条件付きだ。お前が逃げ出さなければ問題ない。おおかた老い先短くなった父親の介護要員が欲しかったのだろう。つまりはお前は介護のために嫁ぐのだ」
「はあ……」

 イアナは気の抜けた返事をした。
 六十二歳で介護? この世界は前世の日本よりは平均寿命が短いが、それでも平均寿命は八十歳を超えている。六十二歳で介護が必要になるケースは稀なはずだ。ステファーニ公爵はどこか体の具合が悪いのだろうか。

「先ほども言ったがこれは決定だ。先方から絵姿も預かった。来月には迎えの馬車が来る。今から準備をはじめておけ」

 準備をはじめろと言われても、イアナは私物が少ないので荷物をまとめるのも一日あったら事足りる。
 イアナは絵姿を受け取りつつ、「わかりました」とだけ返事をして父の書斎を後にした。
 そして自室に入ると、父から渡された絵姿を開き――カッと目を見開く。

(な、な、なんて素敵な紳士なの‼)

 そこにはロマンスグレーの髪を撫でつけ、穏やかに微笑む老紳士が描かれていた。
 目じりに浮かんだ皺に、ほうれい線。若い男性と違って肌はぴちぴちしていないが、年を重ねた渋さがある。
 イアナは絵姿をぎゅっと胸に抱え込むと、ベッドの上にダイブし、ゴロゴロと転がった。

(人生山あり谷あり。とうとうわたしも山に登るときが来たわー‼)

 そう、何を隠そう(隠してもないが)イアナは枯れ専だった。

 そしてステファーニ公爵の絵姿に一目ぼれしたイアナは、うっかり既婚者と浮気をして慰謝料の請求をされたジョルジアナに心の底から感謝したのだった。



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