枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき

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モンレアーレ伯爵夫人の報復 2

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 コンソラータ・モンレアーレ伯爵夫人は、ある意味、イアナの恩人とも言える人だ。何せ、彼女がジョルジアナに慰謝料を請求してくれたおかげで、イアナはフェルナンドの妻になれたのだから。
 とはいえ、夫を寝取られたコンソラータにそんなことが言えるはずもないのだが。

 コンソラータの手紙には、折り入って相談したいことがあるので公爵家に訪問したいと書かれていた。断る理由も特にないので、手紙を受け取った二日後、イアナはコンソラータを邸に招くことにした。フェルナンドも同席してくれると言う。
 コンソラータはイアナよりも四つ年上の二十四歳。まっすぐな黒い髪に黒い瞳の、目鼻立ちのはっきりとした女性だった。どことなくキツそうに見えるのは、彼女の表情が強張っているからだろうか。

(ま、それはそうよね。わたしは、夫の浮気相手の姉だもの)

 夫の浮気相手の血縁者ともなれば、コンソラータからすれば、十把一絡げ憎い相手だろう。そんな憎い相手にわざわざ会いに来たということは、相応の理由があるに違いない。
 まさかまたジョルジアナが何かしたのかしらと、イアナは不安を覚えた。

「ステファーニ公爵、夫人、本日はお時間を取っていただきありがとうございました」

 サロンに案内すると、コンソラータは強張った顔のまま席に着いた。
 フェルナンドとイアナも挨拶を交わし、そのあとは雑談をするような雰囲気でもなかったので、さっそく本題を訊ねる。

「相談事と手紙にはありましたが、どのようなご用件でしょうか?」

 イアナが訊ねると、コンソラータは言った。

「ジョルジアナさんと夫の件です」
「……妹がまたご迷惑を?」

 嫌な予感が的中かなと、イアナは頭を抱えたくなった。
 コンソラータが頷く。

「迷惑というか、夫とジョルジアナさんは、いまだに関係が続いている……いいえ、復活した、と言った方がいいかもしれませんね。先月からこそこそと会うようになりまして」
「それはその……姉として謝罪させていただきます」
「いえ、イアナ夫人に謝っていただきたくて来たわけではございません。夫のことはもう諦めておりますし、我慢の限界ですので離縁の方向で検討しております」

 おぅ……とイアナは思わず声を出しそうになった。

 コンソラータの夫モンレアーレ伯爵は入り婿だ。コンソラータは前モンレアーレ伯爵の一人娘で、家を継ぐために今の夫と結婚したのである。つまり離縁すると言うことは、夫の方が伯爵家を出て行くことになるのだ。当然、伯爵という身分も返上である。
 一度の浮気でも腹立たしいのに、それが再熱となるとコンソラータも堪忍袋の緒が切れるのも当然だ。彼女はまだ二十四歳だし、とっとと今の夫に見切りをつけて次の人を探したほうがいいとイアナも思う。
 しかし、ジョルジアナの件に対する謝罪を求めるわけでも、夫とジョルジアナを引き離してほしいと頼まれるわけでもないのなら、コンソラータはいったいどんな用件で来たのだろうか。

 コンソラータは続けた。

「夫とは離縁を考えておりますが、わたくし、このままただ離縁するのでは納得いきませんの。というのも、夫は我が家の財産や、わたくしの宝石をこっそり持ち出してジョルジアナさんに渡しているのですわ。こちらについては、離縁する際にきっちり夫に支払わせるつもりですが、ジョルジアナさんにも痛い目を見てもらわないと気がすみません」
「重ね重ね、妹が申し訳ありません……」

 イアナが小さくなると、隣に座っているフェルナンドがポンと肩を叩いた。慰めてくれているのだろう。

「モンレアーレ伯爵夫人、お気持ちはわかりますが、痛い目というと?」

 フェルナンドが訊ねる。

「はい。以前、わたくしはジョルジアナさんに慰謝料を請求しました。しかし結果は、こうしてイアナさんがステファーニ公爵家に嫁ぎ、その支度金で慰謝料を支払ってくださいました。つまり、ジョルジアナさんにはまったくと言ってダメージがございませんでした」

(そうね、ダメージどころかまったく反省していないみたいだし……)

 我が妹ながらどういう思考回路をしているのだろうか。

「わたくし、前回分も含めて、ジョルジアナさんにはしっかりと報復しないと気がすみませんの」
「こんなことをわたしが言うのはおかしいかもしれませんが、その……お気持ちはわかります。すごく」

 夫の浮気相手がノーダメージでへらへら笑っていたら、それは腹が立つだろう。もしイアナがコンソラータと同じ立場だったら、空に向かって叫びたいほどイライラすると思う。

「おわかりいただけてとても嬉しく思います。そこで、なのですが」

 どうやらここからが本題のようだ。

「わたくし、小耳に挟んだのですけど、アントネッラ伯爵領の近くの山に、魔獣が出現したらしいのです。熊の魔獣なんですって」

 イアナはフェルナンドを見た。
 熊の魔獣は、討伐対象に上がる危険なものだ。ヘラジカほどではないだろうが、すぐに対処しないと近隣住民に被害が出るかもしれない。

(でも、アントネッラ伯爵家には討伐隊を雇うほどのお金はないわ。伯爵領に騎士はないし、兵士はいるけど数が少ないから討伐できるかどうか……)

 とはいえ、領内に出た討伐対象の魔獣は、領主が対処しなくてはならない。放置すれば国からお咎めがある。金がなくともどうにかするしかないのだ。
 フェルナンドも難しい顔をしていた。アントネッラ伯爵家の人たちだけなら放置でいいが、さすがに坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと、伯爵領の領民まで見捨てるわけにはいかない。公爵家から援軍を出そうかと考えているのだろう。

「ええっと、コンソラータ様はまさか、その魔獣を放置しろ、と?」
「いいえ。そのようなことをすれば罪のない領民の方たちが大変な思いをするでしょう。そして、その程度でジョルジアナさんにダメージがあるかと言えば、たいしたダメージにはならないと思います」

 魔獣を放置したとして国からお咎めはあるだろうが、咎められるのは伯爵である父で、ジョルジアナは知らぬ存ぜぬを貫き通す気がする。コンソラータの予想は正しい。

「ふふっ、ですので、こういうのはどうでしょう」

 コンソラータは口端をきゅっと持ち上げて笑った。

「実は、わたくしの遠縁にギオーニ男爵という方がいます」
「ギオーニ男爵と言えば、騎士団の事務局長をしている方かな。何度か会ったことがあるよ」

 さすがはフェルナンド。イアナはギオーニ男爵と聞いてもピンとこなかったが、彼は面識があるらしい。
 フェルナンドによれば、ギオーニ男爵は六十歳の穏やかな紳士らしい。妻を三年前に亡くしており、息子が三人いるそうだ。

「ええ、そうですわ。そのギオーニ男爵が、バルディーニ伯爵家のパーティーでジョルジアナさんをお見かけして、一目惚れしてしまったそうですの」
「え? ええ⁉」

 一目惚れ⁉ あのジョルジアナに⁉

 イアナがあんぐりと口を開けると、コンソラータが頷く。

「わたくしも趣味が悪いとは思ったのですけど、ジョルジアナさんの外見が、おばさま……今は亡きギオーニ男爵夫人の若いころによく似ていますのよ。ギオーニ男爵は夫人を本当に愛しておりましたので、よく似ているジョルジアナさんが気になって気になって仕方がないみたいですの。性格は最悪ですわよと言ったのですけどね……」
「は、はあ……」

 もう頷くしかできない。驚きすぎて何も言えなかった。

「ギオーニ男爵は穏やかな気質の方ですけど、マナーには厳しい方ですの。いっそのこと、ジョルジアナさんにはギオーニ男爵に嫁いでいただき、常識というものを厳しくしつけていただこうかしら、と」
「えーっと、つまり?」
「今回の魔獣の討伐を利用するのですわ。誰も手を差し伸べてもらえず困窮しているアントネッラ伯爵に、ギオーニ男爵が討伐援助を申し出る。その代わり、ジョルジアナさんを嫁に、という条件を付けてもらうのです」

 なるほど、考えたものだ。いくら父がジョルジアナに甘かろうと、魔獣討伐が絡めば頷くだろう。魔獣を放置すれば、領地には多大なる被害が出る。ただでさえ借金まみれなのに、領地に被害まで出たら、アントネッラ伯爵家はおしまいだ。立て直すだけの金がないからである。そしてさらに国からもお咎めがある。いくら父でも、ギオーニ男爵にジョルジアナを指す出すだろう。

(ギオーニ男爵がお気の毒に思うけど、コンソラータ様が説得してもジョルジアナがいいと言うのなら、気にしなくていいのかしらね……?)

 フェルナンドを見れば、彼も頷いている。
 コンソラータが言った。

「ギオーニ男爵はわたくしの遠縁ですもの、もちろんわたくしもジョルジアナさんの教育には口を挟ませていただきます。逃亡も許しません。しっかり見張りをつけて、何十年かかってでも調教……いえ、きっちりしつけを行わせていただきますわ」

 コンソラータの恨みは深そうである。しかし、ジョルジアナにはこれくらいがいい薬かもしれない。常識を身に付けさせてもらえるのなら悪い話でもなかろう。

「ですので、アントネッラ伯爵がステファーニ公爵家に泣きついて来ても、どうか無視してくださいませ。これが、本日の相談事ですわ」

 何が何でもきっちり報復してやると笑うコンソラータに、イアナもフェルナンドも、もちろん異は唱えなかった。


     ☆


 コンソラータの読み通り、彼女が来てから四日後の朝、アントネッラ伯爵からフェルナンド宛の手紙が届いた。
 内容は、アントネッラ伯爵領に魔獣が出たことへの相談だった。
 フェルナンドは、以前のバルディーニ伯爵家のパーティーのときのジョルジアナの非礼をあげて、討伐援助はしないと断りの手紙を送り返した。

 その後も再三アントネッラ伯爵家から手紙が来たが、あとは無視して放置していると、一週間も経てば来なくなった。おそらくギオーニ男爵が動いたのだろう。

 コンソラータの方はコンソラータの方で、夫に三下り半を突きつけたらしい。夫の方はコンソラータの足元に縋りついて謝ったと言うが、そんなことで許す彼女ではなかった。不貞の証拠と、モンレアーレ伯爵家の財産やコンソラータの宝石類をジョルジアナに援助していた点をあげて追い詰め、多額の慰謝料を請求したようだ。

 コンソラータの夫は実家からも縁を切られ、多額の借金を抱えて生きる羽目になったと聞くが、自業自得である。
 

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