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モンレアーレ伯爵夫人の報復 1
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王都に来てからあっという間に二か月以上がすぎた。
カレンダーは一年の最後の月になり、あと三週間もすれば大晦日だ。
前世では息子夫婦も来て、家族でいつもよりちょっと豪華な食事を食べた後、除夜の鐘が鳴る頃に年越しそばを食べるのが毎年の恒例だった。
ヴァリーニ国では除夜の鐘も、年越しそばもないが、年が変わる時間になったら、城からファンファーレが鳴り響く。
大晦日の三日前からは王都に大きな市場が立って、とても賑やかになるし、新しい年を迎えるために各家が玄関やダイニング、庭などを飾り付けするため、これから年末に向けて一年で一番華やぐ時期になる。
ステファーニ公爵家のタウンハウスも、使用人たちがせっせと飾り付けをはじめていた。もちろんイアナも参加する。この世界にはクリスマスはないが、リースはあって、年末の飾りつけで使うようだ。玄関やダイニング、各部屋の入り口に、ドライフラワーやリボンなどで飾り付けられたリースが取り付けられていく。
リースは毎年作るのだそうだ。
年が明けると飾り付けたリースは取り外し、王都の神殿で焼かれるという。なんでも、リースが一年の穢れを吸い取ってくれると考えられているらしい。ちょっと前世のしめ縄に似ている。とはいえ、しめ縄は穢れを吸い取るのではなく、お迎えした神様に天に帰ってもらうために燃やすのだけど。
ステファーニ公爵家は部屋数が多いので、イアナもメイドたちと共にリース作りを手伝った。
アントネッラ伯爵家では、使用人を大勢解雇してからは年末の飾りつけはせいぜい玄関前だけだった。もちろん準備からなにから全部イアナがさせられた。イアナがいないから、アントネッラ伯爵家では今年は何もしないと思う。
(執事たちもとうとう先月出て行ったものね)
アントネッラ伯爵家の執事たちから紹介状が欲しいと連絡をもらったので、イアナは執事と庭師、料理人にそれぞれイアナ・ステファーニの名前で紹介状を書いた。公爵家の名前の書かれた紹介状なので、すぐに次の勤め先が見つかったようだ。仕事場を移って少しして、三人からそれぞれ感謝の手紙が届いたので、就職祝いに刺繍を入れたハンカチを送っておいた。
アントネッラ伯爵は新たにメイドや料理人の求人を出したようだが、今のところ誰も面接に来ていないようだ。給料は最低賃金より低く、それなのに仕事量は多い。そして没落寸前の伯爵家だ。そんな家で働きたい使用人はいないだろう。レストランで皿洗いをした方がよほどましである。
きっと今頃、アントネッラ伯爵家はゴミ邸だろうなと、イアナは微苦笑を浮かべながらリースに白薔薇のドライフラワーを括りつけた。
イアナが作っているリースは、フェルナンドの書斎の扉に飾るものである。リースベースはブドウの蔓で作られたものや、藁を編んだものなど様々だ。リースベースはこの時期になると売りに出されるので自分たちで作る必要はない。
ステファーニ公爵家も、懇意にしている商店から毎年大量に仕入れるらしい。
今頃カントリーハウスの方でも、リース作りに精を出している頃だろう。お孫ちゃんたちも参加しているだろうか。
イアナが作っているフェルナンドの書斎のリースには、白い薔薇とリボン、それから月桂樹の葉を飾り付けて見た。白と緑のコントラストが鮮やかで、けれども落ち着いた雰囲気はフェルナンドにぴったりだと思う。
出来上がったリースに満足していると、庭の木々の飾りつけを手伝っていたフェルナンドがイアナたちのいるダイニングにやってきた。
「雪が降りはじめたよ」
「あら、とうとうですか?」
朝から降りそうな天気だなとは思っていたのだが、昼をすぎてついに雪がちらつきはじめたようだ。窓の外を見ると、粉雪がはらはらと舞っている。
フェルナンドは暖炉の前に手をかざした。すっかり体が冷えたようだ。
「温かいミルクティを入れますね」
イアナは完成したリースをテーブルの上に置いて立ち上がる。
メイドのクロエとマーラが立とうとしたが「大丈夫よ」と言って止めた。
「ありがとう。前みたいにシナモンを入れてくれるかな」
「シナモンと、あと少しの蜂蜜ですよね。わかりました」
ちょっと前に、体が温まるからとシナモン入りのミルクティを出したら気に入ったらしい。
暖炉の上に吊り下げられて沸いていたケトルのお湯を使って、少し濃いめの紅茶を入れる。
温めておいたティーカップに先にミルクとシナモンを入れておき、そこに熱い紅茶を注ぐのがポイントだ。こうすることで、ミルクがゆっくりと温められて美味しくなる。シナモンのいい香りがダイニングの中に漂った。
最後に蜂蜜を少量入れてかき混ぜ、イアナは暖炉の側に陣取っているフェルナンドに差し出した。
「どうぞ。熱いので気を付けてくださいね」
フェルナンドが礼を言って受け取る。彼はちょっとしたことでも「ありがとう」と言ってくれて、イアナにはそれが嬉しかった。
「雪が降りはじめたから、外の飾りつけは一時中断ですね」
「そうだね。まだまだ年末まで時間はあるし、のんびり作業するよ」
庭の飾りつけは庭師や男性の使用人たちで取り掛かっていたが、全員に中断して休憩するように伝えてきたと言う。雪の中で作業をしたら風邪を引くかもしれないし、万が一足を滑らせでもしたら大変だからだ。
「リースの方はどう?」
「ちょうど今、書斎のリースが出来上がったんですよ」
イアナが作りたてのリースを見せると、フェルナンドが笑う。
「綺麗だな。イアナは手先が器用だとは思っていたけど、こういうのも得意なのか」
「得意かどうかはわかりませんけど、この手の作業は好きですね」
「売り物のように上手にできているよ」
「褒めすぎですよ」
フェルナンドの隣に座って、イアナも少し休憩を取ることにした。
暖炉の炎を見つめながらフェルナンドとまったりとすごす時間は心地よく感じる。
「そう言えば、あれから君の実家は静かだな。いいことではあるんだが、静かすぎるとなんとなく不気味な気がする。また何か言ってこないといいんだが」
「使用人がいなくなってそれどころではないのかもしれないですね。あと、宝石を売って差し押さえをやり過ごしたと言っても、滞納していた利子分しか払っていませんし、銀行以外から借りた分についてはどうせ滞納を続けているのだと思うので、あちこちから返済を迫られているのかと」
アントネッラ伯爵は、借金の利子を別のところに借金して返すなんて悪循環を繰り返していたので、膨れ上がった借金は恐ろしい額になっている。そしてもうどこも貸してくれないので、新たに借金をして利子を払うと言う手立てが取れない。
母とジョルジアナの残りの宝石を巻き上げて売り払ったところで、あとどのくらい持つだろうか。
いっそのこと王都の邸を売り払って、借金返済の一部に宛てればいいのにと思うが、プライドの高い父はそんなことはしないだろう。それこそ強制的に差し押さえられるまで行動に移さないと思う。
「旦那様、奥様、お手紙が届きました」
執事が手紙を持ってダイニングにやって来て、まさかアントネッラ伯爵家からだろうかと身構えたイアナだったが、差出人を見て首を傾げた。
「知り合いか?」
「知り合いではないのですが、知っていると言えば知っていると言うか……」
手紙の差出人は、コンソラータ・モンレアーレ伯爵夫人。
今年の春、ジョルジアナに慰謝料を請求した人である。
カレンダーは一年の最後の月になり、あと三週間もすれば大晦日だ。
前世では息子夫婦も来て、家族でいつもよりちょっと豪華な食事を食べた後、除夜の鐘が鳴る頃に年越しそばを食べるのが毎年の恒例だった。
ヴァリーニ国では除夜の鐘も、年越しそばもないが、年が変わる時間になったら、城からファンファーレが鳴り響く。
大晦日の三日前からは王都に大きな市場が立って、とても賑やかになるし、新しい年を迎えるために各家が玄関やダイニング、庭などを飾り付けするため、これから年末に向けて一年で一番華やぐ時期になる。
ステファーニ公爵家のタウンハウスも、使用人たちがせっせと飾り付けをはじめていた。もちろんイアナも参加する。この世界にはクリスマスはないが、リースはあって、年末の飾りつけで使うようだ。玄関やダイニング、各部屋の入り口に、ドライフラワーやリボンなどで飾り付けられたリースが取り付けられていく。
リースは毎年作るのだそうだ。
年が明けると飾り付けたリースは取り外し、王都の神殿で焼かれるという。なんでも、リースが一年の穢れを吸い取ってくれると考えられているらしい。ちょっと前世のしめ縄に似ている。とはいえ、しめ縄は穢れを吸い取るのではなく、お迎えした神様に天に帰ってもらうために燃やすのだけど。
ステファーニ公爵家は部屋数が多いので、イアナもメイドたちと共にリース作りを手伝った。
アントネッラ伯爵家では、使用人を大勢解雇してからは年末の飾りつけはせいぜい玄関前だけだった。もちろん準備からなにから全部イアナがさせられた。イアナがいないから、アントネッラ伯爵家では今年は何もしないと思う。
(執事たちもとうとう先月出て行ったものね)
アントネッラ伯爵家の執事たちから紹介状が欲しいと連絡をもらったので、イアナは執事と庭師、料理人にそれぞれイアナ・ステファーニの名前で紹介状を書いた。公爵家の名前の書かれた紹介状なので、すぐに次の勤め先が見つかったようだ。仕事場を移って少しして、三人からそれぞれ感謝の手紙が届いたので、就職祝いに刺繍を入れたハンカチを送っておいた。
アントネッラ伯爵は新たにメイドや料理人の求人を出したようだが、今のところ誰も面接に来ていないようだ。給料は最低賃金より低く、それなのに仕事量は多い。そして没落寸前の伯爵家だ。そんな家で働きたい使用人はいないだろう。レストランで皿洗いをした方がよほどましである。
きっと今頃、アントネッラ伯爵家はゴミ邸だろうなと、イアナは微苦笑を浮かべながらリースに白薔薇のドライフラワーを括りつけた。
イアナが作っているリースは、フェルナンドの書斎の扉に飾るものである。リースベースはブドウの蔓で作られたものや、藁を編んだものなど様々だ。リースベースはこの時期になると売りに出されるので自分たちで作る必要はない。
ステファーニ公爵家も、懇意にしている商店から毎年大量に仕入れるらしい。
今頃カントリーハウスの方でも、リース作りに精を出している頃だろう。お孫ちゃんたちも参加しているだろうか。
イアナが作っているフェルナンドの書斎のリースには、白い薔薇とリボン、それから月桂樹の葉を飾り付けて見た。白と緑のコントラストが鮮やかで、けれども落ち着いた雰囲気はフェルナンドにぴったりだと思う。
出来上がったリースに満足していると、庭の木々の飾りつけを手伝っていたフェルナンドがイアナたちのいるダイニングにやってきた。
「雪が降りはじめたよ」
「あら、とうとうですか?」
朝から降りそうな天気だなとは思っていたのだが、昼をすぎてついに雪がちらつきはじめたようだ。窓の外を見ると、粉雪がはらはらと舞っている。
フェルナンドは暖炉の前に手をかざした。すっかり体が冷えたようだ。
「温かいミルクティを入れますね」
イアナは完成したリースをテーブルの上に置いて立ち上がる。
メイドのクロエとマーラが立とうとしたが「大丈夫よ」と言って止めた。
「ありがとう。前みたいにシナモンを入れてくれるかな」
「シナモンと、あと少しの蜂蜜ですよね。わかりました」
ちょっと前に、体が温まるからとシナモン入りのミルクティを出したら気に入ったらしい。
暖炉の上に吊り下げられて沸いていたケトルのお湯を使って、少し濃いめの紅茶を入れる。
温めておいたティーカップに先にミルクとシナモンを入れておき、そこに熱い紅茶を注ぐのがポイントだ。こうすることで、ミルクがゆっくりと温められて美味しくなる。シナモンのいい香りがダイニングの中に漂った。
最後に蜂蜜を少量入れてかき混ぜ、イアナは暖炉の側に陣取っているフェルナンドに差し出した。
「どうぞ。熱いので気を付けてくださいね」
フェルナンドが礼を言って受け取る。彼はちょっとしたことでも「ありがとう」と言ってくれて、イアナにはそれが嬉しかった。
「雪が降りはじめたから、外の飾りつけは一時中断ですね」
「そうだね。まだまだ年末まで時間はあるし、のんびり作業するよ」
庭の飾りつけは庭師や男性の使用人たちで取り掛かっていたが、全員に中断して休憩するように伝えてきたと言う。雪の中で作業をしたら風邪を引くかもしれないし、万が一足を滑らせでもしたら大変だからだ。
「リースの方はどう?」
「ちょうど今、書斎のリースが出来上がったんですよ」
イアナが作りたてのリースを見せると、フェルナンドが笑う。
「綺麗だな。イアナは手先が器用だとは思っていたけど、こういうのも得意なのか」
「得意かどうかはわかりませんけど、この手の作業は好きですね」
「売り物のように上手にできているよ」
「褒めすぎですよ」
フェルナンドの隣に座って、イアナも少し休憩を取ることにした。
暖炉の炎を見つめながらフェルナンドとまったりとすごす時間は心地よく感じる。
「そう言えば、あれから君の実家は静かだな。いいことではあるんだが、静かすぎるとなんとなく不気味な気がする。また何か言ってこないといいんだが」
「使用人がいなくなってそれどころではないのかもしれないですね。あと、宝石を売って差し押さえをやり過ごしたと言っても、滞納していた利子分しか払っていませんし、銀行以外から借りた分についてはどうせ滞納を続けているのだと思うので、あちこちから返済を迫られているのかと」
アントネッラ伯爵は、借金の利子を別のところに借金して返すなんて悪循環を繰り返していたので、膨れ上がった借金は恐ろしい額になっている。そしてもうどこも貸してくれないので、新たに借金をして利子を払うと言う手立てが取れない。
母とジョルジアナの残りの宝石を巻き上げて売り払ったところで、あとどのくらい持つだろうか。
いっそのこと王都の邸を売り払って、借金返済の一部に宛てればいいのにと思うが、プライドの高い父はそんなことはしないだろう。それこそ強制的に差し押さえられるまで行動に移さないと思う。
「旦那様、奥様、お手紙が届きました」
執事が手紙を持ってダイニングにやって来て、まさかアントネッラ伯爵家からだろうかと身構えたイアナだったが、差出人を見て首を傾げた。
「知り合いか?」
「知り合いではないのですが、知っていると言えば知っていると言うか……」
手紙の差出人は、コンソラータ・モンレアーレ伯爵夫人。
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