枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき

文字の大きさ
36 / 49

モンレアーレ伯爵夫人の報復 1

しおりを挟む
 王都に来てからあっという間に二か月以上がすぎた。
 カレンダーは一年の最後の月になり、あと三週間もすれば大晦日だ。
 前世では息子夫婦も来て、家族でいつもよりちょっと豪華な食事を食べた後、除夜の鐘が鳴る頃に年越しそばを食べるのが毎年の恒例だった。

 ヴァリーニ国では除夜の鐘も、年越しそばもないが、年が変わる時間になったら、城からファンファーレが鳴り響く。
 大晦日の三日前からは王都に大きな市場が立って、とても賑やかになるし、新しい年を迎えるために各家が玄関やダイニング、庭などを飾り付けするため、これから年末に向けて一年で一番華やぐ時期になる。

 ステファーニ公爵家のタウンハウスも、使用人たちがせっせと飾り付けをはじめていた。もちろんイアナも参加する。この世界にはクリスマスはないが、リースはあって、年末の飾りつけで使うようだ。玄関やダイニング、各部屋の入り口に、ドライフラワーやリボンなどで飾り付けられたリースが取り付けられていく。

 リースは毎年作るのだそうだ。
 年が明けると飾り付けたリースは取り外し、王都の神殿で焼かれるという。なんでも、リースが一年の穢れを吸い取ってくれると考えられているらしい。ちょっと前世のしめ縄に似ている。とはいえ、しめ縄は穢れを吸い取るのではなく、お迎えした神様に天に帰ってもらうために燃やすのだけど。
 ステファーニ公爵家は部屋数が多いので、イアナもメイドたちと共にリース作りを手伝った。

 アントネッラ伯爵家では、使用人を大勢解雇してからは年末の飾りつけはせいぜい玄関前だけだった。もちろん準備からなにから全部イアナがさせられた。イアナがいないから、アントネッラ伯爵家では今年は何もしないと思う。

(執事たちもとうとう先月出て行ったものね)

 アントネッラ伯爵家の執事たちから紹介状が欲しいと連絡をもらったので、イアナは執事と庭師、料理人にそれぞれイアナ・ステファーニの名前で紹介状を書いた。公爵家の名前の書かれた紹介状なので、すぐに次の勤め先が見つかったようだ。仕事場を移って少しして、三人からそれぞれ感謝の手紙が届いたので、就職祝いに刺繍を入れたハンカチを送っておいた。
 アントネッラ伯爵は新たにメイドや料理人の求人を出したようだが、今のところ誰も面接に来ていないようだ。給料は最低賃金より低く、それなのに仕事量は多い。そして没落寸前の伯爵家だ。そんな家で働きたい使用人はいないだろう。レストランで皿洗いをした方がよほどましである。
 きっと今頃、アントネッラ伯爵家はゴミ邸だろうなと、イアナは微苦笑を浮かべながらリースに白薔薇のドライフラワーを括りつけた。

 イアナが作っているリースは、フェルナンドの書斎の扉に飾るものである。リースベースはブドウの蔓で作られたものや、藁を編んだものなど様々だ。リースベースはこの時期になると売りに出されるので自分たちで作る必要はない。
 ステファーニ公爵家も、懇意にしている商店から毎年大量に仕入れるらしい。
 今頃カントリーハウスの方でも、リース作りに精を出している頃だろう。お孫ちゃんたちも参加しているだろうか。

 イアナが作っているフェルナンドの書斎のリースには、白い薔薇とリボン、それから月桂樹の葉を飾り付けて見た。白と緑のコントラストが鮮やかで、けれども落ち着いた雰囲気はフェルナンドにぴったりだと思う。
 出来上がったリースに満足していると、庭の木々の飾りつけを手伝っていたフェルナンドがイアナたちのいるダイニングにやってきた。

「雪が降りはじめたよ」
「あら、とうとうですか?」

 朝から降りそうな天気だなとは思っていたのだが、昼をすぎてついに雪がちらつきはじめたようだ。窓の外を見ると、粉雪がはらはらと舞っている。
 フェルナンドは暖炉の前に手をかざした。すっかり体が冷えたようだ。

「温かいミルクティを入れますね」

 イアナは完成したリースをテーブルの上に置いて立ち上がる。
 メイドのクロエとマーラが立とうとしたが「大丈夫よ」と言って止めた。

「ありがとう。前みたいにシナモンを入れてくれるかな」
「シナモンと、あと少しの蜂蜜ですよね。わかりました」

 ちょっと前に、体が温まるからとシナモン入りのミルクティを出したら気に入ったらしい。
 暖炉の上に吊り下げられて沸いていたケトルのお湯を使って、少し濃いめの紅茶を入れる。
 温めておいたティーカップに先にミルクとシナモンを入れておき、そこに熱い紅茶を注ぐのがポイントだ。こうすることで、ミルクがゆっくりと温められて美味しくなる。シナモンのいい香りがダイニングの中に漂った。
 最後に蜂蜜を少量入れてかき混ぜ、イアナは暖炉の側に陣取っているフェルナンドに差し出した。

「どうぞ。熱いので気を付けてくださいね」

 フェルナンドが礼を言って受け取る。彼はちょっとしたことでも「ありがとう」と言ってくれて、イアナにはそれが嬉しかった。

「雪が降りはじめたから、外の飾りつけは一時中断ですね」
「そうだね。まだまだ年末まで時間はあるし、のんびり作業するよ」

 庭の飾りつけは庭師や男性の使用人たちで取り掛かっていたが、全員に中断して休憩するように伝えてきたと言う。雪の中で作業をしたら風邪を引くかもしれないし、万が一足を滑らせでもしたら大変だからだ。

「リースの方はどう?」
「ちょうど今、書斎のリースが出来上がったんですよ」

 イアナが作りたてのリースを見せると、フェルナンドが笑う。

「綺麗だな。イアナは手先が器用だとは思っていたけど、こういうのも得意なのか」
「得意かどうかはわかりませんけど、この手の作業は好きですね」
「売り物のように上手にできているよ」
「褒めすぎですよ」

 フェルナンドの隣に座って、イアナも少し休憩を取ることにした。
 暖炉の炎を見つめながらフェルナンドとまったりとすごす時間は心地よく感じる。

「そう言えば、あれから君の実家は静かだな。いいことではあるんだが、静かすぎるとなんとなく不気味な気がする。また何か言ってこないといいんだが」
「使用人がいなくなってそれどころではないのかもしれないですね。あと、宝石を売って差し押さえをやり過ごしたと言っても、滞納していた利子分しか払っていませんし、銀行以外から借りた分についてはどうせ滞納を続けているのだと思うので、あちこちから返済を迫られているのかと」

 アントネッラ伯爵は、借金の利子を別のところに借金して返すなんて悪循環を繰り返していたので、膨れ上がった借金は恐ろしい額になっている。そしてもうどこも貸してくれないので、新たに借金をして利子を払うと言う手立てが取れない。
 母とジョルジアナの残りの宝石を巻き上げて売り払ったところで、あとどのくらい持つだろうか。
 いっそのこと王都の邸を売り払って、借金返済の一部に宛てればいいのにと思うが、プライドの高い父はそんなことはしないだろう。それこそ強制的に差し押さえられるまで行動に移さないと思う。

「旦那様、奥様、お手紙が届きました」

 執事が手紙を持ってダイニングにやって来て、まさかアントネッラ伯爵家からだろうかと身構えたイアナだったが、差出人を見て首を傾げた。

「知り合いか?」
「知り合いではないのですが、知っていると言えば知っていると言うか……」

 手紙の差出人は、コンソラータ・モンレアーレ伯爵夫人。
 今年の春、ジョルジアナに慰謝料を請求した人である。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます

高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。 年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。 そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。 顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。 ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり… その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの
恋愛
「ミイーシヤ! 貴様との婚約を破棄する!」 王城の夜会で、バカ王子アレクセイから婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢ミイーシヤ。 周囲は彼女が泣き崩れると思ったが――彼女は「承知いたしました(ガッツポーズ)」と即答!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

私のことは愛さなくても結構です

ありがとうございました。さようなら
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。 一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。 彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。 サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。 いわゆる悪女だった。 サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。 全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。 そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。 主役は、いわゆる悪役の妹です

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

処理中です...