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帰宅と結婚準備 9
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二階に上がり、フェルナンドが旅装束を解いた後、イアナはまずジョルジアナのことを訊いた。
ジョルジアナがステファーニ公爵領へ向かった話はアントネッラ伯爵から聞いていたので知っていた。先ほどフェルナンドもジョルジアナから「花嫁を交換すると聞いた」と言っていたので、彼自身もジョルジアナに会ったはずだ。
「ああ、ジョルジアナだが、王都についたときに王立騎士団に引き渡したよ。ギオーニ男爵に連絡を入れるように伝えておいたから、今頃回収されているんじゃないだろうか。そうじゃなければ独房にでも入れられているだろう。彼女はステファーニ公爵家に対して無礼を働いた罪人だから、アントネッラ伯爵家には返すなと伝えておいたからね」
フェルナンドは笑顔で告げたが、言葉の端々から彼が相当怒っていることが伝わって来た。
なんでも、ジョルジアナはフェルナンドが視察に出かけている隙にステファーニ公爵邸に入り込んでいたそうだ。
エラルドが魔術塔で会議があるため、彼ら一家も王都へ移動していた。ジョルジアナはアントネッラ伯爵の偽装サインが入った書類を持っていたため、使用人たちだけでは対処が困難だったようだ。帰ったら使用人たちに謝罪しなければ。
フェルナンドが夜遅く帰ると、ジョルジアナは夫婦の寝室で待っていたという。
「はっきり言って、手をあげそうになるほど不快だったよ。一応女性なので、さすがに殴らなかったが。ああ、そうだ。あのベッドだが、出発前に焼却処分するように伝えておいた。帰るまでには新しいものが届けられていると思う。君に相談なく焼却処分を決めて申し訳なかったが、すまない、私が耐えられそうになかった」
(焼却処分⁉)
ジョルジアナが触れただけでそこまでするかとイアナはあきれそうになったが、フェルナンドが真面目な顔で言うので何も言えなかった。本当に、心の底から不快だったようだ。
(旦那様って、意外と潔癖なのかしら?)
そんな風には見えなかったが、潔癖ではないのならこだわりの強い人なのかもしれない。例えばだが、自分が大切にしているものには、他人に触れられたくない、とか。その手のこだわりが。
ジョルジアナの話のついでに、彼女が持っていた書類のサインは偽装だと言えば、フェルナンドが「なるほどな」と頷いた。
「今度の件はさすがにアントネッラ伯爵の意思ではなかったということか」
「いくら父でも、そんなことをすればどうなるかはわかっていたようですね。ジョルジアナに無理だと言えば、一服盛られて縛り上げられて部屋に閉じ込められたと言っていました。ジョルジアナはきっと、旦那様に会いさえすれば何とかなると踏んでいたのかもしれませんね」
「なるはずがないだろう」
「普通はそう考えますが、ジョルジアナですから……」
幼いころからなんでも自分の思い通りになって来たジョルジアナは、自分が望みさえすればそれが叶うと思っている節がある。フェルナンドが拒否するとは思っていなかったのだろう。
ギオーニ男爵とコンソラータとの話し合いの内容を伝えると、フェルナンドは概ねその流れで構わないと言った。
「ただし、私の方からも一つ追加したい」
「なんでしょう?」
「この機会に、君の籍をアントネッラ伯爵家から抜いてもいいだろうか。君が彼等のせいでいらぬ苦労をするのはもうこれ以上見ていられない」
「それは構いませんが、ステファーニ公爵家としては大丈夫でしょうか?」
貴族籍を抜くと言うことは、イアナは平民ということだ。もちろんすでに公爵夫人なので、正しくは平民ではないのだが、世間的に見れば元平民の公爵夫人となる。
「私としてはまったく問題ないし、エラルドたちも文句なんて言わないさ。第一、この国で我が家を堂々とこき下ろすことができる人間なんて、それこそ国王夫妻や先王くらいなものだ。とはいえ、君が気になるようなら、兄に頼んで養女にでもしてもらおうか? 兄の養女で私の妻なら、誰一人として文句は言えないはずだ」
(え? それって、先王陛下の養女ってこと⁉ むりむりむりっ!)
いくら何でも恐れ多すぎる。
イアナはぶんぶんと首を横に振った。
「い、いえ。それは大丈夫です」
「そうか?」
「はい。旦那様やエラルドたちがいいのならわたしは問題ありませんから」
「ならばその流れでまとめてしまおう。明日にでもギオーニ男爵に連絡を取っておくか。ついでに拒否できないように陛下にも一筆書いてもらおう。そこまですればアントネッラ伯爵も何も言えないだろうからな」
国王陛下まで巻き込むらしい。さすがは国王の叔父。
フェルナンドとギオーニ男爵、コンソラータに詰め寄られ、黄門さまのご印籠よろしく国王陛下の書簡まで見せられれば、父たちは青ざめるどころの話ではないだろう。
逃げ道一つない状況で、完全に引導を渡される形になるはずだ。自業自得ではあるが、少しだけ同情する。
(わたしがもっとうまく立ち回れていたら、違う結果になったのかしら?)
転生したあとで、子供らしく振舞っていたら。
父や母、ジョルジアナをうまく導けていたら。
領地経営に毅然とした態度で口を挟んでいたら。
ふとそんなことを考えたが、イアナはすぐに心の中で首を横に振った。
いくら前世の記憶があるとはいえ、どんなに頑張ったってそれは無理だっただろう。
人間は万能ではないし、前世の記憶があるからと言って神様になれるわけではない。どう転んだところで、彼らが彼等のままならば今の結果は免れなかったのだ。
イアナはただ、前世の記憶分、同年代の人たちよりもちょっと人生経験が豊富なだけの普通の人間なのだから。
自分がうまく立ち回っていたら何でもうまくいく、なんてことはないのだ。そこは、勘違いしてはならない。うぬぼれてはならない。
だが、ただ一つだけ思うのは。
前世の記憶がなければ、あの両親に育てられたイアナはジョルジアナの同じような人格になっていただろうということだ。フェルナンドとも出会えなかっただろう。
前世の記憶を持って生まれ変わったせいでいらぬ苦労を背負いこんだと思ったこともあったが、結果を見れば、そのおかげで今がある。
ソファに並んで座っているフェルナンドの肩にこてんと頭を預けたら、彼の大きな手が頭を撫でてくれた。
後日、国王の書簡を持ってアントネッラ伯爵家へ向かって決定事項を並べ立てると、父たちは白目を剥いて気絶した。
ちなみにだが、結婚より早くギオーニ男爵家に引き取られたジョルジアナは、コンソラータと男爵の三人の息子の嫁たちに監視されて、びしばしと根性を鍛え直されている。
毎日のようにジョルジアナの泣き声と、コンソラータの高笑いが聞こえると、ギオーニ男爵邸の近所の住人から教えられた時は、イアナは思わず噴き出してしまった。
ジョルジアナがステファーニ公爵領へ向かった話はアントネッラ伯爵から聞いていたので知っていた。先ほどフェルナンドもジョルジアナから「花嫁を交換すると聞いた」と言っていたので、彼自身もジョルジアナに会ったはずだ。
「ああ、ジョルジアナだが、王都についたときに王立騎士団に引き渡したよ。ギオーニ男爵に連絡を入れるように伝えておいたから、今頃回収されているんじゃないだろうか。そうじゃなければ独房にでも入れられているだろう。彼女はステファーニ公爵家に対して無礼を働いた罪人だから、アントネッラ伯爵家には返すなと伝えておいたからね」
フェルナンドは笑顔で告げたが、言葉の端々から彼が相当怒っていることが伝わって来た。
なんでも、ジョルジアナはフェルナンドが視察に出かけている隙にステファーニ公爵邸に入り込んでいたそうだ。
エラルドが魔術塔で会議があるため、彼ら一家も王都へ移動していた。ジョルジアナはアントネッラ伯爵の偽装サインが入った書類を持っていたため、使用人たちだけでは対処が困難だったようだ。帰ったら使用人たちに謝罪しなければ。
フェルナンドが夜遅く帰ると、ジョルジアナは夫婦の寝室で待っていたという。
「はっきり言って、手をあげそうになるほど不快だったよ。一応女性なので、さすがに殴らなかったが。ああ、そうだ。あのベッドだが、出発前に焼却処分するように伝えておいた。帰るまでには新しいものが届けられていると思う。君に相談なく焼却処分を決めて申し訳なかったが、すまない、私が耐えられそうになかった」
(焼却処分⁉)
ジョルジアナが触れただけでそこまでするかとイアナはあきれそうになったが、フェルナンドが真面目な顔で言うので何も言えなかった。本当に、心の底から不快だったようだ。
(旦那様って、意外と潔癖なのかしら?)
そんな風には見えなかったが、潔癖ではないのならこだわりの強い人なのかもしれない。例えばだが、自分が大切にしているものには、他人に触れられたくない、とか。その手のこだわりが。
ジョルジアナの話のついでに、彼女が持っていた書類のサインは偽装だと言えば、フェルナンドが「なるほどな」と頷いた。
「今度の件はさすがにアントネッラ伯爵の意思ではなかったということか」
「いくら父でも、そんなことをすればどうなるかはわかっていたようですね。ジョルジアナに無理だと言えば、一服盛られて縛り上げられて部屋に閉じ込められたと言っていました。ジョルジアナはきっと、旦那様に会いさえすれば何とかなると踏んでいたのかもしれませんね」
「なるはずがないだろう」
「普通はそう考えますが、ジョルジアナですから……」
幼いころからなんでも自分の思い通りになって来たジョルジアナは、自分が望みさえすればそれが叶うと思っている節がある。フェルナンドが拒否するとは思っていなかったのだろう。
ギオーニ男爵とコンソラータとの話し合いの内容を伝えると、フェルナンドは概ねその流れで構わないと言った。
「ただし、私の方からも一つ追加したい」
「なんでしょう?」
「この機会に、君の籍をアントネッラ伯爵家から抜いてもいいだろうか。君が彼等のせいでいらぬ苦労をするのはもうこれ以上見ていられない」
「それは構いませんが、ステファーニ公爵家としては大丈夫でしょうか?」
貴族籍を抜くと言うことは、イアナは平民ということだ。もちろんすでに公爵夫人なので、正しくは平民ではないのだが、世間的に見れば元平民の公爵夫人となる。
「私としてはまったく問題ないし、エラルドたちも文句なんて言わないさ。第一、この国で我が家を堂々とこき下ろすことができる人間なんて、それこそ国王夫妻や先王くらいなものだ。とはいえ、君が気になるようなら、兄に頼んで養女にでもしてもらおうか? 兄の養女で私の妻なら、誰一人として文句は言えないはずだ」
(え? それって、先王陛下の養女ってこと⁉ むりむりむりっ!)
いくら何でも恐れ多すぎる。
イアナはぶんぶんと首を横に振った。
「い、いえ。それは大丈夫です」
「そうか?」
「はい。旦那様やエラルドたちがいいのならわたしは問題ありませんから」
「ならばその流れでまとめてしまおう。明日にでもギオーニ男爵に連絡を取っておくか。ついでに拒否できないように陛下にも一筆書いてもらおう。そこまですればアントネッラ伯爵も何も言えないだろうからな」
国王陛下まで巻き込むらしい。さすがは国王の叔父。
フェルナンドとギオーニ男爵、コンソラータに詰め寄られ、黄門さまのご印籠よろしく国王陛下の書簡まで見せられれば、父たちは青ざめるどころの話ではないだろう。
逃げ道一つない状況で、完全に引導を渡される形になるはずだ。自業自得ではあるが、少しだけ同情する。
(わたしがもっとうまく立ち回れていたら、違う結果になったのかしら?)
転生したあとで、子供らしく振舞っていたら。
父や母、ジョルジアナをうまく導けていたら。
領地経営に毅然とした態度で口を挟んでいたら。
ふとそんなことを考えたが、イアナはすぐに心の中で首を横に振った。
いくら前世の記憶があるとはいえ、どんなに頑張ったってそれは無理だっただろう。
人間は万能ではないし、前世の記憶があるからと言って神様になれるわけではない。どう転んだところで、彼らが彼等のままならば今の結果は免れなかったのだ。
イアナはただ、前世の記憶分、同年代の人たちよりもちょっと人生経験が豊富なだけの普通の人間なのだから。
自分がうまく立ち回っていたら何でもうまくいく、なんてことはないのだ。そこは、勘違いしてはならない。うぬぼれてはならない。
だが、ただ一つだけ思うのは。
前世の記憶がなければ、あの両親に育てられたイアナはジョルジアナの同じような人格になっていただろうということだ。フェルナンドとも出会えなかっただろう。
前世の記憶を持って生まれ変わったせいでいらぬ苦労を背負いこんだと思ったこともあったが、結果を見れば、そのおかげで今がある。
ソファに並んで座っているフェルナンドの肩にこてんと頭を預けたら、彼の大きな手が頭を撫でてくれた。
後日、国王の書簡を持ってアントネッラ伯爵家へ向かって決定事項を並べ立てると、父たちは白目を剥いて気絶した。
ちなみにだが、結婚より早くギオーニ男爵家に引き取られたジョルジアナは、コンソラータと男爵の三人の息子の嫁たちに監視されて、びしばしと根性を鍛え直されている。
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