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猫になった王妃と冷淡だった夫
消えた王妃の猫 2
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二時間ほど経って私室に戻って来たリオンの顔は、どこか青ざめていた。
「みゃー」
(どうしたんですか?)
ベッドの上から訊ねる。もちろん口から出たのは猫の鳴き声だけだったが、ハッとしたように顔を上げたリオンが小さく笑った。
「リリ、おりこうさんだね。ちゃんとそこで待っていたんだな」
リオンがベッドに腰かけてフィリエルを膝の上に抱き上げた。
フィリエルの背中を優しくなでつつ、リオンがはあと嘆息する。
リオンのこんな様子ははじめてみた。
いや、滅多に顔を合せなかったリオンの表情など、フィリエルはほとんど知らないが、元気がない彼を見ると心がざわざわする。
「なー」
(大丈夫ですか?)
ぺろっと彼の少し乾燥した手を舐める。
リオンが指先でフィリエルの首元をくすぐって「ありがとう」と言った。
「優しいね、リリ。心配してくれるの? なんて、リリは何があったのか知るはずもないか」
「にゃー」
(よかったら話してください)
フィリエルの言葉はすべて猫言語に変換されるので、リオンの耳には猫が鳴いているようにしか聞こえない。けれども気持ちが伝わったのか、それとも相手が猫であっても聞いてほしかったのか、リオンがもう一度嘆息しながら言った。
「どうやらね、王妃がいなくなったみたいなんだ」
ぎくり、とフィリエルは体をこわばらせた。
「部屋にね、『さようなら』とだけ書かれた紙が残されていてね。散歩に行くと言って城から出て行ったのを見たものはいるけど、それから戻って来ていないみたいなんだ。護衛もつけずに王妃が一人で散歩に出かけたことにも驚いたけど、いつものことだと言われてもっと驚いた。何故、侍女も専属でつけている護衛も、当たり前のようにそれを許していたんだろう」
リオンは、本気でわかっていないようだった。
王に顧みられない王妃など、兵士や使用人たちからすれば「王妃」ではないのだ。
仕えているような顔をしつつも、心の中では嘲笑っている。
そんな価値のない相手に、誠心誠意仕えることなんてしない。
本人が一人になりたいと言えば、仕事をせずにすむと、これ幸いと頷くだけだ。
それでなくとも、フィリエルはロマリエ国から身一つで嫁いだ。
宰相から、当時の王だったリオンの父が身一つで嫁ぐことを望んでいると言われ、侍女一人連れてこなかったのだ。
だからこそ、フィリエルにはこの国に味方がいない。
その上、彼らが仕える王に疎んじられていれば、誰もフィリエルに手を差し伸べようとはしないのだ。
(……まあ、わたしに対して無関心だったから、わたしがどのような状況だったのか知るはずもないわよね)
公務がなければ、一か月以上顔を合わせないことなんて当たり前だった。
ともに眠るどころか、一緒に食事をしたことすらない。
まるでフィリエルが毒を盛るのを警戒しているかのように、フィリエルが用意させたお茶やお菓子にも手を付けたことはなかった。
「どうして、王妃は帰ってこないのだろうか」
(本気でわからないのかしら?)
「周辺を探させたがどこにもいなかったし……、王妃らしき人間が城の敷地の外に出た様子もなかった」
城の敷地はぐるりと外壁に囲まれている。
城の玄関を出ても、さすがに外壁の外へは簡単には出られない。見張りも多く、王妃が一人で外に出ようとすれば間違いなく止められる。
「……愛人と出奔したのだろうか」
「みゃー!」
(そんなわけないでしょ!)
むかっとした手に噛みつけば、「いてっ」とリオンが小さな悲鳴を上げる。
「リリ、どうして噛むんだ」
「なー!」
(愛人とか出奔とか言うからよ! 浮気なんて一度もしていないわ‼)
夫に不貞を疑われれば腹が立つものである。
「王妃はロマリエ国の王女だ。さすがに消えたとあっては……国際問題になる」
「みっ」
(妻が消えて最初に心配するのはロマリエ国との関係なのね!)
そもそもフィリエルが消えたことを心配しているとも思えなかった。
ムカムカしてぷいっとそっぽを向く。
「リリ、もしかして怒ってる?」
「みゃあ!」
(当たり前でしょ!)
「もしかして、俺が冷たいって言いたいの?」
「な!」
(そうよ!)
「でもねリリ、王妃は俺のことが嫌いなんだよ」
「に?」
(なにそれ?)
怪訝に思って振り返ると、リオンがホッとしたように笑ってフィリエルの頭を撫でる。
「よかった、こっち向いた」
フィリエルが振り返ったからだろうか。リオンは嬉しそうだったが、フィリエルは話の続きが聞きたくて仕方がなかった。フィリエルがリオンを嫌いというのはどういうことだろう。
「なー! なー!」
説明しろとリオンの膝を前足でたすたすと叩いたけれど、残念ながら今度はフィリエルの気持ちは通じなかった。
「子供はいらないと言ったから、怒ったのかな……」
「みやあ!」
(怒ったんじゃなくて悲しかったのよ!)
「でも、好きでもない男と関係を持つのは嫌だろう?」
「にー!」
(だからそこんとこもっと詳しく!)
「でも、出て行くことないじゃないか……。ロマリエ国になんて言えばいいんだ」
(いっそ死んだことにすればいいじゃない? からっぽの棺だけ用意して、それらしく葬式でもすればいいのよ)
フィリエルは猫になったのだ。つまり人間だった王妃フィリエルはこの世界から消えたのである。死んだと言っても過言ではないだろう。
「ま、明日になればふらっと戻ってくるかもしれないよな」
(それはないわよ)
「愛人を囲ってもいいって言ったのに……王妃は何が不満だったんだろう」
(全部よ‼)
リオンは本当にわからないのだろうか。
フィリエルはあきれてものが言えなくなったが、よく考えてみれば今は猫なので言おうと思っても「にゃー」しか言えない。
フィリエルはぴょんとリオンの膝から飛び降りると、暖炉のそばまで行って丸くなる。
(もうしーらない!)
妻が置手紙を残して消えても、その理由もわからないなんてどうかしている。
もしかしてリオンは、ずっとフィリエルに冷たくしていたこともわかっていないのだろうか。
「リリ、寒くなったのか?」
リオンがベッドから立ち上がってフィリエルを追いかけてくる。
当たり前のようにまた抱き上げられて、よしよしと背中を撫でられた。
つーんと無視していると、リオンがいいことを思いついたとばかりに爆弾発言を落とした。
「そうだリリ。ご飯を食べ終わったら一緒にお風呂に入ろうか。お風呂に入れば寒くないよ」
(ひっ)
お風呂、と聞いてフィリエルは飛びあがった。
しかし、逃亡を図ろうとしたがしっかりと抱きしめられて逃げ出せない。
「みいやあああああっ」
フィリエルの悲しい絶叫が響きわたった。
「みゃー」
(どうしたんですか?)
ベッドの上から訊ねる。もちろん口から出たのは猫の鳴き声だけだったが、ハッとしたように顔を上げたリオンが小さく笑った。
「リリ、おりこうさんだね。ちゃんとそこで待っていたんだな」
リオンがベッドに腰かけてフィリエルを膝の上に抱き上げた。
フィリエルの背中を優しくなでつつ、リオンがはあと嘆息する。
リオンのこんな様子ははじめてみた。
いや、滅多に顔を合せなかったリオンの表情など、フィリエルはほとんど知らないが、元気がない彼を見ると心がざわざわする。
「なー」
(大丈夫ですか?)
ぺろっと彼の少し乾燥した手を舐める。
リオンが指先でフィリエルの首元をくすぐって「ありがとう」と言った。
「優しいね、リリ。心配してくれるの? なんて、リリは何があったのか知るはずもないか」
「にゃー」
(よかったら話してください)
フィリエルの言葉はすべて猫言語に変換されるので、リオンの耳には猫が鳴いているようにしか聞こえない。けれども気持ちが伝わったのか、それとも相手が猫であっても聞いてほしかったのか、リオンがもう一度嘆息しながら言った。
「どうやらね、王妃がいなくなったみたいなんだ」
ぎくり、とフィリエルは体をこわばらせた。
「部屋にね、『さようなら』とだけ書かれた紙が残されていてね。散歩に行くと言って城から出て行ったのを見たものはいるけど、それから戻って来ていないみたいなんだ。護衛もつけずに王妃が一人で散歩に出かけたことにも驚いたけど、いつものことだと言われてもっと驚いた。何故、侍女も専属でつけている護衛も、当たり前のようにそれを許していたんだろう」
リオンは、本気でわかっていないようだった。
王に顧みられない王妃など、兵士や使用人たちからすれば「王妃」ではないのだ。
仕えているような顔をしつつも、心の中では嘲笑っている。
そんな価値のない相手に、誠心誠意仕えることなんてしない。
本人が一人になりたいと言えば、仕事をせずにすむと、これ幸いと頷くだけだ。
それでなくとも、フィリエルはロマリエ国から身一つで嫁いだ。
宰相から、当時の王だったリオンの父が身一つで嫁ぐことを望んでいると言われ、侍女一人連れてこなかったのだ。
だからこそ、フィリエルにはこの国に味方がいない。
その上、彼らが仕える王に疎んじられていれば、誰もフィリエルに手を差し伸べようとはしないのだ。
(……まあ、わたしに対して無関心だったから、わたしがどのような状況だったのか知るはずもないわよね)
公務がなければ、一か月以上顔を合わせないことなんて当たり前だった。
ともに眠るどころか、一緒に食事をしたことすらない。
まるでフィリエルが毒を盛るのを警戒しているかのように、フィリエルが用意させたお茶やお菓子にも手を付けたことはなかった。
「どうして、王妃は帰ってこないのだろうか」
(本気でわからないのかしら?)
「周辺を探させたがどこにもいなかったし……、王妃らしき人間が城の敷地の外に出た様子もなかった」
城の敷地はぐるりと外壁に囲まれている。
城の玄関を出ても、さすがに外壁の外へは簡単には出られない。見張りも多く、王妃が一人で外に出ようとすれば間違いなく止められる。
「……愛人と出奔したのだろうか」
「みゃー!」
(そんなわけないでしょ!)
むかっとした手に噛みつけば、「いてっ」とリオンが小さな悲鳴を上げる。
「リリ、どうして噛むんだ」
「なー!」
(愛人とか出奔とか言うからよ! 浮気なんて一度もしていないわ‼)
夫に不貞を疑われれば腹が立つものである。
「王妃はロマリエ国の王女だ。さすがに消えたとあっては……国際問題になる」
「みっ」
(妻が消えて最初に心配するのはロマリエ国との関係なのね!)
そもそもフィリエルが消えたことを心配しているとも思えなかった。
ムカムカしてぷいっとそっぽを向く。
「リリ、もしかして怒ってる?」
「みゃあ!」
(当たり前でしょ!)
「もしかして、俺が冷たいって言いたいの?」
「な!」
(そうよ!)
「でもねリリ、王妃は俺のことが嫌いなんだよ」
「に?」
(なにそれ?)
怪訝に思って振り返ると、リオンがホッとしたように笑ってフィリエルの頭を撫でる。
「よかった、こっち向いた」
フィリエルが振り返ったからだろうか。リオンは嬉しそうだったが、フィリエルは話の続きが聞きたくて仕方がなかった。フィリエルがリオンを嫌いというのはどういうことだろう。
「なー! なー!」
説明しろとリオンの膝を前足でたすたすと叩いたけれど、残念ながら今度はフィリエルの気持ちは通じなかった。
「子供はいらないと言ったから、怒ったのかな……」
「みやあ!」
(怒ったんじゃなくて悲しかったのよ!)
「でも、好きでもない男と関係を持つのは嫌だろう?」
「にー!」
(だからそこんとこもっと詳しく!)
「でも、出て行くことないじゃないか……。ロマリエ国になんて言えばいいんだ」
(いっそ死んだことにすればいいじゃない? からっぽの棺だけ用意して、それらしく葬式でもすればいいのよ)
フィリエルは猫になったのだ。つまり人間だった王妃フィリエルはこの世界から消えたのである。死んだと言っても過言ではないだろう。
「ま、明日になればふらっと戻ってくるかもしれないよな」
(それはないわよ)
「愛人を囲ってもいいって言ったのに……王妃は何が不満だったんだろう」
(全部よ‼)
リオンは本当にわからないのだろうか。
フィリエルはあきれてものが言えなくなったが、よく考えてみれば今は猫なので言おうと思っても「にゃー」しか言えない。
フィリエルはぴょんとリオンの膝から飛び降りると、暖炉のそばまで行って丸くなる。
(もうしーらない!)
妻が置手紙を残して消えても、その理由もわからないなんてどうかしている。
もしかしてリオンは、ずっとフィリエルに冷たくしていたこともわかっていないのだろうか。
「リリ、寒くなったのか?」
リオンがベッドから立ち上がってフィリエルを追いかけてくる。
当たり前のようにまた抱き上げられて、よしよしと背中を撫でられた。
つーんと無視していると、リオンがいいことを思いついたとばかりに爆弾発言を落とした。
「そうだリリ。ご飯を食べ終わったら一緒にお風呂に入ろうか。お風呂に入れば寒くないよ」
(ひっ)
お風呂、と聞いてフィリエルは飛びあがった。
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