夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき

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猫になった王妃と冷淡だった夫

後妻のすすめ 1

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「リリ、今日はお風呂の日だよ」
「にやああああああ‼」

 猫になって三か月。
 ヴェリアが、猫は毎日お風呂に入れてはダメだとリオンに言ってくれたため、二週間に一度となっていたお風呂の日がやって来た。
 お風呂と聞いて逃げ出したフィリエルを、リオンはあっさりと捕獲して、目線と同じ高さまで抱き上げる。

「リリは言葉がわかるのかな。お風呂って聞いたら逃げるよね」
「みゃあ!」
(当たり前でしょ! お風呂いやあっ)

 水も嫌いだが、それよりも、リオンが一緒に入浴するから困るのである。
 最初ほどの衝撃はないにしろ、リオンの裸体を見て平静でいられるはずがない。いつも際どい所が見えないように一生懸命目をつむってやり過ごしているが、意識しすぎてすぐにのぼせそうになるのだ。

(ヴェリアのばかああ!)

 ヴェリアに、一緒の入浴はダメだと忠告してほしいと頼んだのだが、面白がった彼女は「いいじゃないか。夫婦なんだから」などと言って聞き入れてくれなかったのだ。
 にやにやと楽しそうな顔で笑っていたヴェリアの顔に猫パンチをお見舞いしてやればよかった。思い出すだけで無性に腹が立ってくる。

 リオンはフィリエルを捕獲したまま、鼻歌交じりにバスルームへ向かった。
 何故かリオンは、フィリエルと一緒に入浴するのが楽しいらしい。謎だ。猫を連れていない方がゆっくりできるだろうに。

 隙あらばフィリエルがバスルームから逃げ出そうとするので、最近ではフィリエルを片手で抱えたまま服を脱ぐという特技を身に着けたリオンである。
 ぽいぽいと脱ぎ散らかしていく服を見ながら、フィリエルは諦めて「みやー」と耳を垂れた。

 フィリエルが王妃だったころ、入浴する前に侍女が服を脱がせてくれていたのだが、どうやらリオンは服の着脱に誰の手も借りないらしい。
 侍女や侍従はいるがリオンの私室にはほとんど入ってこない。

(人に世話を焼かれるのが嫌なのかしらね? というか、人と関わるのが苦手なのかしら?)

 最近、なんとなくそんな気がしている。
 というのも、リオンが誰かと楽しそうに会話をしているところを、この三か月、一度も見ていないからだ。
 フィリエルを連れてヴェリアが常駐している獣医師の部屋に出向くときも、飼い猫の様子を淡々と語るだけで、まるで業務報告のようなのである。
 留守中に部屋を荒らされてはたまらないと、リオンは仕事中はフィリエルを執務室に連れて行くかヴェリアのところに預けるかするのだが、リオンは執務室でもそんな感じだった。

 つまり、異様に会話が少ない。
 業務報告だけで、雑談は一切しないのだ。
 フィリエルが「にゃー」と呼びかければ笑顔を見せるが、それ以外のときは、ずっと無表情。淡々と仕事をこなしている。
 リオンの側近たちはそんなリオンの様子に慣れているようで、彼らも必要最低限の会話しかしない。息苦しくないのかなと思ったが、彼らにとってはそれが平常運転で、リオンの顔色を窺って緊張している様子もなかった。

(『リリ』には笑いかけるけど人間には笑いかけないのよね……)

 国王だから気を張っているのだろうか。それにしても極端すぎる気がするが。

 人嫌い、という言葉が一瞬脳裏をよぎった。
 まさかねと首を横に振ろうとしたが、思い当たる点はいくつもある。

 リオンの母である王太后は城の敷地内にある離宮で暮らしているのだが、季節に一度くらいの頻度でリオンはご機嫌伺いに行く。
 それは一種の公務に近いものなので、フィリエルも結婚してからリオンに同行していたが、王太后への訪問は一時間にも満たない簡素なものだった。
 顔を合わせて、儀礼的な挨拶を交わし、母子らしい雑談もなく淡々としたやり取りを終えて去る。

 フィリエルもロマリエ国の王女で、親子関係はどちらかと言えば淡白な方だったが、会えばさすがにもう少し会話らしい会話が成立していた。
 王太后もリオンもにこりとも笑わないので、フィリエルはあの空気が苦手だった。離宮への訪問時期が近づくたびに胃が痛くなったものだ。

 愛くるしいリオンの弟に対しても、リオンは無表情。
 弟王子の方が戸惑って、いつもフィリエルに助けを求めるような視線を向けてきていた。
 公務でパーティーに出席してもそう。
 貴族たちがにこやかに話しかけてくるから余計にリオンの無表情が際立って見えた。

(さすがに外交では顔に笑顔を貼り付けていたけど、目が笑ってなかった気がするし……)

 自分から誰かに話しかけることはほぼない。
 フィリエルを連れていたらフィリエルの方が気を使って相手に話しかけるので、これ幸いとばかりにリオンはだんまりだった。

(……あー。冷静に思い返してみれば、そんな気がしてきたわ…………)

 あの頃はリオンに冷たくされていて傷ついていたから、冷静に彼の様子を観察できなかった。
 これは、人間嫌い確定かもしれない。
 だからと言って、面と向かって「お前との子はいらない」と言われたのだから、フィリエルが特別嫌われていたのは間違いないだろうが。
 そんなことをぼんやりと考えていたとき、足先に温かい湯が触れて、フィリエルは飛び上がった。

「にゅあああああああ‼」

 ぼけっとしているうちにバスルームに運ばれていたようだ。
 突然の水の感触に驚いて「にゃーにゃー!」と騒いで暴れまわると、リオンに「め!」と叱られてしまう。

「今日はお風呂だって言っただろう? いい子にしなさい。それでなくとも今日は庭で遊びまわって汚れたんだから」
「みやー」
(できるかー!)

 雪が解け、新芽が芽吹きはじめて、リオンはフィリエルをたまに庭に連れて行ってくれるようになった。
 春とはいえまだ寒いのでそれほど長い時間ではないが、猫を部屋に閉じ込めたままなのは問題だと思ったらしい。

 猫の本能なのか、蝶や小鳥など動くものを見つけるとつい追いかけてしまうので、庭に出るとそれなりに汚れる。
 特にフィリエルは毛が長いので、お腹の辺りとかが土だらけになるのだ。
 泥んこになると、お風呂の日でなくても強制的に洗われるので気を付けているが――本能には抗えない。

(まあ、さすがにハンティングはしないけどね。……怖いし)

 本能的に追いかけるだけで、狩りはしない。というか、蝶や小鳥をただ追いかけることはできても、ネズミやそのほかの動物を見たら逆に逃げ出してしまう。リオンには「猫のくせにお前は臆病だなあ」と笑われるが、元は人間なのだから仕方がないのだ。

「ほーらリリ、洗うからじっとしていろよ」
「にゃああああ‼」
(わかったけど前! 前隠してえ‼)

 洗い場にリオンがしゃがみこんで、フィリエルはぎゅうっと目を閉じた。この王様はもう少し恥じらいというものを持ってほしい。リオンは猫としか思っていないだろうが、猫相手でも恥じらいは必要だろう! たぶん!

 ピシィとフィリエルが凍り付いていると、「いい子だな」と褒められるが、これはいい子にしているのではく硬直しているのだ。
 シャンプーされるだけでもうフラフラだ。頭がくらくらする。そのうち鼻血とかふいてしまうかもしれない。猫だけど。

 シャンプーが終わると、ちゃぽーんとバスタブに入れられる。もちろん抱っこされてだが、足がつかないバスタブはフィリエルにとって恐怖である。
 ひしっとリオンの腕にしがみつくと、よしよしと頭を撫でられた。

 ちらりと見上げると、リオンの淡い茶色の髪の先から雫がしたたっていた。
 それが頬を伝い、くっきりと喉仏の浮き出た凛々しい喉元を伝って、鎖骨のくぼみにたまる。
 柔らかく細められたエメラルド色の瞳が弧を描く口元が何とも言えずセクシーだ。

 ぼっ、とフィリエルの顔に熱がたまった。
 このままではまずい。間違いなくのぼせる。何だこの無駄な色気は。
 何回見ても、入浴中のリオンの姿は慣れない。

(逃げたい逃げたい逃げたい逃げ出したいっ)

 早くバスルームから出たくて、思いきり暴れてやろうかと考えていると、リオンがこちょこちょとフィリエルの首元を撫でた。

「いい子にしていたら、風呂から上がったらクッキーをあげるからな」
「……にゃ?」

 クッキー、の単語に耳がピーンとなる。
 フィリエルがミルククッキーを気に入っていると知ってからか、リオンはご褒美にクッキーをくれるようになったのだ。

(クッキー食べたいっ)

 ヴェリアが「固形物も……」とリオンに助言してくれたので、食事はミルク以外も出るようになったが、甘いものはそう簡単にもらえない。

「にゃー!」
(クッキーいるっ)

 猫の食に対する本能、恐るべし。
 フィリエルの頭の中はあっという間にクッキー一色に染まった。
 フィリエルの猫語が通じたのか、リオンが笑った。

「よしよし、ほしかったらいい子にしてろよ」
「にゃあ!」
(いい子にします!)

 リオンに完全に餌付けされている気がするが、気にしない。
 猫は食欲と睡眠欲には勝てない生き物なのだ。

(最近、ペット生活が堂に入って来た気がするなぁ)

 ちょっとだけこのままでいいのか自分、と突っ込みたくなったけれど、クッキーに釣られたフィリエルは言いつけ通りいい子でお風呂タイムをすごした。



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