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猫になった王妃と冷淡だった夫
後妻のすすめ 3
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「あんたねえ」
猫に噛みつかれて、ブリエットは悲鳴を上げて部屋を出て行った。
それほど強くかんでいないのだが、侍医に手当てをしてもらいに行ったようだ。
ヴェリアが半眼でこちらを見つめてくるが、フィリエルは悪くない……と思う。
(だってあんなふざけたこと言うから‼)
ムカッとして反射的に噛みついただけだ。猫だから仕方ない。人間のときみたいに感情を抑えることができないのである……と、言い訳しておこう。
「にゃにゃにゃ!」
(それより、陛下とブリエットが結婚ってどういうこと⁉)
「あたしに訊かれても知らないよ。こういうことはあんたの方が詳しいんじゃないのかい? なんたって王妃だったんだから」
「にゃー……」
(わかれば訊かないわよ)
リオンとブリエットの結婚話は寝耳に水だった。
だが、冷静になって考えてみれば、国王に再婚話が持ち上がっても不思議はないのかもしれない。
王妃が消えて三か月。誰もが、王妃はもう戻らないと思っているだろう。
フィリエルの母国にどういう説明をしているのかは知らないが、いつまでも隠し通せるはずもない。
リオンとフィリエルの間に子はいなかったのだから、周囲がリオンの再婚を迫ってもおかしくないのだ。
そして、ブリエットは公爵令嬢で宰相の娘。国内でリオンの再婚相手を探すのならば、申し分のない身分である。
(うー……ムカムカする)
フィリエルが腹を立てるのはお門違いかもしれない。
何故ならフィリエルは王妃である人生に見切りをつけて猫になったのだ。正式な手順は踏んでいないので世間的にはともかく、気持ち的にはもうリオンの妻をやめた立場なのである。
別れた夫が誰と再婚しようと関係ない。
関係ない、はずなのだけど。
「にゃぅ」
「あんたも面倒臭い女だねえ。未練たらたらじゃないか」
「にゃ!」
(違うわ! これはその……飼い猫としての苛立ちよ!)
と言ったものの、自分でもこれが「未練」と呼ぶ感情であることはわかっていた。
フィリエルはリオンが好きで好きで、どんなに冷たくされても嫌いになれなくて、いつか、もしかしたらと淡い期待を抱き、それに縋って生きてきた。
諦めて、絶望して人をやめた今でも、別にリオンのことが嫌いなわけではない。
むしろ、猫になって知らないリオンの顔を見るたびに、人間だったころよりも気になって仕方がなくなっている。
そんなリオンが再婚するなんて考えたくもなかった。
(だって、わたしに冷たかったのに、ブリエットと仲良く夫婦をされたりなんかしたら……、それを飼い猫として近くで見ていないといけないと思ったら、すごく嫌な気持ちになるもの)
そんなことになればキレて大暴れをすると思う。きっとこの前の比ではないだろう。
それだけでは足りず、ブリエットに噛みついてひっかいて、とんでもなく凶暴な猫になってしまいそうだ。
(まあ、そうなればリオンもさすがにわたしを捨てるでしょうけどね)
フィリエルの行動が手に余れば、リオンも「リリ」に愛想をつかすだろう。
別にリオンの側にずっといるつもりではなかったし、ブリエットと仲良くしているのを見せつけられるよりは捨てられた方がまし……のはずなのに、胸が痛い。
「しょんぼりしなさんなって。まだ本当かどうかはわからないだろう? あのお嬢さんが言ってるだけかもしれないじゃないか」
「にゃー」
(国王陛下と結婚するなんて虚言は、そうそう吐けるものじゃないでしょう?)
下手をすれば不敬罪になりかねない。理由がなければ口にできる言葉ではないのだ。
「そうかもしれないけど、ここにはあたしと猫しかいなかったから、うっかり願望が口に出ちまったのかもしれないじゃないか。さすがに国王陛下の結婚問題だ、あたしが踏み込んで質問するわけにはいかないから訊いてあげられないけどねぇ、国王陛下の結婚が静かに進められるはずがないだろうから、真実ならそのうちすぐに噂になるさ。どっちにしろ、今のあんたにはそれを阻止することなどできやしないんだよ」
(……そうね)
フィリエルは猫として生きることを選んだ。
どうあがいたところで、リオンの再婚を止めることはできない。
ブリエットとの結婚が真実でなくとも、リオンがこのまま独身でいる保証はないだろう。というか、独身でいつづけるはずがない。本人にその意思がなくとも周囲が結婚を迫るだろう。他国や公爵家あたりから圧力がかかれば、いかに国王であろうとも断り続けるのは厳しい。
(ああそっか。だからわたしと結婚したのね)
好きじゃなければ結婚しなければいいのにと思っていた。
フィリエルは嫌われていたが、リオンが嫌いなのは何もフィリエルだけではなく、人間が嫌いなのであれば、誰だってよかったのかもしれない。
結婚しろと周囲にせっつかれたから、その中で政治的に一番いい相手を選んだ。それだけだろう。
「みー」
(ねえヴェリア。陛下は人間嫌いなのに、また結婚させられて大丈夫かな)
「人間嫌い? 誰かじゃなくて、人間そのもの……つまり全部ってことかい? 自分も人間なのに?」
「にゃー」
(なんとなくそんな気がするの)
ヴェリアにこれまで感じたリオンの様子を伝えると、彼女は何とも言えない顔をした。
「まあ、人間嫌いと言い切らないにしても、人に対して関心がないのは本当だろうねえ。猜疑心が強いのとは少し違いそうだけど……、なあんかいろいろこじらせている気配がプンプンするねえ」
「なー」
(でしょう?)
たぶんだが、リオンは人と関わることがストレスなのかもしれない。仕事以外は一人になりたがるのがいい証拠だ。身支度も何もかも自分でできるものは全部自分でしようとする。国王陛下なのに、だ。
(誰も信用しなくて、自分のかたい殻の中に閉じこもってしまっているような、そんな感じ)
リオンがフィリエルに心を許すのは、フィリエルが猫だからだろう。
「それで、どうするんだい? 王様の再婚を見たくないなら、今のうちに逃げるのも手だよ」
(そうね……)
ここにいたら、否が応でもリオンが誰か別の女性と結婚するところを見る羽目になるだろう。
永遠にここにいる予定ではないのだから、そろそろ潮時と考えるべきか。
だが――
「にゃー」
(もうちょっとだけ……)
まだ、離れたくない。
まだ、本当の彼の心に触れていないから。
ヴェリアが、ポンとフィリエルの頭に手を置いた。
「長居して、あんたがまた傷つかないかどうかが、あたしは心配だよ……」
猫に噛みつかれて、ブリエットは悲鳴を上げて部屋を出て行った。
それほど強くかんでいないのだが、侍医に手当てをしてもらいに行ったようだ。
ヴェリアが半眼でこちらを見つめてくるが、フィリエルは悪くない……と思う。
(だってあんなふざけたこと言うから‼)
ムカッとして反射的に噛みついただけだ。猫だから仕方ない。人間のときみたいに感情を抑えることができないのである……と、言い訳しておこう。
「にゃにゃにゃ!」
(それより、陛下とブリエットが結婚ってどういうこと⁉)
「あたしに訊かれても知らないよ。こういうことはあんたの方が詳しいんじゃないのかい? なんたって王妃だったんだから」
「にゃー……」
(わかれば訊かないわよ)
リオンとブリエットの結婚話は寝耳に水だった。
だが、冷静になって考えてみれば、国王に再婚話が持ち上がっても不思議はないのかもしれない。
王妃が消えて三か月。誰もが、王妃はもう戻らないと思っているだろう。
フィリエルの母国にどういう説明をしているのかは知らないが、いつまでも隠し通せるはずもない。
リオンとフィリエルの間に子はいなかったのだから、周囲がリオンの再婚を迫ってもおかしくないのだ。
そして、ブリエットは公爵令嬢で宰相の娘。国内でリオンの再婚相手を探すのならば、申し分のない身分である。
(うー……ムカムカする)
フィリエルが腹を立てるのはお門違いかもしれない。
何故ならフィリエルは王妃である人生に見切りをつけて猫になったのだ。正式な手順は踏んでいないので世間的にはともかく、気持ち的にはもうリオンの妻をやめた立場なのである。
別れた夫が誰と再婚しようと関係ない。
関係ない、はずなのだけど。
「にゃぅ」
「あんたも面倒臭い女だねえ。未練たらたらじゃないか」
「にゃ!」
(違うわ! これはその……飼い猫としての苛立ちよ!)
と言ったものの、自分でもこれが「未練」と呼ぶ感情であることはわかっていた。
フィリエルはリオンが好きで好きで、どんなに冷たくされても嫌いになれなくて、いつか、もしかしたらと淡い期待を抱き、それに縋って生きてきた。
諦めて、絶望して人をやめた今でも、別にリオンのことが嫌いなわけではない。
むしろ、猫になって知らないリオンの顔を見るたびに、人間だったころよりも気になって仕方がなくなっている。
そんなリオンが再婚するなんて考えたくもなかった。
(だって、わたしに冷たかったのに、ブリエットと仲良く夫婦をされたりなんかしたら……、それを飼い猫として近くで見ていないといけないと思ったら、すごく嫌な気持ちになるもの)
そんなことになればキレて大暴れをすると思う。きっとこの前の比ではないだろう。
それだけでは足りず、ブリエットに噛みついてひっかいて、とんでもなく凶暴な猫になってしまいそうだ。
(まあ、そうなればリオンもさすがにわたしを捨てるでしょうけどね)
フィリエルの行動が手に余れば、リオンも「リリ」に愛想をつかすだろう。
別にリオンの側にずっといるつもりではなかったし、ブリエットと仲良くしているのを見せつけられるよりは捨てられた方がまし……のはずなのに、胸が痛い。
「しょんぼりしなさんなって。まだ本当かどうかはわからないだろう? あのお嬢さんが言ってるだけかもしれないじゃないか」
「にゃー」
(国王陛下と結婚するなんて虚言は、そうそう吐けるものじゃないでしょう?)
下手をすれば不敬罪になりかねない。理由がなければ口にできる言葉ではないのだ。
「そうかもしれないけど、ここにはあたしと猫しかいなかったから、うっかり願望が口に出ちまったのかもしれないじゃないか。さすがに国王陛下の結婚問題だ、あたしが踏み込んで質問するわけにはいかないから訊いてあげられないけどねぇ、国王陛下の結婚が静かに進められるはずがないだろうから、真実ならそのうちすぐに噂になるさ。どっちにしろ、今のあんたにはそれを阻止することなどできやしないんだよ」
(……そうね)
フィリエルは猫として生きることを選んだ。
どうあがいたところで、リオンの再婚を止めることはできない。
ブリエットとの結婚が真実でなくとも、リオンがこのまま独身でいる保証はないだろう。というか、独身でいつづけるはずがない。本人にその意思がなくとも周囲が結婚を迫るだろう。他国や公爵家あたりから圧力がかかれば、いかに国王であろうとも断り続けるのは厳しい。
(ああそっか。だからわたしと結婚したのね)
好きじゃなければ結婚しなければいいのにと思っていた。
フィリエルは嫌われていたが、リオンが嫌いなのは何もフィリエルだけではなく、人間が嫌いなのであれば、誰だってよかったのかもしれない。
結婚しろと周囲にせっつかれたから、その中で政治的に一番いい相手を選んだ。それだけだろう。
「みー」
(ねえヴェリア。陛下は人間嫌いなのに、また結婚させられて大丈夫かな)
「人間嫌い? 誰かじゃなくて、人間そのもの……つまり全部ってことかい? 自分も人間なのに?」
「にゃー」
(なんとなくそんな気がするの)
ヴェリアにこれまで感じたリオンの様子を伝えると、彼女は何とも言えない顔をした。
「まあ、人間嫌いと言い切らないにしても、人に対して関心がないのは本当だろうねえ。猜疑心が強いのとは少し違いそうだけど……、なあんかいろいろこじらせている気配がプンプンするねえ」
「なー」
(でしょう?)
たぶんだが、リオンは人と関わることがストレスなのかもしれない。仕事以外は一人になりたがるのがいい証拠だ。身支度も何もかも自分でできるものは全部自分でしようとする。国王陛下なのに、だ。
(誰も信用しなくて、自分のかたい殻の中に閉じこもってしまっているような、そんな感じ)
リオンがフィリエルに心を許すのは、フィリエルが猫だからだろう。
「それで、どうするんだい? 王様の再婚を見たくないなら、今のうちに逃げるのも手だよ」
(そうね……)
ここにいたら、否が応でもリオンが誰か別の女性と結婚するところを見る羽目になるだろう。
永遠にここにいる予定ではないのだから、そろそろ潮時と考えるべきか。
だが――
「にゃー」
(もうちょっとだけ……)
まだ、離れたくない。
まだ、本当の彼の心に触れていないから。
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