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猫になった王妃と冷淡だった夫
深夜の訪問 2
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夜、何かの気配を感じて、フィリエルは目を開けた。
(何?)
リオンではない。
彼はフィリエルをぎゅっと抱きしめて、すーすーと気持ちよさそうに眠っている。
部屋の中は暗い。
カーテンの隙間からわずかに漏れ入る青白い月明かりがぼんやりと室内を照らすばかりだ。
しかし、猫は夜目がきくので、そのわずかな光だけでもフィリエルは部屋の中がしっかりと見渡せる。
もぞもぞとリオンの腕の中から抜け出して、フィリエルは部屋の中に視線を走らせた。
フィリエルが爪を立てて天蓋のカーテンを破ってから、天蓋は下すことなく括り付けられている。
(ネズミかな? ネズミだったらヤダなあ……)
ベッドの上をそーっと移動して、わずかな気配も見逃すまいと耳をそばだてる。
やがて、小さな音を立てて、真鍮のドアノブが動いたのがわかった。
(なんで? 陛下は夜には部屋の鍵をかけるし、扉の外には兵士が立っているのに)
嫌な予感がして、フィリエルは上体を低くしていつでも飛びかかれる体勢になった。
真夜中に国王の部屋に侵入しようとするなんて、碌な人間ではない。
(もし陛下を暗殺しようとか考えている危ない人間なら、引っかいて噛みついてやる!)
緊張のせいか鼓動が速くなる。
武器を持った相手が侵入してきたら、もちろんフィリエルも怖い。
けれども今この部屋にフィリエル以外でリオンを守れる存在はいないのだ、
大丈夫、猫は俊敏だから、きっと相手よりも早く動けるはずだ。
扉が、ゆっくりと開いていく。
やはりおかしい。鍵がかかっていないなんて。
(陛下がかけ忘れた? ううん、そんなはずない。じゃあ外から開けたのね)
フィリエルが目を覚ました気配は鍵を開けるわずかな音だったのかもしれない。
紫色の大きな瞳を見開いて、じっと扉を凝視する。
何者かが入ってきた瞬間に飛び掛かってやろうと考えていたフィリエルは、入って来た人物に驚いて動作を止めた。
(え――)
入って来たのは、女だった。
しかも見たことのある女だ。
(なんでここにブリエットが‼)
長い金髪はまとめることなく背中に流していて、薄い外套のようなものを羽織っている。
思わず声を上げようとすると、ブリエットはベッドの上にいたフィリエルに驚いてから、しーっと口元に人差し指を立てた。
それから、ふふ、と小さく笑うと、羽織っていた外套をばさりと脱ぎ捨てる。
その下は、透けるほど薄い夜着姿だった。
(な‼)
さすがのフィリエルでも、これが夜這いだとわかった。
薄い夜着姿で国王の寝室を訪れる目的はそれ以外にないだろう。
リオンはまだ寝ている。
ブリエットがそっとベッドに近づいて「陛下……」とささやきながら手を伸ばした。
「にゃああああああああ‼」
たまらず、フィリエルは声を上げた。
「にゃー! にゃー! にやあああああああああ‼」
怒り心頭で、ブリエットに飛び掛かる。
「きゃああああっ」
腕に飛び掛かって爪を立てると、たまらずブリエットが悲鳴を上げた。
「何するのよ‼」
「みゃんっ」
ブリエットにばしっと払いのけられて、フィリエルは床にたたきつけられる。
肩のあたりを床に打ち付けて痛かったけれど、この程度で猫は引き下がったりしないのだ。
上体を低くして威嚇体勢に入ると、フーッと毛を逆立ててブリエットを睨みつける。
「ほんと、なんて凶暴な猫なのかしら!」
フィリエルに引っかかれた怒りからか、忍び込んできたことも忘れてブリエットが悪態をついた――そのときだった。
フィリエルの視界にきらりと光る何かが入り込んだのと、ブリエットが息を呑んだのは同時だった。
「ここで何をしている」
地を這うような低い声。
いつの間に目を覚ましていたのか、体を起こしたリオンが鞘に入ったままの剣をブリエットの喉元に突き付けていた。光ったのは鞘に施された金の装飾だったようだ。
(……け、気配……なかった……)
猫も気づかないほどの気配を殺せるリオンって、いったい……。
「み、みやぁ……」
(こ、怖い……)
フィリエルに向けられているのではないとわかっていても、リオンのエメラルド色が氷のように冷たい色をしていて、背筋が凍る。
リオンはちらりと床の上のフィリエルに視線を向けてから、ベッドの上に立ちあがり、剣を鞘から抜いた。
「リリに何をした。ここで、何をしている」
先ほどよりも声が一段低くなった。
ブリエットは蒼白になって、カタカタと震えだした。
抜身の剣を向けられれば、それは怖いに決まっている。さらに魔王もかくやと言わんばかりの冷え冷えとした怒りの表情を向けられればなおさらだ。
自分が怒られているわけではないのに体が震えて、フィリエルはぺたんと絨毯の上に張り付いた。
ぷるぷると震えていると、リオンが視線をブリエットに固定したまま「リリ、おいで」と呼んだので反射的にベッドの上に飛び乗る。
言うことを聞かないとフィリエルまで怒られそうな気がしたからだ。
「怪我はしていないか?」
「なー!」
返事をすると、リオンがフィリエルに視線を向けてホッとしたように少し表情を緩める。
けれどもブリエットに視線を戻したときにはまた冷たい顔に戻っていた。
怖いので、リオンの表情が見えない位置に回り込んで丸くなる。
「質問に答えろ。ここで何をしていた」
ブリエットが、ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえてきた。
「へ、陛下を……お慰め、しようと……」
消え入りそうな声で答える。
この場合のお慰めとは情事のことを指すだろう。
ムカッとしたフィリエルは抗議を込めて「にゃあ!」と鳴いた。
リオンの表情が見えない位置にいるし、なにより彼はフィリエルに怒っていないとだんだん頭が理解してきたので、恐怖も少し薄らいで来た。
もちろん、見たことないほど怒っているリオンは怖いには怖いが、背後にかばわれているような形の今は、なんか守ってもらっているみたいでちょっと気分がいい。
ついでにふざけたことを言ったブリエットがリオンに怒られているのも、大変いい気分だ。
(わたし、性格悪いなぁ)
と思うが、いいのである。夫に夜這いをかけにきた女に同情する妻がいるだろうか。いるはずがない! 今は猫だけどそんなの関係ない‼
よく見ると、ブリエットの腕からは血がにじんでいた。フィリエルが思いっきり爪を立てたからだろう。猫の爪はなかなか鋭い凶器のようだ。
(ふんっ、でも同情しないもん!)
ちょっとだけやりすぎたかなと思わなくもなかったが、痛い思いをすれば懲りるだろうと気にしないことにした。猫は図太い生き物なのである。
心の中で「べーっ」と舌を出していると、リオンが剣を動かしたのが見えた。
切っ先がブリエットの喉に触れるか触れないかの距離まで近づける。
「ひっ――」
ブリエットが引きつったような悲鳴を上げた。
「なるほど、慰める、か。そういえば夕食のスープは妙な味がしたな。さしずめ媚薬でも混入させていた、か」
「にゃ⁉」
(媚薬⁉)
道理で、リオンが一口飲んだだけで飲むのをやめたはずである。
(でも待って。陛下の食事は毒見がついているはずでしょう?)
何故媚薬を混入することができたのだろうか。リオンでも気づいた味の違いに気づかないなんて、彼の毒見はポンコツなのだろうか。
それ以外にもおかしい点はある。
何故ブリエットが夜の城にいて、扉の前に立っている兵士たちは彼女が部屋に入るのを止めなかったのか。
むむむ、と考え込んでいると、リオンが鼻で嗤った。
「後妻をと勧められたのを断ったから強硬手段に出たのか? おおかた宰相が裏で手を回していたのだろうが、ふざけたことをしてくれる」
「わ、わたくしは、本当に……陛下をお慕いして……」
「黙れ」
大きな声ではなかったのに、命令に慣れたリオンの氷のような声は体をびりびりと震えさせるような迫力がある。
「口で言ってわからないなら見せしめも必要か? 媚薬とはいえ王の食事に異物を混入し、許可なく部屋に侵入してきたんだ。こちらが殺害目的だったと主張すれば処刑は免れまい」
(ひ!)
フィリエルは青くなった。
おとがめなしとはいかないだろうが、まさか処刑と言い出すとは思わなかったからだ。
ブリエットはすっかり顔色を失くしている。立っているのもやっとに見えるが、首に切っ先が突きつけられているので下手に身動きできないようだ。
「み、みやぁ~……」
さすがに処刑はないんじゃないかなと、恐る恐る声をかけると、リオンが肩越しにフィリエルを振り返った。
思いが通じたのだろうかと期待したが、リオンはフィリエルに優しく微笑みかけて「そうだったな」と頷く。
「俺の猫を床にたたきつけ、あまつさえ凶暴などと暴言を吐いたんだ。不敬罪も適用されるな」
「にゃあ⁉」
気持ち、全然通じてなかった‼ むしろ罪が増えてしまった‼
リオンが剣を鞘に納めて、ベッドから降りると、部屋に置かれているベルを激しく鳴らした。
首に突き付けられていた剣がなくなり、ブリエットがへなへなとその場に頽れる。
ベルの音を聞いて部屋に飛び込んできた兵士は、うずくまって泣いているブリエットと、ブチ切れモードの魔王様――いや、国王陛下に青ざめた。
「この女を地下牢にでも放り込んでおけ。それから、この女を俺の許可なく部屋に通したお前たちの処遇については明日決めることにする」
いくら何でも公爵令嬢であり宰相の娘を地下牢に放り込んだら問題になりそうなものだが、有無を言わせないリオンの命令に、兵士たちは力なく頷いて、ブリエットを左右から支えるようにして立ち上がらせた。
兵たちとブリエットが部屋から出て行くと、リオンがはあ、と息を吐き、鞘に納めた剣をベッドの上に放り投げると、フィリエルを抱き上げる。
「本当に怪我はしていないんだな、リリ」
一転して優しく甘い声になったリオンに、フィリエルはホッとした。
「なー!」
返事をすると、優しく背中が撫でられる。
フィリエルを抱いたままリオンはベッドの縁に座り、そのまま後ろに倒れこんだ。
「ああ……本当に嫌になる」
ぽつり、と呟いたリオンの声は暗い。
フィリエルは、なんとなくだが、リオンが人間嫌いになった原因の一端を見たような気がして、慰めるようにすりっと彼の頬に顔をこすりつけた。
(何?)
リオンではない。
彼はフィリエルをぎゅっと抱きしめて、すーすーと気持ちよさそうに眠っている。
部屋の中は暗い。
カーテンの隙間からわずかに漏れ入る青白い月明かりがぼんやりと室内を照らすばかりだ。
しかし、猫は夜目がきくので、そのわずかな光だけでもフィリエルは部屋の中がしっかりと見渡せる。
もぞもぞとリオンの腕の中から抜け出して、フィリエルは部屋の中に視線を走らせた。
フィリエルが爪を立てて天蓋のカーテンを破ってから、天蓋は下すことなく括り付けられている。
(ネズミかな? ネズミだったらヤダなあ……)
ベッドの上をそーっと移動して、わずかな気配も見逃すまいと耳をそばだてる。
やがて、小さな音を立てて、真鍮のドアノブが動いたのがわかった。
(なんで? 陛下は夜には部屋の鍵をかけるし、扉の外には兵士が立っているのに)
嫌な予感がして、フィリエルは上体を低くしていつでも飛びかかれる体勢になった。
真夜中に国王の部屋に侵入しようとするなんて、碌な人間ではない。
(もし陛下を暗殺しようとか考えている危ない人間なら、引っかいて噛みついてやる!)
緊張のせいか鼓動が速くなる。
武器を持った相手が侵入してきたら、もちろんフィリエルも怖い。
けれども今この部屋にフィリエル以外でリオンを守れる存在はいないのだ、
大丈夫、猫は俊敏だから、きっと相手よりも早く動けるはずだ。
扉が、ゆっくりと開いていく。
やはりおかしい。鍵がかかっていないなんて。
(陛下がかけ忘れた? ううん、そんなはずない。じゃあ外から開けたのね)
フィリエルが目を覚ました気配は鍵を開けるわずかな音だったのかもしれない。
紫色の大きな瞳を見開いて、じっと扉を凝視する。
何者かが入ってきた瞬間に飛び掛かってやろうと考えていたフィリエルは、入って来た人物に驚いて動作を止めた。
(え――)
入って来たのは、女だった。
しかも見たことのある女だ。
(なんでここにブリエットが‼)
長い金髪はまとめることなく背中に流していて、薄い外套のようなものを羽織っている。
思わず声を上げようとすると、ブリエットはベッドの上にいたフィリエルに驚いてから、しーっと口元に人差し指を立てた。
それから、ふふ、と小さく笑うと、羽織っていた外套をばさりと脱ぎ捨てる。
その下は、透けるほど薄い夜着姿だった。
(な‼)
さすがのフィリエルでも、これが夜這いだとわかった。
薄い夜着姿で国王の寝室を訪れる目的はそれ以外にないだろう。
リオンはまだ寝ている。
ブリエットがそっとベッドに近づいて「陛下……」とささやきながら手を伸ばした。
「にゃああああああああ‼」
たまらず、フィリエルは声を上げた。
「にゃー! にゃー! にやあああああああああ‼」
怒り心頭で、ブリエットに飛び掛かる。
「きゃああああっ」
腕に飛び掛かって爪を立てると、たまらずブリエットが悲鳴を上げた。
「何するのよ‼」
「みゃんっ」
ブリエットにばしっと払いのけられて、フィリエルは床にたたきつけられる。
肩のあたりを床に打ち付けて痛かったけれど、この程度で猫は引き下がったりしないのだ。
上体を低くして威嚇体勢に入ると、フーッと毛を逆立ててブリエットを睨みつける。
「ほんと、なんて凶暴な猫なのかしら!」
フィリエルに引っかかれた怒りからか、忍び込んできたことも忘れてブリエットが悪態をついた――そのときだった。
フィリエルの視界にきらりと光る何かが入り込んだのと、ブリエットが息を呑んだのは同時だった。
「ここで何をしている」
地を這うような低い声。
いつの間に目を覚ましていたのか、体を起こしたリオンが鞘に入ったままの剣をブリエットの喉元に突き付けていた。光ったのは鞘に施された金の装飾だったようだ。
(……け、気配……なかった……)
猫も気づかないほどの気配を殺せるリオンって、いったい……。
「み、みやぁ……」
(こ、怖い……)
フィリエルに向けられているのではないとわかっていても、リオンのエメラルド色が氷のように冷たい色をしていて、背筋が凍る。
リオンはちらりと床の上のフィリエルに視線を向けてから、ベッドの上に立ちあがり、剣を鞘から抜いた。
「リリに何をした。ここで、何をしている」
先ほどよりも声が一段低くなった。
ブリエットは蒼白になって、カタカタと震えだした。
抜身の剣を向けられれば、それは怖いに決まっている。さらに魔王もかくやと言わんばかりの冷え冷えとした怒りの表情を向けられればなおさらだ。
自分が怒られているわけではないのに体が震えて、フィリエルはぺたんと絨毯の上に張り付いた。
ぷるぷると震えていると、リオンが視線をブリエットに固定したまま「リリ、おいで」と呼んだので反射的にベッドの上に飛び乗る。
言うことを聞かないとフィリエルまで怒られそうな気がしたからだ。
「怪我はしていないか?」
「なー!」
返事をすると、リオンがフィリエルに視線を向けてホッとしたように少し表情を緩める。
けれどもブリエットに視線を戻したときにはまた冷たい顔に戻っていた。
怖いので、リオンの表情が見えない位置に回り込んで丸くなる。
「質問に答えろ。ここで何をしていた」
ブリエットが、ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえてきた。
「へ、陛下を……お慰め、しようと……」
消え入りそうな声で答える。
この場合のお慰めとは情事のことを指すだろう。
ムカッとしたフィリエルは抗議を込めて「にゃあ!」と鳴いた。
リオンの表情が見えない位置にいるし、なにより彼はフィリエルに怒っていないとだんだん頭が理解してきたので、恐怖も少し薄らいで来た。
もちろん、見たことないほど怒っているリオンは怖いには怖いが、背後にかばわれているような形の今は、なんか守ってもらっているみたいでちょっと気分がいい。
ついでにふざけたことを言ったブリエットがリオンに怒られているのも、大変いい気分だ。
(わたし、性格悪いなぁ)
と思うが、いいのである。夫に夜這いをかけにきた女に同情する妻がいるだろうか。いるはずがない! 今は猫だけどそんなの関係ない‼
よく見ると、ブリエットの腕からは血がにじんでいた。フィリエルが思いっきり爪を立てたからだろう。猫の爪はなかなか鋭い凶器のようだ。
(ふんっ、でも同情しないもん!)
ちょっとだけやりすぎたかなと思わなくもなかったが、痛い思いをすれば懲りるだろうと気にしないことにした。猫は図太い生き物なのである。
心の中で「べーっ」と舌を出していると、リオンが剣を動かしたのが見えた。
切っ先がブリエットの喉に触れるか触れないかの距離まで近づける。
「ひっ――」
ブリエットが引きつったような悲鳴を上げた。
「なるほど、慰める、か。そういえば夕食のスープは妙な味がしたな。さしずめ媚薬でも混入させていた、か」
「にゃ⁉」
(媚薬⁉)
道理で、リオンが一口飲んだだけで飲むのをやめたはずである。
(でも待って。陛下の食事は毒見がついているはずでしょう?)
何故媚薬を混入することができたのだろうか。リオンでも気づいた味の違いに気づかないなんて、彼の毒見はポンコツなのだろうか。
それ以外にもおかしい点はある。
何故ブリエットが夜の城にいて、扉の前に立っている兵士たちは彼女が部屋に入るのを止めなかったのか。
むむむ、と考え込んでいると、リオンが鼻で嗤った。
「後妻をと勧められたのを断ったから強硬手段に出たのか? おおかた宰相が裏で手を回していたのだろうが、ふざけたことをしてくれる」
「わ、わたくしは、本当に……陛下をお慕いして……」
「黙れ」
大きな声ではなかったのに、命令に慣れたリオンの氷のような声は体をびりびりと震えさせるような迫力がある。
「口で言ってわからないなら見せしめも必要か? 媚薬とはいえ王の食事に異物を混入し、許可なく部屋に侵入してきたんだ。こちらが殺害目的だったと主張すれば処刑は免れまい」
(ひ!)
フィリエルは青くなった。
おとがめなしとはいかないだろうが、まさか処刑と言い出すとは思わなかったからだ。
ブリエットはすっかり顔色を失くしている。立っているのもやっとに見えるが、首に切っ先が突きつけられているので下手に身動きできないようだ。
「み、みやぁ~……」
さすがに処刑はないんじゃないかなと、恐る恐る声をかけると、リオンが肩越しにフィリエルを振り返った。
思いが通じたのだろうかと期待したが、リオンはフィリエルに優しく微笑みかけて「そうだったな」と頷く。
「俺の猫を床にたたきつけ、あまつさえ凶暴などと暴言を吐いたんだ。不敬罪も適用されるな」
「にゃあ⁉」
気持ち、全然通じてなかった‼ むしろ罪が増えてしまった‼
リオンが剣を鞘に納めて、ベッドから降りると、部屋に置かれているベルを激しく鳴らした。
首に突き付けられていた剣がなくなり、ブリエットがへなへなとその場に頽れる。
ベルの音を聞いて部屋に飛び込んできた兵士は、うずくまって泣いているブリエットと、ブチ切れモードの魔王様――いや、国王陛下に青ざめた。
「この女を地下牢にでも放り込んでおけ。それから、この女を俺の許可なく部屋に通したお前たちの処遇については明日決めることにする」
いくら何でも公爵令嬢であり宰相の娘を地下牢に放り込んだら問題になりそうなものだが、有無を言わせないリオンの命令に、兵士たちは力なく頷いて、ブリエットを左右から支えるようにして立ち上がらせた。
兵たちとブリエットが部屋から出て行くと、リオンがはあ、と息を吐き、鞘に納めた剣をベッドの上に放り投げると、フィリエルを抱き上げる。
「本当に怪我はしていないんだな、リリ」
一転して優しく甘い声になったリオンに、フィリエルはホッとした。
「なー!」
返事をすると、優しく背中が撫でられる。
フィリエルを抱いたままリオンはベッドの縁に座り、そのまま後ろに倒れこんだ。
「ああ……本当に嫌になる」
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フィリエルは、なんとなくだが、リオンが人間嫌いになった原因の一端を見たような気がして、慰めるようにすりっと彼の頬に顔をこすりつけた。
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