次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら

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第14話 “王妃”として、“ひとりの私”として


 市民議会の設立からさらに一年が経ち、王国はこれまでにないほどの安定と繁栄を迎えていた。街はかつてない賑わいを見せ、人々は未来への希望を語り合い、王都には毎日のように新しい商会や学び舎が生まれている。
 そして――その中心には、わたしとアレクシスの姿があった。

 王妃としての一日は早い。夜明けとともに目覚め、民政顧問からの報告書に目を通し、各地の代表者との面会をこなす。昼は王の執務を支え、夜は市民からの直訴を受け取る時間に充てる。それは果てしない責務であり、時に重すぎるほどの責任を伴うものだ。
 けれど――決して苦しいとは思わなかった。

 なぜなら、それは“かつて望んでいた自分”そのものだったからだ。

「王妃陛下、本日の議題はこちらです」
「新しい貿易港の建設についての民の意見も届いております」

 侍従たちが次々と書簡を運んでくる。わたしはそれらに丁寧に目を通し、意見をまとめ、アレクシスと共有する。ときに一つひとつの言葉に悩み、ときに夜明けまで議論が続くこともある。
 ――でも、あの頃“声を上げることすら許されなかった”自分を思えば、この忙しさは幸福そのものだった。



 午後、王宮の中庭でひとときの休憩をとっていると、メアリが紅茶を運んできた。小鳥のさえずりが響く穏やかな午後、わたしは湯気の立つカップを手に取りながら微笑んだ。

「ねえ、メアリ。わたし、最近ようやく“王妃”という役目に慣れてきた気がしますわ」

「ようやく、ですか? 皆様はとっくに“王妃様こそこの国の要”と仰っていますのに」

「ふふ。でも、わたし自身の中では、まだ“元いじめられっこ”の意識がどこかに残っているのです。立派なことをしていても、『本当にこれでいいのかしら』って、ふと考えてしまうの」

 メアリはカップを置き、穏やかな眼差しでわたしを見つめた。

「それは、レティシア様が“王妃である前に、ひとりの人間”だからですわ。迷い、悩み、立ち止まる。そうして進んできたからこそ、人の痛みがわかる王妃になれたのです」

「……そうでしょうか」

「ええ。私は最初から見てきましたわ。涙をこらえ、拳を握り、必死に立ち上がってきたあなたを。その姿こそ、今の王国が信じる“希望”そのものです」

 胸が熱くなる。
 “王妃”としての役割に縛られるのではなく、“わたしという人間”であることを忘れない――それが、何よりも大切なのだと気づかされた。



 夕刻、アレクシスと並んで王都を視察する。人々は笑顔で通りを歩き、子どもたちは広場で未来の夢を語り合っている。
 その光景を見ていると、自然とあの頃の記憶がよみがえってきた。

「アレクシス……わたし、思い出すのです。かつて、この街を下を向いて歩いていた日々を。誰もわたしを見てくれず、声を上げても届かなくて……」

「けれど、今は違うでしょう? あなたの声は、国中に届いている」

「ええ。まるで夢のようですわ」

 わたしが立ち止まると、近くを通った子どもが駆け寄ってきた。小さな手に抱えているのは、粗末な紙に描かれた“王妃様と王様”の絵だった。

「王妃様! これ、ぼくが描いたんです!」

「まあ……とても素敵ですわ。ありがとう、大切にしますね」

 その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 ――あの頃、誰にも価値を認めてもらえなかった自分が、今は“未来の憧れ”として子どもたちの目に映っている。これ以上の喜びがあるだろうか。



 視察を終えて王宮に戻ると、夜風が吹き抜けるテラスでアレクシスが星空を見上げていた。隣に並ぶと、彼は静かに口を開く。

「レティシア。君がここまでの道を歩んできたこと、私は本当に誇りに思っています」

「……わたしも、ここまで来られた自分を少しだけ誇りに思えるようになりました」

「少しだけ?」

「ええ、少しだけですわ。だって、まだ道は続いていますから」

 ふたりで顔を見合わせ、微笑み合う。
 ――“ざまあ”という言葉で始まった物語は、もうそこにはない。代わりにあるのは、“共に進む未来”への希望だけだ。

「レティシア、君と出会って、私は王という肩書きの意味を初めて知った気がします。王は民を導くだけでなく、民と共に歩む存在なのだと」

「そして、王妃は……王の隣で、民と共に未来を見つめる者ですわね」

「ええ。――その“隣”が、君で本当によかった」

 手を重ね合い、夜空を見上げる。
 星は静かに瞬き、まるでこれから先も、わたしたちの歩む道を照らしてくれるようだった。



 あの頃は、ただ「見返したい」と思っていた。
 けれど今は違う。わたしが望むのは、誰かに勝つことでも、過去を塗り替えることでもない。
 “誰かと共に、未来へ進んでいくこと”――ただ、それだけだ。

 そして、その未来は今も続いている。
 愛する人と共に、支えてくれる人々と共に、そして過去のわたしと共に。

 “いじめられっこ”だった少女は、今や王国の中心に立っている。
 ――その手を取り、微笑み合える未来がある限り、わたしの物語は終わらない。

 

第15話 “幸福”という名の戦い


 季節は再び巡り、あの涙の日から数えて五年という月日が流れていた。王国は今、かつて誰も想像しなかったほどの豊かさを手にしている。交易は盛んになり、教育制度は根本から改革され、民の声は王政に確実に届く仕組みとなった。
 ――けれど、物語はここで終わらなかった。むしろ、本当の“戦い”はここからだったのだ。

 その日の王宮会議室は、いつになく熱を帯びていた。王政と市民議会の合同討論――今や当たり前となったこの場は、王国の未来を形づくる最も重要な場所であり、そして時に激しくぶつかり合う場でもある。

「王妃陛下、この案は財政負担が大きすぎます!」
「しかし、地方の農民にとってはこれが唯一の希望です!」
「民が未来を選ぶと言っても、現実的な限界はあります!」

 怒号にも近い声が飛び交う中、わたしはただ静かに耳を傾けていた。議論は激しく、意見は真っ向から対立している。しかし、それでいい――これこそが、わたしたちが築こうとしてきた“共に考える国”の姿だからだ。

「皆さん、静かに。……意見はどちらも正しいのです」

 わたしの声に、場がすっと静まる。

「現実的な制約を無視することはできません。でも、それだけを優先して民の願いを切り捨てることも許されません。だからこそ、私たちは“どうすれば両方を守れるか”を考えるのです」

 沈黙ののち、再び議論が再開される。今度は少しだけ穏やかに、互いの意見を受け止めながら言葉が交わされていた。

 ――わたしはこの瞬間が好きだ。かつて“声をあげることすら許されなかった”わたしが、今は“声を交わす場”の中心にいる。そのことが、たまらなく誇らしかった。



 会議が終わると、夜はすでに更けていた。王宮の廊下を歩いていると、アレクシスが疲れた様子でやってきた。王としての日々は、わたし以上に重いものだろう。それでも、彼は笑みを絶やさない。

「今日も一日、お疲れさまでした」

「あなたもですわ、陛下。……でも、やはり“幸福”というのは簡単には手に入りませんね」

「ええ。手に入れたと思った瞬間から、守るための戦いが始まるのです」

 彼の言葉に、わたしは深く頷く。
 “ざまあ”は一瞬で終わる。けれど、“幸福”は永遠に続く戦いだ。人の心は移ろい、社会は変わり続ける。だからこそ、歩みを止めてはならない。

「ねえ、アレクシス。わたし、ひとつだけ怖いことがあります」

「怖いこと?」

「かつて、何も持たなかった自分が“権力”というものを手に入れてしまったことです。もし、それを誤って使ってしまったら――わたしはまた、あの頃の自分と同じように、人を傷つけてしまうのではないかと」

 彼は足を止め、真剣な眼差しでわたしを見つめた。

「レティシア。あなたがその恐れを抱いている限り、絶対に道を踏み外すことはありません。自分の力を疑い、問うことができる人こそ、本当の強さを持つのです」

「……ありがとう。あなたがそう言ってくれると、少しだけ安心します」

 手を取られ、指先に温もりが宿る。
 この温かさがある限り、どんな恐れも乗り越えていける――心からそう思えた。



 その夜、王都の街をふたりで歩いた。夜風は心地よく、通りにはまだ灯りがともり、人々の笑い声があちこちから聞こえてくる。
 子どもたちは遅くまで遊び、恋人たちは未来を語り、商人たちは新しい夢を語っていた。

「見てください、アレクシス。……あの頃、わたしが憧れていた“普通の幸せ”が、今はこうして街のあちこちにあるのですね」

「ええ。君が望んだ幸せは、君だけのものではなく、国全体のものになったのです」

 ふと立ち止まると、通りの先で一組の若い男女が笑い合っていた。
 貴族でも、王族でもない。けれど、確かに“幸福”を手にしている顔だった。

「……わたし、あの頃の自分に言ってあげたいです。“あなたの涙は、無駄じゃなかった”って」

「きっと、過去の君は泣きながら笑うでしょうね。『よく頑張ったわね』って」

 彼の言葉に、胸の奥が熱くなる。
 “ざまあ”ではなく、“ありがとう”という言葉が浮かぶ。――それこそが、本当に乗り越えた証なのだ。



 王宮へ戻る道すがら、空を見上げると、満天の星が広がっていた。
 その光はまるで、過去の涙ひとつひとつが輝きに変わったようだった。

「ねえ、アレクシス。これからも、わたしたちは戦っていくのですね」

「ええ。幸福のために、愛のために、未来のために――」

「“ざまあ”の物語は終わりました。次は、“守る”物語の始まりですわね」

「そうです。そして、あなたとならどんな戦いも怖くありません」

 夜空の下、手を重ねる。
 その手はもう、震えていなかった。迷いや不安があっても、それは“進むための力”に変わっていた。



 かつて“いじめられっこ”と呼ばれた少女は、もうどこにもいない。
 今ここにいるのは、国と共に未来を歩む“王妃”であり、“ひとりの人間”として幸福と向き合うわたしだ。

 ――幸福は、勝ち取るものではない。
 愛する人と共に、築き続けていくものなのだ。

 この戦いは、きっと終わらない。
 けれど、それでいい。だって、わたしはもう一人じゃないのだから。

 そして、わたしたちの物語は、まだまだ続いていく――。


第16話 「王国の未来は、民と共に」


 王国が新しい時代へと歩みを進めてから、さらに数年の時が流れた。かつて“いじめられっこ”と呼ばれた少女は、今や名実ともに「国を導く王妃」として人々から尊敬と信頼を集めている。
 だが、わたしの胸にある気持ちは最初の頃と何も変わらなかった――ただ、人々と共に未来をつくりたい。その一心だけだった。

 その日、王宮の会議室では大規模な国家計画の会合が開かれていた。新しい公共施設の建設、次世代の教育制度、他国との新たな同盟――どれもが王国の未来を左右する重要な議題ばかりだ。
 わたしは円卓の中央に座り、真剣な面持ちで各代表者たちの意見を聞いていた。

「王妃陛下、農村地域への支援は拡大すべきです。都市との格差が広がってしまいます」
「しかし、貿易港の整備を優先しなければ、経済の土台が弱体化する危険もあります!」
「どちらも大切です。ですが、予算は限られています!」

 再び議論は白熱し、会場には熱気が満ちていく。だが、わたしはそれを“争い”とは思わなかった。――これこそが、本当の意味での「共に考える政治」だったからだ。

「皆さま、意見をありがとうございます。どの提案にも価値があります。ですから、どれか一つを選ぶのではなく、“一歩ずつ”進めていきましょう」

 わたしはゆっくりと立ち上がり、広間を見渡した。

「王国の未来は、一人の力では築けません。王の力だけでも、民の声だけでも足りません。――“共に歩む力”こそが、真の繁栄をもたらすのです」

 その言葉に、静まり返った会場から拍手が起こった。
 それは、わたしが何年もかけて築き上げてきた“信頼”そのものの音だった。



 会議が終わったあと、アレクシスと並んで王宮の庭を歩いた。
 初夏の陽射しが差し込み、風が花々の香りを運んでくる。穏やかな時間の中で、ふと、彼が口を開いた。

「君の言葉は、もう“王妃の演説”ではないね」

「え?」

「人々は、君の言葉に“未来”を見るのだ。王妃としてではなく、一人の人間として、君が信じてきたものに心を動かされている」

「……わたしは、ただ思ったことを口にしているだけですわ」

「その“ただ”が、どれほどの重みを持っているか、君はわかっていない」

 アレクシスの瞳は真剣そのもので、まるで初めて出会ったあの日のようだった。
 ――あの日、誰にも届かないと思っていた言葉が、今では国を動かしている。考えてみれば、それは奇跡のようなことだった。

「レティシア、私たちはまだ道半ばだ。王国は豊かになった。だが、まだ“真の平等”も“完全な自由”も手にしてはいない」

「ええ。……だから、歩みを止めてはいけませんわね」

「その通りです。君となら、どこまでも進んでいける」

 彼の言葉に、わたしは静かに微笑んだ。
 “ざまあ”の感情も、かつての憎しみも、もうどこにもない。ただ、未来への希望だけが心の中にあった。



 その夜、王宮のバルコニーから王都を見下ろすと、夜空の下で人々の灯りが星のように瞬いていた。街の広場では人々が歌い、笑い、夢を語っている。その光景は、かつて“見上げるだけ”だった景色とはまるで違っていた。

「……この国は、本当に変わりましたわね」

 アレクシスの隣で呟くと、彼はゆっくりと頷いた。

「君が変えたんだよ。たった一人の少女の声が、ここまで世界を動かしたんだ」

「わたしだけの力ではありません。あなたがいて、支えてくれる人がいて、信じてくれる民がいて……だから、ここまで来られたのです」

「それでも、最初の一歩を踏み出したのは、君だ」

 その言葉に、胸の奥が静かに熱くなる。
 ――最初の一歩。涙をこらえて前を向いた、あの日の一歩。それは確かに、今へと続く道の始まりだった。



 しばらく夜景を眺めていたわたしは、ふと口を開いた。

「ねえ、アレクシス。わたし、ずっと夢見ていることがあるのです」

「夢?」

「ええ。王も王妃も必要としない国――人々が自ら考え、自ら選び、自らの手で未来をつくる国です」

 彼は少しだけ驚いたような顔をしたが、やがて柔らかく笑った。

「……本当に君らしい夢だ。でも、それは決して“王家の終わり”ではない。むしろ、“王家の使命”の完成だ」

「そうですわ。私たちの役目は、支配することではなく、導くこと。その先で、人々が自分の足で歩けるようになることです」

「――なら、共に歩もう。君の夢が叶うその日まで」

 手と手が重なり、夜風がそっと髪を揺らす。
 わたしたちの物語は、まだ終わらない。むしろ、ここからが本当の始まりだ。



 “ざまあ”という言葉から始まった物語は、今や“未来”という言葉へと姿を変えた。
 かつて涙を流していた少女は、今、王国の光として人々の前を歩いている。
 そして、その歩みは、これからも止まることはない。

 ――未来は、まだ先にある。
 愛する人と、支えてくれる人々と、共に歩む限り。

 わたしはどこまでも進んでいく。
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